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第7話 娘の青

 二つ目の水音が森に響いて、フィイが馬車から飛び降りた。

 フィイより先に白い子狼が駆け出している。

「フィイ! 待て!」ロシュが叫ぶ。

「水音が!

 きっと、ラナ様に何かあったんです!」

「もう!

 馬車をどうする!」

 ロシュも馬車を降りる。

 ロシュは馬の鼻先に手のひらを押し付けた。

 口の中で何かを唱えると、馬が直立不動で固まった。

「こんなところで魔力、使うなんて…」

 苦笑を浮かべながらロシュもフィイの後を追いかけた。


 ◇◇◇


『おとうさん! おとうさん! 』

 白い子狼は、三尾で宙を飛ぶように先を急いだ。

『おとうさん!』

 白い子狼が立ち止まった。

 目の前にいるのは、大きな人間。知らない人間。黒い人間。

 白い子狼の『おとうさん』ではない。

(怖い… )

 子狼が震えた。

 立ち止まった子狼を見つけて、フィイが近寄った。

 子狼を抱き抱える。

 そして、フィイは目の前の人物の名を呼んだ。

「ギルバート様?」

 蒼白の黒い騎士は、俯いて両腕を垂らして立ち尽くしていた。

 足元に彼の剣が落ちていた。

 そして、ラナの水筒も。


 ◇◇◇


 ギルバートは、ロシュに平手打ちをされるまで、放心状態だった。

「目を覚ませ!」

 痛みで、目の焦点が戻ってきた。

 ロシュがギルバートの胸倉を掴んでいる。

「団長! 何があったんです!

