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第15話 友の寄る辺

 イゼーロ領は、そう貧しいところではない。

 王都ほど贅沢はできないが、慎ましく生活するには困らない。

 他の領地よりも魔物の数は少なく、怯えて暮らすほどでもない。

 ただ、水ばかりなのだ。

 領主一族も領民のために心を砕いてきた気真面目な人間だった。

 それが影を帯び始めたのは、隣地コルン領の領主が粛清された頃からだ。

 領主は、ランバート王太子に味方をするとしながら、先王に取り入ろうとして裏切り行為に及んだ。

 ランバート王は、裏切りに厳しい。

 先王を退けたランバート王の最初の粛清がコルン領主に向けられた。

 表向きは事故死とされたが、『公爵』が訪ねていたのは王都中枢部では知られている。

 領主を失ったコルン領は、王国の直轄領になり、『王立騎士団』から執政官が派遣されていた。

 が、領民たちの不安は解消されない。

 隣地のコルトレイ領はダーナ河の渡し場を持つ大きな街であるがゆえに治安が重視される。

 難民として受け入れられるには厳しい審査がある。

 同じ隣地でもイゼーロは、コルン領の事情を汲み、難民の受け入れを拒まなかった。

 イゼーロ・アインは一時避難所を開設し、大人には仕事の斡旋、子供には教育、と心を砕いている。

 救済にも心を寄せ、イゼーロで開設している療治院でも領民難民を分け隔てなく治療を行っていた。

 ただ、費用だけが膨らみ、財政は綱渡りだ。

 今月も赤字がかさむ。

 アインは、赤字の報告書に頭を振った。

 その机の上にそっと紅茶のカップが置かれる。

 アインが顔を上げると、マチュアが微笑んでいた。

「すみません! 

