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第21話 朝になる

(ラナは間に合ったんだろうか…)

 ギルバートはぼんやりと考えていた。

 ダーナ河に落ちたところまでは、はっきりとしていた。

 ダーナ・アビス様にラナを手渡して、沈んで、私は浮いてこないはずだ。

 ここはどこなのだろう? 

 乾いている?

 呼吸をしている?

 誰かが呼んでいる。

(誰の声だ?)

 彼の名を呼ぶ声がだんだん大きく聞こえる。

「ギルバート!」

(マリーの声に似ている…)

 重い瞼に力をいれて持ち上げてみる。

 視界が明るくなり、見知った顔がいくつも並んでいる。

 亜麻色の三つ編みが顔にかかっている。

 この色は、マリーのだ。

「ギルバート!」

 耳が痛くなるくらい大声でマリーに名を呼ばれていた。

「間に合ったんだろうか…」

 最初に出た言葉だった。

「何がだっ!?」

 襟を絞めてきたマリーの勢いは尋問に近い。

それを横でジェイドが抑える。

「ラナ…」

 ギルバートが口にする。

 ジェイドがギルバートの肩にそっと手を置いた。

「彼女はまだ、河の中だ。」

「そうか…」

 なぜか安堵の息をつく。

「全く、こういうときでも『女』の心配か。」

 グレンの笑っているような声が聞こえる。

 反論する力もない。

「随分と、『成長』ですよ。」

 師匠の声も聞こえる。

「死んだと思った。」

 ギルバートが呟く。

「残念だな、ギルは生きてるよ。」

 ジェイドの声が優しい。

「ダーナ河の岸に打ち上げられていた。」

 ギルバートは、身体を動かそうとしたが先に全身の痛みに顔を歪ませた。

「静かにしてろ。

 ずぶ濡れだったんだ。

 痛いだろ。」

 ギルバートが苦笑いを浮かべる。

「さあ、みんな外に出て!」

「なぜだっ! ジェイド!」

 マリーが食い下がる。

「マリー、静かに。

 皆がいると五月蝿い。」

 グレンが笑って、マリーと腕を組むと外へ連れ出した。

 シェリーも後についていく。

 ジェイドだけが残った。

「ロシュは?」

 ギルバートが訊ねる。

「生きてる。

 魔物になる一歩手前でラナ嬢に救われた。

 今は薬師殿がついていて面倒を見てくれている。」

「よかった。」

 ジェイドが寝台の横の椅子に座った。

「悪い知らせもある。

 彼らにはあまり知られたくない。」

 部屋の扉の方を見る。

 声を小さくする。

「アンバー・エイリークの死体が無くなっていた。」

「胸を貫いた。手ごたえはあった。」

「雨がやんだ後、探しに行ったんだがな、なかった。」

「奴も?」

「ファイエ・ノルトの僕、だろうな。」

「厄介だな。」

「そうだね、神様がかりの相手は、平凡な俺には大変な話だ。」

 ギルバートがゆっくりと身体を起こした。

 身体中が悲鳴を上げるように痛む。

 枕元の水筒に手があたった。

「おい、無理するな。」

「大丈夫だ。」

 ジェイドがギルバートの背中に枕を挟んでやる。

 そして、枕元に置いていた水筒をギルバートの前に置いた。

 ギルバートがそれを見つめる。

「で、『ダーナの姫君』は?」

 今度はジェイドが問いかけた。

「湖沼に捕まっていた。

 ラナの身体から水を吸い上げていた。」

 ギルバートが答える。

「酷いな。」

「ラナが、湖沼から離れたら、湖沼のものが消えてしまうと言った。」

「…。」

「『熔水剣(ようすいけん)』が彼女を湖沼から切り離した。」

 水筒に触れる。

「え?」

「私が『熔水剣(ようすいけん)』を握って、彼女の両手両足を斬った。」

「おい…。」

「ダーナ・アビス様が言ったんだ。

『頭と心の臓が残る限り、河に触れるとあの娘の姿は元に戻る。』」

「…信じた?」

 ギルバートが微笑を浮かべた。

 ジェイドが一つ息をつく。

「コルトレイのこと、覚えているか?