 ラナ嬢はどこです!?」

 ギルバートがロシュの手を離した。

 二、三度、頭を振って、ギルバートは自分の剣を拾いあげた。

 剣を鞘に戻す。

 辺りに転がっていた魔獣の死骸は無くなっていた。

 アマクが片付けたのか。

「魔獣の気配を感じて、葬りに来た。」

 右手の先が痛い。

 ラナを掴み損ねた右手。

「ラナが、魔獣といた。」

「強い魔力を持つ魔獣で、殺すはずだった。」

 ギルバートが大きく息を吐いた。

「ラナに邪魔をされて…」

 ギルバートは顔を上げた。

 その先には泉がある。

 魔獣の血で汚れていた。

「剣を向けられた。気をそちらに取られて、」

「背後の魔獣に気付かなかった。

 彼女が私を突き飛ばして…、

 かわりに魔獣に襲われた。」

 ロシュもフィイも息を飲んだ。

「ラナは、肩を食いちぎられて、あの泉に落ちた。」

「旦那様! 飛び込んで助けには!?」

 ギルバートに詰め寄ろうとしたフィイをロシュが止めた。

「ギルバート様は、水に沈む。

 浮いてこれない。

 沈んだままになる。」

「!」

「石と同じだ。」

 ロシュが続けた。

「それが、ギルバート様が抱えている者の弱点で、『勇者の血』の所以だ。」

 フィイが黙ってしまった。

「すまない、フィイ。役立たずだ…」

 ギルバートが俯いた。

 白の子狼がフィイの腕から滑り下りた。

 子狼は泉の縁に近寄った。

「危ないよ。」

 フィイがそばによる。

『おとうさんもいずみにおちちゃった…』

「え、」

『おとうさんのにおい、ここできえちゃった。』

 フィイが子狼を抱きしめた。

「団長、ここにいても仕方がない。」

 ロシュがギルバートに言った。

「ラナがこの泉の中にいる。」

 ギルバートの声に力がない。

 ロシュが静かに言う。

「俺達では、この汚れた泉には入れない。

 魔物になってしまう。」

 ロシュが大きく息をした。

「ラナ嬢がダーナの下僕というなら、水の女神ダーナ・アビス様が何とかしてくれるさ。」

「お師匠さま! 楽観的過ぎます!」

「俺たちは、俺たちのやるべきことを、やるしかないだろう?」

「団長、」

 ロシュは再び、ギルバートに向き直った。

「貴方は、陛下の『王命』を果たす責務がある。

『ジョージズ公爵』としての役目を果たしてください。」

「…。」

「ラナ嬢のことは、」

 ロシュが笑顔を浮かべた。

「あのご令嬢は、こんなことぐらいで死んだりしませんよ。

 強くて逞しいお方だ。

 貴方が『みかわ糸』布を貢ぐ気になるくらい素敵なご令嬢だし。

 きっと、元気に現れますよ。」

 ギルバートが顔をあげた。

「ロシュ、」

「はい?」

「私は『みかわ糸』布を貢いだわけじゃない。」

 ギルバートの言葉にロシュが笑う。

「じゃ?」

「ふさわしいと思った。」

 ギルバートが小声で言った。

 ロシュが声をあげて笑った。

「団長、かわいいな。」

「団長はやめろ。騎士団はもう無い。」

「はいはい。」ロシュの軽さが救いだった。


 ◇◇◇


 あれから数日が経っている。

 泉近くの村々に寄ってみたが、ラナにかかわる話は皆無だった。

 ギルバートも今は、ロシュやフィイと一緒にいる。

「様子、どう?」

 馬の足を速めながら、ロシュはフィイに尋ねた。

 フィイが後ろの荷台を覗き込む。

 黒いのは俯いたままだ。

 その傍らには、ラナの水筒が立てかけられている。

「落ち込んでいます… 」

「そうか。」

「あんな旦那様は初めてです。

 お辛そうな時でも、あそこまでは… 」

「そうだな。

 よっぽど堪えたみたいだな… 」

「ラナ様はどこにいったと思いますか?」

「泉に落ちたといってたろう?

 ダーナ・アビス様のお嬢様だ、水の中なら…」

 ロシュが笑った。

「死なないよ。 

 それに、水でできたお嬢さんだっていうじゃないか。」

「?」

「泉がどこかにつながっていれば、その先に流されているかもしれないな。」

「そうでしょうか…」

『おとうさんもいなくなってた。』

『おとうさん、どこいったの? おねえさんといっしょ?』

 半べその子狼がフィイの懐にもぐりこんだ。

 ロシュがそれを見て笑顔を浮かべた。

「なんか、すっかり懐いたね。」

「そうですね。」フィイは微笑むと子狼を撫でた。


 ◇◇◇


 彼らの馬車は、ダーナ河の渡し場であるダリスの街に着いていた。

 この辺りのダーナ河は、河幅が広いこともあるが、船の航路でもあるので、橋は架けられない。

 対岸の領都コルトへは渡し船に乗るしかない。

「団長は、コルトへ渡られますか?」

 ギルバートを馬車から下ろし、ロシュが尋ねた。

「コルトレイ伯爵に会うのが『王命』だ。」

「表から? 裏から?」

「…。」

「河、大丈夫なんですか?」

 ロシュが笑った。

「…。」

 ギルバートは答えない。表情が硬い。

「苦手でしょ?」

 ロシュがフィイに向き直った。

「フィイ、ラナ嬢の水筒と鞄を。」

「はい、お師匠さま。」

 フィイがラナの水筒と荷物を持ち出した。

 ロシュは、フィイも馬車から降ろした。

「それを持って、お前は、ギルバート様と一緒に行きなさい。」

「お師匠さま?」

「ギルバート様は、水が怖いんだよ。」

「フィイが一緒だと心強い。」

 ロシュがフィイの頭を撫でた。

 フィイがギルバートを見る。

 ギルバートが苦笑いを浮かべている。

「水筒、持って行っていいんですか? 

