第23話 踏み出す一歩
「まあ、こんなものでいいか。」
書棚に残りの書物を押し込んで、ジェイド・ヴェズレイは腰に手をやった。
地方回りの副団長補佐から『王立』第三の警務隊司令兼任の副団長に昇格した。
三十前の若さでの抜擢は早い昇進だ。
影では、父親の七光りとなじられるが、どうでもいいことだ。
出世した者の勝ち。
『右翼』の副団長であるマリーにやっと追いついた。
ジェイドは、乱れた赤髪の革紐を結び直した。
「やっぱり、副官がいるなぁ。」
苦笑いが浮かんだところにドアが叩かれた。
「どうぞ。」
無言で開かれたドアを入ってきたのは、亜麻色の長い三つ編みを肩に乗せた女性だった。
『右翼』の深紅のマントに大剣を腰に下げている。
ジェイドが許婚者の姿に笑みを見せる。
「これはこれは、愛しのマリー。
何? 引っ越しの祝い?」
マリー・ケリー・アナスンの表情が暗い。
顔色も少し青いようだ。
これは機嫌が悪い時のマリーだ。
ジェイドがやや身構える。
「座ってもよいか。」
返事を待たずにマリーがジェイドの執務机の椅子に深く腰掛けた。
大きく息を吐く。
「マリー?」
ジェイドが笑みをひっこめた。
何かまずい…、非常にまずい。
「妊娠した。」
マリーの短い一言にジェイドが凍り付いた。
◇◇◇
『王国騎士養成学校』通称「騎士見習」の試験は、読み書きができるのであれば誰でも受けることができる。
試験の説明や手続きの内容は全て文章で、それも平易なものではない。
それを読み切って理解して申し込むだけで、語学力の試験なのだ。
「騎士見習」は、おおよそ十歳以上の男女に資格を与えている。
合格すれば、それから五年間、寄宿舎生活になる。
住むところは保証されるが、授業料と食費、被服費は自前だ。
それを負担できる家庭環境か、村を上げて送り出してもらっている有望者しか続けられない。
途中、経済的理由で辞めていく者も少なくない。
だが、首席合格者には、五年間の授業料免除と生活費免除が与えられる。
だから、猛勉強して首席合格を目指す。
「騎士見習」として優秀な成績で卒業できれば、四大騎士団のいずれかに所属し、出世して騎士団長になるのも叶う。
今年の志願者も多い。
試験会場の門の前は、大人に連れられた受験生の子供でいっぱいだった。
フィイは、深呼吸した。
ギルバート様に拾われて、公爵家の屋敷で働かせてもらってから随分とたつ。
その間、ギルバート様に読み書きと算術を覚えるようにいわれ、ご友人のロシュ様が師匠になってくださった。
勉強だけでなく、剣術も含め、一通りのことは学んできた。
自信もある。
でも、奢ってはいけない。
同じような年頃の子供、男女が門をくぐってくる。
着ているものを見れば貴族か平民か察しが付く。
貴族と言っても高位の貴族は「騎士見習」に来なくても王宮での仕事に就けるし、文官であれば、「騎士見習」でなくても学問所に編入することが出来る。
「騎士見習」を受けに来る貴族は、武官になり、騎士団の団長職を目指すものだ。
ロシュ様も、マリー様もジェイド様も騎士団長職になられるため、「騎士見習」を出ている。
ギルバート様はもともと騎士団を構えるお家の方だから、その修行で「騎士見習」に席を置かれたという。
試験は、『午前の選択問題』と『午後の論文』の二本立てで、「騎士見習」の学舎の大講堂で一斉に行われる。
受験者が多いものだから、隣と肘が当たりそうなくらい詰め込まれていて、これでは隣席の答えが見えてしまう。
盗み見もありだといわれているようだが、そういうことで入学しても実力がなければついていけなくてやめることになる。
結局、残るのは、地道に鍛錬を積み重ねてきた者だけなのだ。
フィイは机の前に小さなインク壺と自分で削った羽ペンを置いた。
扇状に広がった座席の正面に立つ監督官が右手をまっすぐ上に向けた。
左手の懐中時計をじっと見ている。
全員が息を飲み、身構える。
監督官の右手が振り下ろされた。
一斉にペンの音が始まる。
フィイも解答用紙に向かう。
一問、四択。正答に〇をつけていく。
