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003

「そうか! 彼女さんだったか! 練習とか試合とかよく見に来ていたから、てっきり妹さんと思っていたぞ!」


 ウー先輩は筋肉をプルプルと震わせて満面の笑みだ。


「はっはっは! さては12月25日に恋人がいることを俺たちに自慢しに来たんだな?」


「ちょっ、そんなんじゃないですよウー先輩!」


「そう照れるな、仲が良いのはいいことだ! なあ、コバケン、コハル!」


 コバケン先輩は凍りついたままポテトフライを頬張るのを止めていて、コハル先輩は普段と変わらない綺麗な日本人形みたいな無表情に戻っている。


「もしかしてユータって、ロリ……」


「おぉっと危ない! コバケン、それ以上は何も言うな! 人間いろんな好みがあるものだ!」


 おや? もしかすると変な方向に話が進んでいたりする?


「いやいやコバケン先輩、千夏は中2ですよ!? 2コ違いくらい普通じゃないですか」


 中年のオッサンである俺の感覚では、年齢が二つ離れている程度、世の中にありふれていると思うが、よく考えてみれば高1と中2では確かに異様な気もする。

 ――というか、俺は千夏といつから付き合っているんだ?


「そうだぞコバケン! 野球部を復活させることと、ユータがロリコンであることは全く関係のない話だ!」


 ウー先輩はさらっと断言したが、ロリコンと呼ばれるのは心が痛い。

 それに、ずっと黙っている千夏のことを考えると、とてもじゃないがいい気分はしていないだろう。

 横目に千夏を見ると、俯いて小さくなっていた。


「いやぁ、ごめんごめん。僕は野球を続けられるなら何だっていいよぉ」


 俺と千夏が困っていることに気が付いたのか、コバケンは再びケチャップだらけのポテトフライを手掴みで口に運びながら謝ってくれた。


「コバケン先輩……」


「ゆーたは気にしないでいいよぉ。僕もウータンも野球一筋だからねぇ。下手くそだけど」


「俺は下手くそじゃないぞ!? バットに当たれば飛ぶ!」


「でも当たらないんだなぁ」


「はっはっは、それを言うな! ところでユータ、野球部を復活させたいのは本気なんだろうな?」


 当然、本気でそう思っている。

 何もかも失った俺に、過去に戻ってやり直せるチャンスが舞い込んできた。

 俺の人生がおかしくなったのは高校で野球部がなくなってしまったからだと現代で千夏は言っていた。

 ここで何かを成せば、未来が変わるかもしれない。


 ウー先輩の問いに対して、もちろんです、と言いかけた俺より先に、これまで縮こまっていた千夏が口を開いた。

 

「ユータは私を甲子園に連れて行ってくれるんだから! グラウンドで汗かいて頑張ってるユータが大好きだから! だから、ユータは本気に決まってる!」


 ちょっとチャラついた見た目の中2のクソガキが、高校生に向かって真剣な表情で言い放った。

 ウー先輩もコバケン先輩も、日本人形みたいに無表情なコハル先輩でさえも、大きく目を見開いた。


 というか千夏、結構恥ずかしいこと言ってないか? いや、俺の方が恥ずかしい。

 大きく宣言した本人はというと、顔を赤くして下を向いてしまっている。


 コバケン先輩の口からポテトフライが静かに落ち、コハル先輩は無表情だが目は泳ぎまくっていた。


「どうやら俺たちは申し訳ないことをしてしまったようだ! すまない、ユータの彼女さん!」


 険悪な雰囲気の中、ウー先輩だけは相変わらずデカい声で元気だった。

 この人、悩みとかなさそうだな。


「俺たち2年は来年が最後の夏だ! 当然、ユータの誘いに乗るつもりだが、他の1年はどうなんだ? それに、夏までいた部員が揃ったところで6人だ、試合はできないぞ?」


「普通科しかない田舎の高校に、野球経験者なんてそんなにいないしねぇ。2年は僕とウータン以外、中学で野球やってた人いないよ?」


「……マジですか」


「そういうことだ! それよりも、まずは元部員に声をかけてみよう!」


「そうですね」


 ウー先輩に言われてケータイを取り出そうとしたとき、今まで一言も喋っていなかったコハル先輩が、蚊の鳴くような小さい声で言った。


「もう秋葉に連絡している」


 聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、おそらく俺に向かって言ってくれたのだろう。

 秋葉(あきは)、通称アキバちゃん。

 俺と同じ学年の野球部記録員(マネージャー)で、コハル先輩と一緒に夏まで部員をサポートしてくれていた――と言っても、俺にとっては約20年前の記憶だ、どんな人だったかあまり覚えていない。


「秋葉に他の1年もここに連れてくるよう頼んだ」


 さすがコハル先輩、仕事が早い。

 声が小さすぎることも含めて懐かしく感じる。


「お疲れーッス!」


 突如ファミレスの中に響き渡った声の方に目をやる。

 俺の記憶の中にはない青春時代が蘇る。


「アキバちゃんから聞いたぜ。なに1人でカッコつけてんだよ、ユータ」


「……アッくん」


 野球センス抜群、高身長イケメンの三塁手――馬渡彰(まわたりあきら)、通称アッくん。


「俺たちより先に先輩方に相談すんなよ。寂しいじゃねえか」


「……ツッチー、ミッチー」


 小柄で俊足、華のあるプレーで魅せる二遊間。

 二塁手の土屋春馬(つちやはるま)、通称ツッチー。

 遊撃手の織田光成(おだみつなり)、通称ミッチー。


「どうして私が3人を連れてこないといけないんですか。まったくもう……裕太くん、早くエースの風格を身につけてください」


「……アキバちゃん」


 どうして野球部のマネージャーをしてくれているのか分からない成績優秀、超優等生で眼鏡。

 望月秋葉(もちづきあきは)、通称アキバちゃん。


「おお! 元野球部が揃ったな!」


 ウー先輩は嬉しそうに、いつもの二割り増しの大声を出した。

 すごい。

 なんだこれ。

 なかったはずの青春時代が、動き始めた瞬間だった。

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