 貴方にこんなことをさせて。」

「いいんだよ。

 私が好きでしているし。

 マリー様のお土産に南部産の紅茶があったんだ。

 温かくていい香りがするよ。

 少し、休むといい。」

「はい。」

 アインはマチュアに笑みを見せると紅茶のカップを手にした。

 甘い香りがする。

「…療治院の赤字がまた増えた?」

「ええ、仕方がないことです。

 でも、切り詰めるだけでは先がありません。

 何か新しい事業でも起こせれば…。」

「事業か…。

 南部のように特産品でもあれば、商売が出来るのだろうけど。」

「湖沼群の景色だけですわね、うちは。」

 アインに苦笑いが浮かぶ。

「王都から手軽に来られれば、避暑地として売り込めるだろうに。」

 マチュアも苦笑を浮かべる。

 コルトレイ領のコルトとダリスの間のようにダーナ河の渡し場がイゼーロにあれば、王都が近くなり、人の行き来も増えてくるだろう。

 今のところは、遠回りをせざるを得ないのだ。

「コルトレイは近々、新しい領主様が決まるそうだよ。」

「いい方だと助かるのですが。」

「そうだね。」

 マチュアがお茶を飲みほした。

「さて、

 邪魔をしてしまったね。

 退散するとしよう。」

「マチュア、『邪魔した』なんて言わないでください。

 この時間も、私には幸せなのですから。」

 妻は本当に幸せな笑顔を夫に見せた。

 少し夫がはにかむ。

 執務室の扉が叩かれた。

「ご領主様、療治院の院長様がお見えです。」

 外から声がかけられた。

 アインとマチュアが顔を見合わせる。

 報告日と違うのに。

「お通しして。」

 アインが返事をすると、扉が開かれ、療治院院長が入ってきた。

 先代領主の主治医も務めた老人だ。

「どうなさいました、院長様?」

 マチュアが院長に来客用の椅子を勧めた。

 院長がマチュアに一礼して椅子に腰かけた。

「アイン様、厄介ごとになりそうです。」

 マチュアが院長に会釈して出て行こうとしたが、院長はマチュアの袖を掴んだ。

「マチュア様もお聞き下さい。」

 アインが頷き、マチュアも院長のそばに立った。

「半年前のコルトレイ領の流行り病を覚えておいでですか。」

「ダリス郊外の村の話ですよね。」

 アインが続ける。

「全身が黒くなって、亡くなってしまう…。

 コルトレイ領主様もそれで亡くなったとか。

 でも、『王立』の皆様が薬を得て、良くなったのですよね。」

「同じ病状の患者が療治院に連れて来られました。」

「!」

「コルンからの難民でした。」

「でも、流行り病はおさまったのでは?」

「ここしばらくの間で何人かおりました。

 しかし、亡くなったのは昨日が初めてです。」

「増えているのですか?」

「療治院に来ているものは多くはありません。

 疑いのある患者はすぐに隔離しております。」

 院長はひとつ息をついた。

「ただ、療治院に来ない者たちが問題なのです。」

「…『水神教』?」

 マチュアの言葉に院長が頷いた。

「我々の保護を受け入れず、自分たちだけの集団にいます。

 その中で流行になっていれば、こちらもどうしようもないのです。

 街中に出てくるようなことがあると。」

「困りましたね。」

 マチュアがそう言ってため息をついた。

「治療法は?」アインが訊ねた。

「伝え聞いたところでは、流行を防ぐための隔離と身体を清潔にしておくだけだとか。

 何もできないのと同じです。

 せめて、コルトレイで使われたという薬がわかれば。

 そう、コルトレイの『王立』の方々ならお分かりになるかと。」

「そうですね…。

 コルトレイにいる『王立』の責任者の方に連絡を取ってみましょう。」

「お願いいたします、ご領主様。」

 院長はゆっくり立ち上がると部屋を出て行った。

 見送ったマチュアは妻に向き直った。

「私が療治院に行ってくるよ。

 まずは、様子を確かめてこよう。」

「マチュア!」

「流行り病なら、君が行ってはいけない。」

 アインが心配顔になり、マチュアを見つめた。

 マチュアが微笑んだ。

「大丈夫だよ。

 コルトレイでもたくさんの人が亡くなったわけじゃない。

 薬が見つかって、皆、治ったというじゃないか。」

「ですけど…。」

「コルトレイにいる『王立』の行政官って?」

 マチュアが首をかしげる。

「第三副団長様だと聞いていますが。」

 アインが答える。

 マチュアが記憶を手繰って顔を上げた。

「…ヴェズレイ卿ですね。

 ジェイド・ヴェズレイ卿、宰相閣下のご子息です。」

「あ、」

 アインが笑顔を浮かべた。

「マリーの許婚者様だわ!」


 ◇◇◇


 暗い鍾乳洞の中で灯りが揺れていた。

 小さな灯りのまわりに擦り切れたローブを身体に巻いた人々が肩を寄せ合って蹲っている。

 その間をフードを被った白いローブの人物が数人の同じローブを来た者たちを従えて歩いていた。

 時折、かがみこむと蹲っている者の肩を抱き、話しかけている。

 話しかけられた者は涙を流し何度も頭を下げている。

 彼らに寄り添う教祖『アーデン』の姿だ。

『アーデン』の姿が見えるまでのところに近づくのに数日かかっていた。

『水神教』の教祖様は、イゼーロに流れてきたコルン難民を鍾乳洞に集め、寝所の提供と給食を行っている。

 日に数度、教祖『アーデン』はその人々の間に立ち、『水神』の教えを語っている。

 その顔はフードで見えないが、語る声は女性のものだ。

 希望のない人々にはその声が安らぎを与える。

「あなたはどうしてここへ?」

 黒いローブのロシュに隣の老婆が訪ねた。

「こちらで、救われると聞いたので。」

 小さな声でロシュが答える。顔は見せない。うつむいたままだ。

「私は、家族を亡くしてしまって、一人になってね。

 どうしていいのか… いつまで…」

 老婆はそう言うとやせた指を組んだ。

「教祖様が道をお示しくださると教えてもらって…」

「道、でございますか…」

(俺だって、いつまで…)

 ロシュは下を見た。

(どんなに祈っても戻らないものは戻らない。

 憎しみで生きる時間もある。

 他人の言葉ぐらいで救われるものか。)

 急にあたりが騒がしくなった。

「ああ、教祖様!」

 老婆が声を大きくした。

 老婆とロシュの前に白いローブの人物がしゃがみこんだ。

 フードの隙間からのぞく白い髪が地面に垂れる。

「随分と待たせてしまいましたね。」

 アーデンは老婆の両手を取った。

「教祖様!」

「アーデンとお呼びください。」

「アーデン様!」

 老婆は彼女の手を押し頂いて、涙を流し始めた。

(なぜ?)

