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第44話 襲撃

 朝早く出発した使節団は、王都のダーナ河に沿って北上し、河岸の街道沿いの船着き場から河の右岸へ渡った。この辺りは川幅が広く、流れは緩やかだった。浅瀬もあるが、平たく作られた渡しの台船を下流に向かって操船するのは難しくはなかった。

 南側のコルトレイ領ダリスの渡し場だけでは、王都から右岸に行く道が限られる。内務省では新しい航路のために王都北部に船着き場を開いたのだった。

 ラナ達一行はこの北部道を通ってイゼーロに向かう。北部の右岸の渡し場からは馬車で半日もかからず領都に着く。

 渡し場からやや内陸に入ると大きなラーナ湖のほとりに出る。舟で湖を渡ると馬車の半分の時間で領都に着くのだが、運べる人や荷物は舟の大きさに制限を受ける。舟賃もかかるため、安価で大量にとなると街道を使うのが常になっている。

 ラナ達も日が暮れるまでに領都に入れるはずが、その日のダーナ河は荒い波が立ち、渡るのに時間がかかってしまった。

 右岸に着いた頃には陽が落ち、渡し場近くの村に急遽、泊まることになってしまった。

 渡し場からの街道は開かれたばかりで村と言っても小さな建物が数軒あるだけだった。

 宿に泊まったのは、ラナとメルダ、カートライトたちの文官だけで、警護の『近衛』やルーエは馬車の側での夜営になってしまった。

 護衛隊長のマイヤー卿は何も言わなかったが『近衛』の騎士達は随分と不満そうだった。

「彼らも夜営訓練を受けているはずなんですがね。」

 ルーエが教えてくれたが、メルダが笑って続けた。

「気位ばかりが高いのよ。」

 ラナも夜営は平気なのだが、『カートライトがうるさいから』と宿に泊まらされていた。

 部屋からは夜営のルーエ達を見ることが出来た。

「心配いりませんよ、ラナ様。」

「はい、メルダさん。」

「ダメですよ、『さん』は。」メルダが注意する。

「…慣れてなくて。」

 ラナが申し訳なさそうに言った。メルダは、寝台を整えている。

「…どうして、私の侍女に?」

「上からの、です。」メルダが微笑んで答える。

「上? メルダさんは、『グレン様の彼女』でしょ?」

「また『さん』が付いていますよ。」

 ラナが苦笑する。

「本来の所属は『左翼』、グレン将軍の配下です。間諜が役目ですけど、いろいろしますよ。

『グレン様の彼女』っていうのも、まあ、半分は本当だし。」

 メルダが悪戯っぽく笑った。

「内緒の話をするには身体を重ねているときのほうが怪しまれずに済みますから。」

 ラナが目を丸くして頬を赤らめる。

「グレンから『お姫様の護衛を頼む』って。

 グレンも、」

 メルダが微笑んだ。

「公爵様に頼まれたそうですよ。」

「え?」

「ケネスで一緒だった、『黒い』ほう。

 本物の『公爵』様だなんて教えてもらってなかったわ。」

 メルダの口が親し気なものに変わる。ケネスでの時と同じように。

「ただの『お手紙を届ける』のと違うのね。」メルダが声を落とした。

 ラナから笑みが消えて頷いた。

「『銀龍』の退治。」

「『銀龍』って?」

「ケネスで…見ませんでしたか。」

「ケネス…あの、『火竜』とやりやっていた?」

 ラナが頷いた。

「ケネスのとは違いますが、オストロフにもいるんじゃないかって。

 水に関係する魔物…、公爵様では退治が難しいの。あの方、水の魔物は苦手だから。」

 ラナが一息つき、メルダが言葉を待つ。

「私は、水魔を退治できるので。

 ダーナ・アビスからその力を与えられているから。」

 ラナが自分の水筒を抱えた。

「…水筒?

