1章1節 私の出生
私は、ウェンズスター王国のとある小さな村で生まれた。
生まれたのはたしかに喜ばしいことではあったが、このときの王国は大飢饉に見舞われ、人々が日々生活するためのお金や食事は、農民や町人はおろか、下級役人でさえ困ってしまうありさまであった。
そのために国内では身売りが横行し、年端もいかない少年少女が、わずか数枚の銀貨で買い叩かれるなんてことも良くあった。
私はその村で、疎まれながら育ったのだ。それは仕方のないことであった。労働力ともなりえない者が、ただでさえ少ない食料を貪ってしまっていたのだから。
私も、ある程度育ったところで奴隷として売り払われようとされていたらしい。幼い私はそのことをまだよく分かっては居なかったのだ。
しかし、それを止めたのはある一人の『天使』であったと、実の母から伝え聞いている。
私の住んでいた世界のある一部には、天界につながる『天境』があった。そこから人々に救いの手を差し伸べる、天使が現れるというのだ。
その天使は曰く、
『その子供は、いずれ世界の救世主となるでしょう。常に慈愛を持って接しなさい。それがあなた方の末代までの誇りとなるでしょう』
母と村の者は皆恐れおののいたという。これも全て母と村の者から実際に伝え聞いた話だ。
それから、私は疎まれることはあれど、何不自由なくこの村で生活した。私が齢6の頃の話である。
◇◇◇
ここからは自らの記憶もはっきりと残っている範囲だ。
大飢饉も終わりを迎えて、だんだん経済も回復していった頃の話だ。
私が12歳のころ、とある一人の村人が、私に向かいこう話した。その者は、私が幼い頃からずっと見守ってきてくれていた、縁のある人物だった。
「クラディア、君はこの村から出るのかい」
「俺は……あまりそういうところは決めていないですね」
あの天使のお告げの影響か、このことは村の間でもかなりの関心事になっていた。この頃は村の学校に通って、最低限の知識をつけているところで、将来のことはほとんど考えていなかった。
「まあ、なんとかなるでしょうよ!」
自分で言うのも何だが、この頃の私はかなり自由奔放だったと言えるだろう。まだ世界のこともほとんど知らなかった純粋無垢な頃だ。
小さな村であったが、私はここでの生活に満足していた。学校の学友は、大飢饉の影響かかなり少なかったが、それでもあそこは私の天国であったと言える。
だけど、卒業の時ももうまもなくだった。成績によっては王都の学校への推薦がもらえる事がある。
自慢ではないが、私は成績が良かったほうだろう。卒業も近づいてきた頃に、校長からその学校への推薦に関することを伝えられた。デメリットがあるわけではなかったので、私はそれを受けることにした。
今思ってみれば、ここの選択が、私の人生を大きく変えたのは言うまでもなかっただろう。