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key〜光の先へ〜  作者: 初 未来
第2章 道連れ

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第2章 (6)騎士と少女

 バッシュは、荷馬車の車輪が元に戻ったことを確認すると、御者と護衛たちは頭を下げて感謝を伝えた。それからバッシュは御者に向け、率直に問いかけた。


「すまないが、皇都バリスまで行きたいんだが、乗せてくれないか。途中まででも構わない。」


 彼の言葉には、助けたことへの見返りを求めるような傲慢さはなく、ただ純粋な依頼の響きがあった。エライザの力を目の当たりにした御者は、その神聖とも言える力に畏敬の念を抱きつつも、彼らの助けに心から感謝していた。


 御者は、すぐに顔を上げて答えた。


「ああ、もちろん!助けていただいた恩義がある。バリスまでは行けぬが、この街道の先の大きな宿場町までは向かう。そこからなら、バリス行きの定期便も多いだろう。」


 御者の言葉に、バッシュは軽く頷いた。その宿場町まででも、彼らにとっては大きな助けとなる。何より、この街道を歩き続けるよりも安全だ。エライザもまた、御者の言葉に安堵の表情を浮かべた。


 荷馬車は、規則的な軋み音を立てながら街道を進む。森での緊迫した戦闘と、精霊の力を目の当たりにした驚きで疲弊していたエライザは、その揺れが心地よかった。バッシュは、御者と護衛たちと簡単な言葉を交わしながら、常に警戒を怠らずに座っていた。


 しばらくすると、エライザは安心しきったように、バッシュの肩にもたれかかってきた。彼のそばにいることの絶対的な安心感が、彼女の心身を深く癒やしていく。バッシュは、エライザがすやすやと穏やかな寝息を立てていることに気づいた。彼女の銀色の髪が彼の腕にかかり、胸元のペンダントが淡い光を反射している。


 バッシュは、エライザの頭を優しく撫で、その小さな寝顔を見つめた。彼女の純粋な信頼が、彼の心に温かい感情を呼び起こす。この旅は危険に満ちているが、彼女を守るという決意が、より一層強固なものになった。


 荷馬車は、規則的な揺れと軋み音を立てながら進んでいたが、不意にその動きを止めた。御者の「おおっと!」という短い声が聞こえ、車体がわずかに揺れる。


 バッシュはすぐに警戒態勢に入り、静かに目を開けた。彼の肩に寄りかかって眠っていたエライザも、その動きで小さく身じろいだ。まだ眠気を含んだ表情で、何が起こったのかとバッシュを見上げた。


「どうした?」


 バッシュは、御者に問いかけた。荷台から降りて、馬車の前方に何が起こっているのかを確認する必要があった。


 バッシュが御者に声をかけたその時、荷馬車の前方から、御者と護衛たちの息を呑むような声が聞こえてきた。バッシュはすぐに荷台から飛び降り、エライザも彼に続いて馬車を降りた。


 街道の先に広がっていたのは、見るも無残な光景だった。数本の矢が突き刺さった、傷ついた騎士が一人、地面に倒れ伏している。彼の傍らには、まだ幼い子どもがうずくまり、騎士の体にすがりついているようだった。周囲の地面には血が広がり、辺りには不穏な空気が漂っている。


 バッシュは、即座に周囲を警戒した。これは単なる事故ではない。騎士が襲われたのだ。あの謎の狙撃者と関連があるのだろうか。


 バッシュは、傷つき倒れる騎士と、その傍らにうずくまる子どもを視界に捉えた瞬間、全身の感覚を研ぎ澄ませた。しかし、森での襲撃の際に感じたような、明確な殺気はどこにもない。周囲は静寂に包まれ、ただ風が草木を揺らす音だけが聞こえる。これは、襲撃者がすでに立ち去ったことを意味していた。


「くそ…」


 バッシュは小さく舌打ちしたが遅かった。


 バッシュは、騎士と子どもの元へ駆け寄った。御者と護衛たちも心配そうな面持ちで後方から見守っている。


 倒れている騎士の胸元に耳を近づけると、かろうじて微かな息遣いが聞こえた。まだ、生きている。しかし、その息は浅く、傷は深い。傍らの子どもは、騎士の腕にしがみつくようにうずくまっており、その小さな体は震えている。子どもは無傷のようだが、その瞳には恐怖と悲しみが深く刻まれていた。


 エライザもまた、倒れる騎士と子どもに心を痛めているようだった。彼女の顔には、かつて自身が経験した悲劇を思い起こさせるかのような、深い哀しみが浮かんでいた。


 バッシュは、倒れている騎士と子ども、そして周囲に漂う不穏な空気から、この場所が安全ではないことを直感した。まだ殺気は感じられないが、いつ襲撃者が戻ってくるか分からない。まずは、この開けた場所から離れ、身を隠すことが最優先だ。


「まずはこの場を離れよう。荷馬車に乗せてくれるだろうか。」


 バッシュは、御者に素早く声をかけた。御者は、バッシュの緊迫した表情を見て、すぐに事態の深刻さを察したようだった。


「もちろんです!早く!」


 御者は即座に荷馬車の扉を開き、騎士を運び込む手助けをしようと身構えた。バッシュは、倒れている騎士にそっと手を伸ばし、慎重に抱き上げた。エライザは、うずくまる子どもに優しく声をかけ、そっと手を引いた。子どもは、怯えながらもエライザの手を強く握りしめた。


 バッシュが傷ついた騎士を抱え、エライザが子どもを連れて荷馬車に乗り込むと、御者はすぐに手綱を握り、馬を走らせた。車輪が砂利道を急ぎ、揺れが激しくなる。御者と護衛たちは、不安と緊張の面持ちで、時折、背後を振り返っていた。森で感じた殺気が消えたとはいえ、この惨状が単なる偶然ではないことを誰もが理解していた。


 荷馬車の中では、バッシュが騎士の応急処置を施していた。深い矢傷は止血が必要だったが、街道の揺れの中でできることは限られている。エライザは、まだ恐怖に震える子どもを抱きしめ、優しく背中を撫でていた。子どもの小さな体温が、彼女の掌から伝わってくる。


 彼らの目的地は、街道の先の大きな宿場町アリストだ。そこまでたどり着けば、騎士を治療できる場所もあるだろう。しかし、彼らを狙う影が、再び姿を現すかもしれない。


 揺れる荷馬車の中で、バッシュは傷ついた騎士の鎧に目をやった。血と埃にまみれているものの、その胸元にははっきりと紋章が刻まれていた。それは、盾と剣を組み合わせたような意匠で、その精巧さと威厳は、ただの兵士のものではないことを示唆していた。


「この紋章は…」


 バッシュの頭の中で、かすかな記憶が蘇ろうとする。どこかで見たような、しかし、明確には思い出せない紋章。それは、この騎士がただの旅人ではなく、ある程度の身分を持つ人物であることを物語っていた。


 そして、バッシュは騎士の傍らにいる子どもへと視線を移した。子どもは、怯えてはいるものの、その服装は上質で、顔立ちにはどこか気品が漂っている。御者や護衛たちが、この状況で彼らをここまで運んでいることも、この子どもが高貴な身分の者であることを示唆していた。


 騎士の紋章と、子どもの佇まい。この襲撃は、単なる野盗によるものではない。何らかの意図を持った者たちによる、身分ある者への襲撃。バッシュは、この一件が、自分たちを追う影、そしてエライザの故郷を襲った出来事と、何らかの繋がりがあるのではないかと感じていた。

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