第4章 (7)寄り道
バッシュたちは、アリサの案内のもと、ローレル王国へと続く道をひた走っていた。道はやがて、鬱蒼とした深い森へと続いていく。そのすぐ横を走り続ける。セレス大僧正が口にした、誰もその深部に到達したことのないという未開の地だ。
道は次第に細くなり、獣道のような険しいものへと変わっていく。バッシュが馬を走らせるたび、木々の枝が擦れる音が聞こえ、背中にしがみつくエライザの体が、少し強張っているのが分かった。
「大丈夫か、エライザ。もうすぐ、ここを抜ける。」
バッシュが優しい声で語りかけると、エライザは小さく頷いた。
「うん、大丈夫…」
しかし、その声はどこか不安を帯びていた。
アリサは、そんな二人の様子には気づかないかのように、軽やかな足取りで馬を走らせている。彼の口笛が、時折、静かな森に響き渡っていた。
「んー、よし…ここから先は、少し寄り道と行こうか。」
アリサはそう言うと、来た道から外れ、森の奥へと続く脇道へと馬を進めた。バッシュは、思わず手綱を引いて馬を止め、警戒するように声をかけた。
「おい、アリサ。この先は、未開の地じゃないのか?」
「ああ、そうさ。ここから少しだけ、星屑の海の中へ入る。」
アリサの言葉に、バッシュの眉間にしわが寄る。セレスの言葉が脳裏をよぎった。
(誰もその深部に到達はできていない…)
「危険ではないのか?もし、帰れなくなったら…」
バッシュは、エライザを背中に抱えたまま、アリサをじっと見つめた。エライザもまた、不安そうにアリサに視線を送っている。アリサは、そんな二人の警戒を意に介さず、にこやかに笑った。
「問題ないさ、バッシュ。何も、深部まで行くわけじゃない。この先に、あまり知られていない遺跡があってね。何度も行ってるから、道は覚えているよ。それに、帰り道だって、ちゃんと分かっているさ。奥までは行かないよ。奥に行ったら、帰れなくなってしまうからね。」
アリサは、冗談めかしてそう言った。しかし、その瞳の奥には、確かな自信が宿っていた。
「それに、その遺跡には、この地にまつわる古い伝承が刻まれている。もしかしたら、君たちの探している手がかりが見つかるかもしれない。」
アリサの言葉に、バッシュは少しだけ迷いを捨てた。彼の目的は、真実を探すことだ。ローレル王国へと向かうことも、その手段の一つに過ぎない。もし、この近くの遺跡に手がかりがあるというのなら、それに頼らない手はない。
「わかった。だが、何かあったら、すぐに引き返すぞ。」
バッシュはそう言うと、馬を進めた。エライザは、依然として不安げな様子だったが、バッシュの決意を感じ取ったのか、何も言わずにその背中にしがみついた。
アリサが先導する中、彼らの馬は、星屑の海へと足を踏み入れていく。森の中は、外とは全く違う空気に満ちていた。空を覆うほどの巨大な樹木が生い茂り、木漏れ日が地面に描く光と影のコントラストが、幻想的な景色を作り出している。木々の間には、見たこともない色鮮やかな花が咲き乱れ、神秘的な光を放つ昆虫たちが飛び交っている。足元に広がる苔は、まるで緑の絨毯のように地面を覆い、踏みしめるたびに、ふわりとした感触が返ってきた。
エライザは、その神秘的な光景に、不安を忘れ、目を輝かせた。
「すごい…!バッシュ、見て…!光る蝶々が飛んでいるよ…!」
「ああ…綺麗だ…」
バッシュもまた、この世のものとは思えないほどの美しい景色に、思わず目を奪われていた。
「ここは、精霊が住む森だ。だから、空気がこんなにも澄んでいるんだよ。」
アリサが、後ろを振り返り、そう語りかけた。その言葉を聞いたエライザは、故郷を思い出したかのように、少し寂しそうな、しかし懐かしそうな表情を浮かべた。
「私の故郷も、こんな風だった。もっと、静かだったけど…」
エライザの言葉に、バッシュは何も答えなかったが、エライザの手を強く握った。
さらに進むと、森の中には、まるで生きているかのように複雑な形をした蔦が、巨木に絡みつき、奇妙なオブジェを作り出している。その一つ一つが、遠い過去に失われた文明の遺物のようにも見えた。アリサは、そんな景色を横目に、馬を走らせ続けた。
「もうすぐだ。あの巨大な岩を抜けた先だよ。」
アリサが指差す先には、まるで森の門番のように、二つの巨大な岩がそそり立っていた。その岩には、長い年月を経て風化しているが、どこか見覚えのある模様が彫り込まれている。それは、バッシュが図書館で見た「世界樹の秘密」の書物に描かれていた、世界樹を模した模様に酷似していた。
バッシュは、思わず息を呑んだ。この場所が、セレスが言っていた「星屑の海」の端、そして世界樹にまつわる場所だとすれば、アリサが案内する遺跡に、何か重要な手がかりが隠されているかもしれない。
彼らの旅は、また新たな局面を迎えようとしていた。