 ラナ様が見つかったら!」

「ダーナ河を渡るときに一番頼りになるのが、その水筒だと思うよ。」

 フィイが不思議そうに水筒を見た。

「本当は、ダーナ河を渡るためにラナ嬢にいてもらうはずだったんだ。」

「?」

「そうですよね、団長?」

 ギルバートは答えない。

「かわいくないなぁ。」

「お師匠さま、あんまり…」

 心配そうにフィイがいう。

「ラナ嬢は、いつも水筒と一緒だった。

 その水筒がラナ嬢を探してくれるかもしれないし、ラナ嬢が水筒に引き寄せられるかもしれない。

 彼女にとってこの水筒は身体の一部みたいなものだから、ここに戻ってくるんじゃないかな。」

 ロシュは水筒に触れた。

「…はい、お師匠さま。」

 フィイが水筒を抱え直した。

「ロシュはどうする?」

 ギルバートが口を開いた。

「まず、こちら側でラナ嬢を探しますよ。

 それと例の疫病の村に行ってみます。

 森の魔毒の泉で狼がおかしくなったのなら、人も同じ目にあっているかもしれないでしょ。

 何にせよ、薬材は届けないと。」

「頼む。」

「では、後ほど、コルトで。」

 ギルバートが頷いた。


 ◇◇◇


 ロシュの馬車は、ダリスの郊外の街道に差しかかった。

 二股の道に出ると珍しく荷馬車がやってくる姿が見えた。

 右の道だ。彼ら通すため、ロシュの馬車が端によった。

 荷馬車はロシュのところに近づくと速度を落として止まった。

「よう、お疲れ。」

 荷馬車の御者がロシュに声をかけた。向こう側にはもう一人いる。

 中年の御者は、にやけ笑いでロシュの馬車を見回していた。

「どうも。」

 ロシュも軽く返す。

「どこへ行くんだい?」御者が声をかけてきた。

「ハシェ村まで。」

「ハシェ? なんで?」

「薬材を届けに。」

「そりゃ…、

 気の毒だけど、もう役には立たないだろうね。」

「何でです?」

「ハシェは疫病で全滅って聞いたよ。

 俺たちは、河側のウルエから来たけど、ハシェには近づくなって言われた。」

「そうなんですか。」

「ウルエも検疫が厳しくなっている。

 薬材なら、ウルエのほうが商売になるよ。」

「そうか、ウルエね。

 行ってみるかな?」

「まあ、気を付けな。」

「あなた方はこれから、どちらへ?」

「ダリスからコルトへ。荷を運ぶんだ。」

 荷台の幌は深く閉ざされている。

「じゃ、気をつけて。」

「アンタもな。」

 ロシュは、荷馬車を見送ると、左の道へ向かった。

 ハシェ村が全滅だというなら、それを見届ける必要がある。

「ほんと、俺って働き者だよな。

 自分を褒めてやりたい。」

 それからしばらく、馬車を走らせていた。

 そろそろ馬を休ませる頃間だ。

 どこかで水も飲ませてやらないと。

 辺りを見回していると道沿いに湧き水の溜まりを見つけた。

 この前の泉のようには汚れてはいないようだ。

 馬車をとめると頸木から馬を離す。

 はみを持って、馬を水場へ連れていく。

 馬が頭を水に近づけた。

「ダメ!

