第3章 (12)ロイドの情報
その頃、エライザは、グラハムの呪いを解く手がかりを求めて、ひたすら解呪に関する書物を読み漁っていた。午前中に見つけた古びた小冊子で得た「真の『鍵』たる巫女は、その身を犠牲にすることなく精霊石の力を引き出すことが可能である」という記述が、彼女の心を強く掴んでいた。
様々な解呪の術や儀式が記された書物を読み進めるうちに、エライザは、グラハムの呪いを完全に解くためには、やはり自身のエルフの精霊魔法の力を、より深く解放する必要があるという確信を深めていた。小冊子に書かれていた「精霊石の活性化」が、その鍵となる可能性が高いと感じていた。
しかし、その道のりが決して容易ではないことも、彼女は理解していた。精霊石の活性化には、具体的な手順や、もしかしたら特別な道具が必要となるかもしれない。そして、何よりも、その力を使いこなすための自身の覚悟が問われることを予感していた。解呪の本にのみ絞って読み耽ってきたエライザは、やはりエルフの力の解放が必要に思えていた。
バッシュは、広大な書架の間を縫い、エライザが熱心に本を読み耽っている姿を見つけた。声をかけようとしたその時、エライザがふと顔を上げた。バッシュの姿を見ると、彼女の顔からそれまで張り詰めていた緊張が溶け、自然と優しい笑みがこぼれた。
その笑顔を見た瞬間、バッシュの心に渦巻いていた困惑や重苦しい感情が、まるで魔法のように一瞬で晴れ渡った。「エライザはすごいな」と、バッシュは心の中でつぶやいた。彼女の存在が、どんなに自身の心を揺るがす真実を前にしても、彼を支え、前を向かせてくれることを改めて感じた。
「エライザ、どうだった?」
バッシュは穏やかな声で尋ねた。
エライザは手にしていた古びた小冊子をそっと胸に抱えながら、頷いた。
「うん、収穫はあったわ。グラハムさんの呪いを解く手がかりになりそうなことが分かったの。私の力が鍵になるみたいなんだけど、まだ具体的なことは…」
バッシュも自身の手にしていた「世界樹の秘密」を軽く示しながら言った。
「俺も色々と分かった。俺の過去、そして世界の根源に関わるような話だ。だが、まだ全てが繋がったわけじゃない。もっと調べなきゃならないことが山積みだ。」
二人は互いの顔を見合わせ、その瞳の奥には、新たな真実への探求心と、困難に立ち向かう確かな決意が宿っていた。今日の図書館での発見は、彼らの旅を、これまで想像もしなかった壮大な物語へと誘うものとなるだろう。
「あとはロイドの店の文献だな。戻るか。」
バッシュの言葉に、エライザは素早く手元の本を棚に戻し、まるで離れていた時間を埋めるかのように、ぴたりとバッシュの横に張り付いた。手がかりを探すために離れていたわずかな時間が、エライザにとっては耐え難い寂しさだった。それほどまでに、バッシュの存在は彼女の中で大きくなっていたのだ。
バッシュは、そんなエライザの様子を見て、ふと笑みをこぼした。自分もまた過酷な運命を背負い、自身の出自に悩まされたばかりだというのに、隣で無邪気に笑ってくれるエライザの存在に、どれほど救われているだろうか。彼女の笑顔は、彼自身の心を曇りなく照らす光だった。
二人は、得たばかりの重い真実を胸に、しかし互いの存在を確かめ合うように、図書館を後にし、ロイドの店へと歩き出した。
ロイドの店に戻ると、奥の間に彼が戻っているのが見えた。バッシュとエライザが入ってくるのを見ると、ロイドは軽く手を上げて二人に挨拶した。
「おかえり。図書館での収穫はどうだった?」
ロイドの問いかけに、バッシュはまずグラハムの容態を尋ねた。
「グラハムは…?」
「ああ、ゴールドウィンの処置が効いたのか、今のところ安定している。意識はまだだがな。」
ロイドは安堵したように息をついた。
「それより、お前たちはどうだった?何か手がかりは見つかったか?」
バッシュは頷き、シルヴァから聞いた話を切り出した。
「ああ。図書館で、ある老人に会った。『シルヴァ』と名乗っていたんだが、知っているか?」
ロイドは一瞬、眉をひそめたが、すぐに表情を戻した。
