第四話 忍び寄る影。いつかは来ると思ってた。まさかの新フラグ成立!? 葵視点
その日はどうにも朝からついていなかった。
朝ごはんの席では卵焼を母さんに取られるし、のんびり読書に洒落込もうかと思えば読みたかった本はすでに兄貴の手に渡り、父さんに庭の雑草抜きをお願いされる始末。たんすの角に小指ぶつけたり階段踏み外したりしたこともあった。
まさに踏んだり蹴ったりな午前を過ごし、気分転換に散歩に出掛ければ山賊紛いな恰好をした男達に追い掛けられた。
読心術で心の中を読み、噂を聞いて私たちを掠いに来た人買いであるということが判明。某イカな英雄の持っている政宗で華麗に首と胴体をおさらばさせてやる。
「最悪。朝から嫌な物見ちゃった」
罪悪感?なにそれおいしいの?
これが無抵抗の人間だったり知り合いだったりすれば話は別だが、問答無用で襲ってくるような下種にそんな感情は不要!人をちぎっては投げちぎっては投げすることに対する抵抗なんて大分前に無くなったわ!
いや、個人的にそんな状態になんてなりたくなかったんだけどね。
人一人の命の重さに押し潰されかけたり、命の有様について悩んでたりしていた時期が懐かしいぜ。ふっ(微笑)
っていうか、何で今日の私こんなについてないのよ!なにか悪いこと・・・ついさっきやったけど、でもこれって正当防衛だしセーフだよね!?
午前中嫌なことがあったら午後からはいいことがあるというのがお約束だが、私の感は告げている。厄介事というか、面倒事はまだ終わっていないと!
ここは早々にうちに帰って大人しくしていることが上策だろうか?いやしかし、今までの経験上厄介事というのはこちらがいかに拒絶しようが回避しようがやってくる。
避けて通ることはほぼ無理。無視することは出来るかもしれないが、たいていは何らかの形で巻き込まれることになる。でもなるべくなら素通りしたい。
少し考えた結果、とりあえずうちに帰る事にした。家でじっとしてればもしかしたら回避できるかもしれないしね!
最近仙女とか妖怪とか変なフラグが立ちまくってるせいか好奇心半分でこの山に入ってくる人間が多くて辟易してるっつーのに。特に悪意を持ってる奴らの処理で大忙しで大変でいい加減にせんと切れるぞゴラァって感じなんですけど!
あーっ、もう!
「苛々するわね。これも全部あの自称神のせいよ。こんな奴らが私の領域に入って来たのもそう、あいつのせい!(八つ当たり)今度合ったらあの髭引っこ抜いて毛根殲滅させてやる」
頭ではなく敢えての髭。
あの印象的な髭がなければ仙人とかそんなイメージから一気にただのじいさんになること間違い無し!
ははははは、もう二度とないだろうけどっていうか二度と会いたくないけど次会ったときはあの髭を永久脱毛だぜ!
髭が無くなってあたふたする自称神の姿を想像し、思わず吹き出した。
あははははは。
あいつ絶対「わしの髭がー!」って喚きながら右往左往するに決まってる!
そんな滑稽な自称神の姿を想像し、少し鬱憤が晴れたので今度は目の前の死体の処理をすることにした。
いや、だって自分のテリトリーの中にこんなものあったらなんか嫌じゃん?生ゴミはきちんと処理しないとね。たまに遊びに来てくれる村の人達に怖がられるのは嫌だし。
とりあえずうじとか沸いても嫌だから時間魔法をかけてその死体の時間を一気に加速させる。
あっという間に風化していき、骨すら原型を留めなくなったところで桜花で辺り一面を花畑にする。あれだ、墓標の代わり。
私は結構外道で容赦ない性格をしているけど、けして下種ではない。自分が葬った命を弔ってやる程度の慈悲は残っているつもりだ。
まぁ、時間があればの話だし、面倒なときはそのままスルーするけど。
春夏秋冬関係なく様々な花を敷き詰め、人買い達の血で染まった地面や草をおう覆い隠す。
よしよし、こんなもんかな?これでスプラッタだった現場の隠蔽は終わったぜ。
事件の隠蔽もすんだところで、私はとっととうちに帰るために踵を返しその場を離れた。
いや、正確には離れようとした、が正しい。
鼻歌混じりに一歩を踏み出した途端物凄いタイミングでがさりと少し離れたところの茂みが音を立ててゆれたのだ。
慌てて神経を集中させるとさっき揺れた茂みの所に一人分の気配がある。あまりにも雑魚すぎる人買いに気を取られていて辺りの警戒をおろそかにしていたことに気がついて思わず舌打ちをした。
これが戦場ならとっくに死んでしまっているかもしれないくらいの失態だ。
(気配の消しかたが上手い。これは素人じゃないわね)
時代が時代なら忍くらいいるだろう。そうでなければ余程の腕利きだ。
(私の暗殺・・・はないわね。この世界では特になにもしてないから狙われる理由がないし。偵察かしら?)