 あの時、ラナ嬢は片腕を無くした。

 それを助けた薬師の話からすると、水に落ちてから戻ってくるまで二日ほどかかっていた勘定だ。

 今度は、両手両足だからな。」

「…。」

「もう少し、かかるかな。」

 ジェイドが苦笑いを浮かべた。

「湖岸も河岸も見回りさせているから、心配するな。」


 ◇◇◇


 それからのイゼーロは穏やかに過ぎた。

 湖沼群が崩れた場所は、ひとつの大きな湖になっていた。

 湖の真ん中には小島が顔を出している。

 ギルバートも湖岸やダーナ河岸でラナを探していた。

 彼女はまだ見つからない。

 彼の顔にも『水』で出来た火傷のあとが少し残っている。

 ロシュも半身を起こして、やっと食事がとれるほどに回復した。

 イゼーロの惨禍は、王都にも届き、ランバート王は復興のための物資や人員を送り込んできた。

 その責任者として宰相自らが乗り込んできたのは想定外だったが。

 ローラン・ヴェズレイは、不眠不休の次男と傷だらけの三男を前にして、安堵した。

 ローランは、『王立』仮本部の席で、ジェイドとイゼーロ・アインの報告書を確認して、書簡筒に片付けた。

 二人が立って、宰相の言葉を待っている。

 ローランは、肩の力を抜くと二人に掛けるように促した。

 ジェイドとアインが席に着く。

「イゼーロ・アイン殿、『大変な目に合わせて済まない』、というのがランバート陛下のお気持ちです。

 自らお出ましになりたかったようなのですが、河を越えられず、申し訳ないと。」

「…いいえ、こちらこそ、お役目が果たせないかとご心配をおかけいたしました。」

「成果は十分でした。

 当初の通り、イゼーロを『侯爵』に復位させるとの仰せです。」

 ローランは、アインに王家の紋章の入った書簡筒を渡した。

 アインが押し頂くように受け取った。

「宰相閣下、結局はフィアールントの影を炙り出したかったってことですか?

