プロローグ
この村は薄暗い影に覆われている。
魔獣が現れたという知らせを受けて、ここへやってきた。
ギルバートは村の広場で辺りを見渡した。
人の気配がしない。
あるのは魔獣の気配だ。
彼の左手首の黒鉱石の腕輪がくるくると勢いよくまわっている。
街道から村の中心に至る間にも何体も魔獣を葬ってきた。
この村も既に魔獣に飲まれているのか。
広場の奥から、人影が現れた。
「騎士様~!」男の子の声だった。
それを追って四つ足の魔獣も現れる。
ギルバートは魔獣を屠るために走り出した。
銀色の刀身が魔獣の足を薙ぎ払うと、魔獣の身体は地面に横倒しになった。
魔獣の首を切り落として絶命させる。
子供はその隙間から姿を現した。
はい出てきた子供が、ギルバートのマントの裾にしがみついた。
「皆を助けて!」
ギルバートは子供を見下ろした。
大きな瞳に黒衣のギルバートが映っている。
彼は子供の身体を自分から離した。
「村人はどこだ?」静かに尋ねた。
「集会所です!」
「お前はどうして出てきた?」
「騎士様をお迎えに!」
「ぼくだと小さいから、魔物の下を通り抜けられるって!」
子供がギルバートの手を掴んで集会所へ引っ張った。
ギルバートの腕輪はクルクルと回りっぱなしだった。
「ここです! 騎士様!」
子供が集会所の扉を押し開けた。
中は暗く、空っぽだった。
「どういうことだ?」
子供の力とは思えない勢いで、ギルバートは中に突き飛ばされた。
床にぬめりがあって足元が滑る。
壁に触れた指先に赤いものが付いた。。
「食った。」子供の姿が不気味に笑った。両眼が赤く光る。
「美味くはなかったな。」姿には似合わない低い声だ。
「人魔か…」ギルバートが呟く。
ギルバートは左手の腕輪を振った。
腕輪が剣に変わり、左手に握られる。
「お前は美味いのか?」人魔が言った。
「さあな。」
ギルバートは飛びかかってきた子供の首を躊躇なく黒剣で刎ねた。
首は床に転がったが、首のない身体はギルバートの足にしがみついた。
足を振って払いのけようとしたが、外れない。
しがみついている腕を黒剣で掃う。
肘から切り落とされた身体が床に転がった。
その身体に向かって首が動き出す。
ギルバートの眼が赤く輝くと黒剣の縁が赤い線で彩られた。
その剣先を子供の眉間に突き立てる。
そこからどす黒い血が吹き上げた。
血があたりを汚すかと思われたが、それはギルバートの黒剣に吸い取られた。
左腕が重い。
あらかたの血を吸い上げると黒剣が腕輪の姿に戻った。
ギルバートが肩で一つ息をつく。
もう何度も経験しているが、いまだ、気持ち悪さは抜けきらない。
顔をあげて室内を見回すと食い散らかされた跡が壁に床にへばりついていた。
ふっと息を吐いて、外に出た。
従者のアマクが彼を迎えた。
「終わりましたか?」
「…人魔だった。村人はもういない。」
「焼却しますか?」
「ああ。」
アマクは集会所に向かって指を鳴らした。
その指先から火球が飛び出し、建物に移ると勢いよく燃え上がった。
火は燃え拡がり、村の建物を燃やした。
ギルバートは、燃え尽きることを見届けることなく、村を背にした。