第7章 (2)再確認
機械の馬は、滑らかな駆動音を立てて、問題なく目的地へ進んでいった。ローレル王国の都市部を離れると、周囲の景色は、徐々に人の手が入らない、荒涼とした風景に変わっていく。途中、時折、すれ違う人々の表情は、どこか穏やかで、この国が、争いとは無縁であるかのように見えた。その平和な光景に、バッシュの心は、かすかな違和感を覚える。彼が知る世界は、常に剣と魔法が交錯する、危険に満ちた場所だったからだ。
一日走り続け、すでに周囲は、人気のない荒野となっていた。空には、無数の星々が瞬き、まるで、機械の馬の導きを祝福しているかのようだ。リズは、開けた場所で馬を止め、野営することを告げた。
「本日の行程はここまでとしますわ。周囲に燃やすものがないため、火は起こしません。携帯食で済ませますわよ。」
リズの声は、淡々としていた。彼女は、慣れた手つきで、簡易のテントを設営していく。バッシュたちも、それぞれ役割分担し、手早く野営の準備を整えていった。
夕食の時間。皆が丸くなり、携帯食を食べる。袋から取り出したそれは、見た目はただの肉塊だが、温かく、香ばしい匂いがした。
リズは、無表情に携帯食を頬張りながら、一行の目的を改めて確認した。
「マキナフォレストでの目標は、禁忌の実験の痕跡を探すこと。残っている可能性は十分にありますわ。それを持ち帰り分析、禁忌の研究の実態を明らかにすること。そして、もう一つ…バッシュ、あなたが何者か調べること。」
リズの言葉に、バッシュは、手に持っていた携帯食を、静かに見つめた。彼は、自分の存在が、この旅のもう一つの目的であることを、改めて認識させられた。
「…俺が何者なのか…か」
バッシュが、小さく呟く。彼の瞳には、深い戸惑いと、そして、どうしようもない不安が浮かんでいた。彼は、自分の過去を知らない。手がかりは、ただ、指輪と背中の刻印だけ。彼の心は、まるで、深い霧の中にいるかのようだ。
その様子を、エライザは、静かに見守っていた。彼女は、バッシュの心が、不安で満ちていることを感じ取っていた。手の止まったバッシュの携帯食を横から取り上げ、彼女は、バッシュの顔を覗き込み、優しい微笑みを浮かべた。
「バッシュは何があってもバッシュだよ。」
そう言って、取り上げたバッシュの携帯食を、バッシュの口に運んであげた。
エライザの言葉は、まるで、凍りついたバッシュの心を溶かすように、温かかった。彼女の言葉に、バッシュの表情が、ふっと和らぐ。彼は、エライザの優しさに、深い安堵を覚えた。
「そうだな、考えていても答えはない、俺は俺だ。わからないから探しに来たんだ。」
バッシュは、そう言って、前を向いた。彼の瞳には、再び、旅の目的を達成しようとする、強い意志の光が宿っていた。
アリサは、そんな二人のやり取りを、まるで気にも留めていなかった。彼女は、携帯食の味に夢中になっていた。
「この携帯食美味しい!なんなの?お肉みたいだけど…こんな袋に入って腐らないで食べられるなんて画期的!」
アリサの言葉は、まるで、子供のように無邪気だった。彼女は、食べ物のこととなると、途端に、はしゃぎだす。
エライザは、楽しそうに、アリサの言葉に相槌を打った。
「本当に美味しいね!私も初めて食べたけど、びっくりしたわ!」
その時、リズは、悪戯っぽい笑みを浮かべて、アリサに尋ねた。
「この肉美味しいですか?下水溝のネズミの肉ですけれど…」
リズの言葉に、アリサの顔が、一瞬で固まった。彼女の顔は、青ざめ、引きつった笑みを浮かべた。
「え……」
アリサは、声にならない悲鳴を上げた。しかし、リズは、そんな彼女の反応を、楽しそうに見ていた。
「冗談ですわ。合成して作り出した、健康にとても良い肉的なものですわ。」
リズの言葉に、アリサは、ホッと胸を撫で下ろした。彼女は、リズの悪質な冗談に、すっかり肝を冷やしてしまっていた。
「リズさん…冗談が冗談にきこえません…」
アリサの声は、心底疲れていた。しかし、リズは、その言葉を無視して、黙々と携帯食を頬張っていた。彼女の顔は、再び、いつもの無表情に戻っている。
食事を終えると、すぐに就寝時間となった。女性三人は、一つのテントに入り、アリサが、バッシュに声をかけた。
「バッシュも寝ようよー。」
アリサの声は、眠気に満ちていた。しかし、バッシュは、静かに首を横に振った。
「いや、俺は外で見張る。周囲で何が起きるか分からないからな。」
バッシュは、荷物から剣を取り、それを抱え、テントから少し離れた場所に座り込んだ。彼の瞳は、暗闇を、鋭く見つめている。
エライザは、テントの中から、バッシュに優しく声をかけた。
「気をつけてね。」
バッシュは、その声に、静かに頷いた。
「ああ。」
夜が、静かに更けていく。周囲には、風の音と、虫の鳴き声だけが響いている。バッシュは、一人、夜空を見上げ、自分のことを考えていた。
スコールが言っていた、「人造人間」という言葉が、彼の頭の中を、ぐるぐると回る。もし、自分が、この国で作られた人造人間だとしたら、一体、何があったというのだろう。なぜ、自分は、この場所から遠く離れた、アイシア皇国の外れの村にいたのだろう。彼の記憶は、まるで、誰かに植え付けられたかのように、曖昧で、不確かなものだった。
彼は、指輪に触れた。この指輪は、一体、何を意味するのだろう。背中の刻印は、誰が、何のために刻んだのだろう。考えれば考えるほど、答えは、遠のいていく。彼は、一人、自嘲気味に笑った。
夜が明け、太陽の光が、荒野を照らし始めた。バッシュは、一睡もすることなく、夜空を見張り続けていた。彼の身体は、疲労で重くなっていたが、彼の心は、どこか澄み切っていた。彼は、自分の過去を見つけるために、この旅に出たのだ。立ち止まっている暇などない。
テントから、エライザが、静かに顔を出した。彼女は、バッシュのそばに歩み寄ると、優しく声をかけた。
「おはよう、バッシュ。大丈夫?」
エライザの言葉に、バッシュは、微笑みで答えた。
「ああ、おはよう。問題ない。」
その後ろから、リズが、眠気の残るアリサを、強引に起こしながら出てきた。
「食事して支度したら、すぐに出ますわよ。目的地までは、そんなに距離はありませんわ。」
リズの声は、朝から厳しい。アリサは、寝ぼけ眼で、ぼんやりと呟いた。
「もっと寝てたかったな~。」
彼女の不満は、リズには届かない。一行は、手早く食事を済ませ、旅支度を整えた。
再び、機械の馬に跨り、出発する。彼らの行く手には、リズが「機械の墓場」と呼んだ場所が広がっている。その場所で、彼らは、何を発見できるのか、まだ誰もわからなかった。




