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ダンジョン捕食者の夢

 険しい山が連なるクロベ山脈の麓、丘陵な地形の上を緑の草原が広がっている。

 そんな新緑に満ちた大地の中に、ぽっかりと大きな穴が空いていた。

 この世界では珍しくもない、ダンジョンと呼ばれる魔境の入口である。


 その最深部、

 四方を白い大理石(マーブル)に囲まれた無機質な空間で、一人の少女が眠っていた。

 彼女の名前はエミリー・サージェ、


 黒色の長髪。

 大理石に負けないほど白く透き通った肌。

 お人形のような顔に、アンティーク調の洋服。

 

 そんな彼女に、一匹の魔物が近づいてくる。

 

 魔物は静かに寝息を立てるエミリーを覗き込むと、ふふっと微笑みを浮かべた。

 まるで我が子を愛でる母親のように、慈愛に満ちた眼差しを向けながら。


 魔物は「もっとみていたい」とでも言いたげだったが、グッと堪えて自身の務めを果たすことにした。


 これから、彼女を眠りから呼び覚ますのだ。


 



 (わたくし)は、何か間違えたのでしょうか。


「何も間違っていない。お前は完璧だ」

 

 本当に?

 もう少しお時間をいただければ、よりあのお方の真に近づくことが……


「必要ない。すでに姿どころか、声や匂いですら俺には見分けがつかない……もう、十分だ」


 貴方様がそうおっしゃるのなら、

 はぁ、なんだか安心したらお腹のあたりが、く〜っとしてきました。


「それは空腹ってやつだな。生きてる証拠だよ」


 くうふく?いきてる?人間は複雑ですのね。


「そうだな……そうかもしれない。でも慣れてくれ、これは命令だ」


 お安い御用ですわ。

 その為には、この“いきてる“を続けないといけませんのね。


「察しがいい、他の奴らも少しは見習って欲しいものだが……まぁいい、まずはお前の食事を用意しないとならないな」


 しょくじ……それは、この何かが足りない“くうふく“を満たすため?


「そうだ。食べないとその渇望は満たされない」


 私は、何を食べればよろしいのでしょう。


「それはもちろん、人間だ」



 


「……リ……さま……エミ…様………エミリー様!」

「ううん、」



 うるさい……まだ、私を起こさないで、続きを見たいのです。



「起きない……こうなったら……」

「はわ、」


 

 無視を決め込んでいると、服の隙間に何かが入ってきました。 

 肌に触れた感触で、それが手であるとすぐに分かります。


 細く滑らかで、少しひんやりとしていて……ダメ、それ以上は!


 ダメだといっても、ここまで深く侵入を許してしまっては、もうどうすることもできません。

 ささやかな抵抗で身を捩ってみましたけど、無抵抗な脇や肋骨は一方的になぞられるばかりで、



「、、、やめて、、ミリア、くすぐったいです」



 降参、降参です。これ以上は耐えられません。

 投降の意思が通じたのか、ゆっくりと両手が離れていきます。

 「もっとくすぐりたかったのに」と、小声がした気がしますけど、くすぐられた余韻に耐えるのに精一杯で、反応する気力は残されていません。



「ふぅ、やっぱり寝坊助にはこの手に限りますね」

「はぁはぁ、よくもやってくれましたわね」

「寝たフリなんて、子供みたいなことするのが悪いんですよ」

「フリだなんて……本当に寝てしましたわ」

「でしたら、わたしも心を鬼にしてくすぐった甲斐がありました。急務とはいえ、主に無礼を働くのは心苦しくて、ぐす」



 彼女はミリア・リリス、

 柔和な顔立ちに、無駄に大きい乳房と臀部が特徴で、やたらと露出の多い衣服を好んで着ています。


 今も服と呼べるか怪しい、きわどいラインの布切れを身に纏っているだけです。

 彼女は私の従僕で、この世で一番の信頼を寄せている魔物です。


 そんな彼女が涙しています。

 十中八九、嘘泣きでしょうから相手にするだけ無駄でしょう。

 


「はぁ、それでいったい何のようですの。こんな話がしたくて私を起こしたわけではないのでしょう?」

「そうでした。久しぶりのエミリー様との会話が楽しくてつい忘れてました」

「どうだか」

「えー!これは本当のことですよ」



 ミリアがぐいっと身を乗り出してきます。

 くりっとした眉毛が眼前に迫り来る。

 近い、とても顔が近いです。


 さっきまで瞳いっぱいに溜めていた涙は見る影もなくなり、代わりにキラキラと上目遣いでこちらを見つめてきます。

 毎度のことながら、この小悪魔的な能力には関心してしまう。

 

