第二話 どこにでもいる不思議な家族。拒否しても付けられる称号。嫌よやめて、私そんな存在じゃないんだから!(上)
それは何時の頃からか。気がついたらその噂はまことしやかに囁かれていた。
少し険しい山の中、それはひっそりと存在するのである。
見たこともない二階建ての建物と、その周囲は季節に関係なく様々な花が咲き乱れておりまるで四季が一度にきたような光景で、そこには妖とも仙人とも思える一家がすんでいるのだとか。
その家は夜でもまるで昼間のように明るく、どんなに寒い日でも暑い日でも過ごしやすい気温に保たれており、不思議な筒からは冷水と温水が好きなときに使えどんなに使っても減らない魔法の食料庫があるらしい。
そしてそこは俗世とは無関係で身分も争いもなく、農民も大名も平等に扱われるとか。
悪意のある者はどれほどその家を探して山に分け入っても発見することはできず、善人のみが辿り着けることができ、その一家はたどり着いた者の願を叶え助けてくれるのだという。
その場所にたどり着いた農民は言った。
娘が不治の病にかかっており、藁をも縋る思いで娘と山に分け入ったところ、不思議な場所に出た。
そこで出会った一風変わった恰好をしている家族に事情を説明したところ、娘が何やら青いガラスの小瓶を持ってきて、その中に入っていた水を飲ませたところ、たちどころに病は吹き飛んでしまったという。
その場所にたどり着いた商人は言った。
盗賊に襲われ、すっかり壊されてしまった商品を手に命からがら逃げ込んだ山の中で不思議な妖一家と出会った。
襲って来た盗賊等よりもよほど恐ろしい顔をした鬼に見つかりあわやここまでかと諦めたその時、鬼の母親らしき女性が現れ見たこともない屋敷へと招かれ一夜を過ごした。
次の日になれば壊れていたはずの商品はすっかり元通りになっており、土産に細やかなガラスで出来た相当高いと思われるすとらっぷなる装飾品をいくつかもらった。鬼の手づくりらしい。それを売ったところ、目玉が飛び出るような値段が付いた。
その場所にたどり着いた忍びは言った。
敵の忍びに追われた先で不思議な建物を見つけた。
侵入しようにもそれらしい場所を見つける事が出来ず満身創痍で途方にくれていたとき、不意にまばゆい光とともに玄関らしき戸が開き優しい笑顔を浮かべた仙人が己を迎え入れてくれた。そしてその妻であるらしい美しい仙女と二人で怪我の手当をして、二人の娘は追っ手すら退けてくれたのだ。
そのほかにも何人もの人間がその一家に助けられた。そして皆、口を揃えてこういうのだ。
あそこはこの世ではない。かといってあの世というわけでもない。まるで桃源郷のような場所だった、と。
元々は違う名前の付いていた山だったが、徐々にその呼び名は変わっていき、いつしか桃源郷に通ずる山。桃郷山と呼ばれるようになり、山のどこかにある屋敷を白昼夢のごとき幻、白夢幻と呼び崇められるようになった。
そこに住む住人は時折麓の村に下りて来ては様々な奇跡を起こして人を助けたりしているのだという。
たいていの人は眉唾だと一笑するし、麓の村の人達はむやみにそのことについて言い触らさないためどこかお伽話のような感覚で人から人へと伝わっていった。
しかし、彼等は本当にいるのだ。
山の中でひっそりと、時折訪れる人達と交流を交わしながら。
妖のような、仙人のような、不思議な一家は存在していた。
そんな噂がどんどん独り歩きしていることを知らない葵は兄である浩一と家から少し離れたところに流れる川へとやって来ていた。
三日前から続いた大雨のため川の水が増水して下流の村々で被害が出たためどうにかならないかと泣き付かれ、とりあえずどんな風になっているのか様子を見に来たのだ。
結果からいうと、川はすごいことになっていた。
「これは酷いはぁ・・・」
通常なら幅五メートルくらいで深さも大人の腰から少し上くらいだったが、今は幅が八メートルくらいにまで広がり岩だの流木だのがものすごい濁流と共に流されていた。まだ上流のほうであるここですらこうなのだ、下流の方はもっと酷いに違いない。
葵は腰につけていたポシェットの中から手に乗るほどの小さな巾着の様な袋を取り出す。見たところ皮の様な素材でできており、口のところは銀で覆われ中央には1・5センチほどの穴があいていた。
これは以前葵が以前召喚された世界でてにいれた水袋だ。
国を襲う厄災から救う代わりに王族からぶん捕ったもので、水しか入らない代わりにどんなにたくさんの水量を入れても重さは変わらず、また腐りきった水でさえも一晩放置するだけで真水になるという国宝級のアイテムだ。
普段であればその飲み口から入る量しか中に水を入れることはできないのであるが、そこは飲み口にひと工夫。
『辺り一帯にある水を引き寄せる』のと『時間を1万倍に引き延ばす』という効果を飲み口に付加してやり、さらに『圧縮』の魔法を現在かけてある。
それは一度に大量の水をこの水袋に入れるにはどうしたらいいかを考えた結果、とりあえず掃除機がゴミを吸うのと同じ要領で周囲の水を集めてやれば効率はアップする。そしていくら小さな飲み口とはいえ時間さえかければ大量の水を入れることは可能。ついでに集まった水を圧縮して体積を小さくしてやればさらに短時間で沢山の水を貯めることができるのではないか。
そんな単純な思考から発生し、錬金術やら何やらで改造されたこの水袋。
その効果のほどはすさまじく、小さなため池程度ならものの数分で干上がらせることができる代物へと魔改造されてしまったのだ。