 ロシュがいぶかしんだ顔をフードで隠す。

「大丈夫ですよ。

 ここにいれば、心安らかに過ごせます。」

 アーデンの供が盃を差し出した。

「心休まるものです。お飲みなさい。」

(あ、)

 老婆はなんの疑いもなく盃を飲み干した。

「それは…?」

 思わずロシュが口を開く。

「教祖様の祝福された『水』です。」

 供の者が答えた。

「『水』…、ですか?」

「アーデン様のお作りになる『祝福の水』でございます。」

 老婆の身体が崩れた。

 ロシュが慌てて受け止める。

「だ、大丈夫ですか。」

 老婆が安らかな表情で眠りに落ちていた。

「薬が効いたようです。

 随分と弱っておられたようだ。

 さあ、休息所へ。」

 アーデンの供の者が老婆を抱え上げ、運び出した。

 立ち上がったアーデンは彼らを見送る。

「教祖様、」

 思わずロシュがアーデンを呼び止めた。

 アーデンがゆっくりロシュの方を向いた。

「貴方も大きな悲しみを負っているのですね。」

 アーデンの顔を見てロシュは言葉を無くした。

「貴方には私がどのように見えるのでしょうか。

 一番、会いたい人の姿になっていますか。」

 白いフードの中には、もう取り戻せない『妹』の優しい笑みがあった。


 ◇◇◇


 その日、ジェイド・ヴェズレイのもとにダリス郊外のハシェ村にいた薬師の父娘が訊ねていた。

 薬師は、コルトレイの人身売買事件の参考人として、『王立』から一応の取り調べを受け、その後、ジェイドの命により、ハシェを含む近隣の村での治療にあたっていた。

「約束の日、だったっけ?」

 ジェイドが届いたばかりの書簡筒の中身を見ながら、薬師に声をかけた。

「はい、これで最後となります。」

 父娘は、秘密保持と逃亡阻止のために定期的にジェイドのもとに訪れることになっていた。

 二人は立ったまま、ジェイドの言葉を待っている。

「流行り病のほうもおさまったかな?」

「ここ三週、新しい患者は出ておりません。」

「それはよかった。」

「では、私どもはもう。」

「ここに来る必要はなくなるな。

 ハシェを出ていきたいんだって?」

「はい。」

「いままでの様子だと、頻繁に居場所を変えてるね。

 何か理由でも?」

 薬師が黙ってしまった。

「マリアン嬢は、何歳になった?」

「…十四です。」父が答える。

「…。

 ランバート陛下は、十五年以上も前のことを罰するなんて、なさらないよ。」

 マリアンが父の袖を強く掴んだ。父が娘の手を握りなおす。

「君たちは自由だ。

 ユージン・レート子爵。」

「…。」一瞬、表情をこわばらせて、薬師は頭を下げた。

 ジェイドは手にしていた書簡を薬師に向けた。

「読んでくれたまえ。」

 ユージンは表情をこわばらせたまま、ジェイドの書簡を受け取った。

 中身を一読する。

「これは…。」

「あの流行り病に似ているだろう?

