第7章 (1)不安
ローレル王国首都ギアハルト。リズの巨大な研究施設の一角。薄暗いガレージに、ずらりと並んだ機械の馬たちが、微かな駆動音を立てていた。鉄と油の匂いが満ちるその場所で、バッシュたちは、これから向かう「機械の森」への旅支度を整えていた。
リズは、出発前の最終確認を終えると、神経質なまでに引き締まった顔で、一行を見回した。彼女の視線が、特にアリサに注がれる。アリサは、遠い目をしながら、詩でも考えてるのか、ぼんやりと空想にふけっているようだ。
「用意はよろしくて?基本ローレル王国は安全です。全てを管理しているのですから。しかしですわ、マキナフォレストは管理の及ばぬ荒廃した土地。何があるかはわかりません。気を引き締めるように…特にアリサ!」
リズの声が、冷たく、そして鋭く、アリサの耳に突き刺さる。アリサは、ハッと我に返ると、慌ててリズに向き直った。
「は、はい!えー…と、何の話だっけ?」
その間抜けな返答に、リズの眉間のしわが、さらに深くなる。彼女の顔に、明確な苛立ちが浮かび上がった。
「そんなんじゃ置いていきますわよ!」
「ごめん!ちゃんとするから!大丈夫!」
アリサは、小さな胸を張って、そう答えた。しかし、その瞳には、まだ、不安と、ほんの少しの恐怖が宿っている。
その様子を、バッシュは、静かに見守っていた。彼は、荷物の最終チェックを終えると、隣に立つエライザに、優しく声をかけた。
「エライザ、大丈夫か?何があっても守る。」
バッシュの優しい言葉に、エライザの表情が、ふっと緩む。彼女は、彼の瞳を、真っ直ぐに見つめ、柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、バッシュ。信じてる。」
二人の間に流れる、穏やかで、温かい空気を、スコールは、ニヤニヤとからかうように見ていた。
「お熱いねー、お二人さん。でも、エライザ、君はもう自分でも戦えるはずだ。ハンドガンの訓練してきただろ。あのきつーい鬼のようなリズのシゴキに耐えたんだ。自信もて。」
スコールの言葉に、エライザは、わずかに頬を染めた。彼女は、確かに、ここに来て以来毎日、リズの厳しい指導のもと、ハンドガンの扱いに習熟していた。しかし、実際に戦うとなると、まだ、恐怖が勝ってしまう。
スコールの言葉を聞いたリズは、間髪入れずに、彼の腹部にグーパンチを叩き込んだ。スコールは、腹を抱えて悶絶する。
「うぐぅっ…!」
リズは、そんなスコールを無視して、毅然とした態度で言った。
「まあいいですわ。自分の身は自分で守る。これで行きましょう。スコール!しっかり留守番してなさい!」
スコールは、殴られた場所をさすりながら、少し残念そうに、しかし、納得したように頷いた。
「わかってるって。留守番だろ?俺が助手みたいだな…仕方ないな。リズが行くんじゃな。」
彼は、リズが同行することに、一抹の寂しさを感じていた。彼もまた、共に旅をしたかったのだ。しかし、この研究施設の留守番は、彼にしかできない重要な任務だった。
リズは、スコールの言葉を無視して、きびきびとした動きで、自らが乗る機械の馬に跨った。その馬は、銀色の滑らかな装甲に覆われ、まるで流線型の彫刻のようだ。彼女の無機質な雰囲気に、その馬は、不気味なほどに調和していた。
「さあ、出発ですわ。」
リズの号令で、一行は、それぞれ機械の馬に跨った。バッシュとエライザは、同じ馬に二人乗り。アリサは、今回の荷物運搬用の馬に乗った。彼女は、慣れない乗り物に、わずかに顔を強張らせている。
機械の馬は、滑らかな駆動音を立てて、静かに動き出した。それは、まるで生きているかのように、しかし、血の通わない冷たい動きで、ガレージの奥へと進んでいく。
エライザは、バッシュの背中にしがみつきながら、不思議そうに呟いた。
「不思議よね、馬なのに馬じゃないなんて。」
バッシュもまた、同じように感じていた。彼が知っている馬は、温かい血が通い、彼の意思に呼応して動くものだ。しかし、目の前の機械の馬は、ただ、プログラムされた道を、無感情に進んでいく。
「ああ、変な感覚だな。自由に動かないから、戦闘になったら不便そうだな。」
バッシュの言葉に、先頭を走るリズが、振り返ることなく答えた。
「そうとも言えますわね。目的地を設定すれば自動で向かう。便利な半面、手足のように動かすのは苦手な馬ですからね。何かあったら降りて戦うことをお勧めしますわ。」
リズの声は、淡々としていた。彼女にとって、機械の馬は、ただの便利な道具でしかない。そこに、感情を抱く余地などないのだ。
アリサは、不安そうに、馬の上で膝を抱えながら、小さく呟いた。
「何もありませんように…」
彼女の祈りは、リズには届かない。リズは、ただ、前だけを見つめていた。彼女の瞳には、すでに、目的地である「機械の森」が映っているかのようだ。
機械の馬は、地下の道を抜け、地上へと続くスロープを上がっていく。外界の光が、一行の顔を照らし出す。ローレル王国の空は、いつも、機械の排気ガスで、少し曇っている。太陽の光は、その曇り空を、どこか弱々しく照らしていた。
リズは、一行に、目的地である「機械の森」について説明を始めた。
「マキナフォレストはその名のとおり、機械だらけ、緑はないの。『森』だなんて呼んでいるけど、実際のところは、機械の墓場と呼ぶ方がしっくりきますわ。昔の使い古された実験棟、壊れた乗り物、研究で使った廃棄物、失敗作、ある意味この国の歴史がすべてがある場所ですわ。」
リズの言葉は、淡々としていたが、その情景は、エライザの心に、深い不安を植え付けた。彼女は、緑のない、壊れた機械だけの世界を想像し、身体を震わせた。
バッシュは、エライザの手を、ぎゅっと握った。エライザは、その温かさに、安堵の表情を浮かべ、バッシュを見上げた。二人の間には、言葉はなくとも、確かな絆が流れている。
機械の馬は、静かに、しかし、確実に、目的地へと進んでいく。彼らの行く手には、リズが語った、機械の墓場が広がっているだろう。その場所で、彼らは、何を発見することになるのだろうか。彼らの戦いはどこへ続くのか。




