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ダンジョン捕食者の憂い

 死んだらどうなるだろう。

 そんなことを子供ながらに考えたことがあった。

 どうしてそんなこと考えていたのかは覚えていない。

 ただ漠然とした死後の世界、つまるところの天国や地獄みたいなところがあると思っていたのだ。


 でも、実際は違っていた。


 僕はいま何もない場所にいる。

 言葉の通り地平の果てまで何にもない。ただ無限に広がる空間の中を意識だけが漂っていた。

 なんでそんなことが分かるのか自分でも分からない。

 おそらく、ここが死後の世界というやつなのだろう。


 そう、僕はエーデリカを庇って死んだ。

 たぶん後悔はしてないと思う。

 


「感傷に浸っているところ悪いですけど、あなたはまだ死んでいませんわ」



 声がする。

 いや、この何にもない場所で声なんて聞こえるものなんだろうか。



「どうやら上手くいったようですわ」

「君は誰?」

「私は───」

「………エミリー・サージェ!?」


 


 僕の意識の中に無理やり何かが入ってきた。

 まるで手紙を無理矢理渡されて、中身を読まされているような奇妙な感覚。

 実際の手紙と違いがあるとすれば、文字ではなく記憶あるいは思いとなって内容を理解してしまうことだろうか。


 そんな手紙の差出人は、自身をエミリー・サージェだと言っている。

 彼女はそれはそれは恐ろしい魔物だった。

 幼い少女の姿をしていて、いかにも人畜無害ですといった容姿をしていても、簡単に人の命を奪う。


 そんな彼女から様々な情報が伝わってくる。

 ここは意識だけの虚の世界で、現実では彼女の能力で僕は蘇生を施されていた。

 すでに欠損した僕の右半身は再現されていて、あとは僕の意識を覚醒を待つばかりなんだとか。



「それでここまで僕を起こしに来たのか」

「お寝坊のあなたを呼び覚ますには、これが一番手っ取り早いと思いましたから。迷惑だったかしら?」

「いや、感謝するよ。あのまま人生を終えるのはいやだったし………」



 それでも、単純に生き返った!やったあ!

 と、諸手をあげて喜ぶことはできなかった。

 彼女の能力は自身を媒体にする。つまり再現された僕の身体は………



「はは、でも魔物になるとは思わなかったな」

「まだ半分程度は人の身が残っていますわ」

「どっちみちもう普通の人間じゃない………いや、もともと普通ではなかったけど」

「………ごめんなさい」

「別に君を責めてるつもりは、」



 なまじ彼女の思いまで分かってしまうので、無闇に憤りをぶつけることができない。

 いや、そもそも憤りを覚えるのが間違いだということも分かっている。

 それでも僕は、この先どうやって生きて行けばいいんだ。



「でしたら、私の従僕になるのはどうかしら?」

「それが君の望みなら………ただ一つだけ、こんなこと言える立場じゃないことは分かっているけど」



 命の恩人?である彼女が従属を望むのであれば叶えるだけだ。

 どのみち選べる選択肢はそう多くない。

 それに見方を変えれば、これは失った記憶の手掛かりを掴むチャンスでもある。 

 彼女は初対面で僕の記憶喪失を知っていた。

 おそらく、彼女の能力に由来するものだろう。

 なら失った記憶も彼女なら知っているはずなのだ。



「あなたの失った記憶についてでしょう」

「そうか、ここだと改まって話す必要もないのか」

「伝わるのは表層の意識だけですわ。大事なことはちゃんと言葉にして下さらないと」

「なら改めていうね。僕はこれから君の為に生きる。だからそれに見合った報酬が欲しいんだ」

「っ!!そ、そうですわね………別に、私は教えても構いませんけれど」

「含みがある言い方をするんだね。君には何も不都合はないだろ?」

「大したことではありませんわ。昔のあなたが記憶を取り戻すことを望んでいない。ただそれだけのことです」

「!!?」


 

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 昔のあなた……つまり、昔の僕自身が記憶を取り戻すことを拒んでいるのだと、彼女からは嘘偽りない意思が伝わる。