 その水はまだダメ!」

「え?」

 ロシュが馬の首を上に向けた。

 目の前に息を切らした少女が立っていた。

「この辺はまだ浄化が終わってないの!」

「浄化?」ロシュが少女を見た。

 濃い茶色の髪を背中で三つ編みにした少女は言葉をつづけた。

「浄化です。

 水が汚れているんです。」

 少女は手にしていた籠から、小さな壜を取り出した。

 中には青い液体が入っている。

 透きとおっている青い水。

 少女は、蓋をとって一滴、湧き水の中に落とした。

 一滴の起こす波紋が、隅々まで広がっていく。

 そう汚れていないと思った水が、もっと透き通って、底まで見えてくる。

 底から湧き出る泡の小さな輪郭まではっきり見える。

「すごいな…」

 思わず声が出る。

「もう大丈夫です。」

 少女がにっこり笑った。

「たくさん、飲ませてあげてください。」

「あ、ああ。」

 ロシュの馬が水に口をつけた。嬉しそうに飲んでいる。

「それは、何?」

 ロシュが少女の瓶を指さした。

「水をきれいにするおくすりです。」

「君はどこから来たの?」

「ハシェ。」少女は来た方を指さした。

「え、ハシェは全滅って。」

「そういうことにしておけって、お父さんが。

 お父さんに言われて村のそばの水場を浄化しています。」

「ハシェは、大丈夫なの?。」

「村にご用ですか?」

「ハシェ村に薬材を届けに来たんだ。」

「村はすぐ近くです。」少女が微笑った。

 水を飲み終わった馬が首を振る。

「おじさん、赤い髪なのね…。」

「お、おじさん? ま、まあね。」

 ロシュが苦笑いしながら、三つ編みをいじってみる。

「お姉さんの言った人と違う。」

「お姉さん?」

「お姉さんが、黒い髪で黒い服のおじさんを見つけてって。」

「黒髪黒服って。」ロシュに笑みが浮かんだ。

「俺、たぶん、その黒い髪で黒い服のおじさんを知ってる。」

「本当?」訝しげに少女が言った。

「お姉さん、黒いおじさんに怒っていなかった?」ロシュが微笑む。

「お姉さん、黒い髪で黒い服のおじさんに『殴ってやる』って言うんだって。」

(ラナだ、間違いない!)

 笑みが止まらない。

「そのお姉さんって、名前はラナ?」

「名前は知らないの。お姉さん、ケガして寝てるから。」

「ケガ!? 

 あ、肩をケガしてない? 右側!」

「えっと、ケガしてるのはこのへん。」

 少女は右ひじのあたりを指さした。

(ちがうのか? いいや、回復にあるなら。)

「そのお姉さんの所に連れてってもらえるかな。

 ええっと?」

「マリアンです。」

「よろしく、マリアン。」

 ロシュは、マリアンを連れてハシェ村に向かった。

 程なく、村に着く。

 村はまだ陰気な空気に覆われていた。

 昼間だというのに陽の光を弱く感じる。

「お父さんは、村で薬師をしています。」

 マリアンは、村の一角を指さした。

「うちです。お姉さんがいます!」


 ◇◇◇


「お父さん、」

 マリアンがロシュを連れて家の扉を開けた。

「お父さん?」

 中にいたのは、白髪交じりの中年の男とロシュと同じぐらいの年恰好の旅装した騎士が二人だった。

「お父さん、」マリアンが中年の男にしがみついた。

「貴方は?」

 尋ねたのは、旅装の騎士で、尋ねられたのはロシュだった。

(剣は馬車の中だっけ。)