難問ではなく、ごく日常的な価値観や倫理観を問うものが多い。
貴族には、平民の価値観はわからないし、平民には貴族の使命感はわからない。
どちらにも過不足ない問題と算術や幾何、理科などに関する問題が並ぶ。
『落ち着いて、問題の狡さに気を付けて。』
ロシュ様は、そういって送り出してくれた。
ギルバート様からは何も言われなかった。
でも、エバンズ夫人の着せてくれた上着は、ギルバート様のお古を仕立て直したものだ。
それだけでも励まされている気がする。
周りを気にせず、解答を進めていたが、時々、隣の受験者がフィイの手元を覗いているようだった。
覗いては自分の答案に書き込む。
監督官もいたるところでおこっている盗み見がわかっているはずだが、何もいわない。
盗み見られても困らないが、フィイはペンを走らせる手に邪魔になるのは嫌な気がした。
少々の窮屈さを感じながら無事、午前の試験を終えた。
午後の試験までの短い休憩に入り、フィイは鞄から水筒を出す。
冷めてしまったが、ラナ様が入れてくれたお茶が入っている。
それから、一口大の焼き菓子。
食べ過ぎても頭が鈍くなるので、少しだけもたせてもらった。
水筒のお茶は、やや紫がかっている。
コンフェイトを砂糖代わりに溶かしてくれているのだろう。
(ラナ様のお好きな『紫』の甘いの…)
ちょっとうれしくて顔が緩んでしまう。
やがて、席を立っていた者たちが午後の論文のために戻ってきた。
空席が出来始めたのは、午前の試験で諦めた者がいるからだ。
フィイを邪魔した隣席の受験生も戻ってきていた。
午後の論文試験は二刻の間に二問について書き上げなければならない。
監督官が中央の黒板に課題の二問を板書した。
振り返って彼が言う。
「はじめ!」
◇◇◇
「ラナ、おかわりいただける?」
ロシュが赤毛の先を肩に払って振り向いた。
珍しく公爵邸の執務室を訪れていた。
来客用のソファに背中を預けている。
いつもの薄青のドレスに大きな白のエプロンをしたラナが温かい紅茶をポットからロシュのカップへ注ぐ。
「ありがとう。」
「ご心配なのですか?」
ラナが茶器をワゴンに戻して言った。
ラナは、この屋敷に戻ってからギルバートの文書の清書という仕事を得て、給金も貰えるようになっていた。
彼の執務室の一角に席を与えられている。
「そりゃ、かわいい弟子だもの。」
「フィイなら、大丈夫でしょう?」
ラナが席に戻る。
「午前の試験は心配していないよ。
名前さえ忘れなければ、満点、取るだろうからね。」
「じゃ、大丈夫です。」
「だけどね、ギルバート様、」
呼びかけられて、執務机で書類に目を落としていたギルバートが顔を上げた。
「論文試験の出題者がバハール様だって、今朝、聞いてね、」
ロシュが困った風に言う。
「…。」
「あの問題、絶対出ますよね。
今年の受験生、かわいそうだ。」
「何かあるのですか?」
ラナもギルバートに問いかけた。
「バハール殿は、『左翼』の騎士団長で、王国騎士団の総団長を務めておられる。
『騎士見習』の論文試験の課題は、各騎士団の団長が交代で作成する。」
ギルバートが持っていたペンを置いた。
「それぞれ個性ある問題を出されるが、特にバハール殿のは難問だ。」
「それもね、毎回同じ問題でね。」
ロシュがため息をついて続けた。
「問いは二つ。
『一、騎士とは何か』
『二、なぜ人を殺してはいけないのか』。」
ギルバートが珍しくロシュの言葉を続けた。
「この二問以外、出されたことはない。」
ラナがロシュとギルバートを交互に見た。
「…どう、答えるのですか?」
「…正解はないんだよ。」
ロシュがカップを口に運んだ。
「『人』の中身を問うているのだ。」
ギルバートがそう言ってまたペンをとった。
「この問題は、ギルバート様やマリー様、うちの兄貴の時もだったんだよ。」
「え?」
「俺の時は、運よく、『王立』だったから難しくなかったけどね。」
「ロシュ様の問題は?」
「俺のときは設問ひとつ。『犯罪のない街をどう作るか。』」
ラナが眉間を険しくする。
「『騎士見習』って、十一とか十二の子供が受けるんですよね?