 記憶を取り戻せば、この憎たらしい世界のことも少しは愛せると思っていたのに、

 よりにもよって、その原因の一部が僕自身にあっただなんて信じたくなかった。


 とはいえ、

 僕がいくら認めなくても、真実であることに変わりはない。

 後は決断するだけだ。

 それでも記憶を取り戻すんだと、



「バカなヒト………あなたの意思は分かりましたわ。それであなたは私に何をしてくださるのかしら?相応の働きをして下さらないと、教えて差し上げませんわよ」

「君のアノレクシアを僕が何とかするよ」

「え!」

「人間を食べたくないって言ってたのは本当なんだろ?」

「…………。」

「なら、僕が替わりに食べられるものを探してくるよ。君がもう嫌いな物を食べないでいいように」



 なんの交換条件にもなってない拙い提案。

 それでも、彼女が本当に人を食べたくないと思っていることに賭けることにした。

 きっと彼女はアノレクシアなのだ。


 アノレクシア、孤児院の子供にもに似たような症状の子供がいた。

 原因は様々だったけど、食事ができなくなる典型的な病気。

 僕に治すことができるかは不明だけど、やるだけやってみるつもりだ。


 上手くいけば、僕は記憶を取り戻せて、彼女が人間を食べることもなくなる。

 まさに一石二鳥、そんなことを考えていると急な眠気に襲われた。

 


「そろそろ、目覚めの時間のようですわね。あなたの提案を呑むには一つ条件があります」

「な、、、に?」

「今後、私のことは名前で呼ぶように」

「そんな………」


 

 返事をしようとしたけど、眠気で意識を保つことができなかった。

 そして、長い長い夢から目を覚ますのだった。 




 人間を好きになったことがあるだろうか?

 わたしはある。というか、なってしまう。

 そういう生き物として、この世に生まれ落ちてしまったから。

 

 きっとエミリー様も、あの人間のことを好きになってしまったに違いない。

 だから、我が身を削ってでも蘇生しようとしているのだろう。


 無駄なことを、

 なんて思ってしまったけど、自分の主にそんなことを言えるはずもなく。

 わたしは黙ってダンジョンを離れる他なかった。

 

 ダンジョンを離れたわたしは、古巣に帰ることにした。

 というか、他に行く当てがなかったというのが正しかったりする。


 とにかく、また計画を練り直して、今度こそエミリー様に食事をしてもらうのだ。



「ミリア!ミリアはいますか?」



 自室で次の作戦を考えていると、マザーが尋ねてきた。

 扉に鍵はかけていなかったので、扉はなんの抵抗もなく開く。

 当たり前のようにノックなんてされない。


 現れたのはわたしと瓜二つの姿をした魔物。

 胸部などに些細な違いはあれど、マザーもわたしと同じく男性の好きそうな美しい造形をしていた。


 マザーはわたしと同時に生まれ落ちた同族で、わたしと違いとても優秀な彼女は、すでに同族たちを束ねる存在へと抜擢されていた。

 


「はい、ここに」

「あなたにお客さんですよ」

「今は閉店中だって伝えてください」

「そんな言い訳が通るわけないでしょ!もう、相変わらずのサボり魔なんだから」

「にへへ、マザーもその仕事が板についてきたみたいだね」

「マザーなんてやめてよ。二人の時は昔みたいにテレジアと呼んで」

「はーい、今度からマザーのテレジアさんって呼ぶね」

「はぁ、もういいわ」


 

 テレジアは柔らかそうな頬を膨らませ、誰がみても怒ってますといったアピールをしていた。

 同時に生まれ落ちた影響か、自分とほとんど同じ見た目の彼女にそんなことをされると、なんだか羞恥心が働いてむず痒く感じてしまう。

 それはテレジアも同じだったみたいで、



「ごめんってばテレジア、そんなに怒らないでよ」

「ぷふぅ、もうダメ、恥ずかしくて耐えられない」

「よかった。わたしもこれ以上は笑いを堪えるの無理」

「久しぶりにこんなに笑っちゃった。どうやらなにも変わってないみたいで安心したわ」

「変わるって、そんなにここを空けたわけでもないでしょ?あ、分かった。わたしがエミリー様のダンジョンにいってたのが気に入らないんだ」

「そ、そんなことないわ!ただ、ちょっと心配だっただけで、、、」



 テレジアは恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。

 いつも本音を隠しがちなところは、テレジアらしいと思う。

 

 まぁ、テレジアなりにわたしを気にかけてくれていた。

 そういうことにしておこう。



「それよりミリア!客の相手はどうするの!?」

「しますよ。しないといけないんでしょ?」

「それなら助かるわ。なにせあの客、ミリアがいない間もずっと訪ねてくるんですもの。そろそろ誤魔化すのも限界でしたわ」

「では、久しぶりにシスターミリアは出勤することにします」

「くれぐれも、気をつけてね」

「はーい」


 