 こんなことで信用してしまうのは、軽率なのかもしれません。

 でも、私との会話を楽しいと言ってくれる、彼女のことが愛おしくて、疑問を抱くことがバカバカしく思えてしまうのです。



「もう、エミリー様ったら何を笑っているんです」

「笑う?私、笑ってました??」

「それはもう、誰が見ても笑ってましたよ」



 自覚はありませんでしたけど、私は笑っていたみたいです。

 嬉しくて笑う。まるで人間(にんげん)みたいに、


 もっと早くにこのように振る舞えていれば、あのお方とも違った未来があったかもしれません。


 こんなことを思ってしまうのは、きっとさっきまでみていた夢の影響です。

 そんなことを考えていましたら、



「あ!それより大変です。人間(エサ)がダンジョンに侵入して来ましたよ!」



 なんて衝撃的なことを彼女が口走るものですから、感傷的な気持ちはどこかに消え失せてしまいました。



「な、なんですって!数は?装備は?一体どのルートを辿っていますの?」

「数は一人で、装備にも特出した物も……」

「待って下さい。今、ひとり、と聞こえましたけど……きっと、聞き間違えですわね」

「一人であってますよ。ちなみにルートは」

「はぁ、それ以上は結構ですわ」



 失礼、ため息をついてしまいました。

 久しぶりの獲物に、全く魅力がないものですから、つい……


 こんなつまらないことなら、夢の続きを見ていた方が有意義でした。

 あぁ、そうですわね。これから二度寝をするのも悪くないかもしれません。


 そうと決まれば、小物は彼女に任せることに致しましょう。



「あなたに差し上げますわ」

「わたしはいりません!エミリー様がちゃんと食べて下さい」

「お腹が空いてないのですけど」

「そういうと思いました。でも今回こそは食べていただかないと困ります」



 そんなことを言われても、こちらだって困ってしまいます。

 

 あの方に空腹を満たす方法を教えてもらってから、それはそれはたくさん食べてきました。

 自身の能力を使い、騙し、欺き、惑わす。

 でも、どれだけ食べたところで私の空腹が満たされることはありませんでした。

 

 そしてある時、

 小さな、本当に小さなきっかけでしたけど、食べるという行為が嫌になる出来事がありました。


 気がつけば捕食をすることも少なくなり、自身が空腹すらも分からなくなってしまうありさま。

 ここ数百年は人間を口にすらしていません。

 はたして、今の私に食欲は残っているのかも怪しいところです。

 

 そういう訳で「何を言われても食べるつもりはありません」と、彼女に伝えようとしました。

 これは決定事項で、どうやっても覆らないのだと、

 でもそれはできませんでした。

 目の前の彼女が大粒の涙を流し始めたから、


 くしゃくしゃな表情で嗚咽を何とか耐えようとしていて、それだけでさっきの嘘泣きとはまるで違うのだと一目で分かります。

 許せません。

 一体、誰が彼女をこんなにも泣かせたのでしょう。



「どうして、どうしてミリアは泣いていますの?」

「だって、このまま何も食べなかったら、エミリー様が死んじゃうんじゃないかって、心配で」



 なんと犯人は私でした。

 そもそも、ここには私と彼女しかいないのだから、考えれば当たり前のことです。


 独りよがりな怒りは行き先を見失い、私の中をぐるぐると巡ります。

 私の怠慢で彼女を泣かせたのであれば、矛先は自身に向けるべきなのでしょう。

 悪いのは私なのです。



「そう簡単に私が死ぬわけありませんわ……だから、そんなに泣く必要は」

「ぐすん」

「あー、もう、分かりました。食べてさしあげますから、泣くのはやめてください」

「エ゛ミ゛リーざまぁぁあ」

 


 行き当たりばったりの都合のいい嘘で、彼女を宥めることしかできません。

 それが私の首を締めることになるのは分かっています。

 それでも、目の前の彼女が泣き止むのなら構わないと、この時は思ったのです。


 昔は食べていたのだから、きっと大丈夫。

 そう言い聞かせて、私は獲物が彷徨うダンジョンの上階へと赴くことにしました。





 僕には昔の記憶がない、いわゆる記憶喪失というやつだ。

 記憶がないと自覚してからの記憶、

 それと『レイ』という名前だけは何故か覚えていた。

 

 記憶喪失といっても言葉は話せたし、計算も難なく解けるのだから不思議なものだ


 もっとこう記憶がなくなったら何もかもわからなくなって、わーって混乱するものだと思っていたのだけど、元々そういう人間だったのか頭が狂ってしまったのか、そういうことにはならなかった。


 とはいえ、普段の生活は困ることばかりで、

 これまでどうやって生きてきたのか、その基盤が見当たらなかったのだ。

 家もない、食もない、服だけはモラルに反さない程度のものが身についていて、

 

 その日その日を生き抜くことが精一杯で、気がつけば『冒険者』なんてものになっていた。

 命の危険は伴う、が、報酬は破格。

 

 手っ取り早く金を稼ぎたかった僕は、望んで冒険者になったのだった。



「ゔぅ……ん………はっ!」


 

 泥の中で溺れているような、重く張り付くような息苦しさで目が覚める。

 本当に溺れていたわけでもないのに、心臓がバクバクとうるさかった。



「ここは……どこだ?」


 

