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夢と現実

 なんだこれ、夢か!? あの世か!? 俺、死んだのか!?

 ついさっきまで俺の実家にいて、千夏が母親の遺品整理の手伝いに来てくれて、それでお互い泣きながらキスをして――。

 で、その後どうなったんだっけ?


 今、なんで少女を抱きしめているんだ!?

 どういう状況!?


 見覚えのある制服……というか、俺が通っていた中学の女子用の制服を着た少女が腕の中にいて、自己主張の強い切れ長の目が、俺の顔を下から覗き込んでいる。


 令和の時代にはないどこか懐かしい感じ――平成の頃のクソガキに流行った細い眉とストレートパーマのシャギーカットをした少女は、何度見ても俺が通っていた中学のセーラー服を着ている。

 中学生……だよな? パパ活ってやつか? こんな田舎でもパパ活ってあるのか!?


 というかさすがにコレ、まずいよな……。

 身の危険を感じた俺は、慌てて少女を引き離した。


「なんだよ、ユータ。倦怠期かぁ?」


 見た目どおりのクソガキっぽい声だった。


「あの、えっと……え?」


「クリスマスイブだぞー。さすがに傷つくんだけどぉ」


「えっ、クリスマス?」


 いや待て、今は夏じゃなかったか?

 しかも、真昼間だったはずなのに、窓の外はどう見ても夕暮れ時になっているし、言われてみると確かにちょっと寒い。


「せっかくおばさんが気利かせてくれて二人きりになれたのにさー」


 少女は頬を膨らませて悪戯っぽい顔で拗ねて見せている。

 ここは俺の実家で、さっきまで千夏と一緒にいた場所。

 うん、間違いない。

 ――この子、誰? え、千夏?


「……千夏?」


「ん。なに?」


「……千夏ぅ!?」


「だからぁ、なに?」


 マジかよ……夢かこれ。

 よくよく見てみると、昔の千夏にそっくりだ――というかそのまんまだ。


「千夏……今、何歳?」


「え、14だけど」


「あの……ちなみに……俺、何歳だっけ?」


「ん? 16じゃないの?」


 つまり俺が高1で、千夏が中2の頃ってこと? 夢だこれ、そうに違いない。


「てゆーか、さっきから何? ウケるんだけど」


 このクソガキ、憎たらしい顔で大人を馬鹿にしやがって……夢とは言え、腹立たしい。


「さむーい。早くしてよー」


「何をだよ」


「ぎゅーってしてよ」


 唖然……は?

 でも夢だから、いいよな。

 オッサンの俺は、中学生を抱きしめていた。


「ふわぁ、あったかーい」


 天使か?

 昔の千夏、可愛すぎるだろ。

 

 夢にしてはリアルすぎるし、人肌の温もりも伝わってくる。

 キツネ顔の、ちょっと性格がキツそうな14歳は、その年齢より若干大人びて見える。

 そしてその顔で愛おしそうに覗き込んでくるのは反則的だ。

 

 え、ちょっ、待っ――。

 スローモーションのように時が流れる。

 流れに逆らえない。

 目を閉じた千夏が、千夏の唇が、ゆっくり、ゆっくり、俺の唇に接近する。

 甘美な香りが近付いてくる。


 唇が触れ合ったと思った瞬間、再び雷に打たれたような衝撃が体を襲う。

 そして目を開けると、俺の前には大人になった千夏がいて、悲しい涙を浮かべていた。


「ユータ……ごめんなさい。もう、そういう関係じゃないのに……」


 そうか。

 夢から醒めたのか。

 というか最悪だ――約20年振りに再開した俺たちは、雰囲気のままにキスをしてしまった。


「……いや、俺の方こそ」


「久しぶりに会ったら、なんか昔のこと思い出しちゃって……」


「それより千夏、お前……結婚してるのか?」


「……してたらこんなこと、出来ないよ」


「そう……だよな」


 千夏が未婚だったことに驚いた。

 すらっとした綺麗な大人の女性になっているから、周りが放っておかないだろうに。


「こんな時に、こんな話をするのはおかしいかもだけど……別れた時のこと覚えてる?」


 学生時代は、何もかも灰色の世界だったことしか覚えていない。

 俺が言葉に詰まっていると、千夏が先に口を開いた。


「私が中学2年で、ユータが高校1年だった時のクリスマス……だよね」


 覚えてはいないが、俺たちが別れたのは、奇しくもさっき見た夢の続きというわけか。


「高3の野球部の先輩が受験でいなくなって、野球部の人数が足らなくて、練習もできなくて……それから、ユータが変になっちゃった」


 ……そう、なのか。


「野球してる時の、キラキラ輝いていたゆーたが……私もおばさんも、大好きだったんだ……」


 思い出した。

 高校の時、3年の先輩が抜けてからは部員が足りず、試合どころか練習すらまともにできなくなってしまったんだった。

 その後は……あれ、どうなったんだっけ。


「……戻りたいね。楽しかった、あの頃に」


 そう言って、千夏は俺の胸に倒れ込んでくる。

 お互い言葉にすることはないが、言いたいことは、理解しているように感じる。


 ゆっくりと見つめ合う。

 時間をかけて、唇が惹かれ合う。

 2人ともいい大人だ。

 言葉はいらない。

 また、雷に打たれたような衝撃が走る。


「ゆーた……」


 甘えた幼い声が俺の名前を呼ぶ。

 中学生の少女が俺を押し倒している。

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