第3章 (20)覚悟
バッシュは、アリサの温かい共感に感謝の念を抱き、深く頷いた。
「アリサさん、ありがとう。話してくれて、助かった。」
エライザも、涙で濡れた目でアリサを見上げ、小さく「ありがとう」と呟いた。
アリサは優しく微笑んだ。
「気にしないでくれ。辛い真実だけど、君たちには知る権利がある。ぼくはまだこの街にいるから、何かあったらいつでも声をかけてくれ。宿は広場のすぐそばの『木漏れ日の宿』さ。」
そう言って、アリサは軽く手を振ると、再び人混みの中へと溶け込んでいった。その背中は、どこか寂しげでありながら、強い決意を秘めているようにも見えた。
バッシュとエライザは、重い足取りでロイドの店へと向かった。エライザの心には、故郷の悲劇と、それに伴う怒り、そして未来への不安が渦巻いていた。バッシュは、そんな彼女の隣に寄り添い、静かに歩みを進める。
店に戻ると、奥の厨房から温かいシチューの香りが漂ってきた。ロイドがすでに帰っているようだ。
「ロイド!」
バッシュが声をかけると、ロイドは振り返り、二人のただならぬ雰囲気にすぐに気づいた。
「おかえり。どうした、そんな顔して。何かあったのか?」
ロイドの問いかけに、エライザは力なく首を振った。彼女の顔色は青ざめ、精神的な疲労が色濃く出ている。
「ロイドさん…私…もう、ダメ…」
エライザは、そう言いながら、バッシュの腕にしがみつくようにして、その場に崩れ落ちた。バッシュは、慌てて彼女を抱きかかえる。
「ロイド、すまないが話はあとだ。エライザを休ませる。」
バッシュは、エライザを抱き上げたまま、すぐに部屋へと向かった。ベッドにそっと彼女を下ろすと、エライザは疲労困憊したように、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。その寝顔は、安らかではあったが、どこか悲しみを湛えているようにも見えた。
バッシュは、エライザの寝息を確認すると、静かに部屋を出てロイドの元へと戻った。ロイドは、心配そうな表情で彼を待っていた。
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
「ああ、疲れてすぐに寝てしまった。…ロイド、話したいことがある。」
バッシュは、噴水広場でのアリサとの出会い、そして彼から聞いたエルフの里の悲劇について、詳細に語った。里が「力」の封印であり、この国の一部勢力によって滅ぼされたこと、そして「鍵」ともう一つ「何か」の奪取が目的だったこと。全てを話し終えると、ロイドの表情は次第に険しくなっていった。
「…やはりな。」
ロイドは、重く息を吐き出した。
「お前がギルドで聞いた、魔術師団の内部対立と、この話は繋がる。グラハム様が追っていた裏切り者、そして騎士団や魔術師団の中にいる過激な思想を持つ者たち…奴らの仕業に違いない。」
ロイドは、拳を握りしめた。その目には、怒りと、そして深い憂いが宿っていた。
「『力』を求める愚か者どもが、どれだけ世界を混沌に突き落としてきたことか。奴らは、エルフの里を滅ぼしてまで、その『力』を手に入れようとした。そして、エライザ嬢ちゃんが持つ『鍵』を狙っている…。そして、『《《何か》》』を…」
ロイドは立ち上がり、店の奥にある書棚へと視線を向けた。
「しかし、なぜこの国の一部勢力がそこまでして『力』を求めるのか、そしてその『力』が一体何なのか…。」
ロイドは深く考え込み、顎に手をやった。
「だが、これで少し見えてきたこともある。奴らが嬢ちゃんを狙う理由、グラハム様が襲われた理由。おそらく、グラハム様が持っている情報でもう少し詳しいことが分かるはずだ。目覚めるのを待つしかないな。」
ロイドは、バッシュへと視線を戻した。
「だが、バッシュ…お前のことは、まだまだ謎が多いな。それがこの『力』や『鍵』とどう関係しているのか。それは、グラハム様が目覚めても、すぐに分かることではないだろう。」
ロイドの言葉は、バッシュ自身の深遠な謎が、未だ解き明かされていないことを示していた。彼の旅は、真実へと続く長く険しい道のりになりそうだ。
翌朝、エライザは静かに目覚めた。視線の先に広がるのは、見慣れたロイドの店の天井だ。しかし、その光景は、もう以前と同じではない。昨夜アリサから告げられた、故郷の残酷な真実が、鮮明な悪夢のように脳裏をよぎる。こみ上げてくる怒り、絶望にも似た悲しみ。一筋の涙が、彼女の頬を伝い落ちた。
(すべて…受け入れよう。)
彼女の心に、これまで感じたことのないほど、深く、そして強い感情が沸き上がった。復讐…ではない。もうこれ以上、自分のような悲しみを誰にも味わわせない。この連鎖を、自らの手で止める。バッシュと共に、この運命に立ち向かう。
その時、部屋の扉がノックされ、すぐに開いた。バッシュが、温かい湯気を立てるスープと焼きたてのパンを乗せたトレイを手に立っている。
「エライザ、起きて大丈夫か?」
バッシュの優しい声に、エライザは精一杯の気持ちを込めて、顔に笑みを浮かべた。その笑顔は、涙の跡が残る頬にはまだ少し不自然だったが、彼女の内に秘めた決意を確かに表していた。
「うん、おはよう、バッシュ。もう大丈夫。」
エライザは、少し掠れた声で答えた。バッシュはトレイを傍らのテーブルに置くと、エライザのベッドの端に腰掛けた。
「無理しなくていい。まだ辛いだろう…」
バッシュの言葉に、エライザは首を横に振った。
「辛い…けど、もう、前を向くって決めたの。バッシュが、そばにいてくれるから。」
彼女はそう言って、バッシュの目を見つめた。その瞳には、悲しみの奥に、強い光が宿っている。
「昨日のこと…本当に、ありがとう。アリサさんが話してくれなかったら、ずっと知らずにいたままだと思うと…」
「俺も、まだ頭の整理がついてない。だが、一つだけ分かったことがある。」
バッシュは、エライザの瞳をまっすぐ見つめ返した。
「俺は、君を守る。どんなことがあっても、二度と君を悲しませない。必ず。」
バッシュの言葉に、エライザの目に再び涙が滲んだ。しかし、それは悲しみの涙ではなく、温かい安堵の涙だった。
「うん…私も、バッシュと共に、この運命を乗り越える。もう、誰にもこんな思いはさせない。」
エライザは、小さな拳を握りしめた。その決意は、昨夜の悲劇を乗り越え、より強く、よりしなやかになった彼女の心の表れだった。
「ああ、そうだな、エライザ。」
バッシュは、優しくエライザの頭を撫でた。
「さあ、まずは何か食べよう。ロイドが作ったんだ。きっと美味しいぞ。」
エライザは、小さく頷き、温かいスープを一口飲んだ。じんわりと体に染み渡る温かさが、彼女の心を癒していく。
「ねえ、バッシュ。これから、どうするの?」
エライザの問いに、バッシュは静かに考え込んだ。
「まずは、ロイドと話す。そして、グラハムが目覚めるのを待つしかない。彼が知っている情報が、この謎を解く鍵になるはずだ。」
バッシュの言葉に、エライザは力強く頷いた。彼らの旅は、さらなる真実と、困難な戦いへと続いていく。しかし、もう一人ではない。二人の間には、揺るぎない絆と、未来を切り開くための固い決意が宿っていた。