 少なくとも、いつも使っている宿屋の古びたベットではないのは分かる。


 目の前の暗闇にキラキラお星が光っているけど、あれが星ではないことを僕は知っていた。

 ミスリル鉱石の発光現象……そうだ、僕は───



「ダンジョンに入ったんだった」

「あら、思ったよりもお早いお目覚めですわね」

「だ、誰!?」


 

 空を仰いで横になっている僕の視界に、一人の女の子が覗き込むように入り込んできた。


 人形のように整った顔立ちに、黒色の長髪。

 古めかしい洋服に、ピンッとした佇まい。

 その姿は安全で文明的な街の中であったなら、どこかの令嬢だと思ったことだろう。


 でもここは、魔物と罠が蔓延るダンジョンの中、

 こんな容姿端麗な女の子がいるはずがないのだ。

 

 

「んー、僕は夢でも見ているのか」

「夢でしたら、私もさっきまで見ていましたわ。あなたのせいで続きは見れませんでしたけど」



 女の子は胸を張ってどこか自慢げな態度をとっている。

 何のことをいっているんだとも思ったけど、まぁ子供らしくて微笑ましいか、といった感想が勝ってしまいあまり気にすることはなかった。


 でもその姿はどこか場違い的で、

 ダンジョンという危険な場所では、あまりに普通なこの子の存在はやはり異質に見えるのだ。


 だから「何とかいったらどうなの?」と、女の子にいわれても返事もできずにいた。


 そうこうしているうちに、だんだんと何があったのか思い出してきて、

 確か、ダンジョンを進んでいたら、地面の感覚が突然消えたんだ。

 そして股下がヒュンとして、それから記憶が途切れている。

 

 迂闊だった。おそらく何かの罠を踏んだんだ。

 仲間の話だと、罠に引っかかったらまず助からないとのことだったけど……こうして無事だったのは運がよかった?それともこの子に助けられた?


 どちらにせよ、気絶していた僕に分かるはずもない。

 結局はこの子に聞くしかないのだ。

 僕の返事に待ちくたびれて、少し不貞腐れぎみの可愛い女の子に、

 


「えっーと、君は?」

「やっと反応しましたわね。どこか不具合があったのかと心配になりましたわ。私の名前はエミリー・サージェ。親しみを込めて、エミリーと呼んでください」

「こ、これはご丁寧にどうも。僕はレイって名前で」

「………」

「えっと、お礼をさせてほしい。エミリーちゃんが僕のことを助けてくれたんだろ?」

「………(ジー)」


 

 まずったな。

 いきなり初対面で“ちゃん“づけは、ちょっと馴れ馴れし過ぎたかもしれない。

 でも呼び捨てもなんか違うし、やっぱり無難に“さん“づけとかがよかったかな。

 

 なんて考える。

 考えすぎだと思うけど、そういう性分なのだから仕方がない。



「ねえ、あなた」

「は、はい!」


 

 子供とは思えない、凛と一本筋の通った声につい返事が上擦ってしまった。

 相手はどう見ても、年下の子供だというのに情けない。



「ふふ、そんなに緊張する必要ありませんわ。別に取って食ったりしませんから」

「ははは、ごめんね。……カッコ悪いなほんとに」

「否定はしませんわ」

「手厳しいな。でも、君みたいな可愛い女の子に助けられているんだから当たり前か」

「!?」



 ハトが豆鉄砲をくらったような、彼女はまさにそんな表情をしていた。

 

 徐々に上がる口角を、あわてて両手で隠す。

 その仕草は幼い見た目相応で、ちょっと警戒していた自分がバカらしく思えてきた。

 


「可愛いだなんて。私、そう簡単に騙されませんわよ」

「嘘なんかついてないよ。というか僕は嘘が苦手で」

「う〜」



 彼女の小さな両手では、すでに隠せないほど頬が赤く染まっている。

 その姿が実に可愛らしくて、思わず笑ってしまった。


 それからしばらくして、

 赤面を落ち着かせた彼女は、おもむろにスカートの裾を持ち上げた。

 すると中から金と銀で装飾された、数多の財宝が溢れでてくるではないか。

 いったいどこに隠し持っていたのか、雨のように降り注いだ財宝はあたり一面を金色で埋め尽くしている。


 これは魔法だ。


 僕にはこれっぽっちも才能がなくて、使えない魔力の技法。

 冒険者をやっていくのに必要だから、知識だけは頭に入れている。

 だから、目の前の現象もアイテム収納の類の魔法だと理解はできる。

 