 ロシュは腰が軽いのに舌打ちした。

「こちらに薬材を届けに来た者です。」

 ロシュが穏やかに答えた。

 騎士がマリアンの父を見た。

 マリアンの父は事情を知らない。

「薬材が届いた?」

 騎士がマリアンの父に尋ねた。

「では、今朝の荷馬車は?」

「…。」

 マリアンが不安げに父親を見上げた。

「何かあったのですか?」ロシュが尋ねた。

「貴方の馬車は、本当に薬材を?」

「商売手形もございます。」

 ロシュが懐に手を入れようとすると、その手を掴まれた。

 代わりに騎士の手がロシュの懐に入り、手形を取り出す。

「本物です。」

 手形を見て騎士が言った。

「だ・か・ら!」

 ロシュが掴まれていた手を返すと、逆に騎士の腕を背中にひねりあげた。

「何があった?」

 ロシュが騎士達に詰問した。

 答えを得る前に、奥のドアが開いた。

「私の部下をいじめないでくれ、ロシュ。」

 出てきたのは、緑のマントを肩にかけた男だった。

 ロシュと同じ赤毛の長髪だ。髪の裾の方を革ひもで結んでいる。

 ロシュが騎士を離した。

「お久しぶりです、ジェイド兄上。」


 ◇◇◇


「『人身売買』!?」

 ロシュが驚いた声をあげた。

 ジェイドは、足を組んで座っていた。

 王立騎士団、副団長補佐ジェイド・ヴェズレイは微笑みを浮かべながら、弟に話しかけた。

「そう、こちらはそれで動いていた。

 南部から若い娘が消え、どこかに送られていた。

 隣国ではないことまでは確認済みだ。

 一部がコルトに行ったらしいまではわかったんだ。」

「それとこの村とどういう関係が?」

「疫病の噂でこの村には出入りがない。

 にも拘わらず、荷馬車は出入りする。薬材名目だが。

 行きよりも帰りの馬車が重くなっているのはおかしい。

 つまり、」

「ここから出ていった。」

「それも、『青い』娘ばかりだ。」

「!?」

「そこの薬師に問いたださないといけなくてね。」

 マリアンの父親が顔を上げた。

 娘は父親の手を握っている。

 ロシュがマリアンに微笑みかけた。

 不安げな少女は、涙を浮かべている。

「この村に疫病が流行ったのは本当です。」

 薬師が話し始めた。

「コルトに働きに出ていた娘が、具合が悪いと村に返されました。

 その娘が最初の患者で、高熱にうなされ全身が黒い痣のようなものに覆われて、三日で亡くなりました。

 ついで、娘の家族、近隣住人、村の大半が同じ症状で倒れました。

 亡くなった者もおります。」

「いろいろな薬を試してみましたが、苦痛を誤魔化すだけで完治には至りませんでした。」

「領主のコルトレイ伯爵様には、村長を通してお知らせしておりました。」

「返事は?」

「薬材を届けさせると。」

「それだけ?」

「薬材は届きました。」

「帰りの馬車には、村長からの荷物が積まれていたと思います。」

「村長の事情聴取は?」

「昨日、亡くなったそうだ。」

 薬師は、一つ深呼吸して続けた。

「村長の荷は『青い』娘です。

 目であったり、髪であったり、身体に『青』を持っている娘です。」

「なぜ?」

「疫病完治の祈祷に使うと、聞きました。」

「今時、馬鹿な。」

「ですが、『青い』娘は、疫病を完治させたのです。」

「あ!」ロシュが声をあげた。

「ラナ嬢!」

「ロシュ?」

「水色の髪の娘なんだ。

 肩というか腕というか、ケガしていたんですよね!

 彼女は!」

「名前まで、存じませんでしたが。

 マリアンが小川のそばで見つけて。

 その娘の触れている水が、とても澄んだ綺麗な水になっていたのです。」

「娘のマリアンにも疫病の兆候がありました。

 ですが、その娘さんに触れただけで、マリアンの疫病の症状が消えてしまったのです。」

「薬師としては理解できませんでした。

 でも、その清浄な水で患者を拭うと黒い痣が消えたのです。

 体力までは戻りませんでしたが、症状がよくなっていくのです。」

「ですから、せめて、水がきれいになれば楽になるのかと。

 マリアンに、水場に『薬』を撒かせました。」

「あの『青い』液体?

 何で出来ているんです?」

「ロシュ、これだと思う。」

 ジェイドが出したのは、青いシミの付いた布だった。

「小瓶にも少しあった。赤ければ、血だ。」

「!?」

「彼女の青い血です。」薬師が言った。

「まさか… 彼女の? 彼女のは『水』…」

 ロシュの声が消えそうになる。

「まさか、『青い血』ってラナの血を言っているんですか! 」

「落ち着け。

 人の血ではありえない。」

 ジェイドは冷静だ。

「ラナはどこです?」ロシュがジェイドに詰め寄った。

「我々が来た時には、いなかった。」

「朝、薬材の馬車が連れて行きました。」

 薬師がうな垂れて答えた。

 ロシュが言葉を無くす。

「ロシュ、行先はコルトだ。」

「しまった!

 ここへくる途中で、コルトへ行くって荷馬車に会った!

 連中!」

「お前だって、全能ではないんだよ。」

 ジェイドが穏やかに言う。

「で、お前は? どうしてここへ?

 陛下の『目と耳』が。」

「親父の『目と耳』だよ。」

「『公爵』様が動いておられる?」

 ジェイドが尋ねた。

 ロシュが頷く。

「では、そちらの方が最優先だな。」

「兄上、コルトへ急ぐ。

 馬を借りたい。」

「私のを使っていいよ。外の連中に云うといい。」

「ありがとう。

 それと、兄上。」

「ん?」

「彼らを。」

 ロシュがマリアン達を見た。ジェイドもその目線を追う。

「わかったよ、ロシュ。

 私だって、そう酷い人間じゃないからね。」

 ロシュはジェイドに一礼して家を出た。



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