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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

会社の接待が地獄すぎて逃げ出した先にいたのは、男装の麗嬢でした

作者: elast1211

営業部・中田圭、40歳。**


「接待?また?俺のHP、とっくにとっくゼロなんですけど」

圭は机に突っ伏しながら呟いた。仕事に追われる毎日、それに加えて夜の接待。精神的にも肉体的にも限界だった。


「中田くん、君がいてくれるだけで場が和むからね~」と、課長はウキウキ顔。


いやいや、華やぐどころか、空気を凍らせる要因なのでは?と内心突っ込む圭。


新宿のラウンジ『Lounge Garnet』に到着すると、そこはまるで別世界だった。煌めくシャンデリア、妖艶な微笑みを浮かべる女性たち、楽しそうにグラスを傾ける客たち。


「うぇぇ…場違い感やばすぎる…」


圭は席についてはみたものの、話の輪に入る勇気などない。酒を頼むフリをしながら、ひたすら会話の流れから逃げていた。


「ちょっと外の空気吸ってきます」


逃げ出した先、偶然見つけた控え室で、運命の出会いが待っていた——。


---


#### **2. 控え室の偶然**


従業員用の扉には「立ち入り禁止」の文字。でも誰も見ていないし、まあ…ちょっとくらいいいだろう。


そう思って扉を開けると、小さなソファに座るラウンジボーイと目が合った。


「あれ、お客さん?ここ、スタッフルームですよ?」


落ち着いた声。けれどどこか優しく、妙に親しみやすい。中性的な顔立ちに、整った短髪。スラッとした身のこなし。


「人が多くて、ちょっとだけ…」


圭が申し訳なさそうに言うと、相手はふっと笑った。


「まあ、いいですけど。でもそんな顔してたら、女の子が寄ってこないですよ?」


圭は思わず吹き出した。「そんなにひどいか?」


「うん。ものの見事に"社畜顔"ですね」


「……やめてくれ」


このボーイ、妙に話しやすい。圭は久々に自然と笑った。


「ていうか……うちの課長なんか、ラウンジで『お姉さんのヒール踏んでください』とか言ってるんですよ。あれ本気で辞めてほしい」


春馬は噴き出した。「それ、変態すぎますって」


「それを笑って流すラウンジガールも大概だよ。仕事だからって割り切りすぎてんだろ、あれ」


「まあ、彼女たちも色々背負ってますから。裏では結構、泣いたりもしてますよ」


圭は驚いた顔をした。「そうなのか?」


「ええ。……でも、そういう裏も知ってると、少し優しくなれる気がしません?」


その言葉に、圭はしばし黙った。


「君、ほんとに若いのか?」


このボーイ、妙に話しやすい。圭は久々に自然と笑った。


#### **3. 再会と距離の揺らぎ**


再び『Garnet』での接待が決まり、圭はふと胸の奥がざわついた。春馬はいるだろうか?彼に会えるだろうか?

……いや、別にそういう気持ちじゃない。ただ、この場所で唯一気楽に話せる相手だから——。


「お、中田さん。またサボりに来ました?」

春馬の軽口に、圭は肩をすくめた。「違う、今日はちゃんと仕事——」


「えっ、本当に?」


「……いや、まあ、少しはサボりたい」


春馬は笑った。夜のネオンに照らされたその横顔が、どこか儚く見えた。


「ねえ、今村さんってさ、接待は嫌いなのに、俺とは話してくれるんですね?」


「君と話してると楽だからな。……気を使わなくていいし」


春馬は少しだけ驚いたような顔をして、それからふっと目を伏せた。


「それって、俺が男だから?」


不意に問われ、圭は言葉に詰まる。


「……どういう意味だ?」


春馬は煙に巻くように笑った。「まあ、気にしないでくださいよ」


けれど、その言葉は圭の胸にひっかかりとして残った。


「今日の上司さ、ラウンジのA子狙いなんだよ」


春馬がふと話題を変えた。


「A子って、あの黒髪ロングの子?」


「そう。それでさ、『あの子、いいべ〜?やっぱ和風美人が最高だよな〜』ってニヤニヤしてて……もう、しょうもなさすぎて逆に尊敬するわ」


圭は思わず吹き出した。「最低だな」


「中田さんは、どんな人がタイプなんですか?」


その問いに、圭は少しだけ考え込んだ。


「んー……一緒にいて落ち着ける人、かな」


春馬はうっすら笑って、「へえ、意外とロマンチストですね」と言った。


「そうか?いや、そんなことないだろ。君は?」


「……秘密です」


春馬はそう言って微笑んだ。その笑顔が、なぜか圭の胸に引っかかった。


#### **4. 距離と信頼**


圭は以前ほど接待が苦にならなくなっていた。それは春馬の存在があるからだ。


「圭、また来たの?もう常連じゃん」


「その呼び方、馴れ馴れしくないか?」


「いいじゃないですか、親しみこめてますって」


冗談を交わしながら、二人の距離は確実に近づいていた。最近では圭のスマホにインストールされたスマホゲームを二人で協力してプレイするのがちょっとした習慣になっていた。