 それにしても、この財宝は一体どうするつもりなのだろう。



「さぁ、喜ばせてくれたご褒美です。好きなだけ持っていくといいですわ」

「ほ、本当に!?」

「もちろんです」

「んっとなら……ってダメダメダメ、こんなの受け取るわけにはいかないよ」

「奇特な方ですのね。宝が欲しくて、ここに来たのではありませんの?」

「それは、そうなんだけど……でも、ダメなものはダメだ。自力で手に入れないと意味がない」

「謙虚ですのね。でも嫌いではありませんわ」

「そういうわけだから、早くそれを片付けてよ。目の毒だ」



 本当は喉から手が出るほど欲しい。

 この中の一つでもあれば、きっと目的を達成することはできる。

 でもそれは、自分の力で成すべきことだ。

 誰かに施しを受けるものではない。


 だから目を瞑った。

 これ以上、いらない気がおきないように視界を閉ざしたのだ。

 すると───


 突然、エミリーに手を握られた。

 小さくて柔らかい手のひらはひんやりとしていて、心臓がドキっと高鳴るのが分かる。

 仕方ないだろ!女の子に手を握られるなんて、生まれて初めてだ。

 なんて、誰にしているのか分からない言い訳を心の中でしてしまう。


 って、今はそんなことはどうでもよくて、驚きのあまり目を開けると、右手の指に指輪が差し込まれていた。

 小さな、小さな赤い宝石が嵌め込まれた、霞んだ銀色の輪っかに不思議と心が奪われる。


 それをじっと見つめていると、意地を張っていた自分の気持ちが薄らいでしまう。

 もしかしたら何か魔法にかかってしまったのかもしれない。

 でもそれ以上そのことについて考えられなくなってしまい。


 「さぁ、お行きなさい」という彼女の言葉を最後に、僕の意識は再び闇の中に消え失せてしまう。

 


 そうして、気がつけばダンジョンの入り口に僕は立っていた。

 

 日が暮れ、オレンジ色に染まった景色は感傷的な気持ちにさせてくれる。

 ポツンと世界には僕一人だけで、他には誰もいないんだ。

 なんて思ってみたりしけれど、そんなことがあるはずもなく。


 遠くから人影が近づいてくるのが見える。

 その姿には見覚えがあって、


 「おいおいおい、まさか帰って来れたのか!?」と、声をかけられるものだから、そこでようやくダンジョンから戻ってきたんだと自覚できた。


 彼はバルト、同じ冒険者パーティに所属する仲間だ。

 ほんとはバルトロメイなんとかいう、長ったらしい名前なのだが、本人からの申し出でバルトと呼んでいる。

 気さくな性格で僕より少し年上の好青年といった感じで、よく面倒を見てくれてるらしい。


 

「全く実感はないんですけど、どうやらそうみたいです」

「よかった、特に怪我もなさそうだな」

「はい、ただちょっと頭を打ったみたいで……意識がなんだかぼんやりします」

「そうか……とにかく一旦帰ろう。街になら治療もできる回復屋の一人や二人見つかるだろう」



 街……そうだ、僕は街に行かないと、やるべきことがあるんだ。

 それが何だったのか、いまいち思い出すことはできないけれど、とても大事なことだった気がする。

 


「それに団長にも早く伝えないとな!無事にレイがソロクエストをこなしてきたって」

「そ、そうですね」


 

 こうして僕は街へ帰ることにした。

 冒険者の街、『フロンティアE』へと。





 『フロンティアE』は冒険者の街である。


 住民の大半が、冒険者かそれに関係する者達が占めてるのでそう呼ばれていた。


 それゆえ、至る所に宿屋、武具屋、アイテム屋など冒険者が利用する店が立ち並んでいる。

 特に街の大通りともなると、それらの店舗がずらりと店を構え、人一倍の賑わいを見せていた。


 そんな一等地ともいえる場所で、一際目を引く建物がある。

 レンガを積み上げたいかにも堅牢ですといった造りで、表にはデカデカと『公益冒険者ギルド フロンティア支部』と書かれた看板があった。


 通称、ギルドと呼ばれる冒険者が集う場所だ。

 


「飲め飲め!今日は俺の奢りだぞ!!」



 ギルドから大声が響く、

 中では大柄な男が酒の入ったジョッキを片手に掲げていた。

 顎に無精髭を生やした、まるで熊のような男の名はイグニス、悪名轟く冒険者パーティ『黒皮』の団長を務めている。



「イグニス団長、本当にいいんですか?」

「ああ!遠慮はいらねぇ。これから臨時収入が入るからな。パーっと派手にやれ!」



 イグニスの一言に歓声が巻き起こる。

 歓声をあげたのは『黒皮』のメンバー達だ。

 酒場も兼ねるギルドには他にも客がいたのだが、彼らはお構いなしにドンチャンと騒ぎを始めた。


 黒皮に関わるな。


 それがここでは常識だった。

 『黒皮』側の人間もそれが分かっているからこそ、こうして横暴な態度を取っているのだ。



「臨時収入か、いったい何のことだろうな」

「どうせいつものやつだろ」

「いつも?」

「そうか、お前知らねえんだな」

「何だよ、もったいぶらないで教えろよ!」

「……噂だぜ?うちはよく新人が死ぬことで有名だろ」

「あぁ、でもそんなのよくある話じゃないか」

「それが違うんだ。実は」


「おい!!!お前ら酒は進んでるか?」

 

 

