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第五話  モブキャラD的なお父さん。新たな出会い。友情とまたかよな勘違い!?(下)

あの日を境に、殿は変わられた。


あれは半月近く前のことだ。手付かずの書類を今日こそはと思い朝から缶詰にして仕上げてもらっていたあの日、殿の身に一体何があったのか誰一人として知らない。


朝から約六時間に及び執務室に軟禁していた殿が脱走したと芳光から聞き、そろそろ我慢できなくなる頃合いだと検討を付けていたため微かに痛む胃を摩りながらも俺は追うよう指示は出さず殿の執務室で仕上がっていた書類を片付けることに専念した。


普段は不真面目でいらっしゃるが、やれば出来るお方なのだ。その証拠に通常の人間ならば数日はかかるであろう量の仕事をたった6時間で半分にまで減らしてしまっていた。


そこには手抜きも一切見当たらず、素晴らしい仕事ぶりだが、いかんせん普段からダラけてしまっているのが玉に傷というやつか。


毎日やればそれほどの量でもないというのに、執務室を抜け出しては城下へと足を運んだり兵に紛れて訓練したりしているばかり。


眉間に出来たシワを揉みほぐしながら帰ってきたら説教だと固く心に誓った。


しかし、いざ帰ってきた殿を見ればそんな決心は跡形もなく吹き飛ぶこととなる。


夕闇に紛れて帰還を果たした殿を見て、帰ってきたら言おうと思っていた言葉はついに口から音になることはなかった。


それはまるで魂を抜かれたかのように、心の一部をどこかに置き忘れてきたかのような有様で。一体何があったのかと問い質したところ信じられない言葉が返ってきた。


殿いわく、神に会ったのだという。


「なぁ重義、俺はあの人に出会って己の未熟さを痛感したぜ。俺という存在の小ささを、あらためて感じさせられた」


いつも自信いっぱいに国を引っ張っていた殿からはとても考えられないような言葉に、ただただ言葉を無くす。俺はおろか芳光を始めとする他の誰もが何も言うことが出来なかった。


それからだ、殿が真面目に、いや真面目過ぎるほど真面目に執務をこなし始めたのは。


以前のように気がつけば城を抜け出すことはなく、執務室に引きこもっては狂ったように仕事を片付けていった。


次から次へと案を考え、領地に不穏な動きがあれば殿自らが飛んでいって解決し、最近は南蛮との貿易を盛んに行うようになり、それによる治安の悪化も解決すべく奔走している。仕事がない場合は専ら兵法を勉強したり稽古をしたりと己を高めることに余念がない。


おかげて司国の勢いたるやたった半月程度で周りの国の大名が恐れを抱くほどだ。


神とまで称した怪しい人物については殿にどれだけ追究しようと頑として口を開かなかった。


そこで忍びを駆使した結果最近噂になっている桃郷山とやらに分け入ったことがわかった。恐らく仙人だの妖怪だのとのたまっている怪しい奴らになにか吹き込まれたのだろう。


執務をサボらずやるというのは歓迎するところだが、俺はひそかに危機を感じていた。


相手を神と称し自分の生活態度を改めるほど崇めているのは民ではなく一国の主。下手をすれば知らない間に傀儡にされ司国を乗っ取られる可能性も出てくるのだ。


俺は再び忍びに命じその山にすむ一家を探らせたが、上がってくる報告はどれも噂以上のものではなかった。


尻尾を掴ませないとは余程腕の立つ奴らなのか。


苛々しながらその謎の一家について考えていたあるひ、唐突にそいつはやって来た。








よく晴れた日の昼下がりのこと。


以前とは逆で仕事をしすぎる道久に、どうにか休息をとってもらおうとお茶とお茶菓子を手に重義は執務室へ向かっていた。


まるで朝も夜もなく仕事に鍛練に打ち込む姿に安堵していたのは最初のうちだけ。


いつまで続くのかと笑い話にもしていたが、流石にその状態が十日も続いた頃には誰も笑わなくなった。


不真面目だった人間が真面目になれば反動がでかいというが、確かに大きかった。


芳光が城下へ誘っても無視、重義が休息を許可しても無視、これならどうだと綺麗所を集めてみたがそれも完璧に無視。日に日に軽口を叩くものはいなくなり、ついにはどうやって道久をサボらせるかという議題が持ち上がる始末。


