第2章 (10) 新たな出会い
翌朝、宿場町は朝の喧騒に包まれていた。バッシュは、グラハムとソフィアをどうバリスまで運ぶか、その手段を探すために町へ繰り出した。荷馬車の手配を考えていたが、衛兵所の前で尋ねても、すぐに都合の良いものは見つかりそうになかった。
その時、背後から朗らかな声が聞こえた。
「おい、そこの剣士さん!ちょっといいかい?」
バッシュが振り返ると、そこに立っていたのは、年の頃ならバッシュとそう変わらないように見える若い男だった。身なりは質素だが清潔で、明るい笑顔が印象的だ。
「俺はロイドって言うんだ。見ての通り、しがない商人さ。」
ロイドはそう言って、人懐っこく笑った。その言動は軽やかで、誰からも好かれそうな雰囲気を持つ。しかし、バッシュの鋭い観察眼は、その奥に隠された真実を見抜いていた。ロイドの服の隙間から覗く体は無駄なく引き締まっており、一見明るいだけの瞳の奥には、獲物を射抜くような鋭い光が宿っている。ただの商人ではない。そう直感した。
「何か用か?」
バッシュは警戒を解かずに問いかけた。
「いやいや、他でもない。あんた、腕が立つだろう?実は俺、これからバリスまで行くんだが、護衛を探しててね。」
ロイドは、バッシュの剣をちらりと見て、にやりと笑った。
バッシュは眉をひそめた。なぜこの男が、自分の剣の腕を知っているのか。昨日の野盗との一件をどこかで見ていたのだろうか。それとも、あの襲撃の裏にいる者と繋がりがあるのか。様々な疑念がバッシュの脳裏を駆け巡る。
「…なぜ、俺に声をかけた?」
バッシュの問いに、ロイドは肩をすくめた。
「そりゃ、こんな剣の腕を持つあんたみたいな人が、そうそうブラブラしてるもんじゃないからな。それに、実はあんたが衛兵所で、重傷の騎士と子どもを連れて行く方法を探してるって話も耳にしたんだ。」
ロイドの言葉に、バッシュの警戒心はさらに高まった。情報が漏れるのが早い。やはり、この町にも「裏切り者」の目が光っているのかもしれない。
「…なぜ、護衛が必要なんだ?何か危険なものを持っているのか?」
バッシュは、あえて核心を突くような質問を投げかけた。ロイドは、少しだけ目を細めたが、すぐにまた人懐っこい笑顔に戻った。
「そいつは言えない秘密ってやつさ。だが、護衛の報酬は弾むぜ?それに、俺の馬車は荷馬車だからな。あんたの連れてる人も、ゆっくり乗せていける。」
ロイドの言葉は、バッシュにとって魅力的な提案だった。グラハムの容態、そしてソフィアの安全を考えれば、馬車での移動が最善だ。しかし、この男を信用していいのか。
バッシュは逡巡した。他にも選択肢はない。危険は承知の上で、この「胡散臭い」商人と手を組むしかないのか。彼は、エライザの、そしてグラハムとソフィアの顔を思い浮かべた。
「…分かった。話を受けよう。だが、一つ条件がある。」
バッシュの言葉に、ロイドの笑みが深まった。
「ほう?何だい?」
「道中、俺の指示に従ってもらう。俺は、護衛として、あんたの安全を最優先する。だが、俺たちの安全も、あんたの責任だ。」
バッシュの瞳は、ロイドの鋭い眼光を真っ直ぐに見返した。それは、疑念を抱きながらも、この状況を乗り切るための、彼の覚悟の表れだった。
ロイドは、一瞬の沈黙の後、愉快そうに笑った。
「そいつは面白い!いいだろう、剣士さん。あんたの条件、飲ませてもらおうじゃないか。」
そうして、バッシュとロイドの間に、奇妙な契約が結ばれた。
バッシュはロイドと翌朝の出立時間を確認すると、その場を後にした。軽やかな足取りで宿へ戻る彼の表情は、先ほどの警戒心から一転、どこか安堵に満ちていた。疑念は残るものの、グラハムとソフィアを連れて行くという目的に、一筋の光明が見えたからだ。
宿の部屋に戻ると、エライザが心配そうにバッシュを出迎えた。彼女はグラハムの容態を気遣いながら、バッシュの帰りを待っていたのだ。
「おかえりなさい、バッシュ。どうだった?」
エライザの声には、希望と不安が入り混じっていた。
バッシュは静かに頷いた。
「ああ、移動手段が見つかった。明日から、馬車でバリスへ向かう。」
エライザの顔に、わずかな安堵の色が浮かんだ。しかし、すぐに疑問が浮かんだ。
「馬車…?誰が貸してくれるの?」
バッシュは、部屋の隅にある椅子に腰掛けながら、ロイドとの出会いを語り始めた。
「ロイドという商人だ。バリスまで護衛を探していたらしい。俺の剣の腕を見込んで声をかけてきた。」
エライザは、その言葉に眉をひそめた。
「商人、ですか…?でも、急にそんな…信用できるの?」
彼女の不安はもっともだった。この旅で出会う者は、皆、何かしらの裏があるように思える。
「信用できるかどうかは、まだ分からん。奴はただの商人じゃないのは一目見て感じた。体つきも、眼光も、戦い慣れている者のものだった。」
バッシュは、ロイドのただならぬ雰囲気をエライザに伝えた。
「奴は、俺たちがグラハムとソフィアを連れて行く方法を探していることも知っていた。情報が漏れるのが早い。すぐに襲ってこなかったところをみると、おそらく、昨日俺たちを狙った者たちとは直接関係ないだろうが、警戒は必要だ。」
エライザは、その言葉に小さく息を呑んだ。宿場町にまで追手の目が光っている可能性に、改めて身の引き締まる思いがした。
「でも…馬車は必要だったんでしょう?」
エライザは、グラハムとソフィアに視線を向けた。彼らを安全に運ぶには、馬車は不可欠だ。
「ああ。他に方法は見つからなかった。危険は承知の上だ。だが、俺たちの指示に従うという条件も飲ませた。何かあったら、すぐにでも対処する。相談もなくすまない。」
「相談もなくすまない」と、バッシュがそう口にしたことで、エライザの胸にふわりと温かいものが広がる。自分のことを気遣ってくれている、そのささやかな配慮が、何よりも嬉しかった。
バッシュの言葉には、ロイドへの警戒心と、彼らを必ず守り抜くという固い決意が込められていた。
「とにかく、明日からは馬車での移動になる。グラハムとソフィアをあまり揺らさないように、気をつけよう。」
エライザは、バッシュの言葉に頷いた。不安は残るものの、彼の隣にいれば、どんな困難も乗り越えられる。そう信じていた。彼女はそっとグラハムの額に触れ、彼の回復を願った。