 イグニスが部下達の会話に割って入った。

 話の腰を折られた部下達は「ええ」とか「まぁ」と生返事をするのが精一杯で、



「全然足りてない。ほら、もっと飲め!そんなつまらん話をする暇がないほどにな」


 

 これはイグニスなりの親切心だった。

 世の中には知らない方がいいこともある。と、それとなくほのめかせたのだ。

 イグニスの意図を汲み取ったのか、部下達は手に持ったジョッキをグイッと傾け、中の酒を飲み干した。

 彼らはすでに違う内容の会話を始めている。

 

 イグニスはその様子に満足したのか、上機嫌で自分の席に戻った。

 このパーティで彼の意図を汲み取れない輩は存在しない。

 いや、できないと言った方が正しいだろう。

 

 イグニスは自身の本業を『命を金に変える仕事』だと考えていた。

 バカをあの手この手で冒険者に仕立て上げ、クエストで死んでもらう。

 

 ギルドに所属しているパーティには、メンバーが死亡した時に慰労金が支給される。

 イグニスのいう臨時収入とはこれのことだった。

 生きるためなら何だってやってきたイグニスにとって、他人の命に露ほども興味はない。

 あるのはゴミに価値を与えてやった、という独善的な正義感と金への執着だけである。

 


「それにしても、あのマヌケが初めから冒険者を志望で助かった。おかげで余計な手間もかからなかったからな」



 そう呟いたイグニスは、ジョッキを傾け麦酒を呷る。

 満たされていた麦酒は、あっという間に彼の胃袋に収まってしまう。


 と、その時

 

 バンッ!っという派手な音と共に、ギルドの扉が開かれた。



「ッ……バルトの野郎、しくじりやがったな」


 

 さっきまで上機嫌だったイグニスが、今度は苦虫を潰したような表情を浮かべていた。

 それもそのはず、扉の向こうには死んでいなければならないレイの姿があったのだから、



「えっと……ダンジョンから帰ってきたから………その、報告に」



 レイの言葉が尻すぼみに消えたのは、ギルドの異様な空気を察してのことだ。



「バルトの野郎は逃げたとして……まぁいい、どれだけ考えたところで答えは分からん」

「?」

「いや、こっちの話だ。よく無事に帰ってきてくれたね。それで成果は得られたのかな?」



 イグニスは紳士的に語りかける。

 さっきほどまでの粗暴な雰囲気はそこにはない。


 これが彼の処世術、

 その荒々しい見た目で警戒した相手を、紳士的に振る舞うことで懐柔する。

 レイもこの手法に騙された者の一人だった。



「はい!教えてもらった通りにダンジョンを進んだらこれがありました。これで僕も冒険者になれますか?」

「その霞んだ指輪のことかね?どうだろうな……ちょっとよく見せてくれるかい」

「ど、どうぞ」

「これは……まさか!?」

 


 レイの指輪を見たイグニスは驚愕した。

 遠目に眺めていた他の冒険者も、ぶつぶつと何かを呟いている。


 レイの指輪は一見すると、サビで霞んで光沢の消え失せたゴミクズのような代物だったが、表面には古代文字(エンシェントレリーフ)がびっしりと刻まれた、出すとこに出せば金貨うん千枚はくだらない立派な宝だった。



「他にも似たような物がたくさんあったのですけど、不気味な少女に出会って……怖くてそれだけしか持って帰れませんでした」



 ギルドの内は異様な熱気に包まれていた。

 本当に気温が高いのではない。

 冒険者たちが高揚しているのだ。

 

 ダンジョンには宝がまだ残っていると、レイの話に出た少女の話など頭に入らない。

 そして我先にと席を立つ、目指すはもちろんダンジョンの宝、



「座れ!!!」



 突然、雷のような轟音が鳴る。

 イグニスによる一喝だ。


 誰に向けられたわけでもないその一言に、席を立った冒険者たちは従う。

 イグニスの抜け駆けは許さない。と、殺意にも似た意思を感じ取ったのだ。 


 ここでイグニスに逆らう=死を意味する。

 口惜しくとも、力無い者は従う他ない。

 誰もが財宝より命の方が大事なのだから、


 イグニスはそんな雑魚どもを一瞥すると、無精髭を撫でる。



「そのもらったという指輪、他にも似たような物が沢山あったというは本当かね?」

「それはもう、山のようにありました。でもこれは彼女の物かもしれなくて……だとしたら僕は」


 

 その返事を聞いたイグニスは、神妙な顔は崩さないが内心でほくそ笑んでいた。

 


