修道女のティーネ
私はティーネ・エルリン。エルリン家の一人娘です。
無理を言ってハイハルティ王国に来て、修道院に通い修道女をやっています。優しい両親でも流石になかなか許して貰えず、必ず五年で帰ってくることを条件でやっと許してくれました。
両親から過ごすたの大金を貰いましたがとても物価が高く貰った分だけでは足りないため、この国一番の酒場でお仕事を並行して過ごしています。
この国に来て三度目の冬。
今日は雪が強いため早めに仕事を上がらせてもらった。いつもは大通りを通って家に向かうのだが何故か兵士が多く怖かったので裏通りを通って家に向かうことにした。
しばらく歩いていると
「ヘっぐぢょん!」
突然大きな声?くしゃみみたいな声が裏通りに響いた。
きっと、それだけなら私は声の方には向かわなかったはずだ。けれど兵士が声の方にガチャガチャと鎧を鳴らし走って向かって行ったので、気になった私はこっそりと後を着いて行った。
行き止まりでそこそこ開けている場所に着いた。大きな樽が一つあるだけ。目を凝らせば血痕と足跡があるのが見えるが兵士は暗くて見えていないようでそのまま走って戻って行ってしまった。
兵士が行ったのを確認するように、大きな樽から顔を覗かしている男の人がいた。兵士が見えなくなりしばらくすると、
「あっぶねぇ、大丈夫か?」
とても低い声でそう言った。
私が目の前にいるのに彼は見えていないようで、樽から這い出て壁を伝い移動する。
樽から出た彼は彼は全裸だった。あちこちが血塗れ、傷だらけで歩くのもやっとの様だ。一歩一歩少しずつ歩いて行く。私はその後にこっそりと続いた。
歩き続けて一時間くらい経った頃、彼は突然倒れてしまった。彼はもう限界だ。それでも腕を伸ばし立ち上がろうとする。
「死んでなるもの…」
言い終える前に彼は気を失ってしまった。
雪が吹きすさぶ中、倒れた彼を前に悩んでいた。
兵士から追われていた。大通りや、裏通りと沢山の兵士は未だ彼を探し回っている。それほどの悪人の筈なのだ。だがしかし彼からはそんな悪人の感じがしない。
私は困っている人を助けたくてこの国に学びに来た。彼は困っている。助けて上げたい。もし本当に悪人だとしたら、悪人を助けた私まで罪に問われてしまう。それが怖くて、迷っている。どうすればいいのか分からない。
考えていると、突然、倒れた彼は苦しそうに呟いた。
「もう……やめて…だれ……か……たす……け……て……」
彼は気を失っている。なので多分夢を見ている。それも悪夢を。
彼は悪人ではない。女の勘、いや、私の勘が言っている。『助けてあげないと!』
彼に駆け寄り持ち上げようとしたが彼はとても重かった。私とあまり身長は変わらないように見えるが、お腹は出ていてとても太っている。引きずって運ぶのも危ない。なので最近覚えた回復の奇跡を掛ける。仰向けにし膝枕をする。羽織っていたローブを彼の体に掛ける。彼が目を覚ますまでここに居ることにした。
彼の顔はとても醜いと言ってもいい程、いや、本当に醜い顔である。吐き気を催すような体臭で、体毛も濃い。きっと気持ち悪いとか言われて生きてきたのだろうと分かる。けれど何故か悪い人のような雰囲気は無い。とても優しそうで、頑張り屋さんのような感じがする。
手で彼の頭を撫でる。薄毛で髪が柔らかい。髪の無いところはツルツルしている。少し楽しい。
彼はとても温かくて、ローブが無くてもこの雪が吹きすさぶ夜の中でも寒くない。
一時間、二時間と経ってもなかなか目を覚まさない。少しと言うか相当寒くなってきた。それに足も痺れてきた。
彼は時々魘される。とても辛そうにするのでつい頭を撫でてしまう。けど、彼は、撫でると安心したように落ち着く。その姿を見て可愛いと思った。
体臭には慣れて、何故か落ち着くほどになった。匂いを嗅ぎたくて覗くように顔を近付ける。すると、目が合った。
少しびっくりしたが
「あぁ、ここは天国か?それとも地獄か?死んだのか俺……」
と訳の分からないことを言い出して、少し笑ってしまった。寝ぼけているのだろう。少し可愛い。
「いいえ、生きていますよ」
優しく否定してあげる。
「間に合ってよかった」
もう目を開かないのではないかと言う不安があったが、彼が目を覚ましてので安堵してしまいポツリと呟いてしまった。彼の頭を優しく撫でる。
「あぁ、もう死んでもいいかも……」
彼はとても力無く幸せそうな声でそんなことを言う。
せっかく助けたのにそんな事を言ったので少しムッとした。
「ダメですよ!」
彼の頭を軽く小突く。
彼と少しだけ言葉を交わすのがとても楽しいと思った。このまま話していたいけど、流石に二人とも風邪をひいてしまう。特に彼は全裸なのでとても寒そうだ。
「風邪ひいてしまいますので、移動したいのですが、体は大丈夫ですか?歩けますか?」
「あ、あぁ、歩けると思う」
彼が立ち上がると同時に掛けていたローブが地面に落ちる。彼はそれを拾う。
「ローブ、使ってください。このままでは風邪をひいてしまいます。少し小さいですが無いよりはマシだと思うので」
「…分かった。ありがたく使わせてもらうよ」
彼は少し考えたが使ってくれるようだ。着たのを確認してから、
「着いて来て下さい」
彼の手を取り歩き始める。彼の手はとても大きくてお肉でぷにぷにとして温かい。
