第3章 (23)支度
バッシュとエライザ、そしてアリサの三人は、連れ立ってロイドの店へと戻った。アリサは、慣れた様子でリュートを背負い、軽やかに歩を進める。彼の存在が加わったことで、重かった二人の足取りも、どこか軽くなったように感じられた。
店に戻ると、ロイドはカウンターで書類を広げていた。三人の姿を認めると、ロイドは眉を上げた。
「おや、3人か、誰だい?そちらは?」
ロイドは、アリサの姿に少し驚いたようだった。バッシュが事情を説明する前に、エライザが興奮気味に口を開いた。
「ロイドさん!吟遊詩人のアリサさんが、ローレル王国まで道案内してくれるって!」
エライザの言葉に、ロイドは目を丸くする。
「ほう…それは、心強いな。まさか、お前たちがそこまで準備するとはな。2人が決めたんだ。異論はない。アリサ殿、宜しく頼む。だが、まさかこの店の宿代を払わないで、うちで過ごそうとでも?」
ロイドが冗談めかして言うと、アリサは楽しそうに笑った。
「ハハ、まさか。ただ、これから同行する身として、旅の準備や情報共有は密にしておいた方がいいだろう?それに、美味しい食事ってのが魅力的でね。」
アリサの言葉に、ロイドも苦笑いを浮かべた。
「冗談だよ。好きに使ってくれ。部屋は空いている。歓迎するさ。」
こうして、新たな旅の仲間である吟遊詩人アリサが加わり、バッシュとエライザのローレル王国への旅は、いよいよ本格的に動き出すことになった。三人の目の前には、まだ見ぬ危険と真実が待ち受けている。
その夜、ロイドの店では、バッシュ、エライザ、ロイド、そしてアリサの四人が食卓を囲んでいた。豪華な夕食を終え、温かいハーブティーが湯気を立てる中、ローレル王国への具体的な計画が話し合われた。
「さて、ローレル王国へ向かうとなれば、移動手段を考えなければならないな。」
ロイドが切り出した。
「馬は俺が手配できる。馬車も考えたが、あれでは歩みが遅すぎる。それぞれ馬に乗るのが一番速いだろう。」
バッシュは頷いたが、エライザが少し困った顔をした。
「あの…私、馬に乗れないんだけど…」
エライザの言葉に、ロイドは「そうか…」と頭をかいた。すると、バッシュが口を開いた。
「俺の後ろに乗るしかないか。安全に運んでやる。」
バッシュの言葉に、エライザは少し照れたように微笑んだ。
「よし、なら、アリサ殿の馬には、最低限の荷物を乗せていくか。」
ロイドの提案に、アリサはにこやかに頷いた。
「了解だ。ぼくの荷は、いつも身軽だからね。」
アリサの言葉に、場が少し和んだ。
「ルートだが、まずは南へ下る。バリスから南には、『星詠みの寺院』が立つ渓谷がある。そこを抜けるのが一番の近道となるだろう。」
ロイドが地図を広げて説明した。
「星詠みの寺院…?」
エライザが興味深そうに尋ねた。
「ああ、昔から巡礼者が多く訪れる場所だ。寺院の僧侶たちは、星の動きから未来を読み解くと言われている。何か手がかりがあるかもしれん。」
アリサが補足した。バッシュも地図を覗き込み、寺院のある渓谷に視線を落とした。
「まずはそこまで行く、と。」
バッシュが確認するように言うと、ロイドとアリサも頷いた。こうして、バッシュ、エライザ、アリサの三人は、明朝にはローレル王国を目指し、まずは星詠みの寺院のある渓谷へと旅立つことが決まった。新たな冒険の幕が、今、静かに開かれようとしていた。
ロイドは、バッシュとエライザの決意を受け止め、アリサの同行にも理解を示した。彼は、地図を広げたテーブルから顔を上げ、静かに口を開いた。
「よし、今後のルートはアリサ殿に任せよう。世界を股にかける吟遊詩人だ。きっと、君たちの旅にとって最善の道を選んでくれるだろう。」
ロイドの言葉に、アリサはにこやかに頷いた。バッシュもエライザも、その言葉に安堵と期待の表情を浮かべる。
しかし、ロイドの視線は突如、バッシュの腰に差された剣へと向けられた。
「しかしバッシュ、その剣、もう限界じゃないのか?」
ロイドの指摘に、バッシュはハッとした。確かに、旅に出てからの度重なる戦闘で、彼の剣はかなりのダメージを負っていた。刃こぼれもひどく、柄も傷だらけだ。無理をすればいつ折れてもおかしくない状態だった。バッシュは自分の剣を見下ろし、内心で同意した。
「え?バッシュの剣、そんなにボロボロだったの?全然気づかなかった…」
エライザが心配そうにバッシュの剣を覗き込む。バッシュは苦笑しながら答えた。
「ああ、少しな。」
ロイドは二人の様子を見て、ふっと立ち上がった。