「君は気にしなくていい。その少女とやらは私に任せなさい。よし、では今すぐ残りの宝を取りに行こうではないか」



 こうして、

 イグニスは略奪することを決めた。


 この選択をすることは、悪党のイグニスにとっては当たり前だったが、冒険者のイグニスにとっては安直だったかもしれない。

 普段の彼なら、多勢とはいえダンジョンを一人で探索する馬鹿げた猛者に、手を出すことはしなかっただろう。


 ようは金に目が眩んだのだ。


 眩んでなければ、一連の違和感に気がつけたかもしれない。

 この巧妙に仕掛けられた、甘い甘い蜜の正体に、



「も、もしかして団長が着いてきて下さるんですか!?」

「もちろん。これは君の手柄だ。後で上の方にはよく言っておく、きっとすぐに冒険者になれることだろう」

「ありがとうございます!」



 レイは深々と頭を下げた。

 なので誰も気がつけない。

 笑い必死に堪えている彼の姿を──────





「き、貴様はいったい何なんだ!?」

「あら?先程、自己紹介しましたのに……私はエミリー・サージェと」

「そんなことはどうでもいい……そうか分かったぞ!貴様、人間じゃないな」

「ご明察、でも残念ですわ。これ以上問答してあげるほど、私はあなたに寛容ではなくてよ」



 僕は目の前の光景を理解出来なかった。

 だってそうだろ?

 自分を助けてくれた恩人であるエミリーが、同じく恩人であり恩師でもあるイグニス団長を謎の魔法で拘束しているのだ。

 再会を喜んだのも束の間、

 会合一番でエミリーは黒い霧のような物体を操りイグニス団長を、黒皮の仲間を捕まえた。


 僕のことを除いて、

 


「お前、まさかこいつとグルだったのか!?」

「ち、ちが」

「許さねぇぞ、絶対に殺して」



 イグニスの、団長の憤怒の形相から視線を逸らす。

 もちろん団長の怒りは濡れ衣であり、僕はこの状況を全くといって把握できていなかった。

 

 でも誰かの怒りを受け止められるほど、僕の心は強くない。

 せめて疑いをはらしてやる、といった気概もない弱い生き物だった。



「うるさいですわ。そろそろ黙りなさいな」

「クソぉぉぉお!」


 

 イグニス団長の抵抗も虚しく、エミリーが手をかざすと黒いモヤが彼の全身を覆い尽くす。

 ドテッ、と地面に倒れると、底なし沼のようにそのまま沈んでいく。

 他の仲間はすでに完全に沈んでいた。



「お帰りなさい」

「あ、あぁ」

「あなたはこれから私のモノですわ」

 


 彼女の細く柔らかな指が、僕の頬をそっと撫でる。

 放心していた僕は、それを見ていることしかできなくて、気がついたら全身が泥のように溶けていることに気がついた。


 そうか、僕は元に戻るんだ。

 彼女のエミリー・サージェの影の一部に、


 僕の意識は黒く塗りつぶされた影の中に消えた。




 人は嘘をつく生き物です。

 初めはどうしてなのか分かりませんでした。

 あのお方は「人は愚かだから」だとおっしゃってましたけど、それは何だか、私の求める答えとは違う気がして……

 

 

 ここはダンジョンのとある場所、


 大理石の柱が立ち並び、その間を赤いカーペットが伸びている。

 所々に金の刺繍が施された豪華なカーペットの上を、エミリーは背筋をピンッと伸ばして歩く。

 白く透き通った肌。

 黒い長髪。

 アンティーク調の洋服。


 いつもと変わらず、気品のある姿ができていることをさっと目通しして確認する。

 この場所に来る時は、なるべく優雅であろうと心掛けているのです。


 誰に見られるわけでもありませんから、気にする必要はないのですけど、

 ただのこだわりといったところです。


 とはいえ、ここの造形は未だに私の好みとはかけ離れています。

 製作者曰く、神の宮殿をイメージしてとのことでしたけど、私としてはもっとジメジメとして、暗く、陰湿な場所にして欲しかったところです。

 


「今更そんなこと考えても、どうしようもありませんけど」

「何がです?」


 

 後ろからミリアがひょこっと顔を出してきました。

 柔和な顔に無駄にいいスタイル。

 彼女の身長は私の倍程度あるので、並ばれると子供と大人ぐらいの差があります。

 断じて、私が低いのではありません。

 彼女が高すぎるのです。


 それでいて、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいるのですから……

 私から言わせれば、彼女は盛りすぎです。



「なんでもありませんわ」

「ふーん、あ!それよりあの茶番は何んだったんです?」

「茶番?」

「あの分身との会話ですよ。必要ありましたか」

「そのこと……あえて言うなら趣味ですわ」

「変な趣味ですね」

 


 私はある程度の大きさの物なら、寸分違わぬ分身を作ることができます。

 先ほどダンジョンの上階で見つけた獲物。

 勝手に転けて気絶していたマヌケでしたけど、今はその分身を作って更なる獲物を誘き寄せている真っ最中です。

 