それって、子供に答えられる問題じゃないですよね?」
「そうだねぇ。」
ロシュが苦笑いする。
「大半はそこでペンが止まる。
でもね、ラナ、だからって不合格ってわけでもないんだよ。
席次は決まるけど、回答しようとする姿勢を買われるんだ。」
「はぁ…。」
「ねぇ、ラナなら何て答える?」
「え?」
「『騎士とは何か』?」
ラナが考え込む。そして口を開いた。
「助ける人。」
「『なぜ人を殺してはいけないのか』?」
「嫌だから。」
ロシュがくすくす笑った。
「ギルバート様、どう思われます?」
「…。」
手を止めたギルバートがラナを見た。
あまりにじっと見るので、ラナが目をそらしてしまう。
「ギルバート様と同じ答えですよ。
ラナ嬢の方が直観的だけど。」
何も答えずギルバートはラナから目を背けた。
ラナのほうが不満気だ。
「一緒の答えって…」
(やだっ!)心の中で叫んでいた。
◇◇◇
『フィイ、かえってこない。』
門柱の上で、リルが丸まったしっぽの中に頭を埋めた。
彼女の大事なフィイは勉強だと言って、ここのところずっとかまってくれなかった。
『試験が終わるまでね。』といっていたから、今日、帰ってきたらうんと遊んでもらうはずなのに。
三本尾っぽがふかふかして、自分のなのに気持ちよくなってしまう。
「何やってんだ、おチビ。」
急に首を掴まれてぶら下げられた。
『いやーん。』
目を向けると赤毛の先を革ひもで結んだ男が立っていた。
黒いの、の仲間。
男がリルを肩にのせた。白い子狼が落ちそうになって男の服に爪を立てる。
「こら、穴をあけるなよ。」
ジェイド・ヴェズレイは、笑いながらリルの身体を支えた。
「こんなところで、三本しっぽを見せていると魔獣狩りに捕まるぞ。」
『フィイをまってるの!』
「お前はいつも待っているんだな。」
ジェイドがリルの頭を撫でた。
「待っているものがいるのはうらやましいな。
俺にはさ、そういうのいないんだ。
だから、俺が追いかけるんだけど、追いついたと思ったら、また置いてきぼりだ。」
『あかいのへん!』
ジェイドがリルの身体をくしゃくしゃと撫でまわした。
『あかいのきらい!』
ジェイドは笑いながら、リルを連れてギルバートの執務室に向かった。
「ユージン!」
ジェイドは玄関ホールにいた家令を呼び止めた。
近衛の襷の少年が家令に文箱を預けていた。
王宮からの連絡便か。
「ヴェズレイ様、いらっしゃいませ。」
ユージンが文箱を抱えてジェイドに頭を下げた。
彼をギルバートのところに紹介したのはジェイドだ。
「ラナ嬢、いる?」
「はい、旦那様の執務室に。」
「ギルも?」
「はい、旦那様もいらっしゃいます。
ロシュ様もお見えになっておられます。」
「ロシュも?」
「今日は、フィイの試験日だそうです。」
「ああ、だからおチビが、」
ジェイドが肩からリルを下ろして、胸に抱えた。
リルがもぞもぞと動く。
『やだ!』
「こらっ、おとなしくしろ!」
「ジェイド様?」
「なんか柔らかくて気持ちよくてね、はなせない。」
ジェイドが微笑んでいる。
「扉、開けてくれる?」
ユージンも微笑みながら執務室の扉をノックした。
「ユージンでございます。」
「どうぞ!」
ラナの声がする。
ユージンが扉を開けた。
「旦那様、『王立』のジェイド様がお見えです。」
ユージンがそう言ってジェイドを部屋に通した。
「いらっしゃいませ。」
ラナが笑顔で迎える。
リルがジェイドから飛び降りて、ラナの側に駆け寄った。
「あら、リル?」