 薬が要る。」

 ユージンが書簡をジェイドに返す。

「…もう、薬は無くなりました。

 あのお方がいらっしゃらなければ。」

 ユージンが頭を振る。

「やはり、彼女の?」

「…。」

「彼女はね、今、イゼーロにいるんだよ。

 とても元気だからね、事情を話せば力を貸してくれるよ。」

「とんでもありません!」

「でも、おさめるには一番の方法だ。」

「…。」

「ユージン、私と一緒にイゼーロに行ってくれるよね?」

 にこやかだがジェイドの言葉に拒否権は使えない。

 ユージンは、頷くだけだった。


 ◇◇◇


 街と森の境にグレン達の宿営があった。

 グレンの下にいる若者は、点々と建てられている天幕で寝起きしている。

 天幕以外に古い小屋を改築して宿舎に使っている。

 そこは炊事場や食堂だ。

 ラナは、水筒を担ぎ直すと建物を見上げた。

 グレンに言われた「剣が習いたきゃ、」という言葉が引っ掛かっていた。

 それなりの数の水魔を葬ってきたが、いつも終わると疲れて倒れそうになる。

 たいてい二、三日は動けなくなるし、すぐに治るが怪我もする。

 ダーナクレアの父は、護身程度の剣術は教えてくれたがそれ以上はない。

 本当に倒そうとするならば、ちゃんと剣を使えるようにならないと。

『公爵は教えてくれんのか。』

 ラナはその言葉を消すように頭を振った。

(あの人には習いたくない。)

 ラナは一歩、敷地に踏み込んだ。

 宿舎の横の井戸端にくるくるとした黒い巻き毛の少年がいた。

 石に腰かけて、大きなたらいの中で、芋の泥を落としている。

 ラナは彼のところに向かった。

「こんにちは。」声をかける。

「はぁ?」

 顔を上げた少年は目が隠れるぐらい長い前髪の隙間からラナを見た。

 その目はラナからはよく見えない。

「なんだ? 

 ああそうか。

 おい、サラ! 

 手伝いが来たぞ!」

「え、手伝いって?

 私は、ここの、」

 ラナの腕が後ろから掴まれた。

 ソバカス顔の娘が嬉しそうに笑ってラナを見ていた。

 同じ年頃か。

「私はサラ! あなたは?」

「え、あ、ラナ。」

「そう、ラナ! 助かるわ!