 せめて、コルトの私にぐらい教えていただきたかった。」

「どこに密偵がいるかわからなかったからな、中心となる当事者だけにした。」

「『公爵』もラナ嬢もロシュも私も、蚊帳の外ですか。

 可哀そうに三人が一番酷い目にあったのに。」

「ラナ嬢は、まだ見つからないのか。」

 ジェイドが息をつく。

「まだです。」

「そうか…。

 では、アイン殿、私はこれで王都に戻ります。」

 ローランが立ち上がり、部屋を出た。

 ジェイドがその後を追う。

 館の廊下の終わりでローランが足をとめた。

「閣下?」

「その呼び方はやめろ、二人だけだ。」

「はい、父上。」

「ロシュは連れて帰る。

『道具屋』に届けてやればいいのだな。」

「ありがとうございます。

 ベアトリスも心配しているでしょうから。」

「お前には、面倒をかける。」

「いえいえ、俺は凡人ですから、汗をかくようなことしかできなくて申し訳ありません。」

「大事な仕事だ。

 イゼーロ侯爵を助けて復興を軌道に乗せろ。」

「はい。」

「では、行く。」

 ローランは少し躊躇しながら続けた。

「『雪の月』が来た。年越月だ。

 今年は王都の家に帰ってこい。

 ロシュもいるだろうし、侍女頭のタニタが手料理で仕切るそうだ。」

 ジェイドが笑った。

「閣下が役目を終わらせて下されば、ですが?」

「私のせいにするのか。」

 ローランが苦笑を浮かべ、ジェイドが微笑んだ。

()()()()()()()って、何年ぶりだろう…」


 ◇◇◇


 ダーナ・アビスは、娘の両腕をそっと撫でた。

 ラナはまだ眠っている。

 ギルバートが両手両足を切り落としたラナを連れてきた。

 さすがに驚いたが、ラナを連れてきた青年が幸せそうな顔で沈んでいったのに思わず手を出してしまった。

「首を落としてくるどころか、助ける、なんて…」

 笑みが浮かぶ。

 すぐに岸に放り投げたから、あの坊やは助かっただろう。

 あとはこの娘だけ。

 セイレンが魔物になってしまうくらい愛した『娘』。

 父親ライオネルがおのれの首を差し出してまで守ろうとした『娘』。

 そして、ギルバートが自分の命より、大切にした『娘』。

「こんなに愛されているのだから、そろそろ目を覚ましなさい…」

 ダーナはラナの頬を撫でた。

 水色の髪が少し揺れた。

 睫毛が震える。

 ダーナは娘を起こすとそっと自分の胸に抱いた。

 水ではない、人の温かさ。

「セイレンは、この温もりを取り上げられて…

 悲しかったのね…」

 ラナの身体が動いた。

 瞼が動いて水色の瞳が現れる。

 不思議そうにダーナを見上げている。

「おかあさん?」

 ラナの口元が動く。

 ダーナが微笑んだ。

「やっと、目を覚ましたわね。」

「…。」

「斬られた手足は戻っているわ。

 もっとも、前のように動かせるようになるにはもう少し、養生が必要よ。」

「ダーナ・アビス!?」

 ラナがダーナから身体を離した。

 でも、ふらついている。

 すぐにダーナに支えられた。

「あの坊やがお前を連れてきたのよ。

 両手両足を切り落とすなんて、とんでもないわね。」

「…。」

「どうしたい?」

 しばらく考えて、ラナが口を開いた。

「…『迎えに来た』って言った。」

 ダーナは微笑んでラナの言葉を待った。

「『一緒に帰るぞ』って。」

 ラナが姿勢を正した。

「帰ります…」

 ラナが微笑んだ。

「まあいいわ。

 今日は、聞いてあげるわ。」

「ダーナ、」

「でも、忘れないで。

 お前はまだ『勇者の血』で河を染めていないわよ。」

「あ、」

「それには、あの『水筒』がいるのだから。」

「ああ!『水筒』!

 また無くしちゃった!」

「坊やが持っているわ。」

「…。」

「『水筒』は()()()()()()お前を守るのだから、大事にしなさい。」

 ラナが目を見開いた。

 ダーナが娘を優しく抱きしめた。

「あ、あの。」

「帰りなさい、お前の望む場所へ。」

 ダーナは、ラナを宙に放り投げた。

 ラナはまた、水に包まれた。


 ◇◇◇


 夕刻、ギルバートは領主館に戻ってきた。

 今日もラナを見つけることが出来なかった。

 じき暗くなる領主館の庭に大きな篝火がたかれた。

 篝火の明るい所に背の高い椅子が置かれている。

 アインの手を借りてマチュアが椅子に座った。

 マチュアがチェロを抱えて、弦の調子を合わせ始める。

 ハルがじっと見上げている。

「お帰り、ギル。」

 マリーがギルバートを見つけて声をかけてきた。

 そばには、ジェイドもいる。

「マチュアがチェロを弾く。」

 マリーがマチュア達を見ながら言う。

「聴いたことは?」

「無い。

『鎮魂のチェロ』と呼ばれていたな。」

 ギルバートが答える。

(誰の鎮魂だ…)