子狼はラナの背を駆け上がって肩に乗る。
「用向きは?」
そう言ったギルバートはつれない。
ジェイドが困った顔をし、ロシュが目を合わせないようにそっぽを向く。
ユージンが王宮から届いた文箱をギルバートの机の横に置くと部屋の扉の側に立った。
「お願いがあって、参りました、公爵様。」
ジェイドが珍しく姿勢を正して、ギルバートに頭を下げた。
「?」
ギルバートが不思議そうにジェイドを見た。
いつもならもっと軽口で、敬語なんて使わないのに。
「公爵様のもとにおいでるラナ嬢にお力を賜りたく。」
「え、私?」
ラナが驚く。
「あー、やっぱり話しにくい!」
ジェイドが頭を振った。ギルバートにも苦笑いが浮かぶ。
「似合わないことをするな。
それで、ラナに何の頼みだ?」
「再来週に陛下が叙爵の園遊会を開かれる。
高位の貴族は全家門、呼ばれているからギルバート様も出るんだよ。」
ジェイドの言葉にギルバートが嫌な顔をする。
「そこで、正式にイゼーロ・アイン殿が侯爵に叙せられる。」
「そうか…」
「でも、イゼーロって復位だよね?」
ロシュが口を挟む。
彼にも苦笑いが浮かぶ。
イゼーロでは、もう少しで魔物になるところだった。
ラナがいなければ「人」には戻れなったかもしれない。
「叙爵には、アイン殿が来るはずだったんだが、ダメになってね。」
「アイン様、来られないのですか?」
ジェイドが微笑んだ。
「『おめでた』、なのだそうだよ。大事をとってイゼーロからは動けない。」
「えー!
でも、マチュア様が代わりにおいでになれば?」
ラナが言う。
「マチュア殿は決して表には出ないからね。
陛下にもそうお伝えした。
アイン殿からは書面での謝辞が届いている。
それで園遊会では代理者が叙爵を受け、謝辞を代読するということになったんだ。」
「マチュア様も来ないのであれば、どなたが代理を?」
ラナがジェイドに訊ねた。
「アイン殿に頼まれたのはマリーでね。」
「マリー様なら!」
「それが、マリーも悪阻でダメなんだ。」
「え?」
「何て?」
ラナとロシュが言う。
「だから、悪阻なんだって!」
ジェイドが叫ぶ。
「気をつけていたんじゃなかったのか。」
ギルバートは冷静だ。
「いつもね、ちゃんとね。
でも、思い当たるときが一度だけあってね。」
「兄さん…。」
少し顔を赤くしたジェイドが言った。
「『年越しの祝夜』、二人して、あんまりにも楽しく飲みすぎた。
送っていってそのまま、寝所へね。
イリヤに叩きだされるまで、ずっと一緒だった!」
「おいおい。」
弟が頭を振る。
「ジェイド様、そのあたりでおやめください。
ラナ様にお聞かせするようなお話ではありません。」
ユージンに叱られてジェイドが苦笑いをする。
「申し訳ない、ラナ嬢。」
ジェイドがラナに謝った。
聞かされていたラナが顔を赤くして俯いている。
「マリーがダメで、ラナに頼むというのか?」
ギルバートは顔色もかえず、ジェイドを見た。
穏やかな表情でジェイドが一つ息をついた。
「…一番、ふさわしいのがラナ嬢だと思って。
ラナ嬢ならアイン殿もわかってくれるだろう。
どうだろうか、ラナ嬢?」
皆の視線がラナに集まる。
顔の赤いのはまだおさまっていなかったが、答えなければならない。
ラナはギルバートを見た。
彼もラナを見ていたが、指示するようなことはない。
自分で決めなさい、といっているようだ。
ラナは深呼吸し、笑顔になった。
「ジェイド様、私でよければ、お役立てください。」
ジェイドが微笑んだ。
「受けてくれると思っていたよ!
