第3章 (3)正体
バッシュとエライザ、ソフィアは、吟遊詩人の歌が残した余韻を胸に、ゴールドウィン医師の家へと戻った。建物の中に入ると、彼らはすぐにロイドの姿を見つけた。
ロイドは、先ほどまでの商人の装いとは打って変わって、上質な生地で仕立てられた貴族のような服を身に着けていた。その姿は、彼の只者ではないという印象をさらに強くする。
ロイドは、三人を見ると、いつもの軽い口調で彼らに話しかけた。
「よお、みんな。街は楽しめたかな?」
バッシュは、その言葉に軽く「ああ」とだけ返した。ロイドの変貌には驚いたが、今はそれどころではなかった。グラハムの容態が気にかかる。
その時、治療室の扉が開き、体格のいい医師、ゴールドウィンが出てきた。彼の後ろからは、看護師のサヤカとグスタフが、ベッドに横たわるグラハムを押して出てくる。グラハムの顔色は、以前よりもいくらか良くなっているように見えたが、まだ意識は戻っていなかった。
ゴールドウィンは、グラハムの容態について簡潔に告げた。
「酷かったが、まあ、大丈夫だろう。傷はな…」
彼の言葉に、バッシュはわずかに安堵した。物理的な傷は癒えたらしい。しかし、医師の次の言葉が、再びバッシュの顔に緊張を走らせた。
「呪いか魔術かなんか知らんが、それは専門外だ。意識はそれを解かないと難しいかもな。」
ゴールドウィンは、そう言い放ち、無表情のままグラハムのベッドから離れていった。
意識不明の原因は「呪いか魔術」…バッシュの脳裏には、金の耳飾りのローブの男の姿が鮮明に浮かぶ。
その時、ロイドがバッシュとエライザの前に進み出た。彼は、貴族の装いを纏い、その表情はいつもの軽薄なものとは異なり、真剣な眼差しを宿していた。
「呪い…魔術…厄介だな。」
ロイドはそう呟くと、バッシュたちの顔を交互に見た。
「そこはお二人さんにお任せするわ。助ける方法を見つけてくれ。」
ロイドの言葉は、まるでバッシュとエライザに、その呪いを解く責任を委ねるかのようだった。しかし、彼の次の言葉は、バッシュにとって予想外の提案だった。
「代わりと言っちゃなんだが、治療費は気にしないでくれ。グラハムとソフィちゃんの保護も引き受ける。あと、寝る場所はうちの店でよけりゃ使ってくれて構わない。広くて空き部屋だらけだ。」
ロイドは、驚くほど手厚い支援を申し出た。グラハムの治療費だけでなく、彼とソフィアの保護、さらにはバッシュとエライザの寝床まで提供するというのだ。
バッシュは怪訝な顔をした。
「なぜそこまでする?…ほんとに何者なんだ?」
バッシュは、ロイドのあまりにも親身な申し出に、戸惑いを隠せない。彼が只者ではないことは分かっていたが、ここまで踏み込んでくる理由が分からない。エライザもまた、心配そうにバッシュと顔を見合わせた。
二人の様子を察したロイドは、ふっと息を吐き、少しだけ真剣な表情を和らげた。そして、これまでの軽口とは違う、落ち着いた声で話し始めた。
「まあ、そうなるよな。簡単な話さ…」
ロイドは、そう前置きし、周囲に誰もいないことを確認するようにちらりと視線を巡らせた。
「私は元々、皇国騎士団の出だ。簡単に言うと、私はグラハム様の元部下だよ。」
その言葉は、バッシュとエライザにとって衝撃だった。ロイドが皇国騎士団の元騎士、そしてグラハムの元部下だったとは。彼のただならぬ雰囲気、洗練された剣技、そしてバリスの街の隅々まで知り尽くしているかのような様子、全てがこの告白によって繋がった。
バッシュの脳裏に、ロイドが以前口にした「お前は何者だ?」「あのエルフは『鍵』だろ。なぜお前が一緒にいる?『指輪』を持つものが…」という言葉が蘇る。彼がバッシュたちの事情に詳しかったのは、単なる偶然ではなかったのだ。
ロイドは、バッシュとエライザの驚きに満ちた顔を見て、少しだけ口角を上げた。彼の真剣な表情からは、もはや飄々とした商人の面影はなかった。
そして、ロイドはさらに続けた。
「ついでに話すと、このゴールドウィンも、看護師のサヤカも、グスタフも、元々騎士団員さ。みんなグラハム様の下にいたね。」
その言葉に、バッシュは再び驚愕した。あの殺伐とした雰囲気の医師と看護師たちが、まさか全員が元騎士団員だったとは。彼らの連携が完璧だった理由、そしてあの場所の異様な空気も、全てが氷解した。
「だから安心してくれ。ここは、外の目から見ればただの医者の家だが、内側はそうじゃない。グラハム様とソフィちゃんは、ここで俺たちが守る。1番安全な場所だ。」
ロイドは、力強くそう言い切った。その言葉には、仲間への深い信頼と、守るべき者への強い意志が込められていた。バッシュのロイドに対する疑念は、その時、ほぼ消え去った。
しかし、ロイドはそこで一度言葉を切った。その瞳には、何か強い決意が宿っている。
「その代わり、バッシュ、エライザ…なんとしてもグラハム様を意識不明から回復させてくれ。」
彼の言葉は、二人に向けられた切なる願いだった。グラハムの回復が、彼らの共通の目的であることを改めて明確にした。
ロイドは、バッシュとエライザに、グラハムの意識不明の原因が呪いであること、そしてその解決策について語り始めた。
「呪詛の類は、手っ取り早いのは、かけた本人を倒すことなんだが…わかっていても難しい方法だな…」
ロイドは苦々しげにそう呟いた。金の耳飾りの男を倒すこと。それは確かに根本的な解決策だが、その男の正体も居場所も不明な現状では、あまりに非現実的な方法だった。
「後は古の解呪の魔法か…」
その言葉に、バッシュとエライザの脳裏には、先ほど広場で聞いた吟遊詩人の歌が蘇った。エルフが「負の力を払いのける」という神話の一節。それは、エライザの精霊の力と繋がっているのかもしれない。
ロイドは、バッシュとエライザの顔を交互に見た。そして、どこか決意を秘めた表情で続けた。
「そうだ、俺の店に、各地から集めたガラクタ…いや、貴重な文献なんかがあるから、それで調べたりもしてくれて構わない。」
ロイドの言葉に、バッシュはハッとした。先ほど素通りした、あの謎めいた店。そこには、グラハムの呪いを解く手がかりがあるかもしれない。
「ギルドにも話を通しておく。好きに出入りして情報収集してくれ。皇国中央図書館は俺のパスを使えば問題ない。頼んだ。」
ロイドは、そう言って、バッシュとエライザに深く頭を下げた。彼の顔には、グラハムを救いたいという切なる願いが色濃く浮かんでいた。元部下として、そして何らかの使命を帯びた者として、彼は二人に全てを託す覚悟を決めたようだった。
バッシュは、その申し出に迷いはなかった。ロイドが差し伸べた手は、彼らの旅を大きく前進させるものだった。エライザもまた、グラハムを救うため、そして自身の力の真髄を理解するため、その申し出を受け入れる覚悟を決めていた。




