第2章 (14)精霊石
その頃、ロイドは、エライザの元へと歩み寄っていた。彼の顔には、先ほどまでの飄々とした笑みは消え失せ、真剣な探求の眼差しが宿っている。彼は、エライザの胸元で輝きを失った透明なペンダントを、まるでそこに世界の秘密が隠されているかのように、じっと凝視していた。
「これは…」
ロイドの呟きは、夜の静寂の中に吸い込まれていくようだった。彼の鋭い眼光は、ペンダントの奥深くに秘められた何かを見透かそうとしているかのようだった。
ロイドは、エライザの胸元に輝きを失った透明なペンダントを、まるでそこに世界の秘密が隠されているかのように、じっと凝視していた。その顔からは、いつもの飄々とした笑みが完全に消え失せ、真剣な探求の眼差しが宿っている。
「これは…精霊石…」
ロイドの呟きは、夜の静寂の中に吸い込まれていくようだった。彼の鋭い眼光は、ペンダントの奥深くに秘められた何かを見透かそうとしているかのようだった。その言葉には、単なる驚きを超えた、深い知識と理解がにじみ出ていた。
しかし、ロイドはすぐに我に返ったように、いつものふざけた表情に戻った。
「おっと、すまないね!いやー、まさかお嬢さんがそんなとんでもない力を持っていたとはね!すごいすごい!いやぁ、びっくりした!」
彼は、わざとらしく両手を広げて大袈裟に褒め称えた。その態度は、先ほどまでの真剣な表情とのギャップが激しく、エライザは戸惑いを隠せない。
「…精霊石…?」
エライザは、ロイドの言葉を反芻するように首をかしげた。母は「貴方を守るもの」だと言っただけで、それが何であるかまでは教えていない。
ロイドは、エライザの疑問をあえて聞かないふりをして、煙に巻くように言った。
「いやいや、こっちの話さ!とにかく、お嬢さんのおかげで助かったよ!感謝感謝!」
彼はそう言って、わざとらしく頭を下げた。エライザは、さらに混乱したようにバッシュを見上げた。ロイドが何かを知っていることは明らかだったが、それを語るつもりはないようだ。
その間にも、バッシュは自身の傷を確認していた。グリフォンとの正面からの激闘で、さすがに無傷というわけにはいかなかった。右腕にグリフォンの爪が掠めたような、切り傷ができていた。他にも数カ所傷を負っていた。大したことはない、とバッシュは判断したが、すぐにエライザがそれに気づいた。
「バッシュ!怪我を…!」
エライザは、彼の腕の傷を見て、途端に顔色を変えた。その瞳には、不安と心配が大きく浮かんでいる。彼女は慌ててバッシュの腕を取り、その傷を心配そうに見つめた。まるで、自分が守られた代わりに、彼が傷ついたことに責任を感じているかのようだった。
「これくらい、大したことない。かすり傷だ。」
バッシュは、エライザの頭を撫でて安心させようとしたが、彼女の表情はなかなか和らがない。彼女の心の中には、故郷が襲われた時の無力感と、大切な人を守れなかった悲しみが、まだ深く残っているのだろう。
バッシュの右腕にできた浅い切り傷を見て、エライザはたちまち顔色を変え、目に涙を浮かべた。
「バッシュ!怪我を…!」
彼女は慌てて荷台に置いてあった清潔なタオルを手に取ると、震える手でバッシュの傷口にそっと巻きつけた。
「ごめんなさい…私、まだ、治癒の力までは使えない…」
エライザの声は震え、その瞳には自らの無力さに対する落胆が色濃く浮かんでいた。せっかく覚醒し始めたと思った力も、大切な人を傷から守ることができない。その現実に、彼女は打ちひしがれた。
バッシュは、そんなエライザの様子を見て、彼女の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ、エライザ。かすり傷だ。お前が俺を守ってくれたんだ。感謝している。」
彼は笑顔を見せ、心から安心させるように言った。その温かい眼差しは、エライザの心の動揺をゆっくりと鎮めていった。彼の言葉と笑顔は、どんな治癒魔法よりも、彼女の心を癒す力を持っていた。
