第3章 (13)まばゆい光
ロイドの店の文献を調べようと足を踏み出そうとした、その矢先だった。
ドォンッ!
店の入口で、けたたましい音が響き渡った。扉が叩き壊されたような、破壊的な響きだ。一瞬にして店内の空気が凍りつき、ロイド、バッシュ、エライザの間に張り詰めた緊張が走る。
バッシュは即座に剣を構え、ロイドと共に慎重に音のした方へと向かった。埃が舞う入口の向こうに、二つの人影が見える。一人は黒い装束を纏い、片手には鋭利な剣を携えている。もう一人は、深い色のローブを被り、杖を握っていた。
彼らは何も言葉を発することなく、間髪入れずに襲いかかってきた。その動きから、狙いがエライザであることは明白だった。バッシュは迷わずエライザの前に立ち、剣を構えて応戦する。エライザは、その場でしゃがみ、身を縮め、自身のペンダントを強く握りしめた。
黒い装束の剣士がバッシュに切りかかってくるのと同時に、ローブの人物が短い詠唱を放った。ヒュンッ!と空を切る音と共に、冷気を含んだ氷の刃がロイドめがけて飛来する。ロイドは紙一重でそれをかわし、手早く反撃態勢に入った。
再び、激しい戦いの火蓋が切って落とされた。
ロイドは、氷の刃をかわした勢いそのままに、ローブの魔術師へと視線を固定した。
「魔術師は任せろ!」
バッシュへと短く告げると、ロイドは一気に間合いを詰めていく。バッシュは頷き、自身の前に立つ黒装束の剣士へと向き直った。
「エライザ、下がっていろ!」
バッシュの声に、エライザはペンダントを握りしめながら、さらに店の奥へと身を隠した。バッシュは剣を構え、襲い来る剣士との戦闘態勢に入った。
静寂を破る剣と魔法の衝突音が、再び店内に響き渡る。
バッシュとロイドがそれぞれの敵を優勢に追い込み、勝利が目前に迫った、その時だった。
突如として、店の奥から三人目の人影が現れた。その人物は、闇色のローブを纏い、まるで影から現れたかのように、音もなくエライザ目掛けて飛び出した。
「エライザ!」
バッシュが叫んだ瞬間、持っていた杖が鞭のようにしなり、エライザの足に巻きついた。エライザは悲鳴を上げる間もなく、そのまま店の奥へと強く引きずられていく。
「しまっ…!」
バッシュは慌ててエライザの方へ向かおうとするが、弾き飛ばしたはずの黒装束の剣士が、再び店の入口に立ちはだかった。ロイドもローブの魔術師との攻防で身動きが取れない。
エライザが、視界から消えていく。バッシュの焦燥は頂点に達した。
不意を突かれ、光のローブに足を引きずられたエライザは、ペンダントの守護で傷こそ負わなかったものの、突然の事態に頭が混乱していた。恐怖と絶望が入り混じる中、「バッシュ!」と心の中で叫び続ける。強く、強く、彼がここに来てくれることを願った。
その刹那、エライザの視界の端で、近くにあった店の商品のひとつだろうか、古く装飾の施された一本の短剣が、彼女のペンダントに宿る精霊石と共鳴するように、眩い光を放った。
次の瞬間、戦闘中だったバッシュの体もまた、まばゆい光に包まれたかと思うと、その場から文字通り消え去った。
エライザが「もうダメだ!」と絶望したその時、突如として光の柱が彼女の目の前に現れ、その中から、まさしくバッシュが姿を現したのだ。
バッシュ自身、何が起きたのか全く理解できなかった。しかし、目の前に立つ敵の姿を捉えるやいなや、彼の剣は迷うことなく振り抜かれ、一刀のもとにその敵を退けた。
敵が倒れるのを確認するや否や、エライザは涙を溢れさせながら、バッシュにしっかりと抱きついた。何が起きたかなんてどうでもよかった。バッシュが来てくれたこと、そして再び自分を守ってくれたことへの安堵と喜びが、彼女の全身を包み込んだ。