 すごく人が増えて、二人じゃ大変なの!」

「あ、あの…」

 ラナが困惑する。

「夕ご飯の用意、手伝って!」

 ラナはサラに引っ張られるように炊事場に連れていかれた。

「えっとね、今日は、大鍋でシチューを作るの。

 お芋と人参をたくさん入れるのよ。

 皮むきをお願い。」

 サラはかごいっぱいの芋をラナの前に置いた。

「荷物はそのへんに置いて。

 籠のお芋の皮を向いて、大鍋に入れてちょうだい。

 ナイフはこれを使って。」

 ラナに何も言わせない勢いでサラは、皮むきナイフを押し付けた。

 自分も椅子に腰かけて人参の皮をむき始めた。

 ラナも隣に腰掛け、芋の皮をむき始めた。

 昔のようだ、と楽しくなった。

 ダーナクレアの台所で母と一緒に大鍋料理を作っていた。

 堤防工事のみんなのお腹のために。

 だんだん思い出してくると手が早くなる。鼻歌まで出てくる。

「うまいわね!」

 サラがラナの手元を見ていた。

「家ではよくやってたの。」

 ラナに笑顔が浮かぶ。

 サラが籠いっぱいの人参を鍋にあけた。

 ラナも芋を鍋にいれる。

「さて、あとはクロルの仕事ね!」

「クロル?」

「さっき、芋洗いしてた男の子。」

「そうなの?」

「ここはね、グレンさまがイゼーロの若者に剣術を教えてくれるところでね、クロルは、グレンさま付きの小僧。

 私はこの近所に住んでて、まかないで雇われているの。」

「…。」

「じゃ、次はこっちも手伝って。」

 サラはまたラナの腕を掴んで、今度は外に出た。

 井戸のそばに洗濯物が山になっている。

「お洗濯!」サラが言う。

「お洗濯!」ラナも真似をする。

 二人の娘が顔を見合わせて声を上げて笑った。

 ラナが井戸から水をくみ上げた。

 大きなたらいに水をはって、敷布を洗濯板に叩きつけながらごしごし洗い始めた。

「おまえら、水を飛ばすなよ。

 冷てえじゃねえか!」

 井戸の向こう側にいたクロルが立ち上がって叫んだ。

「サラ! 皮むきは?」

「ラナと一緒に終わったわよ!」

「ここにもあるぞ!」クロルが叫ぶ。

「あとでね!」

 サラが大声で応じる。

 ラナも笑顔で洗濯を続けている。

 近くで蹄の音がした。

「おやおや、」

 騎上からシェリーがラナを覗き込んでいた。

 白金の髪がラナの頭上に垂れる。

「お嬢さんを下働きで雇った覚えはないんだけどねぇ。」

 シェリーが笑っている。

「えっと、」ラナが口ごもる。

「え、シェリー様、ラナはあたしとおんなじじゃないの?」

 サラがシェリーを見上げて、目を丸くした。

「悪いね、サラ。

 求人は出してるけど、ラナは違うんだ。

 彼女は、グレンのお客人。」

「えー!」

 サラの声が大きい。

「うるせえぞ、サラ!」

 クロルも負けずに大声を出す。

「ラナ、早く言ってくれればよかったのに!

 あたし、お客様にお芋の皮むきをさせちゃったわよ!」

 大声で笑ったのはシェリーだった。

「ラナは皮むき、上手いの?」

「クロルより、上手よ!」

 シェリーが馬から下りて、ラナが立ち上がった。

「よく来たね。」

「あの、グレン様にお会いできますか。」

「うん、今戻ってきたところ。

 グレン!」

 シェリーが呼びかけた方にグレンがいた。

 槍を肩に彼が近づいてきた。


 ◇◇◇


「そろそろ、戻らなくちゃいけなくてね。」

 マリーは空になったカップを皿に戻した。

「ラナ様は?」

「グレンに弟子入りしたよ。」

 マリーが眉間に皺を寄せる。

「まあ。」

 アインもカップを置く。

「もう三日もすぎるから、無事、弟子にしてもらったんだろう。」

「いいんですか、マリー様。

 公爵様の『彼女』でしょ。

 グレン様もシェリー様も手が早いですよ。」

「アインにまでそういわれるのかい、二人は。」

「領都の花街がにぎやかで。」

 アインが笑う。

「そこは大丈夫だ。

『みかわ糸』が彼女を護っている。」

「『みかわ糸』?」

「ギルバートの贈り物。」

「『他には渡さない』って?」

 アインがフフと笑う。

「贈り主も意味、分かってないですよね?」

「まあな。」マリーが笑う。

「奴は鈍い。

 それはそうと、マチュアとハルは?」

「ハルは、侍女に子守を頼んでいます。

 マチュアは、療治院へ。」

「療治院?」

「ええ。

 半年前のコルトレイでの流行り病、御存じですか。」

「ああ、真っ黒になって、ってやつだな。」

「同じような症状の患者が出たんです。」

 アインの声が小さくなり、マリーがまた眉間に皺を寄せた。

「『王立』が解決したはずだろう。」

「コルトの『王立』の行政官にお知らせしました。」

「え?」

「その時の薬師の方を派遣してくださるそうです。

 今日あたり、こちらに着くと。」

「また厄介な相手に…。」

 マリーが頭を抱える。

「こんな楽しそうなこと、奴は絶対に来る!」

 アインの執務室の扉が大きな音を立てて開いた。

「マリー!」

 叫びながら、赤毛の男が転がり込んできた。

 男はマリーに向かって突進してくる。

 マリーは男を紙一重にかわした。

 男がソファに顔をぶつける。

「許婚者にひどいなぁ。

 久しぶりなのに。」

 男は鼻先を撫でながら、マリーに微笑みかけた。

「『元』だろ。」

 マリーが苦々しく言う。

「だけどまだ、正式には婚約解消、されてないよ。」

 ジェイドは嬉しそうに答え、マリーが深く息をついた。

「で、いつ本題に入っていただけますか、行政官様?」

 二人のやり取りをアインが苦笑いを浮かべて止めた。


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