おじさんと夢と薔薇色の暴走少女
食後の猪肉スープをすするゴードナーの前で、カサンドラは湯気の立つシチューを前に、真剣な顔でスプーンを握っていた。
「……うん、今日の肉の部位、たぶん背中のあたりだね。ちょっと筋が多いけど、脂の乗りは文句なし!」
「お前、それ戦い方で当ててるだろ……?」
「うん、斬り込みの跡ついてた」
「完全に“肉のプロファイリング”じゃねぇか……」
カサンドラはスプーンを口に運びながら、にこりと笑う。
その笑顔がちょっと誇らしげだった。
「ねぇ、ゴードナー」
「ん?」
「夢って、見る?」
「……寝言で“鹿肉…”って言う程度には見てるらしい」
「それ、私のせいかもしれないね」
「え?」
カサンドラは、空の食器をそっと置くと、テーブルに肘をついて語り出す。
「実はね、私……夜、夢の中で“図書館”に行けるの」
「は……?」
「そこに行くとね、知らないはずの本がたくさんあって、いろんなことが分かるの。獣の習性、毒草の見分け方、剣術の型、天候の変化の読み方……ぜんぶ、“夢の中の私”が読んで教えてくれるの」
ゴードナーはしばし沈黙した後、スプーンをそっと置いた。
「……お前、まさか“神の啓示”とか“未来視”とか、そういうアレか?」
「ううん、“夢の中の私”が頑張ってくれてるだけ。もう一人の私、って感じかな」
「……お前、疲れてんじゃないか? 寝過ぎとか……?」
「なんなら、そっちの“夢の中の私”のほうが寝てない。働き者よ」
「それ、本人が言うセリフじゃねぇからな?」
ゴードナーの額にじんわり汗が浮く。
見た目はただの子ども、言動も(たまに)無邪気。だけど中身はときどきどこか“外れた”感覚をしてくる。
「ま、夢の仕組みはよくわかんないけど、便利だし、今のとこ問題ないから気にしてないよ。ね?」
「“気にしてないよ”じゃねぇよ。俺が今、気にしまくってんのよ」
「それより、明日のクエストどうする? 鹿行ってみる? 鳥? それとも――毒ガエル祭り?」
「祭りに毒持ち込むなァ!!」
「わかった、猪リピートね!」
「勝手に決めるなァァァ!!」
そうして、夜は更けていく。
夢だか現実だかわからない情報屋(年齢不詳)と、振り回されっぱなしのゴードナーの奇妙なタッグ。
だが、ふたりのやりとりを耳にしていた宿の女将は、湯呑を片手に小さく笑った。
「……あの子、また“誰か”と繋がってるみたいだねぇ。ふふっ、まったく、ランドリアって国は……」
誰にともなくそう呟いて、女将は窓の外に目を向けた。
そこには、雲間から覗く満月と、静かな森の影――
そして、確かにどこかで何かが、じっとこちらを見ている“気配”があった。
次回予告:
第五章《カサンドラと謎の図書館と、また猪》