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key〜光の先へ〜  作者: 初 未来
第4章 異国へ

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第4章 (6)第二魔術師団団長

 ―皇都バリス―

 シルヴァが治療院に滞在しているおかげで、不穏な動きを見せていた者たちも、今は静まり返っている。伝説的な大魔術師の存在は、まさに絶大な抑止力となっていた。その隙に、ロイドたちはグラハムの警護と、さらなる情報収集に乗り出していた。


 ロイドは、皇国騎士団の本拠地へと足を運んだ。騎士団の門兵に顔を利かせ、旧知の人物を呼び出してもらう。しばらくすると、一人の女性が姿を現した。燃えるような真紅の髪を揺らし、鋭い眼光を放つその女性は、気品のある臙脂えんじ色のローブに金の刺繍が施された装束を身につけていた。耳元では、大きな赤い宝玉のピアスが揺れている。第二魔術師団団長、スカーレットだ。彼女は、「火」の魔術師としてはシルヴァに匹敵するとまで言われる実力者だ。


 ロイドの顔を見るなり、スカーレットは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。


「…ロイド。何の用?忙しいのよ、私は。」


「そう言うなよ、スカーレット。少し、お前に聞きたいことがあってな。知っていればで構わないんだが。」


 ロイドがそう言うと、スカーレットはため息をついた。


「仕方ないわね。ここで立ち話もなんだから、外に出ましょう。」


「忙しいって言ってたんじゃないのか?」


 ロイドが呆れたように言った。


「うるさいわね!」


 スカーレットは一喝し、騎士団の門をくぐった。彼女は、ロイドやゴールドウィンたちが騎士団を辞めたことが気に入らなかったのだ。実は、彼女自身も一緒に辞めたかったのだが、立場上それが叶わなかった。そんなくすぶる思いが、彼女の態度に表れていた。


 二人は騎士団本拠地の隣にある、皇立魔術学院の中庭へとやってきた。そこは、多くの生徒が熱心に魔術の鍛錬に励んでおり、活気に満ちている。


「ここなら大丈夫でしょう。それで、一体何が聞きたいの?」


 スカーレットの問いかけに、ロイドは迷うことなく、核心を突く質問を投げかけた。


「単刀直入に聞く。皇国騎士団は、大丈夫なのか?」


 その言葉を聞いた瞬間、スカーレットは歩みを止めた。彼女はロイドの方を向き、その鋭い眼差しに、一瞬の動揺が走る。


「…どうして、そんなことを聞くの?」


 スカーレットの問いに、ロイドは迷うことなく答えた。


「グラハム様が襲われた。十中八九、騎士団、魔術師団の奴らだろう。」


 ロイドの言葉に、スカーレットの顔は明らかに曇った。彼女の燃えるような瞳が揺らぎ、苛立いらだちと不安が入り混じった表情を浮かべる。


「何か、分からないのか?」


 ロイドがさらに問い詰めると、スカーレットは唇を噛みしめ、悔しさを滲ませながら強く言い放った。


「…うちの魔術師団じゃないわ!少なくとも、表向きは…」


 その言葉に、ロイドは驚きを隠せない。スカーレットの様子から、彼女が嘘をついているようには見えなかった。彼女が言う「表向き」とは、一体どういう意味なのか。皇国騎士団、そして魔術師団の内部で、一体何が起こっているというのだろうか。


「…どこまで、わかってるの…」


 スカーレットは、ロイドの顔を見ながら、絞り出すような声で言った。その声には、怒り、悔しさ、そしてどうしようもない無力感が入り混じっていた。


 ロイドは、スカーレットの様子から、彼女が何かを知っていることを確信し、さらに言葉を重ねる。


「緑のローブの奴ら。グリフォンを使役していること。そして、かなりの腕の奴らがいること…」


 ロイドの言葉を聞きながら、スカーレットはゆっくりと頷いた。彼女の顔は、苦悩に満ちている。


「…その中の一人は、金の耳飾りをつけていた。」


 ロイドがそう告げると、スカーレットは目を見開き、一瞬言葉を失った。彼女は、しばらく黙り込んだ後、深い深いため息をついた。その沈黙は、ロイドにとって、彼女が全てを理解していることを物語っていた。