「よし、今度こそレアドロ狙うぞ」


「圭、無理に課金しすぎると後悔しますよ」


「そういう君も毎晩ログインしてるじゃないか」


「まあ、俺も本気ですから」


ふと圭は、春馬のゲームIDが「コハル」だということに気づいた。可愛らしい響きに、胸の奥がざわつく。


ある日、春馬が他のラウンジガールと笑顔で談笑している姿を見かけた。


妙に距離が近い。


何かの拍子に手が触れた瞬間、春馬の手首が驚くほど華奢だと気づいた。


(あれ……)


けれど、それ以上深く考えないようにした。


それよりも、自分の心の変化の方が怖かった。


男であるはずの春馬に、なぜこんなにも惹かれていくのか。


気がつけば、その笑顔に胸が高鳴り、何気ない会話が特別に思えるようになっていた。


(いや、そんなわけないだろ。相手は男だぞ)


圭は必死に自分の気持ちを打ち消そうとした。


だが、春馬の声が、仕草が、笑顔が——確かに、心に染み込んできていた。


---


#### **5. 疑念と恋心**


ある夜、ラウンジに緊張感が走った。


常連とは明らかに違う風貌の客——鋭い目つきに、黒スーツの男たち。


「あの人たち……たぶん、裏の人ですね」

春馬が低く呟いた。


圭もすぐに察した。空気が張り詰め、周囲のスタッフも明らかに動きがぎこちない。


その時、男のひとりが春馬に手を伸ばし、「なあ、ねえちゃん、ちょっと付き合えや」とニヤついた。


「申し訳ありません、お客様。お席のご案内はスタッフが——」


「うるせえ、俺はお前がいいって言ってんだよ」


その手を振り払おうとした春馬を、男が強引に腕を引いた——その瞬間。


「やめてくれませんか」


圭が立ち上がり、間に割って入った。


「お客様。ここはそういう場所じゃありません」


男は圭を睨みつけた。「なんだ、お前」


「ただのサラリーマンです。でも、嫌がってる相手に手を出すのは、男として恥ですよ」


数秒の沈黙。


その空気を裂くように、店長が慌てて割って入り、「大変申し訳ありません、お引き取りを……」と平身低頭で男たちを誘導する。


騒動のあと、控え室に戻った春馬は、少し震えていた。


「……圭、ありがとう」


「当たり前だろ。放っておけない」


その時、春馬の瞳が揺れた。


「……どうして、そんなに優しいんですか?」


「それは……君が大事だからだ」


圭の言葉に、春馬は目を見開いた。


ふたりの間に、静かな時間が流れる——。


5. 正体と揺らぎの狭間

圭は取引先との接待を早めに切り上げ、『Garnet』の裏口近くで一服していた。


ふとした拍子に、スタッフ専用の出入り口が開き、誰かが顔を出した。


それは春馬だった。


しかし、いつもの制服ではない。カジュアルなパーカーに細身のパンツ。ラウンジのボーイとは違う、どこか柔らかい雰囲気。


「……春馬?」


そう声をかけると、相手はピタリと動きを止めた。


「圭さん……なんでここに?」


「こっちの空気が吸いたくてな。でも……その格好、どうした?」


春馬は一瞬、言葉に詰まった。だが、観念したようにため息をついた。


「……実は、私、本当は"女"なんです」


その言葉が頭に届くまで、少し時間がかかった。


「……え?」


「驚かせてごめんなさい。でも、嘘をつくのも、もう限界で……」


春馬、いや——"小春"は、静かに目を伏せた。


「私はここで働くために、男装してるんです。お金が必要で、でも夜の仕事って、女の子の方がいろいろ面倒だから」


圭はその場に立ち尽くしたまま、何も言えなかった。


彼女の仕草、声、笑い方。すべてが脳内で再構成されていく。


——ああ、だからあのとき、手首が細かったのか。


「嘘、つかれてたのは正直ショックです。でも……なんだろう、納得もしてる自分がいる」


「……怒ってますか?」


小春が恐る恐る問う。圭は首を横に振った。


「いや。むしろ、腑に落ちたって感じだ」


小春は驚いたように顔を上げた。


「男だと思ってたときから、変だと思ってたんだよ。どうしてこんなに惹かれるのか、自分でもわからなかった。でも……そっか。そういうことだったんだな」


「じゃあ……嫌いになりました?」


「逆だよ」


その言葉に、小春は目を丸くした。


「俺はずっと、自分の気持ちにフタをしてた。でも、正体を知って、ようやく自分の気持ちに正直になれた気がする」


圭の言葉は、真っ直ぐだった。


小春はしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。


「圭さん、ずるいですね」


「え?」


「そうやって、ずるいくらい真っ直ぐなこと言うから、私……もう、逃げられないじゃないですか」


その夜、二人の距離は、言葉よりも近くなった。



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