ちなみに中の水を外に出すときは飲み口を二回ひねり傾けると出てくる仕組みになっている。
もちろんそこも改造されており、段階に応じて水の量と勢いが変化するようになっている。勢いをマックスにし、内蔵されている水の量によっては疑似的な津波を起こすことすらできる水袋にはありえない鬼畜仕様だ。
「兄貴、ちょっと片手掴んでて」
「あんま身を乗り出すなよ」
ゆっくりゆっくりと川に近づき淵までやってくると、落ちないように浩一に左手を引っ張ってもらいながら水袋の先端を水に浸した。すると今まで上から下に流れていた濁流がその袋に吸い込まれはじめた。
その勢いは荒れ狂う濁流よりも勢いがよく、氾濫していた川はすぐに水位を下げ始め20分もすればすっかり川はいつもの穏やかさを取り戻していた。流れる水ばかりは土砂の影響で茶色いが数日もすれば落ち着くだろう。
これくらいで良いかと考えたが、これから山が吐き出すであろう水量を考え一度ほとんど水位が無くなるまで水を抜く。
山というのは思った以上に水を貯蓄するものだ。それを時間をかけて外に流すため、山に雨が降ると二日後くらいに川が大変なことになりやすい。
葵自身後日様子を見に来るつもりだが、とりあえず川の水をほとんど抜いたためこれ以上村に被害がいくことは無いだろう。
「さて、村の様子でも見に行きますか」
報告された被害は増水による家屋の浸水や倒壊。それによる重軽傷者。さいわいにして死者や行方不明者は出ていないらしい。
水袋をポーチの中にしまうと、浩一の手を取り近くの村へテレポートした。
葵達茜雲一家がこの世界にやって来て三ヶ月。色々聞き込みをしていて分かったことがいくつかある。
一、ここは日本の過去によく似た場所であるが、完全に同じというわけではない。地名は同じだが漢字が違ったり、大名の名前が聞いたことのないものばかりだった。
二、この世界には魔法とかその手のものがない。陰陽道はあるらしいが、それはあくまで星を読んだり暦を作ったりと化学に基づくものだとか。
三、ここはどうやら司国(四国)らしい。
四、この時代は権力争いの激しい乱世。つまるところ戦国時代というわけだ。
そのほか様々な勢力関係とかあるが、とりあえず歴史に関わる気はあまりないというのが一家の出した結論であるため割合しておく。
状況に寄っては権力争いに名乗りをあげることになる可能性もあるが、害が無い以上基本は静観するつもりだ。それに世界統一など父である昭嘉を除き皆飽きるほどやってきた。簡単とは言えないが日本くらいの大きさの国ならやろうと思えば二年くらいで統一出来る。
それはさておき、村へテレポートした葵と浩一は、予想以上の被害に眉をしかめた。
水浸しでもう使い物にならないであろう田畑。
浸水の被害にあった家の中には半倒壊しているものすらあった。
水が引いているため今は何ともないが、決壊してしまった川の防波堤等もひどい有様だ。
山から一番近い村でこうなのだ、ここより下流の村はもっと酷い事になっているに違いない。
「おお、葵様に浩一様」
「手伝いに来たよ砂後助さん。結構ひどいことになってるね」
砂後助こと村の村長は突如現れた葵と浩一に目を見開いたが、すぐにたたずまいを整えると一礼した。
「幸倒壊した建物はありませんが、今回の水害で怪我をした人間が多くいるのです」
「怪我人はどうにかしてあげる。・・・兄貴、ポーション渡すからここの怪我人よろしく。私は隣村の様子見てくる」
「了解。気をつけろよ」
冒険では欠かせない必須アイテム。そんな怪我だろうが死んでさえなければ癒してしまうという深く考えればかなりの謎アイテム(薄黄緑色の透き通った液体いりの小ビン)を5本渡すと、テレポートで隣村まで移動した葵は同じく水浸しになってしまっている村をみて深くため息をついた。
こちらの方が被害が酷い。
さっきの村では一番被害が酷いところで家が半壊くらいの被害だったが、ここでは完全に潰れてしまっている家もあった。
事態を少し軽く見ていたと舌打ちし、その辺りにいた村人を捕まえて被害状況を聞き怪我人が集められている小さな診療所へと向かう。
がらがらと音を立てて木で出来た粗末な扉を開けると、中には重軽傷者がひしめいていた。
床に寝かされている患者を踏まないように気をつけて中に入ると、忙しそうに動いている初老の老人に声をかけた。
「原さん、様子見に来たよ。なかなか酷いね」
原と呼ばれた老人は患者に包帯をまいていた手を止め、振り返った。
老人の本名は原助という。いつも柔和で笑顔を絶やさない狸爺として通っているが、連日患者の面倒を見ていたのだろう。皺の刻まれたその顔には疲労が色濃くでていた。
原助は葵を見るや否やあからさまにホッと息を吐いた。
「よう来た葵嬢。早速で悪いが治療を頼めるかの?」
「任せて。いくよ・・・『私はここにあるすべての厄災を禁じます』!!」
そう唱えると白い光が部屋中に降り注いだ。
光が患者に触れると瞬く間に怪我が治り、死の淵をさ迷っていたはずの人が息を吹き返す。
言葉には力が宿る。
声に力をのせ世界現す。これは習得こそいつか召喚された世界でしたものだが、使うのは己の内蔵されている『力』なため、基本どこの世界でも使用することができた。そしてその使い勝手の良さから一番気に入っているものだったりする。
そして葵はたった今、この場にいる人たちの怪我がそこにある(・・)という事を禁じた。そのためそこにあれ(・・)なかった怪我は消え、結果的に怪我が治ったのだ。
時間にしてものの数秒。部屋にいた患者は一人残らず全快した。
誤字脱字がありましたらご報告お願いします。