「心配するな、ラナ嬢のじゃない。

 湖沼のだよ。」

 ジェイドが明るく言う。

 アインがマチュアから離れ、ハルと近くに座った。

 マチュアを取り囲むように人々が集まる。

 薬師の娘もマチュアの近くに座っている。

 マチュアがゆっくりと息を吸って弓を動かし始めた。

 やや低めの音がゆったりと奏で始められる。

 心が静かに、穏やかになっていく。

 皆が黙って、マチュアのチェロの音に耳を傾けていた。

 湖沼群が姿を変えた大きな湖がさわさわし始めた。

 湖面が色とりどりに光を放ち始める。

 ギルバートがそれに目を奪われる。

「綺麗なものだな…」

 マリーが呟く。

「湖面がマチュアのチェロに踊っているようだ…」

 ギルバートが一歩、踏み出した。

 彼の眼は湖の別の場所に向けられていた。

「ギル?」

 ジェイドの呼びかけに答えず、ギルバートは早足になる。

 湖岸へ。

 湖面の灯りを背に、立っていた。

 ラナだ。

 ラナの少し手前で立ち止まる。

 抱きしめてやりたい衝動はあるが、できないことも知っている。

 ギルバートの表情が強張る。

 その彼を見て、ラナの顔が曇る。

 双方が黙ってしまう。

「…ずぶ濡れだな。」

 やっとギルバートが言った。

 ふふとラナが笑う。

 水色の髪を両手ではらうとふわりと乾いてくる。

 髪の先から薄青のドレスの裾まで。

 マチュアのチェロの音が流れていく。

 湖面が色を持ち、ラナのドレスを虹色に彩る。

「…綺麗だな。」

「え?」

「ドレス。」

「ああ、そうね。湖面の光が映っている。」

 ラナが自分のスカートを見回して、微笑った。

「帰ってなかったの?」

「ん?」

「『帰るぞ』って、聞こえた。」

「ああ、そう言った。」

「私と?」

「リルに… 『ラナとかえってきてね』と言われた。」

 ラナがギルバートに微笑んだ。

 ギルバートが彼女に近づく。

 腕を延ばして、ラナの首に水筒をかけた。

 ラナは胸の前で水筒を抱きしめた。

「一緒に帰る。」

 ラナが言う。

「ああ。」

 ギルバートが答えた。


 ◇◇◇


 ラナが帰ってきたのを知って、領主館が大騒ぎになっていた。

 マリーはラナを抱きしめたまま離さないし、ジェイドはそれを困った顔で見ている。

 グレンとシェリーは笑っているし、クロルはため息をついている。

 薬師の父娘は、ラナやギルバートを心配し、アインとマチュアはそんな皆を幸せそうに見守っていた。

 大騒ぎの夜も明け方が近づき、静かになってくる。

 ラナを皆に取られたギルバートは湖畔で夜を明かしていた。

 しらんだ湖面に白いものが落ちてくる。

 雨と違って、これは肌にあたっても酷い痛みは起こさない。

『雪の月』、この月が一年の最後になる。

 アミエリウスの暦は、九つの月が巡って一年となる。

新月(しんげつ)の月』から始まって、『(はな)の月』『(よう)の月』『(あめ)の月』『獅子(しし)の月』『(せい)の月』『()の月』『(かぜ)の月』、『(ゆき)の月』は最後だ。

 ラナと出会ったのは、『(よう)の月』、ラナの誕生日がある。

 それから六か月、今年も終わる。

「どうぞ、」

 彼の前にティーカップの盆が差し出された。

 甘い香りがする。

 白いカップに透き通った紫の液体がある。

 カップを受取りながら、顔を向けるとラナが微笑っていた。

「何をしている?」

「何って、お砂糖湯を持ってきたのよ。

 マリアンが作ってくれたの。」

「マリアン? ああ、薬師の娘だな。」

「君は…大丈夫なのか、具合は?」

 ギルバートから少し離れてラナが座った。

「この湖、私がやっちゃったの?」

「気にするな。

 細かいのが一つになっただけだ。」

「アイン様とマチュア様に謝ったけど、足りないわ…」

 ラナの手には彼のと同じ柄のカップがある。

「これ、甘い匂いがする。

 紫はきれいだし。

 マリアンが『公爵』様に教わったって。

 何から作るの?」

「…コンフェイト。

 私は伝えただけで…

 マリアンは上手だな。

 でも、本当に考えて作ったのは、エバンズ夫人とフィイだ。」

 ラナが微笑みを返すとカップの砂糖湯を一気に飲み干した。

 少しむせてしまう。

 それを見て、ギルバートが自分のカップを差し出した。

「慌てるな。

 ゆっくり飲みなさい。」

「いただいてもいいの?

 ありがとう!