 それからもミリアと雑談をしていると目的地に到達しました。

 ダンジョンの最新部、

 かつて玉座が置かれていたその場所には、今は大理石の箱が安置されています。


 ここは私の特等席、 

 私はその上にそっと腰をかける。



「ご苦労様。その荷物はその辺に置いてちょうだい」

「はーい」



 ミリアは担いでいたズタ袋を投げ捨てる。

 そこそこの高さから落とされた袋から「あがっ!」と、マヌケな声がします。

 袋はモゾモゾと動いて、中から人間の男が顔を出しました。


 ちんけな鎧の上に、マヌケな顔をぶら下げて、

 彼はレイという名の冒険者、先程、ダンジョンで捕まえてきました。

 どこなんだここは、と言わんばかりにキョロキョロと辺りを見渡しています。

 袋で見えませんけど、四肢をガチガチに封じてますので、首と胴体以外は彼には動かすことはできません。



「あら、ようやく目が覚めましたか」

「君はだれ?僕はいったい……」

「初めまして、私はエミリー・サージェ、そっちは従僕のミリアといいます」

「どうも」



 ミリアは素っ気なくお辞儀をするだけで、彼に一瞥すらしません。

 なんというか態度が冷たい、

 てっきり、彼のことを気に入っていると思っていたので意外な反応でした。

 彼の見た目は、ミリアの嗜好と一致しているはずですけど、



「こ、これはご丁寧にどうも。僕は」

「必要ありません。あなたのことはよく知ってますわ」

「え、」

「ギルド所属の冒険者パーティ、『黒皮』に所属する見習い冒険者で今回のダンジョン探索が初クエスト。ソロを希望したのは、早く一人前になって故郷にある孤児院に恩返しがしたいから……それと昔の記憶がないんでしたっけ?」

「な、な、何で!そんなことを知ってるんだ!?」


 

 幼さの残る瞳がキリッとこちらを睨みつけてきます。

 その視線からは、警戒を通り越して敵意すら伝わってくるような。

 まぁ、彼からしたら突然見知らぬ場所に連れてこられ、同じく見知らぬ者に分かるはずのない情報を知られているのですから、仕方のないことかもしれません。

 

 今の私は、おそらく彼が知る以上に彼のことを知っています。

 もちろん知り得たのは私の能力によるものですけど、それをどう伝えたところで、彼には理解されないでしょう。

 

 

「ギャーギャーとうるさいですね。エミリーさまぁ、やっぱり早く食べません?」

「そんなことしては意味がありませんわ。私の能力はあなたもよく知っているでしょう?彼には生きていてもらわないと」

「でーもー」

「はぁ……もう、ミリアが怖がらせるから、彼が固まってしまいましたわ」



 彼は口をパクパクと開いては「ま、ままま」などと、意味のない言葉を発しています。

 威嚇のつまりなのか、顔面蒼白のまま視線だけはこちらを捉えて離しません。

 

 そんなに睨まなくとも、まだ食べはしません。

 彼はエサ、新たな獲物をおびき寄せるエサなのですから、



「魔物!?」

「ようやく現状を把握したようですわね。そう、私たちはあなた達が魔物と呼ぶ存在……そんなに顔をしなくとも、あなたを食べはしませんから安心なさい」



 もちろん、用が済むまでの間ですけども。

 これ以上彼を怖がらせたところで、なにも楽しくありませんから、そこは伏せてあげることにします。

 とはいえ、ミリアの脅しが効いてしまったのか、彼の態度は一変してしおらしくなってしまいました。


 楽しい会話で時間を潰すつもりでしたのに、

 ほんと、ミリアは余計なことをしてくれました。



「早く……僕を殺せ」

「どうして?」

「利用されるぐらいなら、死んだ方がましだ」

「ずいぶんとイジけてますわね。私の記憶では、あなたはもっと真っ直ぐな性格でしたけど?」

「違う、これは信念だ!」



 そう叫んだ彼が、次にどんな行動をするかは分かってました。

 舌を噛み切って死ぬつもり、

 だから「ミリア」と、従僕に呼びかける。

 すぐに「はーい」と気の抜けた返事があって、目にも止まらぬ速さで彼の頬を鷲掴みにしました

 

 万力のように締め上げられてしまった彼の顔は、口がすぼまってしまって、

 ただでさえ、マヌケな面がさらにマヌケ度が3割増しになってしまいます。

 

 思わず吹き出しそうになるのを堪えていると、彼の「じ、じぬ」なんて声が聞こえるものだから、慌ててミリアにやめるように指示を出しました。



「ふふふ、失礼……笑いが止められません、ふっ」

「ぜーぜー、苦し、、」

「はぁ、楽しいですわ」

「僕は…全然楽しくない」

「ふふ、あなたの行いは立派ですけど、それで守ろうとしている仲間とやらに、そんな価値があるとは思えませんわ」

「…………何故、そう思う」



 死にかけたことで冷静さを取り戻したのか、少しは会話ができそうです。

 残念なのは時間がほとんど残されていないこと、

 すでに上階では、捕食が終わりを迎えようとしています。


 そうなればミリアとの約束のとおり、私は彼を食べなければなりません。

 その前にもっと会話を楽しみましょう。



「魔物である、私のことを信用するんですの?」

「別に…どっちにしろ死ねそうにもないから、ちょっとでも情報を聞き出してやろうと思った」

「ふふ、賢明ですわ。でも……」

「なんだよ。そこで勿体ぶるの?魔物は性格悪いな」

「!?」



 今、彼はなんといいました?