 貴女様付きの侍女の注意書きに『必ず、水筒を近くに持つように』ってあったわ。」

「注意書き? 私の侍女って、マリアンのこと?」ラナが微笑う。

「…お食事や水筒の事、いっぱい書いてあったわ。『一緒に行けなくて申し訳ありません』って。」

 メルダが息をつく。

「そうね、水魔退治じゃ、普通の侍女じゃ無理よね。」

「メルダさん…」

「私は自分の身は自分で守れるから、その時は心配しないで存分に戦いなさい。」

 ラナが大きく頷いた。

 しかしすぐに表情が強張る。

「ラナ様?」

「水筒がカタカタ言ってる。

 魔物が来る!」

 メルダが窓を開けた。

 少し先に見える湖面が夜だというのに虹色に揺れていた。


 ◇◇◇


 ルーエは、ラナ達を乗せてきた馬車のそばで焚火の番をしていた。

 護衛の『近衛』たちも同じく夜営だ。

 宿の部屋は、ラナ達や文官に使わせている。ラナにはメルダ姐さんがついているから、自分は宿そのものを見渡せるところがいい。幸いにも公爵様にお借りしたマントは夜風も通さず、屋外でも快適にしてくれている。

「国家予算の半分だものな…」思わずつぶやいてマントをかき寄せた。

 その焚火に人影が写った。

 ルーエが影を見上げる。

「よろしいですか、ロダン様。」

 ロドニー・ウエルシュが立っていた。『近衛』の制服姿だ。帯剣はせず、かわりに革の鞄を斜めがけしている。

 ルーエが笑顔を見せる。

「マイヤー護衛隊長からの伝言です。

『今夜の歩哨は、「近衛」から二名ずつ交代で出すので、ロダン殿はお休みください。』とのことです

『近衛』が宿と夜営地の巡回をいたします。」

「俺も数に入れてくれて良かったのに。」

「ロダン様は、ご令嬢の護衛がありますから、それ以外は『近衛』にお任せください、とのことです。」

 ふふとルーエが笑った。

「ロダン様って呼ばれ方、慣れてないんですよ。

『ルーエ』って呼んでいただいて構いません、ウエルシュ様。」

「え、でも!」

「俺は平民なんです。

 ウエルシュ様は貴族でいらっしゃいますから、俺のことは呼び捨てが正しいんですよ。」

「それは…。」

 ロドニーが困った顔をした。

 だが、気を取りなおしたのかロドニーが鞄から包みを取り出した。手紙にしては少し厚みがある。

「遅くなって申し訳ありません。これをお渡しするようガーネット様から言付かっておりました。」

 差し出されたものをルーエが受け取った。

「あ、あの、本当はガーネット様の奥方様からです。」ロドニーが小声で付け足した。

「ん?」ルーエが不思議そうな顔をする。

 奥方様の姿は遠くから拝見したが、お会いしたこともご挨拶をしたこともないはずだ。

「なんだろう?」

 包みを開けようとしたところにまた影ができた。

 長衣姿のカートライトが腕組みをして立っていた。

 ロドニーがカートライトとルーエに頭を下げると慌てて立ち去った。

 ルーエが包みをマントの内側に押し込めるとうんざりした顔で呟く。

「また、お前か。」

 カートライトは『騎士見習』のころからいつも絡んでくる奴で、正直、うるさい。

「旅程が半日遅れた。」

 カートライトが突っかかってくる。

「河が荒れていたからな。」ルーエが面倒くさそうに答える。

「あの小娘のせいだ。」

「ラナお嬢様、だ。

 貴族のご令嬢だぞ。」

「辺境伯だ。うちより格下だ。」

(こいつンち、『侯爵家』だっけ?)

「『ダーナ・アビスのしもべ』と名乗って、ランバート国王陛下に剣を向けたそうじゃないか。」

「知らん。」

「…オストロフと組んで謀反をおこす気か。」

「なんで、そうなる?」

「国王陛下には御子がいない。公爵家にも跡取りがいない。

 このままでは『勇者の末裔』が終える。

 ならば、ダーナ・アビスの申し子で新しい王家を作る。」

「平民には関係ない話だ。」

「オレは、隣の国のように、わけのわからない連中に国を牛耳られたくない。」

「だから!

