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第26話 園遊会(1)

 フィイに言った通り、ギルバートは園遊会前日には屋敷に戻っていた。

『公爵』としての出席は久しぶりになるため、エバンズ夫人はギルバートの支度も怠らない。

 彼の私室には、園遊会の衣装が飾られている。

 ただ、何を着せても「黒」にしてしまうため、今回は限りなく黒に近い濃紺のコートが用意された。

「騎士服でいい」という主人をしかりつけて用意させたものだ。

 コートの縁には銀糸で刺繡が施され、それが光を反射してきらびやかに見せている。

 ギルバートは頭を振りつつ、当日の朝、それらに手を通した。

 入城時間は昼でいいはずだが、家人たちは夜明けとともに動き出していた。

 主人もそれに合わせて起こされる。

 襟タイもシャツも白を用意されたが、身に着けたとたんに黒になってしまった。

 いつも思うが、どうして色が変わるのだろう。

 主人に問いただしても「わからない」というだけだ。

 黒だけでは喪服のようだから、襟タイの留めには銀のピンを用意した。

ピンの頭には青い宝石がついている。

 コートの下には斜めに銀糸の縫い取りがされた襷がのぞき、胃の腑のあたりに公爵家の紋章のついた留め具で押さえられている。

 コートを羽織ると襟周りに公爵家を示す銀の飾りがつけられた。

 侍女の代わりにフィイとユージンが整えてくれている。

 ギルバートは鏡に映る自分の姿に肩を落とした。

「どこの化け物だ…」口の中で悪態をつく。

 また溜息をついて、四角い箱を開けた。

『公爵』家当主を示す髪飾りだ。ヘアカフスとチェーンが一対になっている。

 これは独り身の当主がつけるもので、「相手を求む」意を示している。

 かつては婚姻をしていても独り身だとこちらだ。

 王妃様の手前、見合い話を承諾したわけだから、独り身の飾りでないと具合が悪い。

 箱から取り出すとそれに絡まって小さな赤い石のついたチェーンがあった。

 少しの間、それを眺めて、チェーンを胴帯の襞の中に押し込んだ。

 フィイはギルバートの長い黒髪を背中で一つにし、ヘアカフスをつけた。

 ヘアカフスの端からの細い銀の鎖のクリップをフィイは踏み台に乗ってギルバートの左耳の上の髪に留めた。

「終わったか。」

「はい! 旦那様!」

 フィイが目を輝かせてギルバートを見上げた。

(こんな奇麗な旦那様、初めて見た!)

