第4章 (4) 戦争の気配
星詠みの寺院を後にし、バッシュたちは再び馬を走らせていた。渓谷を抜け、道は少しずつ開けた森へと続いていく。馬の蹄が立てる軽やかな音とは裏腹に、三人の心は、セレスから告げられた真実の重みに沈んでいた。
「…星詠みの寺院が、封印の地だったなんて…」
エライザが、まるで夢でも見ているかのように、か細い声で呟いた。その声には、驚きと、そしてセレスの言葉が持つ途方もない重みに対する畏怖がにじんでいた。
「まさか、な…」
バッシュもまた、言葉少なにそう応じた。セレスから告げられた事実は、彼の頭の中で、これまでの情報と結びついたり、さらなる謎を生み出したりしていた。
「セレスは言っていた…『鍵』さえなければ、封印は完全には解けない…『あれ』さえなければ、その先には行けない、と…」
バッシュは、セレスの言葉を反芻するように口にした。彼の脳裏には、アリサが語った「力」の封印、そしてロイドが言っていた「模造の命」という言葉が渦巻いている。
すると、隣を走っていたアリサが、いつもの軽やかな調子とは違う、真剣な声で語りかけた。
「『鍵』は、間違いなく君のことだろうね、エライザ。でも、『あれ』とは一体何だろう…?ぼくも、その言葉は前にも聞いたけど何か分からない…」
アリサはそう言って、思案するように顎に手を当てた。
「でも、セレス様は、バッシュが持っている指輪のことを知っていた。そして、世界樹の下で、再び妖精に会うことになるって…それと、『星屑の海』…」
エライザは、不安げな声でバッシュに尋ねた。
「バッシュの指輪と、私の『鍵』…そして、その『あれ』…やっぱり、全部繋がっているのかな…?」
バッシュは、何も答えられずにただ黙っていた。彼の心の中には、まだ整理しきれない情報が渦巻いている。しかし、一つだけ確かなことがある。
(この旅は、俺の過去を探す旅であると同時に、エライザの「鍵」としての意味、そしてこの世界の運命を変えるための旅なのだ。)
バッシュは、馬を走らせながら、静かに、しかし強く決意を固めた。この旅の先に、どんな困難が待ち受けていようと、エライザと共に、必ず乗り越えてみせる。
彼らの馬は、ローレル王国へと続く道をひたすらに進んでいった。その道は、険しく、そして多くの謎に満ちている。しかし、彼らの目には、決して揺るがない、強い光が宿っていた。
「…そうであってほしくはないがな。」
バッシュは、左手の指に光る指輪をじっと見つめながら、静かに呟いた。その指輪が、エライザの「鍵」と共に、世界の運命を揺るがす「あれ」だという可能性。それは、彼の心を重くした。しかし、今はまだ、その真偽を確かめる術はない。
「まずはローレル王国へ。」
バッシュは、それ以上考えることをやめ、前を向いた。馬の腹を軽く蹴り、再び馬を走らせる。エライザとアリサもそれに続き、三人はひたすらに目的地を目指した。
アリサの先導で、三人がたどり着いたのは、ローレル王国へと続く道のりにある最後の宿場町、「リーヴェ」だった。夕暮れ時、町には明かりが灯り始め、どこからか賑やかな声が聞こえてくる。
「さて、まずは腹ごしらえと行こうか。疲れた体には、美味しいご飯が一番だ。」
アリサはそう言って、見慣れない酒場の暖簾をくぐった。二人に促され、バッシュとエライザも後に続く。
酒場の名は「星の盾」、中は多くの旅人で賑わっており、活気に満ちていた。アリサは慣れた様子で空いている席を見つけると、すかさず店員に声をかけ、三人分の食事と飲み物を注文した。
しばらくすると、料理が運ばれてきた。アリサが注文したのは、この土地の名物らしき「グリルド・ミートのプレート」。大きな皿には、香ばしく焼き上げられた分厚い肉と、彩り豊かな季節の野菜が添えられている。バッシュの目の前には、鶏肉とキノコがたっぷり入った濃厚なクリームシチュー。そしてエライザには、新鮮な果実を使ったフルーツタルトと、甘いミルクが運ばれてきた。
一口食べると、バッシュの表情が少しだけ和らいだ。長旅で疲弊した体に、温かい食事がじんわりと染み渡る。エライザも、フルーツタルトの甘さに顔をほころばせた。
「それにしても、いろんなことがありすぎたね…」
エライザが、少し呆然とした表情で呟いた。アリサから明かされた真実、星詠みの寺院での出来事、そして自分たちが背負うことになった運命。あまりにも多くの情報が、彼女の心を占めていた。
「ああ。だが、今は目の前のものを楽しむんだ。それが旅の醍醐味さ。」
アリサはそう言って、豪快に肉にかぶりついた。
三人が食事を味わっていると、隣の席から不穏な噂話が聞こえてきた。
「おい、聞いたか?ローレル王国が、また妙な動きをしているらしいぜ。」
「ああ、皇国の力を抑止するために、何か新しい策を講じようとしているとかいないとか。…また一悶着ありそうだな。」
別の旅人が、低い声で応じる。
「戦争にでもなるんじゃないのか?ここ数年、ローレルと皇国の間に、きな臭い噂が絶えないからな…」
「勘弁してくれよ。戦争が始まれば、俺たちのようなしがない旅人には、ますます生きづらい世の中になる。」
その会話に、バッシュとエライザは顔を見合わせた。ロイドが言っていた「皇国の一部勢力」と、この「ローレル王国」の動き。それらが、本当に戦争という形で表面化してしまうのだろうか。
「戦争…」
エライザが、不安げに呟いた。
アリサは、そんなエライザの様子に気づき、優しく声をかけた。
「大丈夫さ、エライザ。僕らがローレルへ向かっているのは、真実を探すためだ。もし戦争の火種が本当にあるとしても、それがどんなものなのか、この目で確かめに行こうじゃないか。」
アリサはそう言って、再びにこやかに笑った。しかし、その瞳の奥には、彼らが進む道のりが決して平坦ではないことを物語る、真剣な光が宿っていた。