「ちょうどいい。実はな、いいものがあるんだ。」
そう言って、ロイドは店の奥へと向かった。バッシュとエライザ、そしてアリサは、何が出てくるのかと興味津々でロイドの背中を見守る。
しばらくして、ロイドが手に一振りの剣を持って戻ってきた。それは、飾り気のないシンプルな鞘に収められた、無骨な印象の剣だった。
「これはな、以前、仕入れの旅をしてる時、東の『炎の渓谷』の近くの里に行った時に手に入れたもんだ。なんでも、ドワーフの名工が作った逸品らしい。ずっと店に置いてたんだが、手入れは欠かさなかったから、いつでも使える状態だ。」
ロイドはそう言って、剣をバッシュの前に差し出した。
「使ってくれ。お前にぴったりだろう。」
バッシュは、その剣を慎重に受け取った。鞘から抜いてみると、見た目よりもはるかに軽い。そして、新品のはずなのに、まるで長年使い込まれたかのように手に馴染んだ。ひんやりとした鋼の感触が、手のひらに心地よい。
「…いい剣だ。」
バッシュはそう呟き、軽く剣を振ってみる。しなやかな刃が風を切り、鈍い光を放つ。その切れ味は、彼の長年愛用してきた剣とは比べ物にならないほど鋭いように感じられた。
ふと、刃元に目をやると、何か文字のようなものが刻まれている。しかし、それは見たことのない古代文字のようなもので、バッシュには読むことができなかった。
「この刻印は…?」
バッシュが尋ねると、ロイドは首を傾げた。
「ああ、文字はドワーフの文字に似ているんだが、俺も色々と調べてみたんだが、結局何が書いてあるのかは分からなかったんだ。鑑定士にも見せたんだが、珍しいものだが、危険な魔剣ってわけでもないから好きに使えって言われたよ。」
ロイドは笑いながら続けた。
「飾り気なくて無骨な感じが、お前にぴったりだと思ってな。これも何かの縁だろう。」
「ロイドさん、すごい!バッシュの新しい剣だね!」
エライザがキラキラした目で新しい剣を見つめる。
「わあ、なんだか、前の剣よりももっと強そうに見えるよ。」
アリサも興味深そうに剣を眺めながら呟いた。
「ふむ、これはまた、興味深いな…」
バッシュは、手に馴染む新たな剣を鞘に収め、ロイドに深々と頭を下げた。
「ありがとう、ロイド。遠慮なく使わせてもらう。」
その言葉には、感謝と共に、この剣と共に新たな戦いに挑む覚悟が込められていた。バッシュの新しい剣が、彼らの旅の新たな道標となるだろう。
ロイドは、バッシュに新たな剣を渡すと、今度はエライザの方に視線を向けた。
「嬢ちゃんにはこれをやる。」
そう言って、彼は掌に載せたものをエライザに差し出した。それは、繊細な細工が施された美しいブレスレットだった。きらめく石がいくつか埋め込まれており、光を反射して上品な輝きを放っている。
「わあ…!綺麗…!」
エライザは目を輝かせ、そのブレスレットをそっと受け取った。手のひらに載せると、ひんやりとした感触と共に、かすかな温かさが伝わってくる。
「これはな、魔力が込められてるんだ。簡易的な魔法装置ってとこかな。何かの役に立つかもしれない。精霊魔法を自由に使えるお前なら必要ないだろうが、まあ、今はまだ無理だろうしな。この先、守られるだけじゃ進めない。嬢ちゃんが戦う為のものだ。」
ロイドの言葉に、エライザはブレスレットをじっと見つめ、小さく頷いた。彼女はまだ自分の力を完全に制御できるわけではない。このブレスレットが、旅の途中でどれほど心強い助けになるだろうか。
「ロイドさん、ありがとう!大切にするね!」
エライザは心からの感謝を込めて微笑んだ。その笑顔は、ブレスレットの輝きにも負けないほど明るかった。
バッシュも、そのブレスレットに目を留める。細工の美しさもさることながら、ロイドが「魔力が込められている」と言ったことに、何らかの意図を感じ取った。
「これで準備はできたな。」
ロイドは満足そうに頷き、全員を見渡した。
「出発は明日朝だ。これ以上、ゆっくりもしていられんだろう。こっちは任せろ。グラハム様もソフィアも心配するな。」
ロイドの力強い言葉に、バッシュは静かに頷いた。アリサもまた、にこやかに微笑み、呟いた。
「旅の始まりはいつも、新しい物語の始まりだ。」
「うん!バッシュ、アリサさん、頑張ろうね!」
エライザは、新しいブレスレットを腕にはめ、明るい声で言った。彼女の瞳には、希望と決意の光が満ちている。
こうして、バッシュ、エライザ、そしてアリサの三人は、ローレル王国への新たな旅立ちを明日に控え、それぞれの思いを胸に、最後の夜を過ごすのだった。