 お腹、空いてるの!」

 ラナが幸せそうに微笑うとまたカップに口をつけた。

 また静かになる。

 ラナが空になったカップを盆に返した。

「お花屋さんの仕事、休みすぎたわ。

 お屋敷のお花… お庭の奥のお花も…」

「フィイに頼んでくれていたのだろう。

 ちゃんとしてくれている。」

「フィイは私よりしっかりしているから。」

「…そのことなんだが、」

 ギルバートが言いにくそうに視線をよそに向けた。

「君は花屋を解雇された。」

「え、なんで!」

「君が賞金首になって、『王立』が下宿を捜索した。」

「賞金首、私が!」

 ギルバートが上着の内側から畳まれた紙を取り出した。

 ラナに手渡す。

 彼女が中を開いて見た。

「花屋が嫌がって、『解雇』だと。」

「酷い…

 …下宿は?」

「荷物は当家で預かっている。」

「…全部?」

「ああ、全部。

 その…手紙の束も… 

『王立』に検閲された。」

「酷い…」

「申し訳ないと思っている。」

「…手紙どうしたの?」

「私が…、ダーナクレアのご両親に届けた。」

「なんで! 私に断りもなく!

 他人の手紙を!」

「ご両親はとても心配されていた。

 手紙を届けてよかったと思っている。」

「…中、見たのですよね。」

 ギルバートが頷く。

「白紙の手紙は… 

 私にはわからないが、ご両親はわかっておいでだった。

 辛いこと、とか。」

「…。」

「一つだけ別の宛名のものがあったそうだ。」

「あ、」

 ラナが初めてギルバートの髪紐に気付いた。

「私のだろう?」

 ギルバートに笑みが浮かんだ。

「そ、それは、」

 ラナが口ごもる。

「私のだ。」

 ギルバートが念を押した。

「…そ、そういうことにしておいてあげるわ」

 ラナが視線を外す。

 顔が赤くなった気がした。

 芝を踏む音がする。

 槍を片手にグレンが顔を見せる。

「愛を語っているところ、邪魔をする。」

「か、語っていません!」

 ラナとギルバートが揃って否定した。

 グレンがそれを面白そうに見ている。

(どっちも子供だ。)