 俺には預かり知らぬ話だ。」

「貴族のなかには、あの小娘に手柄を立てさせて『王妃』にしようとしている連中がいる。」

「王妃様はいるだろう!」

「離婚、再婚もありだ。」

「お嬢には後ろ盾は無いぞ。」

「公爵様がいる。

 それに手柄の後には山のように群がるさ。」

 カートライトが続ける。

「彼女がオストロフを屈服させる。

 オストロフの持つものは、小娘のものになる。

 隣国との国境線を手中にすれば、王国の明暗を左右できる。」

「お嬢に、政治的野心はない。」

「隣国に手を出したい王様にはある。」

「はぁ?」

「彼女の使い道は恐るべしだ。

 だから、宰相閣下もケルトイ侯も内密に済ませたい。」

「お前…」

「俺が命じられているのは、オストロフを膝まづかせることだ。

 彼女の手柄ではなく、宰相の采配でそれが済めば小娘の価値はない。」

「だから、『辞退』なんていったのか。」

「逃げ出すような小娘が王妃にはなれないだろ。」

「…そんな柔なお嬢様じゃないぞ。」

「…ああ、困った話だ。

 でも、俺だって、従妹殿を泣かせたくない。」

「従妹殿?」

「アマリアは、ランバートが大好きなんだよ。」

 そう言うとカートライトがため息をついた。

(なんの話だ? 

 こいつも昔から、面倒くさい… 今でもかよ!)

 ふっと、思い出しに口元が緩む。

(…彼女も。)

 水音がした。

 近くに大きな湖があるのは聞いていたがその辺りか。

 水音が大きくなり、湖面がもりあがった。

 水を突き抜けて何かが伸びあがった。

「なんだ! 化け物!? 」

 カートライトが音の方向を見た。

 剣を手にルーエが立ち上がり、走り出す。

「『近衛』を出せ!」

「わ、わかった!」

 カートが宿の方に戻り、ルーエが湖のほうに向かった。


 ◇◇◇


 それはラーナ湖の水際に横たわり、岸を奪っている。

 二つ月に照らされた巨体は、水滴を巻き散らかしうねりまわっていた。

 蛇のような体躯で頭を持ち上げては左右に振っている。

「ばかでかいミミズかよ!」

 ルーエが剣を抜いて、巨大ミミズの頭の先を削った。ふるふるプリンのような塊が地面に落ちてくだけたが、あっという間にそれらが小ぶりのミミズになる。

「え?」

 巨大なミミズがまたルーエに迫る。小ぶりのミミズは彼の足元に絡みついてくる。

 足元のミミズを切り裂くと、もっと小さなミミズが増えてしまった。さっきよりも増えた小さなミミズはルーエの長靴の先に噛みついてくる。

「なんだ!こいつ!」

 足元のミミズを踏み潰すと「グェッ」と気持ち悪い音を出してぬかるみにかわった。

「泥ミミズ!?」

 彼の上に降り注ぐようなミミズをよけた。

(ちっ、この剣、魔物を斬るんじゃなかったのかよ!)

 ルーエが力を込めて握りなおした。

 銀色の刀身が輝きだす。

(おっ、いけるかっ!)

「ルーエ、下がって!」

 彼の背中からラナの声がした。薄青のスカートを翻して『熔水剣(ようすいけん)』を振りかざしている。勢いよく走り込み、ミミズの腹に『熔水剣(ようすいけん)』を突き立てた。そのまま頭へと切り裂こうと動いたが、途中で転んでしまった。

「お嬢!」

 潰されそうなラナの背中を掴んで引きずり出す。

「ありがと、ルーエ!」

「剣が空ぶってしまって、厄介です!」

「どうすれば!?」

 その間に数人の『近衛』の騎士が駆けつけて、小さいほうの泥ミミズをつぶしている。

 辺りに松明が掲げられ、影が広がるほど明るく照らされた。

『頭を落とせ。』

「え? 誰?」

 ラナが周りを見た。声は頭上からしたが、姿はない。声色は男だが、知らないものだ。

 ミミズの頭を落とすには宙に跳ばないといけない。足場になりそうな岩も木もない。

「ルーエ、私を飛ばして!」

「お嬢!?」

 急なことにルーエが焦った。その間にもミミズの巨体が二人の間に割って入る。

「お嬢様、」

 酷く冷静な声で呼ばれてラナが目をやった。

 明かりの中に見えたのは灰色の男だった。灰色の長髪に灰色のマント姿。

「あ、」

 灰色の男は両手を組んで手のひらを見せていた。ラナの足場がわりか。

 ラナが助走をつけて、灰色の男の手のひらにつま先をかけた。灰色の男は、ラナの飛び上がりと同時に彼女を高く押し上げた。ラナの身体はミミズよりも高く跳び、『熔水剣(ようすいけん)』はミミズの頭を垂直に貫いた。『熔水剣(ようすいけん)』はミミズの頭部にあった黒い塊も四散させた。ミミズは乾いた土となって地面に散らばった。

