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ダンジョン捕食者の勧誘

僕とエミリーは『灰毛(グレイファー)』の承認を終わらすとダンジョンに帰っていた。

相変わらずエミリーのダンジョンは宮殿のように煌びやかだったし、赤い絨毯はふかふかとしている。


(出来レースなのは分かってはいたけどさ………)


『灰毛』は驚くほどあっさりと冒険者パーティとして認められた。

それ自体は悪いことではなかったし、むしろ喜ばしいことでもある。

それでも釈然としないのは僕がまだ子供だからだろうか。


この心がモヤモヤする原因は分かりきっている。

僕はあの酒臭いギルドが、冒険者のものであると思っていたかったからだ。

だから一縷の望みを持って手続きにいった時、いつもは規則に受付嬢が何にも言わないことに絶望した。

手渡した書類を一瞥もしないで、流れ作業で承認する。その光景を目の当たりして、ようやく僕は魔物がギルドを支配者なのだと理解した。


(昔、院長のおっさんが言ってたっけな。世の中知らないでいいことはごまんとある、て)


知らなければ、僕はいまだ魔物を狩る正義の冒険者を気取っていられたかもしれない。

エーデリカに隠し事をする必要もなく、一緒に仇を取るのだと悪の魔物を探していたことだろう。


「そんなに落ち込んでどうしましたの?」


項垂れているとエミリーが心配そうにこちらを見つめてくる。


「いや、なんでもない」


我ながら素っ気のない返事をしたものだ。

気分が曇天のようにずっしりと重かったのは本当なのに、僕はそれを隠すことしかできない。

こんな自分勝手な理由で落ち込んでいるのを知られるのは、なんだかカッコ悪いと思ったからだ。


「ふ〜ん、もっと喜んで頂けるものと思ってましたのに」

「喜ぶって?」

「レイはスコーン女と一緒にいたかったのでしょう?だから明日から同じパーティになるように計らいましたのに」

「え!?何でそんなことを」

「レイのことはお見通しですもの。少々心苦しくは思いますけど、貢物として考えてしまえば我慢ぐらいはして差し上げますわ」


想定外の気遣いに僕は言葉が出ない。

エミリーの言うとおり、エーデリカと一緒に冒険者をやるのは僕の望みだった。

 

「………素直に感謝しとくよ。ありがとう」

「そ、それほどではありませんわ」


照れているのかエミリーは満更でもない顔をしている。

その様子は少しだけ可愛く見えた。

今まで魔物は悪い奴らだと決めつけていたけど、実際は違うのかもしれない。

それこそエミリーは僕のことを何度も。助けてくれた。


確かに、人を食べる魔物もいる。

それは確かに悪だと思うし許すことはできない。

でもエミリーは………


「懐かしい………魔王様がいらした頃となにも変わってない」


突然、ダンジョンに聞いたことのない声が響き渡る。

僕は慌てて周囲を探したけれど、いつもの真っ白な柱と赤い絨毯が広がるばかりで声の主はどこにも見当たらない。

 

「上ですよ。下等生物」

「う、上!?」


見上げた瞬間、僕の顔に尖った何かが突き刺さる。そのあまりの硬さと鋭さに、僕は体勢を崩して悶絶してしまう。

一瞬だけ見えた扇状的な光景から、突き刺さったのが女の靴であることだけは分かった。

おそらく全体重をかけられて踏んづけられたのだ。


「アクトレア………」

「ごきげんよう。深淵のエミリアル」


声を出すのを堪えて顔を持ち上げると、そこにいたのは真っ白な肌に豪華なドレスを身につけた美女だった。

いや、美女というのは語弊があるかもしれない。

どことなく漂う匂いで、こいつが人ではなく魔物だと分かる。


「あなた殺されたいのかしら?」

「ちょっと、ちょっと!久しぶりの再会だというのにどうしてそんなに殺気立ってるのよ」

「あなたが足蹴にしたのは私の互いですわ」

「え、この下等生物が!?、しばらく会わないうちにえらく悪趣味になったものね」

狩影の徒(シャルドダンス)


エミリーの唱えた謎の呪文に呼応するように、地面から異形の生物が現れる。

ぱっと見は漆黒の体表をした犬のようだったけど、瞳の数があからさまに多い。

 

これは影を使ったエミリーの能力だ。

犬のような影が地表を駆けると、稲妻のような速度でアクトレアに噛みついた。

その狙いはまさに正確無比。

アクトレアの華奢な首は影の強靭な顎によりくの字にへし曲がる。

首が折れたアクトレアは「あ、ああ、あ」などと意味の分からない言葉を発していた。


魔物といえどその痛々しい有様につい目を逸らしてしまいそうになる。

  

「ふざけるのはおやめなさい。あなたがこれぐらいで死なないことは分かっていますわ」

「なーんだ、バレてたの」


さっきまで死にかけの魚のようにパクパクとしていた口がニヤリと釣り上がると、アクトレアは今にも転げ落ちそうな頭部をがっしりと掴み無理矢理に元の位置へと押し戻した。

すると不思議なことに、へし折られた首が元に戻り始めた。

牙が突き刺さった跡も飛び出た首の骨も消えてなくなり、何事もなかったかのように治ってしまう。

僕はあまりの光景に唖然とするしかなかった。

 

「でもよかった。今のが本気じゃなくて」

「どういう意味かしら?」

「言葉の通りよ。今のが本気だったなら、わざわざ勧誘に来た意味がなかったな。と思っていたの、でもまあ………私の仲間にするには及第点といったところかな」

「何を世迷いごとを、私があなたと仲良くする道理はありませんわ」


エミリーのキッパリとした拒絶の意思が僕にも伝わってくる。魔物同士といえど仲良しこよしとはいかないのだろう。


「そう言わずに、こうして手土産も持ってきたのよ」


アクトレアはそう言うと収納魔法を発動する。

空を引き裂いて開かれた扉から取り出されたのは、赤い液体が滴る肉の塊だった。


「これは?」

「決まっているでしょ。あなたの好物の人間よ」

「………帰りなさい。私がまだ冷静なうちに」


場の雰囲気がさっきまでと変わった。

息が苦しくてまともに立っていられない。まるで身体の周りの空気が重くなってしまったみたいだ。


「これでも私の誘いを拒否するんだ………リリスの前にエミリアルから潰してもいいんだよ?」

「出来るものならお好きになさい。まぁ、一人では何もできないあなたには到底不可能でしょうけど」

「後で後悔してもしらないからね」


アクトレアはそう言い残すと、まるで初めからそこに何もなかったかのように消えた。

 

「どういう意味だろ?」

「私にもさっぱり分かりませんわ」

「エミリーも分からないのか………これから大丈夫かな」

「心配ありません。何があっても私がレイを守って差し上げますわ」

「はは、それは助かるよ」


まあ、心配しているのは僕の身の安全だけではないのだけど───エミリーにそのことを打ち明けても、機嫌を損ねるだけだろう。


「ほんと、レイは分かりやすいですわ」

「な、何のことかな」

「スコーン女が巻き込まれないか心配なのでしょう?」

「うっ、」

「しょうがありませんわね。気が向いたら、スコーン女も守って差し上げますわ」


僕は明日から合流する予定のエーデリカが襲われないか心配していた。

エミリーはそんな僕の考えなど見透かしていたようだ。

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