ギルバート、ラナ嬢の支度を頼んでいいよね?」
「…。」
ギルバートが困った表情を浮かべた。
「いいのか、ジェイド。
礼儀作法も心許ないのだぞ。」
ギルバートの言葉にラナがむっとする。
「二週もあれば、仕込めるだろ?」
いつものジェイドらしく軽口になる。
「仕込むって… 馬の調教じゃあるまいし。」
ロシュが呟く。
「二週… 付け焼刃だな。」
「人のことをなんだって!」
ラナが噛みつこうとしたところをユージンが押しとどめる。
「ラナ様、
旦那様、それ以上に大変なことがございます。」
「ユージン?」
皆が不思議そうな顔をする。
「ラナ様のドレスと宝飾品です。」
「え?」
「イゼーロ侯爵様のご名代とあれば、陛下に拝謁となります。
相応のお支度が必要です。」
ユージンの眉間に皺が寄る。
「いつもの『みかわ糸』に念じれば?」
ラナが言う。
「ラナ、そういうことじゃないよ。
『みかわ糸』は社交には向かないからね。
ちゃんと絹のドレスで陛下の前に出ないと。」
ロシュが続ける。
「君は、イゼーロの名代で、『公爵』のところの姫君なんだから!」
ロシュが笑い出した。
「王妃様の次に『綺麗』じゃなくちゃね!」
「仕立てにも時間が必要です。」
ユージンは冷静だ。
ギルバートが頭を振った。
「そのあたりの差配は、君とエバンズ夫人に任せる。」
「承知いたしました。」
「がんばれ、ラナ!」
ロシュの応援が軽い。
「旦那様、もうひとつよろしいでしょうか。」
「なんだ?」
「旦那様のお支度も、よろしいでしょうか?」
「え?」
「ラナ様の付添いをなさいますでしょう。」
「私が? まさか?」
「ギル、王宮からの書簡、園遊会のもあるんじゃない?」
ジェイドがいう。
眉間に皺を寄せながら、ギルバートが文箱をあけた。
一番上にあるのが王家の封蝋がされた書簡だった。
「出ないといけないのか。」
「君は、貴族筆頭なんだからね。」
「ユージン、すべて任せる。」
「はい、旦那様。」
ユージンの顔が穏やかになる。
「ラナ様、」
「はい。」
「お支度に参ります。
ご一緒下さいませ。」
「えっと…」
ラナが助けを求めるように周りを見回したが、ギルバートは書類に目を落としているし、ジェイドとロシュはニヤニヤ笑って見ているだけだ。
ラナは肩を落とすとユージンに伴われて部屋から出て行った。
リルもラナにくっついていく。
「…これ、読み上げる謝辞の写し。」
ジェイドが上着から畳まれた書簡を取り出した。
「練習がいるでしょう。」
それをギルバートに渡す。
ギルバートがため息をついて預かる。
「公の場所には、出なくてもよかったはずだ。」
「…それは、『平和ではない』時の話だよ。
もう『戦さ』をしないのだから、陛下を頂点に臣下は結束すべし。」
「ランバートに頭を下げろと。」
「『公爵』ですから。」ロシュがちゃちゃを入れる。
「…ランバート様は、君を表に出したいのだよ。」
「『公爵』家は、王家の裏方の役目だ。表に出なくてもいい。」
「ギル。」
「…今の陛下には、後継ぎがいらっしゃらない。
王家の後継としての『公爵』家を皆に知らしめたいんだ。」
兄は弟に顎で示すとお茶を入れさせた。
少し口を尖らしながら、ロシュはジェイドにカップを渡した。
「と、親父が言ってた。」
「…。」
「俺たち以外に、ギルにそう言えるものはいないからねぇ。」
ジェイドが紅茶に口をつけた。
「あ、ロシュ、これ、入ってないぞ!」
「昼間から、お酒は入れませんよ!」
「うー!」ジェイドが残念がる。
「…マリーは、大丈夫なのか。」
ギルバートが心配そうに言った。
ジェイドが少し笑った。
「悪阻は酷い。
イリヤの時もかなり長かったし。
毎日、機嫌が悪くてね。」
「たしかに…前も大変だったな。」
ギルバートにも苦笑が浮かぶ。
「でもやっと、婚姻の証書に署名がもらえて、裁可を受けるのに提出してきた。」
「ジェイド、おめでとう!」
ロシュが手を叩いて喜ぶ。
ギルバートにも笑みが浮かんだ。
ジェイドがはにかんで笑っていた。