「お嬢!」

 落ちてきたラナを受け止めようとルーエが急いだが、ラナの身体は灰色の男が受け止めて地に下ろした。

「アマクさん…」

「怪我はないようだな。」

「どうしてここに?」

「主の命だ。」

「主? ギルバート様?」

「…。

 私はお前の影の中にいるよう言われている。

 呼べば出てきてやる。」

「ありがとうございます。」

「礼は『冥主』様に言うべきものだ。」

 ラナの顔が強張った。

「お嬢、その方は?」

 ルーエが灰色の男を見た。

「えっと、アマクさん。」

 アマクはラナの影を踏むとそのまま吸い込まれるように姿を消した。

「えー!」

 ルーエが目をまるくした。

「消えた!」

 ルーエがラナの影をつま先でずるずると探る。

「なんですか! 今の!」

「えっと、アマクさんは公爵様の従者です。」

「黒髪の少年がいるでしょう。」

「アマクは魔物狩りの時に一緒なのだそうです。」

「魔物… 奴も魔物じゃないですか!」

「んー、私にもよくわからないの。でも、私、アマクさんには好かれてないし。」

 ラナが苦笑を浮かべた。

「それって…」ルーエが言葉をなくす。

「お嬢様!」

 大きな布を持ってメルダが駆けつけてきた。

「大丈夫でございますか!

 ずぶ濡れですよ!」

 メルダが布でラナをくるんだ。

「魔物は?」

「お嬢が倒した。」ルーエが答えた。

「護衛騎士も少しは役に立ったの?」

 メルダが軽く言う。ルーエが苦笑を浮かべ、ラナからくすくすと笑いが漏れた。

「本体が倒れると向こうのも泥になって無くなりました。」メルダの報告が続く。

「『近衛』が警戒中です。」

「泥… 『騎士見習』で出た魔物と同じものかな。」ルーエが呟く。

「泥ミミズの魔物を『ハブナ』と、騎士見習の教官にお聞きしました。」ラナが言った。

「『ハブナ』?」ルーエとメルダが見合わせた。

 湖岸が騒がしい。

「なんだろう?」

 ルーエが背伸びをして湖面を窺う。

「子供が浮かんでいる!」

「何人いるんだ!?」

 人々の声が聞こえる。

「早く引き揚げろ!」

 ラナ達が声の方に向かった。

『近衛』の騎士達が膝まで湖に浸りながら、子供を何人も引き上げていた。手足が動いているように見えたから無事なのか。

「どうした?」

 ルーエが騎士たちに訊ねる。

 騎士だけでなくカートライトの部下や、村人たちが子供の介抱にあたっている。

「今の魔物のせいで、湖に出ていた舟が転覆したようです。」

 マイヤー護衛隊長が答えた。

「こんな夜更けに舟が出ているなんて!」

「ロダン殿、引き揚げたのは子供ばかりです。でも、様子を見ると異国の者のようで。」

「マイヤー卿、異国の子供って?」

 一緒に来たラナが尋ねた。

「ええ、姫様。

 着ているものは見慣れない形です。それに子供ばかりで舟に乗っていたのも変です。この村の者もこの子供達は見たことがないそうです。」

「あ、子供が流れていく!」

 松明を掲げて湖を見ていた騎士が声を上げた。

「誰か助けに!」

「あ、沈んだ!」

 ルーエが剣とマントをメルダに預けると湖へ走りこんだ。膝までの深さになると頭から飛び込んで泳ぎ始める。岸の明かりが辛うじて届いたが、湖面からは沈んだ姿が見えない。

 ルーエは深く息を吸って潜った。手を伸ばし、辺りを探る。手が何か紐のようなものを掴んだ。引き寄せて湖面に顔を出す。彼の腕には子供がひとり抱えられている。意識を失っているのか、動かない。ルーエが息継ぎをして泳ぎ出す。

 思った以上に湖が冷たい。戻る足の動きが悪い。やっとのことで岸に上がるとカートライトが子供を引き受けてくれた。

 へたり込んだルーエが何度も大きく息をした。

 彼にラナが自分の布を掛ける。

「すみません、お嬢。

 子供は?」

「向こうで介抱されているわ。」

「無事ならいいんだけど。」

「貴方も着替えないと。」

 メルダがルーエの頭をごしごしと拭いた。

「宿でお湯を頂きましょう。」

「…ありがたい。

 湖、冷たかったんですよ。」

 ルーエが一つくしゃみをした。


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