第4章 (5)夢
食事を終えた三人は、アリサが見つけてきた宿へと向かった。宿の名は「月光の庭」。建物全体が蔦に覆われ、静かで落ち着いた雰囲気だ。アリサは、エライザの不安そうな様子に気づき、大きな一つの部屋を借りることにした。
部屋に入ると、三つのベッドが並んでいる。エライザは、安堵したようにバッシュの隣のベッドに腰を下ろした。
「さあ、明日に備えて、ゆっくり休もう。その前に、一つだけ確認しておきたいことがあるんだ。」
アリサはそう言って、地図を広げた。
「ここが、僕たちが今いる町、リーヴェだ。ここからローレル王国へは、もうそれほど遠くない。しかし、国交があるわけじゃないから、普通には入れない。隣接する未開の地の横を抜けて、結界の隙間を探し入ることになる。」
アリサは、地図上の深い森が描かれた場所を指差した。
「未開の地…?」
エライザが不安そうに尋ねた。
「ああ、ここは星屑の海の端にあたる場所さ。だけど、町に近いから危険はない。多くの商人や旅人が使っているルートだ。ただし、結界を抜けてローレル王国に入ったら、気をつけて行動しよう。アイシアとは全く違う国だからね。僕が知っている情報も、古いものかもしれない。」
アリサは、二人の顔を交互に見つめ、真剣な表情で付け加えた。
「ローレルは、昔から科学技術が強い国だ。特に、研究に関しては、他の追随を許さない。君たちの探している情報も、きっとそこにあるはずさ。」
バッシュは静かに頷き、エライザもまた、アリサの言葉に力強く頷いた。
「わかった。気をつけよう。」
夜が更け、エライザ、アリサの二人はそれぞれのベッドに入り、静かに眠りについた。
バッシュは、いつものように剣を枕元に置き、窓辺に身を寄せるようにして眠りについた。だが、その夜、彼は夢を見た。いや、夢だったのだろうか。
気が付くと、彼は見慣れない場所に立っていた。周りには、天高くそびえる巨大な樹木が生い茂り、頭上からは、優しい光が降り注いでいる。そこは、物語でしか聞いたことのない、世界樹の根元だった。
その時、一筋の光がバッシュの目の前に現れ、やがて小さな妖精の姿へと変わる。異界の狭間で会った、あの妖精だ。
妖精は、澄んだ声でバッシュに語りかけた。
「真実を見つけよ。お前はここで、指輪を託された者…世界の、安定のために…」
その言葉を最後に、バッシュの意識は、ふっと途切れた。
朝日が部屋に差し込み、バッシュはゆっくりと目を開けた。先ほどの出来事は、夢だったのだろうか。それとも、意識だけが異界へと飛んでいたのか。夢の断片だけが、彼の頭の中に残っていた。
(指輪…世界の、安定…)
彼は、無意識に左手の指輪を握りしめた。
その時、隣のベッドから、優しい声が聞こえてきた。
「…おはよう、バッシュ。」
エライザが、先に目を覚ましていた。彼女は、バッシュの様子に気づき、心配そうな顔で尋ねた。
「どうしたの?ひどく汗をかいているみたいだけど…」
バッシュは、夢の内容を語らなかった。エライザにこれ以上、不安な思いをさせたくなかったからだ。
「ああ、大丈夫だ。少し、寝汗をかいただけだ。」
バッシュはそう言って、精一杯の笑顔を浮かべた。その笑顔に、エライザは安堵したように微笑み返した。
「よかった。もう、無理はしないでね。」
そのやり取りを聞いていたのか、アリサもむくりと体を起こした。
「んー…おはよう、二人とも。なんだか、二人とも朝から真剣な顔だね。何かあったのかい?」
アリサはそう言って、悪戯っぽく笑った。そのいつもの明るい声に、部屋の中の重い空気が、少しだけ和らいだ。
三人は顔を洗い、身支度を整えると、宿の食堂へと降りていった。食堂はすでに多くの旅人で賑わっており、活気にあふれていた。彼らが席に着くと、ほどなくして朝食が運ばれてきた。
焼きたての香ばしいパン、トロリとした黄身が食欲をそそる目玉焼き、そして、シャキシャキとした新鮮なレタスとトマトのサラダ。温かいミルクが三人の疲れた体を優しく温めていく。シンプルだが、旅の始まりには十分な食事だった。
食事を終えた三人は、馬小屋へと向かい、それぞれの馬の手綱を引いた。バッシュの馬は、筋肉質な体を朝日の中で輝かせ、今にも駆け出しそうだ。アリサは、小柄な馬に慣れた様子で跨がり、エライザはバッシュの馬の後ろへとそっと乗り込んだ。
「準備はいいかい?さあ、ローレル王国に向けて、出発だ!」
アリサの元気な声が、朝の静かな空に響き渡る。三人の馬は、蹄を鳴らしながら宿場町を後にし、星屑の海へと続く道を進んでいった。
道中、バッシュはひたすら考え事をしていた。妖精の言葉が、彼の頭から離れない。
(「真実を見つけよ。お前はここで、指輪を託された者…世界の、安定のために…」)
妖精の言葉は、まるで彼の過去を解き明かす鍵のように思えた。物心ついた頃から身につけていたこの指輪。そして、背中に刻まれた「875」の刻印。それらが、この世界の運命とどう繋がっているのか。
(俺は…世界の安定のために、この指輪を託された…?)
バッシュは、無意識に左手の指輪を握りしめた。その感触は、いつもと変わらない。しかし、その重みが、今は違って感じられた。それは、指輪そのものの重さではなく、そこに込められた、この世界の運命という途方もない重さだった。
バッシュは、隣に座るエライザをちらりと見た。彼女は、不安そうな表情で、しかし強い眼差しで前を見つめている。彼女の故郷を襲った悲劇、そして彼女自身が背負うことになった「鍵」としての運命。
(必ず…真実を突き止めてみせる。)
バッシュは、改めて心に誓った。自分の過去、エライザの「鍵」とは、そしてこの世界の運命。その全てを解き明かすために、彼は馬の腹を軽く蹴った。




