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ラプチャー

作者: 穏田

 何もないことはもちろん知っていた。

 全能感に支配されたままで生きていくには、如何せん冷静な小人が多過ぎた。

 頭の中に無数の小人がいることに気付いたのは、つい最近のことだった。否、自覚がなかっただけで、小人たちは随分長い間、私の中にいた。

 最初は2人だった。

 私と、1体の小人だけが、私の中にいた。最初の小人はひどく悲観的だった。目に映るものを悉く否定し、負のものとして捉えた。対する私といえば、小人が日々垂れ流す呪詛を正面から見ていた。その小人の言葉をこの世界の理として理解していた。私の中には、私と彼だけがいて、彼は時たま私をいたぶって喜んでいる節さえあった。酷い言葉を投げつけ、それがなまじ的を得ているだけに、私はいつも酷く傷ついた。しかし私は彼の目の前から逃げ出すことなど考えられなかった。何せそこは大変狭く、身動きするのにも窮屈で、隙間というものがほとんどなかった。逃げ出そうにもどこに脱出口があるのかさえ分からなかった。彼と私がいたところが真っ暗な空間であったのなら、私は外から射す光に気付くことができただろう。しかしながらそこは眩しいほどに光に満ち満ちていて、とても温かかった。居心地が良かったのだ。ずっとここで生きていけばいいと思っていた。たとえ逃げ出せたとしても外に希望はないと思い込んでいたし、何よりここにいることを自分で選んだのだという自負があった。妙なプライドがあった。それが私の独立心が充分に育つ前に、その芽を刈り取っていた。

 それなのに、ある日突然彼は殺されてしまった。

 それは外から来た。とんでもない衝撃でもって彼を一思いに押し潰し、そしてまた何事もなかったかのように去っていった。

 私はその亡骸をしばらくずっと見つめていた。不思議なことに彼は潰されると一瞬で大変小さくなってしまった。その手足も身体も一回り小さくなって、醜悪な匂いを撒き散らしながらその眼球だけは私を見据えていた。その不気味さに私は初めて逃げ出したくなったが、相変わらず本気で逃げ道を見つけ出そうとはしなかった。彼の死体が腐っていく様をただ見つめていた。

 ずっと、見ていた。

 ただ見ているだけの日々だった。

 彼の死体が朽ち果て、ようやく他のものに目がいくようになった頃、私は死体があった場所の更に奥に人影を見た。それは薄く、陽炎のようでもあった。こっちへ来て、と私は呼びかけたが、陽炎は全く反応を示さなかった。だからといってこちらから近づくのもどこか空恐ろしく、しばらく様子を見ることにした。

 陽炎は同じところに立ち尽くすのみだったが、時間を追うごとにだんだんと存在を濃くしていった。濃度が増したのだ。人影は、より人らしく形作られ、そしてより人らしい動きを見せるようになった。

 陽炎がおおよそ人らしく形成され始めた頃、私は気付いた。私を取り巻く陽炎の数々に。

 私を中心に、彼とも彼女ともつかない陽炎たちは徐々に数を増やしていった。

 益々所在がなくなり小さくうずくまっていると、そのうち彼らは私の頭上を通り越して話をするようになった。それは会話であり、彼らからは個々の知性を感じた。

 陽炎たちはいづれ、最初にこの世界に存在していた彼と同じように無数の小人となった。

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