噂を聞き付けた権力のある人間が真相を確かめるために密偵を放った・・・という可能性が高い。我ながら怪しさ爆発の存在だし、それを誇張するような噂ばかりが広がっているのも知っている。
この世界へ来てからだいぶんたったし、そろそろこちらを探りに来る人間がやって来てもおかしくはない頃だ。
とりあえずおかしなことを報告されても困る。さっき人買いをばっさりやっちゃった所を見られたならそれこそ黙って行かせるわけにはいかない。
私達だけならどうにでもなる。
母さんも兄貴も一騎当千の実力の持ち主だし、それに加え私の馬鹿みたいなチート能力にかかれば冗談でなく一国を相手に出来る。何万人でもかかってこいやー!ってなものだ。
しかし、そんな事態になれば麓の村の人達に迷惑がかかってしまう。それだけはどうにかして避けなければならない。
とりあえず取っ捕まえて脅すなり洗脳するなりしてしまおうと思い政宗に手をかけた瞬間、茂みの中から一人の男が出て来た。
「よう、あんたが噂の一家の一人かい?」
出てきたのは、何と言うかまぁ二十歳前半くらいの男だった。しかも、えらくかっこいい。
人物観察はとても大切なことだ。相手の体つきや衣服などから大まかにでも相手の人柄や立場を推測できる。それにより今後の対応が決まる。
釣り目気味の鋭い目とニヒル笑いの口元。身長も私の頭一つ分ほど高くすらっとしているように見えるが、油断なく腰の刀に触れている手は見るからに堅そうで男がかなり刀を握り慣れていることがわかる。
それに加え油断していたとはいえ気配を悟らせなかったことと、自然体に見えても隙のない構えをとっていることから相当な実力者かそうしなければならない立場の人間ということになる。
私の鑑定眼に間違いがなければ着ている着物もそれなりに高価なものだということがわかる。多分、地位も高いのだろう。
おいおい、ひょっとして噂を聞き付けた好奇心旺盛な若が部下の制止振り切ってやって来たとかそういうオチか?見るからにそれっぽい顔してるし。
なんというか、B○SA○Aに登場するどっかの筆頭だったり三日月眼帯だったりYa―Ha―!な人を彷彿とさせる。つまりニヒルな悪役顔というわけだ。
現代にいたら間違いなくスカウトされるだろうなと思いながらとりあえず政宗を消しとりあえず私は無害ですよーということをアピールしてみる。武器を消すことによって油断してくれればよし、いきなり切り掛かられても魔法で撃退できるから問題無し。
しかし、歩み寄りのまず第一歩は会話だろ。和やかに会話をして信頼を勝ち取るためには武器ははっきりいって邪魔だ。
政宗を消したことに目の前のお兄さんは探るような視線を寄越してきた・・・が、相手の警戒心をとくといった以外これといった他意はないので軽いため息を吐いて無視をする。
さて、一体どんな対応をしてやろうか?
見た感じかなり破天荒そうな性格してるし、不良というよりかはそれを纏めるリーダーみたいな感じがする。公共の場ではきちんとするが、私生活ではかなりフランクになるタイプとみた。
なら、下手に取り繕うよりも堂々と接したほうがいいだろう。
「お兄さんのいった噂がどれかは知らないけど、この山に住んでいる一家は私達だけだよ」
「なるほどね・・・。あんたは、いや、あんたらは何でこんな辺鄙な所にいるんだ?人里にいられねぇ訳でもあるのか?」
うっわ、ものすごく不躾な質問だよこれ。
ニヤリ笑いが様になりすぎてやばいんですけど。鼻血出そうっす隊長!
いや、ここで負けたらダメだ。もっとクールになるんだ私!ポーカーフェイスを忘れるんじゃない!
目の前にいる二枚目悪役のことはカボチャと思え。こんなかっこいいカボチャなかなかいないけどな!