「旦那様、これを。」

 ユージンが盆にのせた手袋を差し出した。

 黒の一対とレースのような白の一対。

「黒い方を先に、その上に白の方をなさってください。」

 訝しげに思いながらギルバートが手袋をはめた。

「『みかわ糸』か。」

「それを二重にと。『道具屋』様からのご伝言です。」

「…。」

「園遊会の間なら、お嬢様の手を取れるそうです。」

「…手をとることはない。」

 ユージンは少し微笑を浮かべて、ギルバートのために扉を開けた。


 ◇◇◇


 マリアンに手をとられて、ラナが玄関ホールの階段を下りてきた。

 反対の手でドレスの端を持ち上げている。

 銀色地の波打つドレスの上に重ねた水色のチュールがきらめく。

 歩くたび、軽い衣擦れの音がする。

 少し足元が揺れるのは、ドレスに合わせたヒールの靴のせいだろうか。

 耳の碧柱石が揺れる。

 夜会なら胸元があいたドレスになるが、昼間なのでその部分にシフォンの小さな立襟をつけ、余り肌を見せないようにしている。

 その首元には、『道具屋』であつらえた首飾りがある。

 水色の髪は、顔が見えるようにこめかみから後ろに結い上げられ、上に作った髷に小ぶりのティアラが輝く。

 ラナは未婚であるから、髷の下から一束に編まれた水色の髪が落ちている。

 その間に光沢のある青リボンの飾りも差し込まれ、透き通る髪を水の深い青さに見立てている。

 いつもは化粧っ気のない娘だが、今日はおしろいをつけ、唇には淡いピンクがのせられている。

 頬紅もほんのりとさされている。

 ギルバートもいつもと違うラナの姿に目をとられた。

「…お綺麗でいらっしゃいますね。」

 いつの間にかエバンズ夫人がギルバートのそばに立っていた。

 彼女は満足げだ。

 主人の服装に乱れがないか注意を終えると、彼女は下りてきたラナの手を取った。

「えっと、これでよろしいですか。」

 ラナが恐る恐るエバンズ夫人に尋ねた。

 エバンズ夫人はラナに笑顔を見せた。

「お綺麗でございますよ。

 淑女は、お静かに、微笑んでおられればよいのですよ。」

「それが、一番、難しいわね。」

 ラナの返事に隣のマリアンがクスッと笑った。

 お付きの侍女としてマリアンも同行する。

 彼女も襟に銀糸の刺繍のされた濃紺のワンピース姿だ。

 スカート丈はふくらはぎが隠れるくらい。

 マリアンも社交の場に付き添うのは初めてになる。

「さあ、ラナ様、扇を。」

 ラナもギルバートと同じようなレースの手袋をしている。

 その手にエバンズ夫人が銀糸の紐飾りのついた小ぶりの扇を持たせた。

「どう、使うのですか?」

「表情を読まれないようにお顔を隠すのですよ。」

 ラナが不思議そうな顔をした。

「公爵様、」

 ラナがギルバートを見上げた。

 いつもと違うけれど、やはり黒い服。

 でも、飾りがいっぱいついている。

「水筒を持っていないのだけれど。

 どうすればいい?」

「陛下がおいでになる。

 帯剣は騎士団長と警備の『近衛』しか許されない。

 私も今日は丸腰だ。」

「水筒は、『剣』じゃないけど。」ラナが呟く。

「馬車のご用意が出来ました。」

 フィイが玄関の大扉を開けた。

 クロルが公爵家の紋章の付いた馬車の扉を開けて待っている。

 ギルバートが先に歩き出した。

 馬車の前でラナを待つ。

 マリアンの手を借りながらラナが歩いてくる。

「クロル、手を取って、先に乗せてやってくれ。」

「は? はい。」

 クロルがラナの手を取って、馬車に乗せた。

「マリアンもラナの隣に。」

「旦那様? 私はクロルと、」

「ラナのドレスを世話してほしい。

 一人だと、転ぶだろう?」

 マリアンにまた笑顔が浮かぶ。

「ラナの水筒はどうした?」

 ギルバートが小声でマリアンに尋ねた。

「お言いつけのように馬車の中に。」

「ああ。」

「旦那様、どうして水筒を?」

「あれはラナの身を守るものなのだ。

 できるだけそばに置いておきたい。」

「…。」

 頷いてマリアンも馬車に乗り込んだ。

 それを見届けてギルバートも乗り込む。

 二人の娘と離れるように座席についた。

 ギルバートが離れて座る意味をラナはわかっている。

 今日は互いに『みかわ糸』の服ではない。

 肌が触れれば互いに溶けるか火傷になるかだ。

 ラナは馬車の外に目を向けた。

 二人の間に座ったマリアンは互いにそっぽを向く二人に困惑するだけだった。


 ◇◇◇


『公爵』の館は、王都中心の王城から離れた場所になる。

 貴族の王都の邸宅は王城の側に並ぶが、『公爵』の館だけはダーナ河の近くにある。

 王都の盾となる場所だと昔から言われている。

 馬車が王都の中心に入り込んだ所でギルバートが口を開いた。

「ラナ、君はアミエリウス王国の貴族についてどのくらい知っている?」

 馬車に乗ってから初めてラナはギルバートをよく見た。

 外からの光で彼がキラキラとしている。

 黒の『みかわ糸』の騎士服の代わりに銀糸で縁を飾られているコートを着て、その胸元には銀の飾りがつけられている。

(こんなキラキラした公爵様を見るのは初めてだわ。

 眩しい…)