 こうしてわたしは、久しぶりのシスター業に就くことになる。

 そう、わたしの古巣というのは教会だった。


 ここではダンジョンにいる時とは真逆で、肌の露出が無い礼服を着用し、迷える子羊の罪を許す仮初の天使を演じなければいけない。

 それがミリア・リリスという魔物の表の顔、


 はぁ、面倒くさい。

 よりにもよってわたしを指名しなくてもいいのに、この教会にはわたしより飢えてる同族がいくらでもいる。

 でも、早く行かないとテレジアにまた小言を言われてしまう。

 それはそれで面倒くさいなと思ったわたしは、足早に大聖堂にある懺悔室に向かった。


 大聖堂の壁は漆喰で塗り固められ、忌々しいほど白く光を照り返していた。

 アーチ状の天井には神話の絵が描かれて、壮大な物語が綴られる。

 そんな大聖堂の片隅に目的地があった。



「今日はどいったご用件で」

「ミリアさん、あなたを迎えに来ました」

「はて、なんのことでしょう?」



 懺悔室の中では、一人の男が待っていた。

 見た目は齢20ぐらい、髪を逆立ててカッコつけているつもりなのだろうけど、顔中にできた生傷が痛々しく見えて、可哀想といった感想しか出てこない。

 その他、下ろしたてであろう真っ白のシャツに黒いズボンを身につけ、清潔感を出そうとしているようだけど、年季の入った革靴を履いてるところは詰めがあまいなとも思う。

 安売りをしているつもりはないのだけど、何故かわたしはこの手の背伸びした客によく指名される。

 


「俺のことをお忘れですか?数年前、ここでお世話になったバルトですよ!」

「あー、バルトさんね」



 正直、こいつのことは何も覚えてないのだけど、適当に話を合わせてあげることにした。

 ここに来る人間のほとんどは、くだらない罪の告白をして終わるのだけど、こいつからはどうもそんな雰囲気を感じない。

 荒い鼻息に高揚して見開いている瞼。

 たまにいるんですよねぇ、こういう勘違いして修道女を口説きにくるバカが、

 私たちの正体が、絶対的捕食者である魔物とも知らずに。

 


「再びあなたと会うために、なんとかお布施を用意しました。本当なら大手振って出ていける額を用意できていたはずが………と、とにかく、あなたに不自由はさせない!俺と一緒にここを抜け出しましょう」

「いきなりそんなこと言われても………わたしにも心の準備が」

「そんな、借金の肩にタダ同然でこき使われてるっていってたじゃないか!確か自由の身になって家に帰りたいとも」

「ああ、そういう設定にしていたっけ」

「せってい?」

「いえ、こっちの話です」



 それにしても、劣情を抱いた男はどうしてここまで愚直なのだろう。

 この教会で指名を行うにはそれ相応の金を要求される。

 きっとわたしに会うために、必死で金を溜め込んだに違いない。

 血反吐を吐き、汗水を流して、時には命すらかけて働いていたことだろう。


 そんな涙ぐましい努力を重ねた結果、こいつ………いや、バルトさんはここにいる。

 どうしたことだろう。

 真っ直ぐにこちらを見据えてくる彼を見ていると、胸の辺りがドキドキとして、

 さっきまでなんてことなかったはずなのに、わたしは彼に心惹かれてしまう。

 ダメ、本能が彼のことを好きになれと命令してくる。

 


「と、とにかく、時間が迫っている。返事だけでも聞かせてくれないか」

「そんなにわたしのことが好き?」

「当然だろ。でないとこんな、教会に楯突くようなことはしない」

「嬉しい。わたしもバルトさんのこと大好き」

「本当か!?」

「はい、だからこっちに来て」


 

 この懺悔室は木造の格子で仕切られていたのだが、シスター側からだけ開く扉がついていた。

 わたしはそっと立ち上がると、その扉の鍵を開ける。

 もちろん彼をこちらに招き入れるため。

 恥ずかしくて、自分の頬が紅潮しているのが鏡を見なくとも分かる。


  

「でも時間が」

「大丈夫、まだ時間があるから。それに連れ出してくれるんでしょ?いくらこの部屋の遮音性が高いとはいえ、声のボリュームは抑えた方がいいでしょ」

「それもそうだな」



 バルトは恐る恐るといった様子で扉を抜けてくる。

 こちら側の部屋に来るというのが、どういう意味か知っているのだ。

 何かを期待するような眼差し、わたしはそれに応えるように彼の腰に手を回す。



「柔らか、それにいい匂いもする」

「ふふ、なんて逞しいの、今すぐに清めて上げたいけど」

「今は我慢する。それよりここから抜け出す方法についてだが」

「そんなことより、わたしはキスがしたいな」

「でも………分かったよ」


 