「そこまで話す義理はないよ」
よし、何とか声は震えずにすんだ。しかしこれ以上はちょっとまずい、冷静じゃない今の状態じゃボロをだしかねないぞ。
ここは自然かつスマートに話を横に逸らすんだ。お前はやれば出来る子だろ葵!?
「お兄さんこそ何でこんな所にいるのさ。帰れなくなる前にとっとと家に帰りな」
ち、ちょっとわざとらしすぎたかな?
でも、この山結構険しいし、慣れていない人は絶対に迷う。
私が結界をしいているところはどんな出鱈目な道を行こうが最終的には麓の村に戻るか私の家にたどり着くかするが、生憎ここは結界の外側。下手に迷い込めばそのまま行き倒れるという事態になりかねない。
こんなかっこいい人が行き倒れた先で餓死なんて誰が許しても私が許さん!
美形と美女と可愛いものは世界の宝、無闇やたらと減らしてはいけないのだ。
「そんな怒るなよ、ちょっと聞いてみたかっただけだ。悪かったって」
むっ、プライドが富士山よりも高そうな顔をしておきながらすぐに謝るとはやるなお兄さん。そんな風に謝られたんじゃ怒るに怒れないじゃないか。
元々たいして怒ってないっというか、どちらかていえばテンパっていただけだしね。
なんだか出鼻をくじかれたような気がして、知らずに篭っていた肩の力が抜ける。
「・・・別にいいけどぉ」
余分な力が抜けたせいかちょっと拗ねたような口調になってしまった。不覚!
しかし、この辺りが気分の切り替え時だろう。あまりぐちぐちとするのは私らしくないしね。
謝ったのなら、そのかっこいい顔に免じて許そうじゃないか。
「わたし葵。ここへは(散歩的な意味で)気まぐれで来たの。お兄さんは?もしかして迷ったの?」
「俺は道久。そうだな・・・確かにちょっと迷って困ってたんだ」
「ふぅん・・・?麓へ戻りたいならここから少しいったところにある小河を道なりに下っていけば村へ辿り着けるよ。それともうちへ寄ってく?迷ってて疲れたでしょもてなすよ」
「いや、今日はいったん戻ることにするぜ。また日にちを改めて来るから、その時は歓迎してくれ」
ここへはついでで寄ったんだと見え透いた嘘をつく道久に軽く鼻を鳴らす。
ふーんだ、そんな嘘ついたって私にはわかりますよーだ。
しかし、帰るというのなら無理に引き止めるわけにはいかない。私は空気の読める子なのだ。
「わかった。ただし、気が向いたらね」
バイバイ、と手を振るとそのまま家へテレポートで戻った。
きっといきなり目の前から姿を消されてびっくりしただろう。普通に考えて人間がいきなり姿を消すはずがない。
ちょっとした悪戯に驚いてくれたかなと心が躍った。
やはり悪戯は楽しい。結果を見ることが出来なかったのが少し残念だが、狐につままれたような気分になってくれていれば大成功だ。
あのかっこいい系の顔がキョトーンとなっているのか、はたまた憮然としてしまったのか。考えただけでにやけが止まらない。自称神の髭永久脱毛並にニヤニヤしてしまう。
まぁ私も年頃の女の子(といってもこの時代じゃ既に行き遅れか)だし?かっこいい人も綺麗な人も可愛い子も大好物ですよ?テンションもうなぎ登りですよ!
本当は記憶の改ざんをしてさっき見たものは忘れてもらおうと思ったけど、今の私の頭の中は悪戯が成功したという(想像の中で)満足感でいっぱいだったためそんな些細なことはきれいさっぱり忘れてしまっていた。
ルンルン気分で家に帰ると、キッチンでクッキーを焼いている父を発見。焼きたてでまだ温かいブロック型のクッキーを一つつまむとソファーへダイブする。
「おや、ご機嫌じゃないか葵。なにか散歩先でいいことあったのかい?」
「えっへへー。実はちょーかっこいい人と出会ったんだー」
「珍しいね、いつもは男になんて興味ないって顔してるのに」
「いやいや、父さん、私一応女の子だから。純粋にかっこいい人とか好きだから!」
そんな父さんとの軽いやり取りを聞きつけた母さんが乱入してきて根掘り葉掘り聞かれ、更に兄貴までもがやってきて収拾が着かない事態になったのは、それから微か5分後のことだった。