第1章 (12)共に…
朝食を終え、宿の食堂を後にしようとしたその時、バッシュは立ち止まり、エライザに真剣な眼差しを向けた。彼の瞳には、これからの旅の重みと、彼女への確かな願いが宿っていた。
「エライザ、これから俺と共に旅をしてくれるか?長くなるかもしれないが…」
バッシュの言葉は、飾らない率直なものだった。彼は、あの夜の妖精の言葉、自身の指輪と刻印の謎、そしてエライザが「鍵」として狙われているという事実を、彼女が記憶していなくても、共に歩む覚悟を決めていた。彼の旅は、もはや個人的なものではなく、エライザの運命と深く結びついているのだ。
エライザは、バッシュの突然の申し出に、一瞬言葉を失った。しかし、彼の真剣な眼差しから、その言葉がどれほどの覚悟を伴っているかを理解した。彼女の故郷は失われ、帰る場所はない。そして、彼女自身が何らかの理由で狙われていることも、漠然とだが理解していた。
彼女は、バッシュの誠実さと、これまでの彼の行動を思い返した。深い森で瀕死の自分を助け、守り、そしてこの宿まで連れてきてくれた。彼の存在が、悲しみと恐怖に囚われた彼女の心に、どれほど温かい光を灯してくれたか。
エライザは、バッシュの真剣な眼差しを受け止め、その言葉に深く感動していた。しかし、同時に彼女の心には、ある懸念がよぎった。
「……うん…でも…」
エライザは、躊躇いがちに言葉を続けた。
「私…狙われてるよ…巻き込むことに…」
彼女の瞳には、バッシュを危険に巻き込みたくないという、純粋な思いが宿っていた。自身が「鍵」として何者かに追われているという事実を、彼女はぼんやりとだが理解している。その危険から彼を遠ざけたい、という彼女の優しさだった。
バッシュは、エライザの言葉を聞き、静かに首を横に振った。彼の顔には、迷いも、怯えもない。
「今更だ。それに、俺も俺自身の過去を知るために旅をしている。お前と俺の道は、きっとどこかで繋がっているんだ。」
真っ直ぐ見つめ、不器用に軽くほほ笑んだ。
彼の言葉は、エライザの懸念を打ち消し、揺るぎない覚悟を示していた。彼は、エライザを守り、そして自分自身の謎を解き明かすことが、もはや避けられない運命であることを理解していた。
エライザは、バッシュのその言葉を聞き、彼の強さと優しさに、再び胸を打たれた。彼女には、もう帰る場所がない。そして、一人でこの世界を生き抜くには、あまりにも無力だった。バッシュという存在は、彼女にとって、光であり、希望なのだ。
エライザは、バッシュの揺るぎない覚悟と、自分を巻き込むことを恐れない優しさに、その瞳から大粒の涙をこぼした。それは、悲しみや絶望の涙ではなく、失われた故郷と未来の中で、ようやく見つけた希望の光に触れたことによる、温かい涙だった。
「……うん。あなたと共に…進みます。」
彼女は震える声でそう告げ、バッシュに小さく微笑み返した。その微笑みは、まだ幼い花が雨上がりの朝日に照らされたかのように、儚くも力強かった。孤独な旅路の果てに、彼女は信頼できる仲間を見つけたのだ。
バッシュもまた、エライザの涙と微笑みを見て、静かに頷いた。言葉は多くなくとも、その表情には、新たな決意と、彼女を必ず守り抜くという固い誓いが刻まれていた。彼の旅は、もはや「自分自身の過去を知る」という個人的な目的だけではなく、エライザという「鍵」を守り、世界の「動き」の真実を解き明かす、壮大な使命へと変わった。
二人は、宿場町ゲーテの朝の光の中、新たな旅路へと足を踏み出した。彼らの前には、未知の危険と、想像を絶する困難が待ち受けているだろう。しかし、これからは一人ではない。互いに支え合い、時に助け合いながら、彼らは共に、宿命の道を進んでいく。




