002
元部員が全員集まったところで人数不足なのは分かっている。
だから野球部はなくなってしまったわけだし、そこから俺の高校生活が狂ってしまったんだ。
とは言え、まずは前からいた部員にやる気を出してもらわないことには、過去を変える第一歩すら踏み出せない。
しかし、高校の頃の記憶は本当に覚えていないし、今日から冬休みで学校に行っても誰かに聞くこともできない。
それ以前に、高校の時は友人と呼べる存在すらいなかった気がするし、約20年振りに会ったところで顔と名前を覚えているかどうか不安だ。
「まずはさぁ、女房役からなんじゃない?」
「え、お前?」
千夏は呆れ顔で言う。
「アホか。ユータがピッチャーなんだから、扇の要、キャッチャーでしょ! いつもゴリラみたいな人と練習してたじゃない。あの人たしか、高校2年の先輩って言ってなかった?」
捕手でゴリラみたいな人? 2年の先輩……?
「あー! 思い出した、ウー先輩だ!」
「うー先輩……? なんで、うー?」
「ゴリラみたいだけど、ゴリラって言ったら怒るんだよ」
「それ、理由になってる?」
「ゴリラは駄目だけど、オランウータンなら可愛いからいいってことで、3年と2年の先輩はウータンって呼んでたんだ。だから俺たち1年はウー先輩って呼ぶしかないわけ」
うっわ、懐かしいな。
高1の春から夏までしか活動していない僅かな記憶を少しづつ思い出してきた。
はしゃぐ俺と対照的に、千夏は苦笑いだ。
「どうでもいいけど、早くそのゴリラ先輩に連絡して」
「千夏、絶対ウー先輩の前でゴリラって言うなよ? マジで殺されるぞ」
今となっては懐かしい折りたたみ式のガラケーを開くと、見覚えがある名前がいくつもあった。
現代ではスマホに切り替えた時に高校時代の知り合いの連絡先は消えてしまっているせいで、こんなにも簡単に元野球部のメンバーに接触できるとは思っていなかった。
またしても、本当にタイムリープしていることを実感する。
「なんだよ、ケータイに元野球部の連絡先あるじゃん!」
「当たり前でしょ。だから早く連絡してって言ってんの」
「ちょっと待って、めっちゃ懐かしい!」
「懐かしいじゃなくて! これから始まるんだろ!?」
「分かってる、分かってる。よし千夏、現状把握だ」
頬を膨らませる千夏をなだめて、俺は紙とペンを持ってきた。
よし、元野球部のメンバーを書き出すか。
投手 宮部裕太、ユータ。1年、俺。
捕手 早乙女颯、ウー先輩。2年。
「ちょっと待って、ユータ。ゴリラ先輩の本名ヤバくない!?」
「おい、だからゴリラは駄目だって!」
「いやでも、さすがに見た目と名前が全然釣り合ってなくない!?」
腹を抱えて笑いながら転げる千夏を他所に、俺は書き出しを続ける。
一塁手 小林賢、コバケン先輩。2年。
二塁手 土屋春馬、ツッチー。1年。
三塁手 真渡彰、アッくん。1年。
遊撃手 織田光成、ミッチー。1年。
記録員 咲良小春、コハル先輩。2年。
記録員 望月秋葉、アキバちゃん。1年。
「よし、これで全員。最低でも3人必要だな」
「9人で試合登録できるの?」
「登録できるけど、故障者が出て選手が9人以下になれば没収試合だ。だから、できればあと5人は集めたいな」
欲を言えば、中学までの野球経験者で、高校では入らなかったけど、少しならやる気のあるやつがいれば最高だ。
「ねぇ、ユータ。とりあえず元野球部のメンバーを集めて話し合いしようよ」
「そうだな。俺と千夏だけが盛り上がっても仕方ないし、まずはウー先輩とコバケン先輩に連絡して、上級生の力を借りるとするか」
元部員をまとめるとするなら、主将的な立ち位置の人がいい。
2年のウー先輩とコバケン先輩は次が高校最後の夏になる――野球部が復活するなら話に乗ってくれるはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼時のファミレス。
6人掛けのテーブルで、俺と千夏の向かいにウー先輩とコバケン先輩とコハル先輩が座っている。
ウー先輩は筋肉ゴリラ、コバケン先輩は丸々と太っていて、コハル先輩は着物とか似合いそうな黒髪ロングの和風美人だ。
数時間前、ウー先輩に野球部の今後のことで話がしたいと連絡すると、同じ2年のコバケン先輩とコハル先輩も一緒に連れてきてくれたのだ。
冷静に考えたら、ゴリラとデブと美人と飯食ってる自分が面白い。
現代では古いアパートと会社を行き来する日々だったが、タイムリープがきっかけで本当はなかった青春が始まると思うと正直、胸が躍っている。
「本当は俺たち2年が声をかけるべきなのに……ユータ、すまなかった!」
ウー先輩はゴリラのような肩を震わせながら、熱くなった目頭を抑えていた。
というか声がデカい。
その姿に千夏が若干引いているのが面白い。
「僕もウータンも野球やりたいなぁって話はしてたんだけどね。ユータが野球に誘ってくれてるってウータンから連絡きた時は嬉しかったよ」
コバケン先輩はケチャップが大量に付着したポテトフライを手掴みで口に運びながら、独特のゆったりした話し方で笑顔を見せた。
その姿に、またしても千夏が若干引いている。
「それでは、先輩たちは野球部を復活させることに同意してもらえるんですね」
「もちろんだ! 俺もコバケンも野球がやりたいからな!」
社会人になってからも感じていたが、なぜ筋肉がデカい人は声もデカいのだろう――と考えていると、ウー先輩は不思議そうな目で俺を見て言った。
「というか、ユータ。お前そんな大人みたいな喋り方だったか?」
「えっ!? 前からこんな感じですよ、あはは……」
驚いた。
俺がタイムリープしている中身が中年のオッサンであることを、なんだか見透かされたような気がした。
「あ、わかったぞ! 妹さんの前だから大人ぶっているんだな!」
その言葉を聞いた千夏がテーブルの下で俺の足を蹴る。
おそらく、妹ではないことを説明しろ、という合図だろう。
「あの、こいつは妹じゃなくて、一応……彼女です」
俺の言葉に、ウー先輩とコバケン先輩とコハル先輩が凍りついた。
そりゃそうだよな。
というか、そもそも野球部を復活させようって話を振ったのは俺なのに、その話し合いに妹だろうが彼女だろうが、関係のない部外者を連れてきている時点でヤバいやつだ。




