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key〜光の先へ〜  作者: 初 未来
第3章 皇都

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第3章 (9)不穏な朝

 深く安らかな眠りから覚め、バッシュはいつものように早く目を覚まし、身支度を済ませた。昨夜の全てを受け入れたことで、彼の心はかつてないほどに穏やかだった。


 その時、階下から物音がした。普段ならロイドが朝食の準備でもしている音だろうが、今日のその音はどこか切迫しているように聞こえた。バッシュは瞬時に警戒態勢に入り、手にしていた剣を握りしめて、素早く階下へと降りた。


 そこにいたのは、グラハムの治療にあたっている看護師のサヤカだった。彼女は息を切らし、肩で大きく呼吸をしている。ローブの袖からはわずかに血が滲み、顔には薄い擦り傷が見えた。


「サヤカ…どうした?」


 バッシュの問いに、サヤカは辛うじて顔を上げた。彼女の目に宿るのは、疲労と、かすかな焦りだ。


 彼女の報告は、バッシュの心を瞬時に凍り付かせた。


「未明に、治療院が襲われました…」


 サヤカの声は、疲労と緊張が入り混じっていた。


「かろうじて退けましたが、またいつ来るか分かりません。」


 再びの襲撃。しかも、今回はバリス市内で、ロイドたちの拠点である治療院が直接狙われたのだ。これは、グリフォンを使った前回とは異なり、より直接的な脅威が迫っていることを意味していた。狙いはグラハムか、あるいはソフィアか。敵がバリスの内部にまで入り込んでいることに、バッシュの警戒心は最高潮に達した。


「ロイド様がお呼びです。」


 サヤカの言葉は、バッシュに次の行動を促した。ロイドもこの事態に、ただならぬ危機感を抱いているに違いない。


 バッシュがサヤカの報告を受けている間にも、物々しい雰囲気に気づいたエライザは、素早く身支度を終え、バッシュのもとへ駆け寄った。サヤカの傷と、彼女の顔に浮かぶ焦りの色を見て、エライザは息を呑んだ。


「ソフィアちゃんは!?グラハムさんは!?」


 エライザは、不安と心配に顔を歪ませながら、サヤカに矢継ぎ早に問いかけた。その目は、早く状況を把握しようと必死だった。そして、すぐにバッシュの方へと視線を移した。バッシュの顔には、もう迷いはなく、鋭い緊張感が漂っている。


「バッシュ、バッシュ!すぐに行こう!」


 エライザは、いても立ってもいられない様子で、バッシュに促した。一刻の猶予もないことを、彼女は直感的に理解していた。


「ああ、行こう!」


 バッシュはそう言って、すぐにサヤカの応急処置を施し、彼女を安静に寝かせた。エライザは心配で今にも泣き出しそうになっていたが、ソフィアとグラハムの安否が気がかりで、バッシュと共に治療院へと駆け出した。


 治療院の扉を開けると、そこはまさに激戦の跡だった。家具は倒れ、壁には斬りつけられたような痕が残り、散乱した薬草や器具が惨状を物語っていた。


 ロイドは、その混乱の中で椅子に深く腰掛けていた。顔色は蒼白で、疲労困憊しているのが見て取れる。ゴールドウィンとグスタフは、床に座り込んでおり、彼らもまた疲労の色を隠せないでいた。


 バッシュは、その惨状を目の当たりにし、ロイドに詰め寄った。


「何があった!?」


 ロイドは、ゆっくりと顔を上げた。


「見ての通りだ、やられた。」


 彼の声には、悔しさがにじんでいた。


「油断してた訳じゃない…が、相手が相当な手練だった…退けるのが精一杯で、何にも聞き出せなかった。すまない、誰かは、分からない。攻め入ったのは、剣士、魔術師らしいやつ、おそらく外にもいたはずだ…」


 ロイドの報告に、エライザはたまらず彼の言葉を遮った。


「ソフィアちゃんは!?ソフィアちゃんは無事なの!?」


 彼女の声は、切羽詰まっていた。


「あ…ああ、無事だよ。」


 ロイドは、エライザの必死な問いに、安堵させるように答えた。


「サヤカの魔法結界のシェルターに入ってたからな。大丈夫だ。グラハム様も。」


 その言葉に、エライザは大きく胸をなでおろした。サヤカが看護師でありながら魔法結界を操るとは、やはりただの看護師ではない。元騎士団員というロイドの言葉が改めて確信に変わる。


 バッシュは、ロイドの無事を確かめるように問いかけた。


「ロイド、お前は大丈夫なのか?」


「ああ、ここの3人は大丈夫だ…ちょっと疲れたがな、それなりに強いんだよ、俺たちはな。サヤカも大丈夫だよ、あれくらいなら。」


 ロイドは、そう言って力なく笑った。しかし、彼の顔に残る傷跡と、室内を覆う破壊の痕跡は、その言葉とは裏腹に、彼らがいかに激しい戦闘を経験したかを雄弁に物語っていた。


「まさか、バリスの街中まで狙われるとはな…」


 バッシュは、散乱した治療院の惨状を見回しながら、低い声で呟いた。敵がここまで大胆な行動に出るとは、彼の想像を超えていた。


 ロイドは、疲れた顔で首を振った。 「ああ。完全に想定外だった。街の警備も厳重なはずなんだが…それだけ相手が周到だったということだろう。あるいは、内通者がいるか…」


 その言葉に、バッシュの脳裏に「裏切り者」という言葉が再び浮かんだ。グラハムが狙われ、ソフィアも命を狙われている。そして今、彼らの拠点が襲撃された。全てが繋がっているとしか思えない。


「敵の狙いは、やはりグラハム様か、ソフィアちゃん、そして…エライザか。」


 ロイドは、鋭い視線をエライザに向けた。エライザは、その視線に小さく身震いした。


 エライザは、不安げな表情で尋ねた。


「私…どうしたらいいの…?」


 ロイドは、エライザの不安を察したように、優しく諭すような声で語り始めた。


「エライザ、あんたが持っている『鍵』であり精霊の巫女としての力は、どうやらとんでもないものらしい。昨日、吟遊詩人の歌を聞いたと言っていただろう?あれは、ただの物語じゃない。神話の時代から続く、真実の一端を語っている。」


 ロイドの言葉に、エライザは静かに耳を傾けた。


「俺たちが知りたいのは、その『鍵』が何を封じているのか、そして、なぜグラハム様がその情報を追っていたのかだ。あんたの力が目覚めれば、グラハム様を回復させることもできるかもしれない。」


 ロイドは、バッシュとエライザの顔を交互に見つめた。彼の目は、真剣そのものだった。


「だからこそ、頼む。図書館で、もっと深く調べてくれ。俺の店にある文献も、何かの役に立つかもしれない。」


 ロイドの言葉は、彼らの使命を改めて明確にした。グラハムの回復、そして「鍵」の謎の解明。


「分かった。」


 バッシュは、迷いなく頷いた。敵の襲撃により、事態の緊急性が増した。ここで立ち止まっているわけにはいかない。


「エライザ、行こう。」


 バッシュは、エライザに優しく声をかけた。


 エライザは、ロイドの言葉に強く頷き、バッシュの隣に並んだ。彼女の顔には、まだ不安の色は残っているものの、その瞳には、使命へと向かう強い決意が宿っていた。


「うん!」


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