彼は追われているため大通りを通れない。少し家まで離れてはいる。いつもはほとんど来ない兵士も彼を探し裏通りに来ている。だが、裏通りは曲がりくねっていて複雑になっている。そのため初めて来た人は迷路のようになっている。その人たちを対象にして地図商売をする人も出るほどだ。多分家に着くまでは鉢合わせすることは無いだろう。もし鉢合わせするとしても鎧の音で分かるので隠れたりの対処は出来るはずだ。
二十分程度歩いた頃家にたどり着いた。兵士とは一回も鉢合わなかった。
首に掛けていた鍵を手に取りドアの鍵を開ける。
「着きました。どうぞ」
彼を家に入れる。
家の中は外よりでは無いが冷えている。
「今、火を付けますね」
入口に置いてある薪を手に取り暖炉の前へ。
炎の力を宿した魔石に魔力を込めて暖炉に入ると暖炉に火が灯る。そこに薪をくべる。
水を張った鍋を暖炉の中にある掛ける場所に掛ける。
「すみません、何も用意が出来なくて」
「いえいえ、助けて貰ってそんな…」
彼は礼儀正しい。家に入っても、暖炉の近くにも来なければ座ろうともしない。
「服小さくてすみません。大きなタオルと、ローブを持ってきますね」
急いで寝室から大きなタオルと、ローブを持ってきて手渡した。
「あ、ありがとうございます」
受け取り、タオルで濡れた体を拭き、ローブを身につける。彼は後ろを向いて着替えるその姿を私は眺めていた。すると、身に付けていたローブをどうしようか迷っていた。優しい彼はきっと、汚いからと困っているのだ。
「大丈夫ですよ。私、気にしてませんよ」
私はそんな事は気にしない。
「優しいんですね」
彼は否定する。
「そんな、優しくないですよ。俺なんて醜くてキモくて、きた…」
スラスラと彼は自分を否定する言葉を並べてくる。彼のそう言うのは見ていて嫌だと感じる。ので手でそれを塞ぐ。
「そんなことありませんよ。ほんの少しの時間でしたが貴方はとても優しく強くとてもカッコイイですよ。そう思いました」
可愛いと言いたい。けど、それは違う。彼はそれを望まない。強い。彼はこれまでの人生とても酷い扱いをされてきたはずだそれでも尚頑張って生きようとしている姿はとてもカッコイイ。カッコイイのだ。
私は彼の名前を知らない。何もかも知らない。知りたい。
「そうだ!自己紹介まだでしたね。私、ティーネ・エルリンと申します。修道女に通っています」
私は強引に自己紹介に持っていった。
「ど、どうも…えっと、俺はシンドウ・サエギです。えっと、信じて貰えるかどうかは知りませんが、異世界から来ました…」
彼はキョドりながらも応えてくれる。不思議な名前だが、異世界から来たと言ったので納得した。確か異世界人は下が名で上が性だった。異世界人の話は昔からよく耳にするが実際に会ったことは一度もない。
「サエギさんですね。カッコイイ名前ですね!信じますよ、良く噂話など耳にするので」
私は彼を長椅子の方に座るよう促す。
彼は迷いながらも椅子に慎重に座る
「あ、ありがとうございます」
彼が座ったその時に暖炉からカタカタと鍋が鳴る。
「あっ!お湯が湧きました。お茶用意しますね」
私は直ぐに調理場から持ってきた茶葉を入れたコップにお湯を注ぎ彼に手渡す。
「熱いので気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
彼はそれを受け取り少し冷ましてから口をつける。
「美味しい…」
「それは良かったです」
彼はほっとしたように言葉を零す。
とても嬉しい。
少し落ち着いてきたので、何故追われているのか気になったので聞いた。
「あの、どうしてあんな場所に倒れていたのでしょう?」
突然の質問にお茶をこぼしそうなほど動揺してしてしまっている。
少し落ち着いたのか、話し始めた。
「実は…兵士に追われていたんです。」
「追われてた?」
「はい、罪を犯したんです。それで逃げてあそこに…」
「それは、悪いことですね。でも、本当ですか?貴方みたいな優しい人がそんなことするなんて、私信じられないです。何か理由でもあるんですか?もしあるならお願いです、聞かせてください!他言しないと誓います!命でもなんでもかけるので、なので…」
やはり追われていた。
彼は自分で罪を犯したと言った。けれど彼の行動を見ると無実であると何となく分かる。罪を犯したなら自分から捕まりに行きそうな性格だ。何か他に理由があるはずだ。力になりたい。その一心で彼の手を握り、お願いをした。
彼は諦めたのか、それとも決心が着いたのか話し始める。
勇者にはステータスという特別な能力がある。訓練すればレベルと言われるものが上がり、努力しなくても新しい魔法やスキルと言われるものが覚えられると言う。彼はステータスが無いと言った。勇者ではなく、勇者召喚に巻き込まれた一般人だ。しかもこちらの世界の人は普通に持っていて当たり前の魔力を一切持たない。訓練を始めてしばらくすると彼は気付いたが隠し続けた。無駄だと分かっていながらも毎日毎日訓練を続けた。それまでもイジメが酷かったらしいが彼は耐えたが勇者ではないと知られると彼へのイジメはそれよりも酷くなったと言う。抵抗したら犯罪者扱いで今に至るという。
彼は涙を零した。それを拭うがどんどん溢れ出してくる。
「辛かったんですね。それまで努力し続けたんでしょ?」
彼に近づき彼を抱きしめ聞いた。
彼は言葉を出せず、ただ首を縦に振るだけ。
「そうですよね。とてもカッコイイです。皆酷いですね。今は我慢しないで下さい。私が付いていますので」
私は彼をさっきよりも優しく強く抱きしめる。彼は顔を胸に沈め嗚咽を漏らす。
長い長い時間、彼は泣いていた。