「貴族階級は、男爵以上の爵位持ちで成り立っている。

 貴族は国民のうちでは一握りだ。」

 ラナが頷いた。

「頂点は、王家だ。

 君の言う、『勇者の末裔』。

 今は、ランバート国王陛下だが、王家は貴族の上をいくものだ。」

「貴族の筆頭は、当家、ジョージズ公爵家になる。

 公爵家は一つだけ。

 王家とは一番近しい血縁関係を持つ。

 簡単に言えば、王家の血筋の予備だ。」

「だから、仲良し?」ラナが呟く。

「その下には、侯爵家が八家ある。

『八大侯爵家』と呼ばれている。

 知っているか?」

 ラナが首を横に振った。

「マリーのアナスン家、宰相やジェイドとロシュのヴェズレイ家も八大侯爵家だ。

 他の当主たちも出席しているはずだから、ご挨拶しなさい。

 君が名代を務めるイゼーロ家は、九番目の侯爵として叙爵される。」

 ラナが息を飲んだ。

「君はイゼーロ・アイン殿の代わりなのだから、堂々と振舞いなさい。」

 ラナの水色の目が大きくなった。

「これで九大侯爵家になるが、伯爵以下の爵位持ちはそれぞれの侯爵家の一門に入る。」

「…ダーナクレアがどこかの侯爵家一門って聞いたことがないわ。」

「それは、ダーナクレアが特別だからだ。」

「特別?」

「ダーナクレアの地は大河神ダーナ・アビス様の住まいと言われている。

 ダーナクレアは王家と並ぶほど古い家柄だとも聞いたことがある。

 ダーナ・アビス様をお守りするために『辺境伯爵』の爵位を賜っているそうだ。」

「初めて聞く…。」

「ダーナ様をお守りするのには、どこにも組しない、独立した立場が必要だからだ。」

「『辺境伯』は他の伯爵家よりも上位の家柄になる。」

「ふーん。」

「わかっているのか?

