はじめまして、私は夢見る情報屋(年齢非公開)
依頼板の前で絶叫していたゴードナーの背後から、ぽん、と軽い音がした。
軽く振り返ると、そこには赤髪の少女。
身長は腰あたりまで、髪は見事にバラ色で、まるで「食べられるトマト系の妖精」みたいな見た目。
だが、その口から出た第一声は――
「おじさん、そのクエスト受けるの? なら今日中に出ないと、“お肉”取られちゃうよ?」
「……え? 肉?」
ゴードナーの脳が“お肉”に引っかかってしまったのは、昨日からまともな飯にありつけてなかったからである。
「うん、お肉。あの猪、今の時期めっちゃ脂乗ってて美味しいんだよねぇ……」
「……それ、情報に載ってたか?」
「“描いた人”にしか分かんない情報もあるんだよ?」
にこっ。
無邪気な笑みとともに、少女は堂々と胸を張った。
――たぶん中身は年齢詐称してる(精神的に)。
「……お嬢ちゃん、そのクエストに描いてある絵、あんたが描いたのか?」
「うん」
「……嘘だろ」
「失礼な」
「え、だって、これ水彩画で影のつけ方まで完璧なんだぞ……あと、猪の“好物リスト”までメモ書いてあるし……」
「ふふーん、あの子、干しイチジクが好きなんだよ。森の北側に甘いやつがなっててね」
なんでそんな情報まで把握してるのか、もはやクエストではなく生態研究レポートである。
「ちなみに、私はカサンドラっていうの」
「名前……聞いたことあるな」
「あ、たぶん“夢見る情報屋(7歳)”って通称で呼ばれてるからかも」
「通称のクセがすごいな!?」
しかも年齢をサラッと言いながら、“7歳”にしては口が達者すぎる。
「そのへんの冒険者より生き抜き力あるって、ギルド職員が言ってたよ?」
「なんだその職員……俺よりこの子の方が信頼されてる……」
「じゃ、がんばってね。今日の夕飯、楽しみにしてるから!」
カサンドラはにこっとして、手を振って去っていった。
(あれ? 俺、いつの間に“給食係”になった……?)
そんなツッコミを抱えながらゴードナーが依頼書を手に受付へ持っていくと、そこには笑顔の女性職員が待っていた。
「はい、クエスト受注ですね。今日の“食材ハンター枠”はゴードナー様、と」
「食材ハンター!?」
「この村では、討伐クエストの報酬の一部が宿屋の晩ごはんに変わります。いわゆる“ランドリア式恩恵システム”です」
「勝手に俺の肉流通すんな!」
「そのぶん、宿屋の夕飯がすっごく豪華になりますよ?」
「くっ……!」
なんというシステム。
狩った獣が、いつの間にかみんなの胃袋へ旅立つという“おすそわけ制度”。
狩る者も、食べる者も、知らぬ間に協力しているというランドリア独自の謎ルール。
背後から、例の元気な男の声が飛んできた。
「よっしゃー! 今夜はゴードナーさんの猪肉で宴だー!」
「お前もかぁああ!!!」
そしてその男の持っていたクエストは、薬草採取。
働きの割に受ける恩恵がでかすぎる。
「これが……ランドリアか……」
文化の衝撃に頭を抱えながら、ゴードナーはふと、さっきの少女――カサンドラの言葉を思い出す。
「今日中に出ないと“お肉”、取られちゃうよ?」
「……まさか、別のヤツも狙ってるってことか」
その瞬間、彼の中で火がついた。
「よし……取られる前に狩る!! 俺の、晩めしのために!!」
目標:肉。
理由:夕飯。
そのやる気に、ギルド職員たちは思った。
(こうして今日もまた一人、“戦う給食係”が誕生する……)