第3章 (21)新たな目的地
朝食を終え、バッシュとエライザは身支度を整えて食堂へと降りた。エライザの顔にはまだ疲労の色が残っていたが、その瞳には昨日とは異なる、強い光が宿っている。食堂にはすでにロイドが座っており、温かいハーブティーを淹れて二人の帰りを待っていた。
ロイドは、二人が席に着くのを確認すると、静かにカップを傾け、問いかけた。
「で、どうする?今後のことだが。」
ロイドの言葉に、バッシュは深く考え込んだ。騎士団、魔術師団、そして「力」の封印。あまりにも巨大な敵を前に、どこから手をつければいいのか、すぐに答えが出ない。彼の脳裏には、アリサの言葉がリフレインしていた。
「騎士団に乗り込むか…」
バッシュは、思わず口から漏れた言葉に、自分自身も驚いた。それはあまりにも無謀で、しかし、今の彼にとって最も直接的な方法のように思えたのだ。
ロイドは、バッシュの言葉に目を見開いた。
「なに?乗り込むだと?正気か、バッシュ!騎士団はバリスの警備も担当している。正規の兵士がひしめき合っている上に、あの『緑のローブ』の魔術師団もいるんだぞ。正面から乗り込んだところで、無駄死にするだけだ!」
ロイドの声には、明らかな動揺と、バッシュを案じる気持ちがにじんでいた。
「だが、それが一番早い。グラハムを襲った奴らも、エライザを狙う奴らも、そこの一部だろう。直接乗り込んで情報を引き出す。」
バッシュは、自分の考えを言葉にするにつれて、その決意を固めていく。
エライザは、そんなバッシュの隣で、不安そうに顔を見上げていた。
「でも…危険だよ、バッシュ…」
「危険なのは分かっている。だが、こうしていても、奴らはまた襲ってくるだろう。じっと待っているだけでは何も変わらない。」
バッシュは、エライザに言い聞かせるように言った。彼の言葉は、エライザの故郷が滅ぼされた悲劇を繰り返さない、という強い覚悟から来ていた。
ロイドは、腕を組み、険しい表情でバッシュを見つめた。
「確かに、じっと待っているだけでは埒が明かないのは同意する。だが、もっとやりようがあるだろう。それに、お前のその『模造の命』に関する情報も、グラハム様が目覚めてからの方が詳しい話が聞けるかもしれん。焦るな、バッシュ。」
ロイドは、バッシュの衝動を抑えようと説得を試みる。
「それに、いくらお前が強い剣士だとしても、単身で乗り込んで無事に帰ってこられる保証などない。お前一人で解決できる問題ではないんだ。それに、もしお前が捕まったりでもしたら、嬢ちゃんの安全はどうなる?」
ロイドの指摘は、バッシュの最も大切な部分を突いた。エライザの安全。それが何よりも優先されるべきことだ。バッシュは、エライザの不安げな表情を見て、言葉に詰まった。
「だからこそ、まずは情報だ。もう少し具体的な計画を立てるべきだ。騎士団や魔術師団の動向を探る方法や、潜入の可能性を探る方が賢明だろう。それに、我々も手を貸すことができる。」
ロイドは、落ち着いた声でバッシュに提案した。彼の言葉は、冷静で現実的だった。
「わかった…」
バッシュは、ロイドの言葉に頷いた。無謀な行動は、エライザを危険に晒すことになりかねない。
「だが、どうやって…」
バッシュの問いに、ロイドは意味ありげに口元を上げた。
ロイドは、バッシュとエライザに視線を向け、真剣な表情で続けた。
「俺はここで情報を集める。グラハム様がいつ目を覚ますかも分からんし、ソフィアも俺たちが守らなければならない。だから、この場所を離れることはできない。」
ロイドの言葉には、グラハムとソフィアへの深い責任感がにじんでいた。
「だが、心配はいらない。俺たちがいる間は、グラハム様のことも、ソフィアのことも、安心して任せてくれていい。どんなことがあっても、渡さない。どんなことをしても守ってみせる。」
彼は強く言い切った。そして、バッシュの目を見据える。
「そこでだ、バッシュ。お前には提案がある。ローレル王国に行ってみないか。」
ロイドの言葉に、バッシュの眉間に皺が寄る。ローレル王国。彼の脳裏には、過去に図書館で目にした資料の数々が蘇った。世界樹の秘密、精霊魔法、そしてシルヴァが話していた「世界の均衡を乱す力」…それら全てが、ローレル王国へと繋がっているように思えた。
「あの国が、この状況の原因になっている可能性は高い。もし、例の『力』を求める動きが、その国の内部で本格化しているのなら、現地でしか分からない情報があるはずだ。危険なのは重々承知しているが…」
ロイドは、バッシュの決断を待つように、静かに言葉を止めた。
バッシュは、視線を隣に座るエライザへと向けた。エライザは、ロイドの言葉を全て聞き終え、静かにバッシュを見つめ返している。その瞳には、不安と、そして共に歩むという固い決意が宿っていた。彼女もまた、自分の故郷を奪った真の敵を探す旅の始まりを予感しているようだった。
バッシュの言葉に、食堂に沈黙が降りた。重く、しかし、確かな決意がその場に満ちる。
「…行こう。」
バッシュは、静かに、しかし力強く言った。その声には迷いがなく、ただ前に進むという固い意志が込められていた。
その言葉を聞いた瞬間、エライザはハッと息を呑んだ。そして、反射的にバッシュの服の裾をぎゅっと掴んだ。不安と、置いていかれるのではないかという恐れが彼女の心をよぎる。
「一緒だよ…?」
エライザは、涙で潤んだ不安な眼差しをバッシュに送った。その瞳は、彼の隣を離れたくないという、彼女の切なる願いを物語っていた。
バッシュは、まっすぐに彼女の目を見つめた。
「ああ。必ず守る。」
バッシュの言葉は、揺るぎない誓いだった。彼は、どんな困難があろうとも、エライザを決して一人にはしないと、改めて心に誓った。
ロイドは、二人のやり取りを静かに見守っていた。そして、大きく息を吐き出すと、どこか満足げな、そして少し呆れたような笑みを浮かべた。
「やれやれ…全く、お前たちには敵わないな。だが、分かった。お前たちの覚悟、しかと受け止めた。」
ロイドはそう言って、深く頷いた。彼の表情には、二人の新たな旅立ちを認め、見送る親のような温かさがにじんでいた。
「だがな、ローレル王国は簡単じゃない。慎重に行動しろ。何か困ったことがあれば、いつでも連絡しろ。俺もできる限りの手は尽くす。」
ロイドの言葉は、彼らの旅への心配と、そして確かな信頼が込められていた。彼のバックアップがあれば、バッシュとエライザは、きっとこの困難な旅を乗り越えられるだろう。