 聞き間違えでなければ、私の性格が悪い、と聞こえましたけど、

 そんなこといわれたのは、生まれてこの方初めてです。

 いつもミリアが「エミリー様は優しすぎ、魔物らしくないです」なんていってくるものだから、てっきり私の性格は良いものだと、

 


「ふふふ、初めてです。そんなことを言われたのわ」

「君は……意味が分からない。魔物なのに、なんでそんなに笑うんだ」

「あら、私たちだって楽しかったら笑いますわ。まぁ、例外はいますけど」

「余計に意味が分からない。さっきの話のどこが楽しかったっていうんだよ」

「そんなことどうだってよくなくて?でもそうね……あえていうなら人とお話しすること事態が、私にとっては至高の娯楽ですの」

「僕がいくら毒を吐いたところで、楽しませるだけってことか」

「そうかもしれません。ですけどあまりいませんのよ、ここまで人間に友好的な魔物も」

「でも、僕のことは食べるんだよね?」

「別にそれは…… その………あなたには関係のないことですわ!」



 彼の言葉に胸の辺りがチクッと痛みます。

 いえ、チクッどころではありません。

 グサッぐらいは効いています。


 楽しく話せていたと思ってましたのに、裏切られた気分です。

 誰にも触れられたことのない、自己の矛盾。

 私が一番理解しています。


 でも……


 仕方ないではありませんか、食べないと生きていけないのだから、



「やっぱり、そこは誤魔化すんだ。でもこれで一つ分かった」

「へ、へぇ〜あなたごときが、私のなにを推し量ったというのです」


「君、本当は食べたくないんだよね?」

「!、?!??」



 頭を重い鈍器で殴られたかのような衝撃が全身に流れました。

 紛うことなき私の本音、

 人を食べたくないという、心の叫び。


 見抜かれてしまったのは、私の落ち度だと理解しています。

 嘘をちゃんとつけなかった私のせい、

 もうミリアのことを嘘が下手などと、バカにすることはできないかもしれません。


 でも、心のどこかで望んでいた気もします。

 彼なら気がついてくれる。そう淡い期待を込めていた。


 今は嘘を見抜かれた衝撃の方が強いですけど、きっと私の心は歓喜しています。

 よく分かってくれましたね。と、



「正直、僕は魔物…いや、君たちの事が分からなくなったよ。仲間からは血も涙もない、残虐で狡猾な生き物だと教わっていたけど、こうして話をしていると印象が全然違くて……だから、どうしてそんな君たちが平然と人を食べれるのか疑問で」

「私だって!食べたくて食べてるわけでは!?」

「なら食べるのをやめればいい!そうやって自分に嘘をつくのはよくないよ」

「嘘?私が私に」

 


 そうか、私は自身を騙そうとして……

 何故かは分かりませんけど、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちです。


 きっと元からそこには何もなかったのでしょう。

 だから必死に嘘を詰め込んで、空虚な穴を埋めようとした。

 でも、嘘では何も埋まりません。

 もっと早くに気がついていれば……いえ、今は後悔している場合ではありませんわね。

 

 

「人間!黙って聞いていたらズケズケと」

「今度は殺してくれるの?それなら願ったり叶ったりなんだけど」


「やめなさい、ミリア。その手を下ろして」

「でも」

「下ろしなさい」

「……はい」

 

 

 俯いて考え込んでいたら、ミリアが彼を殺そうとしてました。

 我慢の限界がきたのでしょう。

 彼、死ぬためにえらく挑発的でしたから、

 

 でもそうはさせません。

 彼には私の嘘を暴いた責任をとってもらわないといけません。

 と、その前に、



「ミリア、あなたに謝らないといけないことがあります」

「え、え!なんですか、そんなあらたまって……もしかしてわたし何かやらかしました?追い出されちゃいますか!?」

「ふふ、そんなこと致しませんわ。先ほど彼のことを食べるといった約束のことです。結論からいうと破ることになるので謝罪しますわ」

「でもでもでもでも、それだとエミリー様が……」

「そんな顔しないで、私がそう簡単に死ぬはずありませんわ。代わりに上階に招き入れた輩たちは、ちゃんと食べますから」

「うぅ、それでしたら」


 

 とりあえずミリアも説得できたようですし、後は彼を私の虜にするだけです。

 フワッと、まるで重力を無視した挙動で箱の上から飛び降ります。


 数メートル先の彼のもとに降り立つために、

 スカートがめくれないように、ゆっくりと丁寧に着地をします。


 これでも淑女ですから、殿方の前で不埒なことはいたしません。

 男性を恋に落とすには、恥じらいが大事だと心得てますから、


 そうして、彼の目の前に降りた私は耳元で囁きます。


「あなたはこれから、私のモノですわ」と、

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― 新着の感想 ―
幻想的な雰囲気の物語ですね。エミリーが「食べる」という行為に対する葛藤を抱え、レイとの対話を通じて自分を見つめ直す様子が印象的でした。
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