根も詰めすぎれば体に毒だ。とりあえず今日は強制的にでも休みをとってもらおうとお茶の中に睡眠薬すら混入させ道久のいる執務室をめざす。


そのとき、城中に響き渡るような道久の絶叫が聞こえてきた。


「・・・っ!くせ者か!?」


持っていた盆を放りだし声の聞こえて来た方へと急ぐ。


刀に手をかけて道久の執務室へ続く廊下を曲がり重義がみたものは想像していたものとは少し違った。


てっきり敵と対峙しているものと思っていたが、道久は刀すら手を付けておらず、相手にいたってはなんだかどこにでもいそうなおじさんが一人。おまけに縁側に二人で座っている始末。


「おいおいおい、まじかよおっさん。あんたあの人の親父なのか!?」


「まぁなぁ。娘がなんだか凄すぎて俺も鼻が高いんだよ。そうそう、俺の嫁さんと兄になる息子もいるんだがこれがまた凄くてなぁ。そうだ道久君今度うちに来るかい?自慢の家族を紹介するよ」


「・・・っ!是非っ!行かせてもらう!」


なんだか、休みの日におじいちゃんの家においで。え、いいの?行くー!・・・といわんばかりの会話だ。目の前にいるのは確かに自分達の主君と不審者のはずなのだが、なんだか叔父と甥とみたいというか、爺と孫みたいなやり取りが行われている。


重義の記憶が正しければ目の前の人物に心辺りはない。しかし、道久とはどうやら交流があるらしく信じられないことに『道久君』などと通常なら不敬罪で切腹ものの呼び方を自然にしている。


一体二人はどういう関係なのだろうか?


知り合いが訪れるなら自分に話しが通らないはずはないが、今日来客の予定はなかった。予定がないどころか誰ひとりとして道久の元に通した記憶も報告もない。


例え相手がお忍びの身分だろうが、筆頭家老である重義を通さずに面会することは出来ない。


なら不法侵入をしたか誰かの手引きがあったかのどちらかだ。


「全然構わないよ。娘も君のことを気に入っていたみたいだし、是非遊びに来なさい」


「そ、そうなのか?俺はあの人に気に入られているのかおっさん!?」


「なんでも好みの顔なんだって言ってたなぁ。・・・あ、俺が言ったってことは内緒にしといてくれよ?本人恥ずかしがると思うから」


確かに、年頃の女なら自分のいない所でこんな話しをされていると知ったら怒るだろう確実に。


そんなことを考えながら重義は一歩踏み出した。


「道久様」


どうやら話しに熱中しすぎて重義に気付いていなかったらしい道久が反射的にこちらを向き、ややあってバツが悪そうに視線を外した。


男の方はこちらに気付いていたのか、驚いた様子はなくただニコニコと笑っているだけだった。


どこをどう見ても刀を奮う人の体はしていないが、だからこそ恐ろしい。


強めの殺気を放ってみたが、道久がぎょっと目を剥くかたわらなんでもないことのようにそれを受け流す胆の太さ。ひょっとしたらどこかの草の者か、それでなければ表舞台に立つことのない軍師の類か。


