第3章 (22)道先案内人
「そうと決まれば、だ。」
バッシュはそう言うと、すぐにでも旅立ちの準備に取り掛かろうと立ち上がった。彼の性分は、一度決めたらすぐに行動に移すことだ。ロイドはそんなバッシュの様子を見て、苦笑しながらも頷いた。
「おいおい、そんなに急いでどうする。まずはしっかりと準備をしてからだ。無茶はするなよ。」
「分かっている。」
バッシュは簡潔に答え、エライザに視線を向けた。
「エライザ、旅の支度だ。ほとんどのものは店にあるが…」
バッシュは自分のくたびれた装束に目を落とした。長い旅で汚れ、傷んだ服では、新たな冒険に挑むには心許ない。
「…新しい装束を見に行くか?」
バッシュの提案に、エライザの顔がパッと明るくなった。
「うん!たくさんお店あったよね!」
エライザは目を輝かせ、まるで遠足に行く子供のようだ。明るく振る舞うその無邪気な様子に、バッシュの表情も少し和らぐ。
「覚えてる?一番最初に行った町で、バッシュが私のボロボロの服を新しくしてくれた時!」
エライザは、まだバッシュとの間に距離があった頃、彼が自分の傷ついた心と体を気遣い、新しい服を選んでくれた時のことを思い出した。あの時も、今も、バッシュと服を選ぶ時間は、彼女にとって特別な喜びなのだ。
ロイドは二人のやり取りを見て、温かい眼差しを向けた。
「まあ、身なりを整えるのは悪いことじゃない。安全にも繋がる。だが、あまり目立ちすぎるものは選ぶなよ。ローレル王国では、何が危険に繋がるか分からんからな。」
「分かっています、ロイドさん!」
エライザは元気よく返事をした。
バッシュとエライザはロイドの店を後にし、バリスの街の通りへと繰り出した。街には活気が戻りつつあり、行き交う人々の声が響いている。
「ねえバッシュ、今度はどんなお洋服がいいかな?前回は、今着てるのは動きやすいやつだよね?今回はもう少し…格好良いのがいいかな?」
エライザは、あれこれと想像を膨らませていた。
「格好良い…か。何でもいい。動きやすくて、丈夫なものがいい。」
バッシュはそう答えたが、エライザはそんな彼の言葉に全く耳を貸していないようだった。
「だめだよ!せっかく新しい服を買うんだから、バッシュに似合う格好良くて、動きやすいものがいい!」
エライザは、興奮した様子で次々と店のウィンドウを覗き込む。
「ほら、あのお店!鎧とかも置いてあるよ!」
エライザが指差す先には、武具や装束を扱う店があった。店先には、頑丈そうな革鎧や金属製の肩当て、そして色とりどりの布地を使った服が並んでいる。
「ここなら、良さそうなものが見つかるかもしれないな。」
バッシュは頷き、店の中へと足を踏み入れた。エライザは、彼の腕を掴んで引っ張るようにして、店内を回り始めた。
「これどうかな、バッシュ?この革のベスト、かっこいいよ!」
「いや、もう少し落ち着いた色がいい。」
「じゃあ、このフード付きのローブは?旅の途中で、顔を隠したい時とかにも便利そうじゃない?」
エライザは、次々と候補を挙げていく。バッシュも、そんな彼女の提案に付き合いながら、真剣に自分の新しい装束を選び始めた。新たな旅への決意を胸に、二人は慎重に、そして楽しそうに、準備を進めていくのだった。
バッシュは、新しい服を選ぶことに夢中なエライザを見て、少し安心した。故郷の悲劇を乗り越え、こうして笑顔を見せている彼女の姿に、必死に明るく振る舞い、前を向こうとしているその強さを感じたのだ。
「これどう?バッシュ!とっても似合うと思う!」
エライザが目を輝かせて持ってきたのは、深紅のド派手なローブだった。
「いや、これは…」
バッシュが困惑すると、エライザはすぐに別の服を選びに駆けていく。彼女は次々と様々な装束を持ってきては、バッシュに着せ替え人形のように当てて見せた。その度に「うーん、もう少し…」「これはバッシュじゃないね!」と、真剣な顔で品定めをしている。
真面目に旅の道具を選ぶバッシュは、結局、落ち着いたブラウンの冒険者装束を選んだ。鉄の鎧は動きづらい。そのため、要所だけ革で補強された、動きやすさ重視の物だ。
「うん!これならバッシュらしくて、動きやすそうだし、何より格好良い!」
エライザも、最終的にバッシュが選んだ装束に納得したようだ。しかし、唯一譲れないものがあった。
「ねえ、マントはお揃いにしない?同じ色がいい!」
エライザが熱心に勧めたのは、彼女の瞳の色を思わせる、鮮やかな緑色のマントだった。軽く、風になびく素材で、旅には最適だ。
「お揃い…か?」
バッシュは少し戸惑ったが、エライザの強い希望に、結局折れることになった。
「うん!絶対!だって、これからはずっと一緒なんだから、お揃いがいい!同じ色の方が目立ちにくいよ。」
目立ちにくいというのは一利ある、とバッシュは思ってしまった。エライザは、そのマントを自分の首元に当て、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、どんな装束よりもバッシュの心を温かくした。結局、バッシュも同じ色の軽い緑のマントを羽織った。
「よし、これで完璧!バッシュって感じ!」
エライザは、新しい装束に身を包んだバッシュを、満足げに見上げた。彼女の言葉に、バッシュの口元にもかすかな笑みが浮かぶ。彼らの旅は、このお揃いのマントと共に、新たな一歩を踏み出すことになった。