 君は、『ダーナクレア辺境伯爵令嬢』なのだよ。」

「…実感がない。」

「だろうな。」

 ギルバートがひとつ息をついた。

「君がいちばん深く頭を下げるのは、ランバート国王陛下アマリア王妃陛下ご夫妻だ。

 その次は八大侯爵家の当主。

 伯爵家以下の貴族には、会釈ぐらいでも叱られないだろう。」

「『公爵』様が抜けているわ。」

「…私は、今日は君の付添いだ。挨拶はいらない。」

 ラナが笑みを見せた。

「…緊張しなくてすむわね。」

「…言葉遣いには気をつけなさい。

 他の方には、私に話すような口ぶりではいけない。」

「はい。」

 ラナが真面目に返事をした。

「…マリアン、そんなに笑わなくてもいい。」

 ギルバートは笑いをこらえているマリアンにそう言って外に顔を向けた。


 ◇◇◇


 園遊会の会場は王城の庭園だった。

 円形庭園の中央の東屋に玉座が用意され、一角には楽団も用意されている。

 国王以外の出席者は、身分の下の者から会場入りし、ギルバート達の到着で国王夫妻を迎える貴族の準備が整う。

 八大侯爵家が揃うこともあり、本日の出席者は王宮で仕事をする伯爵家以上の貴族とされていた。

 それでも侯爵家一門が集うと人数が多い。

 ギルバートの馬車は王宮の入り口の一番近いところに停める場所をもらえたが、他家のはもっと狭い場所でひしめき合っている。

「中に入らなくてよかったのか?」

 馬車の踏み台に腰かけてクロルがマリアンに声をかけた。

 クロルの低くなった声が少しかすれた。

 数か月でまた背が伸びている。

 ラナを追い抜き、ギルバートに近づいている。

 クロルも巻き毛の黒髪を襟足で一つ結んでいた。

 前髪は長いままで目を隠しているが、マリアンが何度言っても切ろうとはしない。

 さすがに今日はクロルも従者として、いつになくいい服を着せられている。

 フィイの代わりにギルバートの従者をするようになっていた。

 従者と言ってもほぼ馭者役だが。

 フィイに厳しく注意されて、外面だけは大貴族の使用人として通るようになっている。

 マリアンがラナの水筒を抱えてクロルの横に座った。

「汚れるぞ。」

「あら、毛布を敷いてくれているわ。」

「俺も服、汚すわけにいかないからな。

 フィイはおっかないんだ。」

「この水筒、ラナ様の大事なものなの。

 こうして外にいれば、水筒がラナ様を守れるのよ。」

 クロルが水筒を見る。

 イゼーロでこれが『剣』に姿を変えたのを見た。

(マリアンが持ってて、危なくないのかな。)

「それにしても、お付きの人もたくさんね。

 ラナ様を送っていったけど、お付きの間も人でいっぱいだったわ。」

 クロルがクスクス笑う。

「…ラナ様、どのご令嬢より綺麗だったわよ!

 エバンズ夫人にお伝えないと。」

 マリアンも笑顔になる。


 ◇◇◇


「本当にねぇ、どこのお姫様かと思ったよ。」

 ジェイド・ヴェズレイがクスクス笑いながらラナを見下ろしていた。

「でも、転んだらダメだよ。」

 ギルバートがラナの手を取れないことはわかっていた。

 マリアンと一緒に来られるところまでは大丈夫だったが、ラナはマリアンと別れた早々、芝生の継ぎ目につま先をとられ、転びかけた。

 その身体をつかまえてくれたのはジェイドだった。

 手の出せないギルバートは苦い顔をしている。

「彼を怒らせるのも良くないね。」

 ジェイドはラナの手を自分の腕に掴まらせた。

「ありがとうございます、ジェイド様。」

 ちょっと恥ずかし気にラナが礼をいう。

「陛下をお迎えするのに並ぶんだよ。

 ギルの隣まで、送っていくね。」

 ラナが頷く。

 ギルバートは機嫌の悪い顔で二人の先を行く。

「マリー様は?」

「出かける用意までしたんだけどね、ダメ。」

 ジェイドが苦笑いする。

「で、私はアナスン家の名代だよ。婿養子だからね。」

「はぁ。」

「アナスン家の席次は、第四位。ギルから四つ下位にいる。」

 マリー・ケリー・アナスン侯爵の婿であるジェイドも今日は『王立』の礼服でなく、胸飾りをつけたコート姿だ。いつもの赤毛を撫でつけ三つ編みにして背中に垂らしている。

 まだ、正式な婚姻の裁可が下りていないので髪は長いままだ。

 高位の貴族たちがつぎつぎギルバートに頭を下げる。

 ギルバートが頭を下げることはない。

(…本当に偉いんだわ。)

 少し俯き加減にラナがついていく。

「顔を上げて。

 イゼーロの名代殿。」

 ジェイドが小声でラナに注意した。

(…そうだわ。)

 自分の役目を思い出してラナが顔を上げた。

『淑女は、お静かに、微笑んでおられればよいのですよ』

 エバンズ夫人の言葉を思い出して、そっとその微笑みを浮かべる。

(おや?)

