第3章 (18)思わぬ出会い
ギルドの喧騒を後にし、バッシュとエライザは街の通りへと出た。熱気と活気が渦巻くギルドとは打って変わって、外の空気はどこかひんやりとしていた。しかし、バッシュの警戒心は最高潮に達していた。ギルドを出てからずっと、視線を感じていたのだ。殺気はない。だが、その気配は、わざとバッシュに気づかれるように、そこにいることを示していた。
(なぜだ?探られているのか…?)
バッシュは内心で警戒を強めた。こんな狭い通りで何かが起きれば、エライザを巻き込む危険がある。
「なあ、エライザ。少し、広いところへ行かないか?」
バッシュは、隣を歩くエライザに、できるだけ自然な声で話しかけた。エライザは、まだギルドで見た珍しい光景に目を輝かせている。
「え?広いところ?どうしたの、バッシュ?何か気になることでもあった?」
エライザは、バッシュの様子を少し訝しんだが、その視線はまだ背後の気配には向いていない。
「いや、なんでもないさ。ただ、少し気分転換に。噴水のある広場が近くにあっただろう?あそこなら、ゆっくり話もできる。」
バッシュは、彼女に気づかれないように、さりげなく方向を誘導した。エライザは、特に疑う様子もなく頷いた。
「うん!あそこの噴水、すごく綺麗だったもんね!行こう、バッシュ!」
エライザは、無邪気にバッシュの手を引いて歩き出した。バッシュは彼女の小さな手を握り返しながら、背後から感じる視線に意識を集中させる。広場まで、一体何が目的で自分たちをつけてくるのか、それを探る必要がある。そして、何よりもエライザを安全な場所に連れて行かなければならない。彼の足は、自然と噴水広場へと向かっていた。
噴水広場にたどり着くと、エライザはきらめく水しぶきに目を奪われた。陽光を反射して輝く水が、彼女の心を弾ませる。
「わあ、やっぱり綺麗だね、この噴水!見て、バッシュ、虹が!」
エライザは無邪気に噴水を指差し、ご機嫌な様子で笑った。その屈託のない笑顔は、バッシュの心を温かくする。
しかし、バッシュの意識は周囲に張り巡らされていた。広場は人通りも多く、子供たちの楽しげな声が響いている。そんな中、バッシュは鋭い視線で周囲を見渡した。そして、その視線が一点に止まる。
広場の端に立つ、一人の男と目が合った。その男は、誰もが振り返るような端正な顔立ちをしており、その美しさは広場の景色にも劣らない。細身で、軽装の身なりだが、その腰には二本のナイフが差されている。どこかで見たような…暗殺者ではないようだが、その風貌、身のこなしから、隠密や素早い動きを得意とする戦術に長けていることが伺える。
男と目が合った瞬間、それまで張り詰めていた空気は嘘のように消え去った。男はにこやかに微笑むと、迷いなくバッシュたちの方へと近づいてくる。警戒しながらも、バッシュはエライザの前に立つようにして、男の動向を見守った。
美しい男は、バッシュの目の前に立ち止まった。その表情は、まるで昔からの知り合いであるかのように穏やかだ。
「覚えてないのかい?この格好じゃわからないかな。」
男はそう言って、軽く口ずさむように歌い始めた。それは、先日この噴水広場でエライザが耳にした、あのエルフの伝承を歌う吟遊詩人の歌だった。
その歌声を聞いた瞬間、バッシュの脳裏に、広場の噴水の前で歌っていた男の姿が鮮明に蘇った。
「吟遊詩人、なのか…!?」
バッシュの驚きに、男は楽しそうに笑った。その笑みは、広場の陽光のように明るかった。
吟遊詩人は、バッシュの驚きに気づいたように、さらに言葉を続けた。
「気付いたかい?ぼくはいつもはこんな格好さ。世界中を旅してるからね、身軽な方がいいのさ。」
そう言って、彼は自身の軽装に視線を落とした。そして、その視線を隣に立つエライザへと向け、にこやかな笑みを深めた。
「そのさ、そのお嬢さん…エルフだろ?少し話がしたくてさ。里について、ね。」
その言葉に、バッシュは目を見開いた。
(里…だと?)
バッシュは、エライザの故郷が既に滅びていることを知っている。吟遊詩人がなぜ「里について」話したがるのか、その真意を探ろうと、警戒心を高めた。エライザもまた、彼の言葉に戸惑いを覚えているようだった。
バッシュは、警戒心を隠さずに吟遊詩人を見据えた。
「何を、知っている?」
バッシュの問いかけに、吟遊詩人は片方の眉を少し上げた。
「そんなに警戒しないでくれよ。まずは自己紹介といくか。」
男はにこやかに笑い、右手を胸に当てて軽く頭を下げた。
「ぼくはアリサ。知っての通り、吟遊詩人さ。世界中を回って、その土地の伝承や歴史なんかを聞いて歌にしている。もちろん、エルフの里が消えたことも知っているよ。」
アリサの言葉に、エライザはびくりと体を震わせた。バッシュもまた、目の前の男がどこまで真実を知っているのか、その意図を探ろうと表情を引き締める。
アリサは、エライザに視線を向け、その表情を読み取ったように続けた。
「話には聞いていたが、生き残りがいるとは思わなかった。だが、ここにいる。ということは、ぼくが聞いた『やつら』は失敗した、ということかな?」
「やつら」という言葉が、エライザの心を強く揺さぶった。彼女は、恐怖と、しかしそれ以上に真実を知りたいという強い衝動に駆られ、涙目で叫んだ。
「知ってること、教えて!里のこと…何があったの!?」
エライザは、バッシュの手を強く握りしめた。その手は震えていたが、彼女の瞳には、どんな真実であろうと受け止めるという固い決意が宿っていた。