「ほう、シルヴァか。まさか、あんたが彼と会うとはな。彼は昔、皇国の第一級魔術師として魔術師団のトップにいた人物だ。今は引退して余生を送っているが、その魔術の腕は今でも一級品だろう。なぜ、彼が?」
バッシュは、シルヴァがローレル王国の「禁忌」について語ったこと、そして「模造の命」や「世界樹の秘密」について書かれた書物の内容を簡潔に伝えた。ロイドは真剣な表情でバッシュの話を聞き、時折、深く頷いた。
「なるほどな…シルヴァはそういうことまで話したか。まさか、あの書物をあんたが見つけるとはな。」
ロイドは少し考え込むように顎に手をやった。
「確かに、ローレル王国は今も昔も、その禁忌に手を出し続けている。そして、我らがアイシア皇国も、中央には過激な思想を持つ者がいるのは事実だ。」
そして、バッシュはシルヴァのもう一つの忠告を尋ねた。
「それと…『緑のローブの者たちには気を許すな』と言われたんだが、あれは何のことだ?」
ロイドは小さく息を吐いた。「ああ、それは第一魔術師団のことだろう。彼らは皇国騎士団の組織に組み込まれている。ローブの色が緑だからな。確かに、彼らの中には、権力や力を追い求めるあまり、危険な道に進む者もいる。グラハム様が追っていた裏切り者と関係がある可能性も否定できないな。」
ロイドの言葉に、バッシュとエライザの顔に緊張が走った。謎の襲撃者、グラハムの呪い、そして自分たちの過去が、皇国の内部勢力とも深く繋がっていることが明らかになった。
「さて、お前たちが得た情報も踏まえて、次は俺の店の文献を調べてみるか?もしかしたら、そこに共通する手がかりがあるかもしれない。」
ロイドは、そう言って店の奥にある書庫らしき場所を指し示した。
ロイドは、バッシュの質問に答え終えると、彼の指輪に視線を落とした。
「いや、書庫で調べる前に、俺からも話しておきたいことがある。」
ロイドの表情は真剣だった。
「俺が知ってる情報を話しておく。バッシュ、お前がつけているその指輪だ。俺は、それが何なのかまでは知らない。だが、昔、俺たちが捕らえたローレル王国からの刺客が付けていた指輪に、よく似ている。」
バッシュは思わず自分の指輪に触れた。ローレル王国の刺客。それが、自分の指輪とどう関係するのか。ロイドは続けた。
「その刺客は、『鍵』を消しに来ていた。俺たちが捕らえることはできたが、詳しいことは聞き出せなかった。分かるのはここまでだ。」
ロイドの言葉は、バッシュの指輪が持つ謎と、エライザの「鍵」が狙われていることの繋がりを明確にした。ローレル王国が、エライザを、そして「鍵」を危険視している。
次にロイドはエライザの方を向いた。
「そして、エライザ。あんたが持っている精霊石についてだ。この世に現存する精霊石は、数えるほどしかない。非常に希少なものだ。エルフ以外が持っていても、それはただの綺麗な石にすぎない。何の価値もない。」
エライザは、自身のペンダントをそっと握りしめた。
「だが、精霊石は、使い手の思いの力に大きく左右される。精霊石を真に覚醒させたエルフならば、それを自由に使いこなすことができるはずだ。精霊石の力は、あんたの心と密接に結びついている。もし、あんたが精霊石の真の力を引き出せるなら、それはグラハム様の呪いを解く、大きな希望となるだろう。」
ロイドの言葉は、エライザの覚悟を問うように響いた。彼女の「思い」こそが、精霊石の力を解放する鍵なのだ。
ロイドは、バッシュが持つ指輪と、ローレル王国の刺客の話を終えると、軽く笑みを浮かべた。だが、その目は真剣そのものだった。
「で、どうなんだ、バッシュ?お前は味方か?それとも…『鍵』を消しに送り込まれた刺客か?」
ロイドの言葉に、バッシュは一瞬息を呑んだ。「『鍵』を消すための存在…俺もそうなのか?」困惑が彼の顔に浮かび、思わずエライザを見た。
エライザは、バッシュの服の裾をギュッと掴み、小さく首を振った。そして、バッシュに優しく微笑みかける。その笑顔は、「あなたはあなたよ」と語りかけているかのようだった。
エライザの視線を受けて、バッシュは「また俺は…」と、自問自答を繰り返していた自分に苦笑した。気を取り直して、ロイドに向き直る。
「…わからん。」
バッシュの正直な答えに、ロイドは楽しそうに笑った。
「だろうな。」




