第3章 (4)休息
ロイドは、グラハムの治療をゴールドウィンに託し、バッシュとエライザに真剣な面持ちで語りかけた。呪いのこと、そして彼自身の過去を明かした彼は、そのまま二人を労うかのように続けた。
「今日はもう遅くなるから、店に戻って休んだらいい。疲れを取ってくれ。」
ロイドの言葉には、気遣いがにじんでいた。彼が提供してくれるのは、単なる寝床だけではなかった。
「俺のうちは風呂は自慢なんだよ。好きに使ってくれ。」
そう言って、ロイドはバッシュとエライザに鍵を手渡した。グラハムとソフィアを彼の元部下たちに任せられることに安堵し、バッシュは彼の厚意を受け入れた。
「ありがとう。頼む。」
バッシュはそう言い、ロイドは軽く頷くと、再びグラハムの様子を見守るため、ゴールドウィンの元へと戻っていった。
バッシュとエライザは、治療院をあとにし、ロイドの店へと向かった。昼間はどこか異質な雰囲気を漂わせていた店も、夜の帳が降りた今は、静かにその存在を主張している。鍵を開けて中に入ると、外から見た印象よりもずっと広々とした空間が広がっていた。商品棚には様々な品々が並び、奥には生活空間へと続く通路が見える。
「思ったよりも広いな…」
バッシュが呟くと、エライザも感心したように見回した。
「本当に、お店…という感じではないですね。まるで、誰かの秘密の隠れ家のようです。商品?なのでしょうか?雑然と色々置いてあるけど。」
二人は、ロイドの言葉通り、奥へと進んでいく。言われた通りに風呂場を見つけ、その広さと清潔さに驚いた。
バッシュとエライザは、それぞれ順番に風呂で張り詰めた緊張と疲れをほぐした。湯船に浸かり、旅の疲れをゆっくりと癒す。温かい湯が、凝り固まった体をほぐしていくのが分かった。
風呂から上がると、バッシュとエライザは、ロイドが用意してくれたらしい部屋で向かい合って座った。今日の出来事が、まるで嵐のように押し寄せ、二人の周りにはまだその余韻が残っている。
「それにしても、ロイドが元騎士団員だったとはな…驚いた。」
バッシュは、頭をタオルで拭きながら言った。
「そうですね…しかも、ゴールドウィンさんたちも。まさか全員、グラハムさんの部下だったなんて。」
エライザも、今日明かされた真実に驚きを隠せない。
「だからこそ、グラハムの命を救うことに、あそこまで必死なんだろう。そして…俺たちのことも、ある程度は知っているようだったな。俺の指輪のことや、お前の『鍵』のこと…」
バッシュは、ロイドがどこまで知っているのか、改めて考えた。彼の協力はありがたいが、その裏に隠された意図が、まだ完全に掴めない。
「吟遊詩人の歌も気になりますね。『鍵』が力を封じるものだったなんて…もしかしたら、私の力も…」
エライザは、自身のペンダントをそっと握りしめた。彼女の力が、本当に神話に語られるようなものだとすれば、それは彼女の運命を大きく変えることになるだろう。
「ああ。だからこそ、まず明日やるべきことは決まったな。」
バッシュは、エライザの言葉に頷いた。
「うん!まずは皇国中央図書館に行きましょう!ロイドさんのパスがあるなら、きっと色々な文献を調べられるはずよ。」
エライザは、迷いなくそう提案した。吟遊詩人の歌から得た情報、そして自身の力の真髄を探るためにも、図書館での情報収集は不可欠だった。
「そうだな。そこで、あの呪いについても何か手がかりが見つかるかもしれない。ロイドの店にある文献も後で見るとして、まずは図書館が先だろう。」
バッシュも、エライザの意見に同意した。図書館ならば、組織の意図に関わらず、純粋な情報を得られる可能性が高い。そして、グラハムの呪いを解く手がかりも、そこにあるかもしれない。
ロイドの店の一室。温かい風呂で旅の疲れを癒したバッシュとエライザは、それぞれに用意された清潔なベッドへと潜り込んだ。長かった旅路、そして激しい戦いの連続で、彼らが心から安息を得られる場所は、これまでほとんどなかった。
バッシュは、柔らかな寝具に体を沈め、ゆっくりと息を吐き出した。隣のベッドからは、すでにエライザの穏やかな寝息が聞こえてくる。バッシュが隣にいる安心感からか、彼女はあっという間に深い眠りに落ちたようだった。
バッシュは、静かにエライザの寝顔を見つめた。あのリーン村を出て森で出会った頃のエライザは、深手を負い、怯えきった様子で、常に不安に怯えていた。それが今ではどうだろう。太陽のような明るい笑顔を見せ、時には気丈に振る舞い、そして自らの力で危機を乗り越えようと奮闘する。その姿は、あの時のボロボロだった少女とは、まるで別人だ。
(よく笑うようになったな。気持ちも強くなった。本当に、素敵な女性だ。)
バッシュは、心から素直にそう思った。彼女の成長と変化を目の当たりにし、彼の胸には温かい感情が広がっていた。
そして、その笑顔を見つめながら、バッシュは改めて強く誓った。
(この笑顔を、もう二度と失わせない。)
彼の心には、エライザを守り抜くという、揺るぎない決意が宿っていた。彼女の笑顔こそが、この過酷な旅の原動力となり、彼自身の過去と未来を照らす光となるだろう。バッシュは静かに目を閉じ、深い眠りへと落ちていった。