どれだけの殺気をたたき付けようが睨み据えようが暖簾に腕通し、まるでや凪が風を受け流すかのように掴み所のない空気を纏いながら笑う姿にぞっと背筋が寒くなる。


まるでこちらのことなどどうとでも出来るといった意志のあらわれなのだろう。


「道久様、こちらの方はどなたですかな?私は本日どなたもお通しした記憶はございませんが。お知り合いですか?」


「あー、いや。ちょっと事故があって」


「いやいや、道久君とは今日初めてあったばかりなんだけどすっかり意気投合しちゃって。ええっとお家の方かな?」


ニコッ!と音がしそうな笑顔と共に首を傾げられ、重義は脱力しかかった。


しかかった・・・が、流石は筆頭家老。すぐさま立ち直ると隙を見せないよう気を張りながら二人に近づく。


うっかり気を抜きかけたが、これが相手の策の場合とんでもない腕をしていることになる。


初対面の緊張感と不信感をあっさりと取り払い相手の懐に入り込む技術は鮮やかなもので、最初道久と親しそうに話していた姿に疑問を持たなかったら相手の術中にはまっていただろう。


「失礼ながらあなたを屋敷に通した覚えはございませんがどうやって屋敷に忍び込まれたかお伺いしてもよろしいか?」


言外に事と事情によっては叩き斬るという含みを持たせるが、相手の男は困ったような顔をするだけ。


その表情は見事で、数多くの忍びとやり合ったこともある重義からみても本当に困っているように見えた。


「いやぁ、実は娘に送ってもらったんだけど間違えたみたいなんだ。道久君とはここがどこだかわからなくて途方にくれていたとき出会ったんだよ」


な?と男が聞けば道久は一瞬悪戯がばれた子供のような顔をした後、微かに頷く。


「ああ、まぁな」


「道久様!そのような得体の知れない輩をそばに置かないでください!刺客だった場場合どうするおつもりですか!?」


「それはねぇ。もし仮にそうだったとして俺が簡単にやられるわけねぇだろ」


「それはそうですが!」


「あーあーあー、お前が心配性なのはわかったから。だからちょっと黙っててくれ、マジで」


煩いとばかりに手をひらひらと振る道久に最近真面目になっていたがやはりこういう部分は変わらないのだと変に感心しながらも重義は男を睨み付けることをやめない。


どんな目的があるかは知れないが、警備の厳しい城に忍び込んだあげく国主とあっさり打ち解けてしまうような人物だ、注意しないわけにはいかない。


本人いわく娘に間違えられたらしいのだが、そんな見え透いた嘘に引っ掛かるほど阿呆ではない。そもそもこんなにでかい城をどう間違えればいいのだ。


本当ならたたき出すなり切り捨てるなりしたいのだが、どんな手を使ったのか道久にえらく気に入られているらしくおいそれと手を出すことは出来ない。


せめていざというときは盾になれるよう二人の間に割って入ろうとした瞬間、突如庭が光り、その光りの中から一人の男が出てきた。


途端に辺りに重くて息が出来なくなるくらい濃密の殺気が満ちる。


とっさに刀に手をかけるが、手が微かに震えていることに気がつき重義は舌打ちしたい心境にかられた。


光りの中から登場した男をきつく睨み付ける。


一体どれほど鍛えぬけばそのような体になるのか、想像すらつかない。同じ武人だからこそわかるのだ。


この男は強い、と。


その気になりさえすればその手足すら武器になるのではないかと思わせるような四肢を持った、究極の武人。


一度感じただけで格の違いを思い知らされるほどの圧倒的な覇気にともすれば逃げ出しそうになる足を重義は叱咤する。


ここには己の守るべき相手がいるのだ、例え敵うことはなくともせめて逃げるくらいの時間は稼がなくてはならない。


一歩、男がこちらに向かって踏み込む。


来るか、と身構えた瞬間。


「なんだ、浩一じゃないか。もしかして迎えに来てくれたのかい?」


中年男のほうから信じられない言葉が飛び出して来た。次いで


「もしかしなくても迎えに来たんだよ親父」


と、男のほうからも信じられないような言葉が飛び出してきた。


「葵が慌ててたぞ。もしかしたら術を失敗してたかもしれないって。案の定だな」


「葵ったらおっちょこちょいだからなぁ。でもお父さんそのおかげで新しい知り合いができたんだよ」


「知り合い?」


浩一と呼ばれた男が今だ警戒体制を崩さない二人を見る。


一瞬、命の覚悟をしたが相手はこちらを一瞥しただけで特になにかをしてくる様子はない。


「貴様、何者だ。どうやってこの城に忍び込んだ」


自分でも微かに震えていることがわかる声に内心舌打ちをしながらそれでも重義は相手を睨むことをやめない。


得体の知れないと思っていた中年男の息子がこれならば、いっそ納得ができる。


いともたやすく相手の懐に入り込み親しくなることの出来る父親と、武人の息子。先程の会話から推測して、相手を望むところに行かせる能力に長けた呪術か何かを使う姉か妹がいるのだろう。