 やがて、スカーレットは顔を上げ、ロイドをまっすぐ見つめた。その瞳には、強い意志の光が宿っていた。


「……そこまで、わかってるのね。…でも、私は違う…!」


 スカーレットは、そう言ってロイドに背を向け、再び騎士団の門へと歩き出した。彼女の背中は、まるで、自身の無実と、騎士団の現状に対する憤りを訴えているかのようだった。


 スカーレットの反応を見て、ロイドは確信した。皇国騎士団は、内部分裂している。


 スカーレットは、不器用で真っ直ぐな人間だ。汚いことや、卑劣な企みに加担するような人間ではない。それは、長年付き合ってきたロイドが誰よりもよく知っている。だからこそ、彼女はあそこまで感情を露わにしたのだろう。ロイドは、苦々しい思いで、騎士団本拠地を後にした。


 ロイドは、足早に治療院へと戻った。ゴールドウィンとソフィアが、グラハムのベッドのかたわらで静かに見守っている。


「ロイド、おかえり。どうだった?」


 ロイドの顔を見るなり、ゴールドウィンが尋ねた。ロイドは深くため息をつき、静かに首を横に振った。


「…やはり、な。騎士団の内部は、俺たちが思っていた以上に腐敗が進んでいるようだ。スカーレットに会ってきたが、彼女は何も知らなかった。いや…知らないフリをしていたのかもな。」


 ロイドはそう言うと、椅子に腰を下ろした。


「つまり、真実を知っている人間は、一部の限られた人間、だけということか。」


 ゴールドウィンが、険しい表情でロイドの言葉を補足する。


「ああ。スカーレットは、緑のローブの連中のこと、そして金の耳飾りの女のことも知っている様子だった。しかし、彼女は、『私は違う』と、あれほどまでに必死だった。あの様子は、嘘をついているようには見えなかった。」


 ロイドの言葉に、二人は再び重い沈黙に包まれた。騎士団の闇は、彼らが思っていたよりもずっと深く、そして複雑なものだった。このままでは、グラハムが目覚めても、彼を再び危険に晒すことになる。


「我々が、この場所を守らねばならない。バッシュたちが真実を見つけ出すまで、必ず。」


 ロイドは、窓の外に広がるバリスの街を見つめながら、改めて固く誓った。その言葉は、彼の心の中にある決意を、揺るぎないものにしていた。


 王城、第二魔術師団長室。


 スカーレットは、苛立いらだちと焦燥に駆られながら、自室へと戻ってきた。重厚な扉を閉めると、彼女は机に拳を叩きつけた。ガツン、と乾いた音が室内に響き渡る。


「なんで…私はここにいるのよ…!」


 彼女は、誰もいない部屋で、声を押し殺して自問自答を始めた。


「弱い人を守るために、この力があるって、そう信じて、私は騎士になったのに…!最初の志は、いったいどこへ行ってしまったのよ…」


 彼女の頭の中には、ロイドと交わした会話が渦巻いている。彼らが去ってからというもの、騎士団の空気は変わってしまった。一部の者たちが画策する、陰謀めいた動き。それは、彼女の信念とはかけ離れたものだった。


「『力』って…何なのよ…!たくさんの人が死ぬのよ…!こんなこと、私が望んだことじゃない…」


 彼女の瞳から、悔しさのにじんだ涙が一筋、こぼれ落ちた。


「ロイド…私には、どうにもできないのよ…あなたたちみたいに、すべてを捨てて飛び出す勇気なんて…私にはない…」


 スカーレットは、窓の外に広がる、夕暮れの街を見つめた。そこには、彼女が守ろうと誓った、多くの人々の営みがあった。しかし、その平和な日常が、自分たちの内部から崩壊しようとしている。


「私も…あなたたちの元へ行けたなら…」


 彼女の独り言は、やがて虚空へと消えていった。彼女の心は、正義と現実の狭間で、深く引き裂かれていた。

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