その間、ロイドは静かに二人の様子を見ていた。彼の顔からは、いつもの軽薄な笑みが消え、真剣な思考の光が宿っていた。
(そうか、精霊石…ということは、彼女は…)
ロイドの視線は、エライザの胸元のペンダントから、その特徴的な耳へと移った。エルフ族の巫女の娘。そして、精霊石。それらの情報が、彼の頭の中で一つに繋がり始めていた。彼は、エライザが単なる「鍵」というだけでなく、世界の根幹に関わる重要な存在であると、この時、確信したのかもしれない。彼の目には、二人の旅が、予想以上に大きな渦に巻き込まれていることへの、深い理解が宿っていた。
激闘のあと、その夜はロイドも珍しく言葉数少なく、焚き火の傍らで軽く眠りについた。バッシュは疲労を感じつつも、警戒を怠らずに見張りを続けた。エライザとソフィア、そして昏睡状態のグラハムは、荷台で静かに休んでいた。森の夜は深く、再び襲撃者が現れることはなかった。
翌朝、陽が昇ると、再びバリスへ向け出発した。エライザとソフィアは、激しい夜の疲れからか、まだ眠ったままだ。バッシュが荷台の幌を閉め、ロイドが手綱を握る。馬車がゆっくりと動き出した。
しばらくの間、二人の間に言葉はなかった。街道を揺られながら、ロイドはどこか遠い目をして前方を見つめていた。しかし、その沈黙は長くは続かなかった。不意に、ロイドは手綱を握る手を緩め、横目でバッシュを鋭く見た。その瞳には、いつもの飄々とした笑顔の奥に隠された、真剣な光が宿っていた。
「おい、バッシュ。お前、一体何者なんだ?」
ロイドの声は低く、昨夜の軽薄さは微塵も感じられない。バッシュは、その真剣な問いかけに、思わず息を呑んだ。やはり、ロイドは何かを知っている。
「あのエルフの娘『鍵』だろ?」
ロイドの言葉に、バッシュの心臓が大きく跳ねた。「鍵」という言葉。それは、妖精がエライザについて語った、まさにその言葉だった。ロイドがそれを知っているということは、彼もまた、世界の「動き」に関わる存在なのか。
そして、ロイドの視線は、バッシュの左手の薬指に留まった。
「なぜ、お前が彼女と一緒にいる?『指輪』を持つ者が…どうしてお前が持っている?」
その言葉は、バッシュの過去、背中の刻印、そして指輪の謎に直結する問いだった。バッシュは困惑した。この男は、自分の指輪についても知っている。彼は一体どこまで知っているのか。敵なのか、味方なのか。
バッシュの脳裏に「裏切り者」という言葉がよぎる。この男は、自分たちをバリスへ誘い込もうとしているのか? それとも、真実を知る者として、彼らを導こうとしているのか? 疑念と警戒が、バッシュの全身を駆け巡った。
ロイドは、バッシュの戸惑いを正確に察知した。その表情に警戒の色が浮かび、言葉に詰まるバッシュを見て、彼はすぐにいつもの軽い口調に戻った。
「っと、やめだやめだ!詮索はここまでにしておこうぜ。この話は《今は》終わりだ。まずはバリスに無事着くこと、お互いそれが先決だろ?もうすぐのはずだが、どうだい?」
ロイドはそう言って、再び前方へと視線を向け、手綱を軽く揺らした。その声には、先ほどの鋭さはなく、いつもの飄々とした調子に戻っている。
バッシュは、ロイドの豹変に戸惑いながらも、彼を問いただそうと口を開きかけた。しかし、すぐにその言葉を飲み込んだ。もしロイドが敵であったなら、その強さを目の当たりにした以上、1人ならともかく、意識不明のグラハムと幼いソフィア、そしてエライザの三人全てを守りながら、彼と戦うのはあまりにも無謀だ。今は、彼らを安全にバリスへと送り届けることが最優先事項だった。
(今は無事にバリスに行くことを優先だな…)
バッシュは、ロイドの真意を測りかねながらも、そう心に決めた。彼の疑念は消えたわけではないが、今は状況を受け入れるしかない。
荷台では、エライザとソフィアが、激しい夜の疲れからか、まだすやすやと穏やかな寝息を立てていた。その無邪気な寝顔を見ていると、バッシュの心は、彼らを守り抜くという決意で満たされた。