「『シーラ』が話したいというもんでな。」

 ラナがグレンの槍を見た。

「隣を借りる、ギルバート。」

 グレンがギルバートの横に座り込んだ。

 槍の底を地面に一つ突くと穂先が外れて、グレンの手に落ちた。

 被いをとると白いのが現れる。

 ラナとギルバートがそれを見ている。

 グレンはその穂先で自分の左腕の肘の下を刺した。

 穂先を持ち上げると赤い血が糸を引くように流れる。

 グレンがその穂先を宙に投げると薄青い優しい光が放たれ、人のかたちになってたたずんだ。

 ダーナに似ている。

 ダーナほど青くないが、灰色がかった青髪の女性。

 ラナのダーナクレアの母君に似ている。

「貴女を抱きしめていい?」

 シーラがラナに微笑んで、言った。

 ラナが頷く。

 シーラは、ゆっくりとラナの背中に両腕をまわし、抱きしめた。

 温かい。

「やっと、セイレンの娘を抱きしめることが出来たわ。」

「あ、あの。」

「私たち、ダーナの泡の娘は皆、『人間』が好きなの。

 河岸で遊ぶ子供たち、おしゃべりをする女たち、魚とりをする男たち。

 私たち見ているだけで楽しかった。」

 その姿をグレンが幸せそうに見ている。

「肩かせ、ギルバート。」

 グレンがギルバートにもたれかかった。重い。

「血を流してるんだ。」

「グレン。」

「シーラは、俺の血の中にいる。人型になるときは、こうだ。」

 ギルバートはグレンに肩を貸しながら、二人を見ている。

 シーラもラナの肩を抱いて頬を寄せている。

「セイレンも私もダーナクレアの流れにいたのだけど…

 セイレンは、ライオネルに出会って、行ってしまった。

『人間』になりたいって。」

「ライオネル?」

「あなたのお父様…」

「…。」

「ライオネルもセイレンが好きになって…。

 セイレンがダーナの娘だって知っても、二人が一緒になるのには関係なかった。

 幸せだったのよ、二人。

 河のそばで暮らしてくれて、私たちも見守ることが出来たわ。」

 シーラがラナの髪を撫でた。

「セイレンが子を宿して… 

 ダーナは怒ったのだけど、ライオネルが生命をかけて守ると言って。

 私たち、はらはらしながら見ていたの。

 ダーナは、二人に負けたのよ。

 ライオネルに約束させて、貴女の誕生を許した。」

「貴女の誕生は、セイレンもライオネルも私たち泡の娘も、そしてダーナも喜んだわ。」

「私…」

「愛されて、望まれて、生まれてきたのよ。」

 もう一度、シーラがラナを抱きしめた。

「無事でよかった。」

「シーラ?」

「ダーナも私たちも許したのだけど、『人間』の側が許さなかった。」

「え?」

「『勇者の末裔』が貴女を葬りに来た。」

「なぜ?」ラナが不安げな顔をした。

「ダーナの力と『人間』の力と両方を使えるから。

 ライオネルは、生まれたばかりの貴女をセイレンからも『人間』からも隠した。

 だから、セイレンは怒って、弾けて、水魔になってしまった。」

「ライオネルもダーナも彼女を止められなかった。

 ライオネルは水魔になったセイレンを斬ろうとしたわ。

 でも、できなくて。

 貴女を守ることだけ。

 貴女のかわりに自分の首を『勇者の末裔』に差し出したのよ。」

「…。」

「でも、貴女を守ったのも『勇者の末裔』だったわ。」

 シーラがギルバートを見た。

「もう、時間のようね。」

「シーラ?」

「グレンがのびてしまう。

 私ね、グレンの水の中にいるの。

 人の姿になるには、グレンの水を使うから、彼、持たなくなってしまう。」

 シーラがまたラナを抱きしめた。

「無茶をしないでね。

 皆、貴女を愛しているわ。」

 抱きしめられていた力が消えていった。

 シーラの姿も消えていく。

 朝日の中にラナが取り残されていた。

 その姿をギルバートが見守っていた。


 ◇◇◇


「戻ってきたばっかりだというのに、もう帰ってしまうのか、ラナ嬢。」

 マリーが名残惜しそうにラナに抱き着いている。

「マリー、離してあげなさい。

 ラナ嬢も困っている。」

 ジェイドが苦笑を浮かべる。

「馬車じゃなくて、大丈夫か?」

 そばのギルバートにも声をかける。

「赤騎なら、ラナを乗せて行けるだろう。」

「大丈夫だとは思うけどな。」

「早く帰りたいというし。

 私達がいても役には立たないだろう?」

「まあな。」

 ジェイドが馬に乗るラナを手伝った。

 ギルバートも黒騎に跨った。

「気を付けて。」

「ああ。」

「マリー様、お世話になりました。

 アイン様にもマチュア様にもよろしくお伝えください。」

 ラナが微笑んで頭を下げた。

 ギルバートが馬を進ませた。ラナが後に続く。

 ジェイドとマリーが二人を見送った。

「少しは進展したのかな、あの二人。」

「あんなに女に入れ込んだギルは初めて見たよ。」

 ジェイドが笑う。

「今回はジェイも頑張った。」

(ジェイ? 子供の時以来の呼び方だ…)

 ジェイドが微笑む。

「褒めてもらったって、思っていいのかな。」

 マリーがジェイドの胸倉をつかむとそのまま自分の身体に引き寄せて、唇を重ねた。

 ジェイドが一瞬、驚いたが、嬉しそうにマリーの背中に手を回した。

 抱きしめようとしたが、振りほどかれた。

「マリー。」

「ジェイにも、褒美の一つぐらいはないとな。」

「えー、もっと!」

「仕事に戻れ、行政官。」

 マリーは笑顔を見せると、ジェイドをおいて歩き出した。


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