 横のジェイドがラナの横顔を見て、表情を柔らかくした。

 侯爵たちの並ぶ場所に来るとギルバートが彼らにかすかな会釈をする。

 当主が参列できない家門は代理者が立ち、ギルバートには低く頭を下げている。

 侯爵家列最下位には赤い巻き毛の男がいた。

 今日は立派な服装だが、以前、もっと貧相な姿の時に会っている。

「彼、…バルタル家門だな。

 ここにいるってことは、次期当主候補だ。」

 ギルバートの側でジェイドがいう。

「貧乏くじ、引いちゃったな…彼。」

 程なく先頭に着いた。

 側には金と緑があしらわれた肩モールの『王立』の軍礼服の初老の男とその彼より一歩前に出ている恰幅のいい空色のマントを羽織ったバハールが立っていた。

 バハールは嫌がっていた長いスカート姿だ。

 この二人は帯剣姿でもある。

 ギルバートが彼らの前で立ち止まった。

 ラナとジェイドも立ち止まる。

 ジェイドがラナの手を腕から外した。そして、ジェイドは少し後ろに下がる。

「…お久しぶりです。」ギルバートが声をかけた。

「『公爵』閣下も。」

 二人が笑みを浮かべてラナを見ている。紹介しろという催促だ。

 ジェイドがラナの背中を押した。

 隣に立ったラナにギルバートが言った。

「左が『王立』騎士団長ダモン侯爵殿、右が『左翼』騎士団長で『王国騎士団』総団長のバハール・オスカーリッツ侯爵殿だ。」

「彼女はラナ=クレア、ダーナクレア辺境伯爵令嬢です。」

 ギルバートに名前を言われて、ラナは二人の騎士団長に向かってドレスのスカートを持ち上げた。

 膝を半分、折って頭を下げる。

 礼を終えたラナにバハールが微笑みかける。圧が凄い。

「バハ殿、この姫君が王都の『水魔』を退治ておられる方です。」

 灰色の短髪のダモンがバハールに耳打ちした。

「…随分とお若いな。歳は?」

「十六です。」答えようとしたラナを制してギルバートが言った。

「…若いのが好みだったか?」

「バハ様、困ります。」ギルバートが答える。

 ラナが二人を見比べて困惑する。

 バハールが真面目な顔に戻った。その彼女が別方向に頭を下げた。ダモンもジェイドもそれにならう。

 ギルバートがその先の白髪頭の老貴族に気づくと彼も少し深く会釈した。

 老貴族はギルバートの側に来るとラナに笑顔を向け、ギルバートに頭を下げて挨拶した。

 レースの前立てをのぞかせた濃い青のロングコート姿で胸まわりにギルバートと同じような飾りをつけている。

「筆頭侯爵、ケルトイ侯爵殿だ。王妃アマリア様のお父上だ。

 ご無沙汰しております、ケルトイ侯。」

 ギルバートが先に声をかけた。

「彼女はラナ=クレア、ダーナクレア辺境伯爵令嬢です。」

 ラナが膝を折って挨拶する。

「王妃様からお噂は伺っております。」ケルトイも会釈を返す。

「本日は、イゼーロ・アイン侯爵殿の名代として、叙爵の儀に臨みます。」

「それで、『公爵』閣下とはどのようなご関係でございますかな?」

「え?」

「アマリア王妃様のご用意されたものにご返事がいただけないようでしたので。」

 ケルトイ侯爵がやんわりとギルバートを牽制する。

「それは…。」

 ギルバートが口ごもり、ラナが不思議そうに彼を見上げる。

「…善処いたします。」

 小さなざわめきを楽団の音が消した。

「ラナ、『公爵』様の隣にいって。」

 ジェイドがラナに耳打ちして、自身は侯爵連の後ろ側に引っ込む。

 困った様子のラナの手袋の先を軽く掴んで、ギルバートが自分の側に引き寄せた。

 彼がほんの少し眉を顰めた。

「ランバート国王陛下、アマリア王妃陛下、おなりでございます!」

 先ぶれの言葉と静かな音楽が流れる。

 ゆっくりとした芝生を踏む音がしてきた。

 真っ白の国王の正装に深紅のマントを羽織った姿で、金髪碧眼のランバート王が歩いてきた。

 傍らには、ランバートより少し濃い金髪で髷を結上げ、高さのあるティアラを乗せた王妃アマリアがいる。

 大きな緑の瞳が優しい光をたたえる。

 王国の理想的な夫妻の姿だ。

 ギルバートをはじめ、臣下が右手を胸に当て、身体半分に折るように頭を下げた。

 ラナも慌ててスカートを持ち上げ、深く膝を折った。頭の位置はギルバートよりも低い。

「皆、面を上げよ。」

 ランバート王の通る声で、列席者が顔を上げた。

「公爵以下、皆の列席を得て、叙爵ができることを快く思う。

 楽しんでくれ。」

 ラッパが吹かれ、音楽が大きく奏でられた。



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