 彼は渋々といった様子だったけど、内心は満更でもなかったのだろう。

 形容し難い表情で顔を近づけてくる。

 並の乙女なら、千年の恋も冷めそうだけど、わたしは彼のことを嫌いになることはない。

 今の状態なら、これが彼の個性なんだと受け入れられてしまう。

 わたしは彼の全てを好きになれるのだ。



「いただきます」

「!?」

 

 

 だからわたしは大好きな彼に齧り付いた。

 カサついた唇を塞ぐように噛みついたので、口内が若干血の味に染まる。

 流石の彼も驚いたようで、何やらジタバタと抵抗を始めていたが、すでに捕食の態勢が整った今の状況からただの人間が逃げられるはずもなく。

 次第に手足から力が抜けて、彼は永遠の眠りにつく。



「ぷはぁ、まっずい。どうしてこう、歳を重ねた人間ってこんなにまずいんだろ」



 さっきまでのときめきはどこに行ったのやら、

 彼への興味は、酸味のような後味を残して消え失せてしまう。

 わたしはこの味が嫌いで嫌いで仕方なかった。

 だからこんな歳を取った人間を、食べたくはなかっのだけど、


 物言わぬ骸と化した物体を見下しながら、何で食べてしまったのだろう。

 と、考え事をしていたらガチャっと懺悔室の扉が開かれた。

 開かれた扉の向こうでは、テレジアが鬼の形相でこちらを睨みつけている。



「嫌な予感がしたと思ったら………またやってくれましたね、ミリア」

「これはその、ちょっとした出来心というやつで」

「言い訳無用。教会の中で食い尽くすなって、普段から再三忠告してるよね?」

「それは………」

「はぁ、若いし体力ありそうだから、今回の男は大丈夫と思ったんだけど───とにかく、こいつの処理はこっちでやっておくから、あなたは部屋に帰ってなさい」



 テレジアはバルトだったものが完全に事切れていることを確認すると、テキパキと事後処理を始めるのだった。

 その様子を、後ろ髪引かれる思いで眺めていたのだけど、途中でしっしっと手を払われてしまう。

 わたしは不本意ながらも、自分の部屋に帰ることにした。

 


「あーあ、またやっちゃったな」



 あいも変わらず真っ白な部屋で、虚しい独り言が響く。

 気をつけろと言われていたのにまたやってしまった。

 軽い自己嫌悪と、どうしようなかったという気持ちが、さっきからずっと胸の中でせめぎ合っている。


 わたしは他の同族と比べて大飯ぐらいだ。

 普通は何ヶ月、あるいは数年かけて一人の男を食いきるのだけど、わたしは一回の食事で終えてしまう。

 

 そのせいで、テレジアや同族に迷惑をかけることが多々あるため、いつも申し訳ないと思っている。

 でも仕方がないではないか。

 一度、好きになった人間に手を出してしまうと、全て無くなるまで止まらなくなってしまうのだ。

 争うことのできない本能みたいなもので、生まれてこの方ずっとこれに振り回されている。



「魔物が人間を好きなるってのは、こんなもんですよ。エミリー様」

 


 ふと、

 自身をエミリー・サージェと名乗る、少女のことを思う。

 付き合いがそれほど長いわけでもないのに、生意気でどうしようもないわたしのことを、従僕と呼んで可愛がってくれる。


 わたしはそんなエミリー様のことが大好きだ。


 でも、もしわたしの予想が正しかったらどうしよう。

 エミリー様があの人間のことを好きになっていたとして、わたしはそれを素直に喜べるのだろうか。

 いや、それは難しいだろう。

 

 わたしのエミリー様に変な虫がつくのは許せない。

 はっ!落ち着け落ち着け、

 まだあの人間が生き返っているとは限らない。


 思えばあの時、ちゃんとトドメをさせていれば、こんなことでモヤモヤすることもなかったのに。


 あいつが邪魔をするから、、、


 とはいえ、過ぎてしまったものは仕方がない。

 後悔はしない主義なのだ。

 今は教会から課せられたノルマを達成することだけを考えよう。


 再びエミリー様に会いに行くために、

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