時を同じくして、ロイドが魔術師を退け、息を切らせながら駆けつけてきた。彼の目にも、目の前で起こった信じられない光景が焼き付いていた。
バッシュと対峙していた剣士は、すでに店の外へと姿を消し、夜の闇に紛れて逃げ去ったようだった。
エライザは、まだバッシュにしがみついたまま、とめどなく涙を溢れさせていた。バッシュはそんな彼女の頭をそっと撫でながら、
「すまない、ちゃんと守れなかった…」
と、少し気を落としたように呟いた。
エライザはバッシュの言葉に、顔を上げ、涙で濡れた顔で懸命に微笑んだ。
「そんなことない!来てくれたもん!守ってくれたよ!…ありがとう。」
彼女の言葉は、彼の心を温かく包み込んだ。
ロイドは、激しい戦闘で疲れ切っていたが、冷静さを保っていた。目の前で起こった信じられない光景を、彼はただ見つめていた。
「おい、バッシュ。今、何が起きた?」
ロイドの問いかけは、この状況の核心を突いていた。
「いや…わからない…気づいたらここにいた…」
バッシュは困惑した表情で、呆然と答える。何が起こったのか、彼自身にも全く理解できていないようだった。
ロイドは首を傾げ、次にエライザに目を向けた。
「嬢ちゃん、何か分かるか?」
エライザは涙をぬぐいながらも、バッシュにしがみついたままだ。
「もうダメだって思って…バッシュのことだけ考えて、心の中で祈り続けたの。そしたら、そこの短剣?かな、ペンダントと一緒に、共鳴するみたいに光輝いて…そしたら光の柱からバッシュが来て…」
ロイドは、エライザが指差した短剣を手に取った。それは、彼が各地で仕入れてきた『変なもの』の商品のひとつで、珍しい装飾が施されていたものだ。彼は短剣をじっと見つめ、考えるように呟いた。
「この装飾…まさか、精霊石のかけらが使われているのか?この短剣に刻まれた文字が古代エルフ語だったから仕入れたんだが…そういうことか…」
ロイドは、目の前で起こった信じがたい出来事を、自身の知識と結びつけようと試みる。
「精霊石は思いの力で左右される…エライザのバッシュへの思いと、精霊石の力、そしてこの短剣がその思いを増幅させ、結果、バッシュを転移させた…と言ったところか。」
ロイドは、驚きを隠せない様子で目を見開いた。「確信はない。とはいえ、信じがたいが、目の前で起きたことだからな…」
バッシュとエライザもその説明を聞いていたが、エライザは今は何も頭に入らないようだった。ただバッシュにしがみついたまま、その温もりを感じていた。
ロイドは店の惨状を見て、大きくため息をついた。
「あ〜あ、めちゃくちゃだ…。だが、片付けはあとだ。」
そう言って、バッシュが倒した敵の確認を始めた。
敵の装束や持ち物を調べたものの、ロイドはすぐに首を振った。
「…まあ、ここまでするやつが、手がかり残すような阿呆ではないよな。何も出てこないな。こいつはグスタフに片付けてもらおう。」
ロイドは再び店を見渡し、襲撃の余韻が残る空間に静かに呟いた。
「今日はさすがにもう来ないだろう。話は落ち着いてから、明日だな。」
バッシュは頷き、まだしがみついているエライザを優しく支えながら、ゆっくりと部屋へと連れて行った。エライザをベッドに寝かせようとすると、彼女は離れないで、とバッシュの服の裾をギュッと掴んだままだった。
バッシュはベッドにそっと腰掛け、「どこにも行かない」
と優しく伝えた。その言葉に、エライザは安心したように、そっと目を閉じた。
エライザは、横になることもなく、バッシュに寄りかかったまま、穏やかな寝息を立て始めた。バッシュもまた、疲労に耐えかねたように軽く目を閉じ、静かに体を休めた。
ロイドもまた、激戦の余韻が残る店を後にし、自身の部屋でようやく安堵の息をついた。
長く、激しい夜が、ようやく終わりを告げた。