そこまで考えて、どれだけ調べさせても尻尾を掴ませなかった噂の一家を思い出した。


道久が出会ったのが今目の前にいる二人の身内であるのなら、相手を神と称し人生観を変えるには十分である。


冗談ではないと重義は思った。


明確に味方であるという証拠のないこんな化け物じみた人間が領土内にいる。きっと牙を剥かれたらただではすまない。


「俺が何者か、なんてどうでもいいことだろ。俺は親父を回収しに来ただけだしな」


「何だもう帰るのか?」


「何だ、じゃねぇよ。うっかり不法侵入した身分だろ親父。いつまでもいるわけにはいねぇだろ」


「それもそうだな。あ、道久君今度道久君がうちに遊びに来る事になったからな浩一。葵にも教えてあげてくれ」


「はいはい。おい、道久ってのはお前か?」


浩一に呼ばれ、道久は微かに頷く。


「葵からあんたの話は聞いてる。もしもうちに来るなら麓の村にいる源助という医者か砂後助という村長につれてきてもらえ」


それだけ言うと浩一は胸から瞬きの手鏡を出し二人はその場から消え去った。


後に残された二人は突然の事に呆然としていたが、少しして立ち直る。


何と言うか、まるで狐か狸に化かされたかのような一時だった。


「・・・道久様、本当にあの得体の知れない男の屋敷へ向かうのですか?」


元来好奇心の強い主のこと。帰ってくる返事はわかりきっているが確かめずにはいられない。


出来れば関わってほしくないが、おそらくというか絶対無理だ。


「折角のお誘いだ、行かないわけねぇだろ」


「やはり・・・。どうせ止めても無駄でしょう」


「何だ、わかってるじゃねぇか!」


およそ半月ぶりに見た、まるでおもちゃを与えられた子供のような顔に、ため息をつく。


分かっていたことだが、なんとなくあの家族(それも父親のほう)の掌の上で転がされているような気分になる。


いや、事実転がされているのだろう。


道久の好奇心をくすぐり、己の警戒心を煽る。その上で、滅多なことじゃ手を出してこれないよう牽制にあの息子を出す。


思い返してみればなんという絶妙のタイミングでやって来たのだろう。


あの登場のおかげで重義は詰め寄るタイミングを逃し、帰るときもこちらの意見等挟ませず鮮やかに帰って行った。


すべてはあの男の手の上での出来事。


(息子のほうもそうだが、あの親父とんだ狸だな)


道久がその気な以上回避は不可能。


なら、重義がとる行動はたった一つ。


「分かりました。止めても無駄のようですので止めはしませんが、そのかわり」


「一緒についていく、だろ?」


「お分かりになればよろしいです」


身をていしてでも主を守るのが己のつとめ。


それだけは譲れないと言えば、しぶしぶながらも許可が下りる。


一体あの男にどんな思惑があるのかは知らないが、好きにはさせない。


その思いを重義は胸に強く刻み付けた。

今回は新キャラ視点中心でお伝えしております。

一番平凡なはずなのになんだかものすごい勘違いをされてしまっているお父さんの巻です。くどいようですがお父さんは一般人です。そんな策士とかそういうスキルはございません。あのほのぼのとした空気に皆が勝手に踊らされているだけです(笑)

しかし、お兄ちゃんまで巻き込んで何という勘違い(笑)

確かにお兄ちゃんは強いですが、中身はかなりいい人。重義さんお父さんに続きおかしな勘違いを連発しております。

さて、今後一体どうなるのでしょうか???

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