新しい装束を身につけ、準備が整ったバッシュは、次の課題に頭を悩ませていた。
(どうやって、ローレル王国へ向かうか…)
知らない土地へと旅立つには、道案内が必要だ。しかし、見ず知らずの人間を簡単に信用するわけにはいかない。特に、この国の一部勢力が敵かもしれない今、迂闊な行動は禁物だ。バッシュはエライザに視線を向け、何か良い案がないかと考えていると、エライザがポンと手を叩いた。
「あっ!バッシュ、そうだ、アリサさん!」
エライザの声に、バッシュはハッと顔を上げた。
「アリサ、だと?」
「うん!アリサさん、世界中旅してるって言ってたでしょ?いろんな場所を知ってるはずだよ!お願いしたら、道案内してくれないかな?」
エライザの提案に、バッシュは「確かに」と頷いた。アリサは、エルフの里の真実を語ってくれた恩人だ。何より、彼の知識と経験は、見知らぬ土地へ向かう上で何よりも心強い。
「よし、行ってみよう。確か、『木漏れ日の宿』だったな。」
バッシュはそう言うと、エライザと共に宿へと向かうべく、店を出た。
『木漏れ日の宿』は、その名の通り、宿の周りに植えられた木々から柔らかな木漏れ日が差し込む、落ち着いた雰囲気の宿だった。二人が宿の扉を開けると、先ほどギルドで見たような喧騒はなく、静かで心地よい空気が流れている。
宿の主人にアリサのことを尋ねると、彼は奥の談話室へと案内してくれた。談話室には、暖炉の火が静かに燃え、数人の旅人が談笑している。その一角に、アリサの姿があった。彼は窓辺の席に座り、リュートを軽くつま弾きながら、何かを書き留めているようだった。
「アリサさん!」
エライザが、弾むような声でアリサに駆け寄った。アリサは顔を上げ、二人の姿を認めると、にこやかに微笑んだ。
「おや、君たち。どうしたんだい?何か困りごとでも?」
アリサの問いに、バッシュが口を開いた。
「アリサさん。実は、あなたにお願いしたいことがあるんです。」
バッシュは、ローレル王国へ旅立つこと、そしてその道案内をお願いしたい旨を、簡潔に伝えた。アリサは、バッシュの言葉を静かに聞き、その表情は真剣なものへと変わっていく。
「ローレル王国へ、か。危険な旅になるだろうに…なぜ、そこまで急ぐ?」
アリサの問いに、バッシュは迷うことなく答えた。
「知るために。この世界の真実を。そして、二度とエライザのような悲しみを誰にも味わわせたくない。そのためには、ローレル王国へ行く必要がある。」
エライザも、バッシュの隣で力強く頷いた。
アリサは、二人の真剣な眼差しを交互に見つめ、しばらく沈黙した。そして、静かに息を吐くと、柔らかな笑みを浮かべた。
「そうか…分かったよ。君たちの覚悟、しかと受け取った。ぼくはあてのある旅をしてる訳じゃない。この世界を旅する吟遊詩人として、君たちの旅にはすごく興味を惹かれるからね。一緒に行こう。」
アリサはそう言って、リュートをそっと傍らに置いた。
「では、旅の準備をしよう。ローレル王国への道は険しいが、ぼくが案内しよう。少し寄り道もね。」
アリサの言葉に、バッシュとエライザの顔に安堵と喜びの表情が広がった。新たな旅の仲間を得て、彼らのローレル王国への道が、今、明確に開かれた。
アリサの言葉に、エライザは首を傾げた。
「寄り道、って?」
バッシュもまた、彼の意図を測りかねてアリサを見つめた。
アリサは、にこやかにリュートを手に取り、軽く弦を弾いた。
「ああ、そうさ。ローレル王国へはそれなりの道のりがある。安全な道を案内するだけなら、専門の道案内人もいるだろう?」
彼は視線を二人に向けた。
「ぼくが君たちを案内するからには、君たちの旅がただの移動で終わってはつまらない。道中には、ぼくが歌い継いできた物語の舞台となった場所、古の伝承が息づく地がたくさんある。そこには、君たちが知るべき真実の断片や、もしかしたら君たちの力に繋がる手がかりが隠されているかもしれない。急ぎだろうから、そんなには寄れないが。」
アリサは意味深に微笑んだ。
「それに、吟遊詩人としてのぼくの仕事は、世界中の物語を紡ぎ、歌にすることだ。君たちの壮大な旅も、ぼくにとっては最高の物語の素材になる。ただ目的地へ向かうだけでは、もったいないだろう?」
アリサは、バッシュとエライザの旅を、自身の「物語」の一部として捉え、彼らを導こうとしているのだ。それは、彼らの目的達成のためだけでなく、アリサ自身の探求心をも満たすための「寄り道」となるのだろう。
アリサの言葉に、バッシュは深く頷いた。
「ああ、それで構わない。こちらは頼んでいる身だから。」
エライザもまた、彼の提案に納得したように頷いた。アリサの「寄り道」が、自分たちの旅をより豊かなものにし、必要な手がかりを見つける助けになるかもしれないと直感したのだ。
アリサは、バッシュとエライザの了解を得ると、すぐに立ち上がった。
「そうと決まれば、ぼくはこの宿を引き上げて、君たちの宿に伺ってもいいかい?」
彼の言葉に、バッシュは一瞬考えるが、すぐに「大丈夫だろう」と答えた。ロイドもアリサが信頼できる人物であることには同意するだろう。
エライザは、アリサが同行してくれることが嬉しくてたまらない様子で、笑顔で言った。
「うん!ぜひ来てね!ロイドさんもきっと喜ぶと思う!」




