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9.侯爵家の夜会

 兄クライツと共にエレムルス侯爵邸に到着したローゼリアは、エスコートをされながら馬車を降りた。すると、一気に周囲の視線をかき集める。

 二人を見て感嘆したように息を小さく吐く者もいれば、ひそひそと会話をしながら不躾な視線を送ってくる者もいた。


 だが、そんな視線をものともせず兄クライツは、優雅に妹のローゼリアをエスコートする。そしてローゼリアの方も周囲の視線を跳ね返すように凛とした立ち姿で兄からのエスコートを受けながら、侯爵邸内へと歩みを進めた。


 すると、二人が会場に一歩足を踏み入れただけで、一斉に参加者達の視線が注がれる。兄クライツはその容姿で女性達の視線を釘付けにしていたが、ローゼリアに対しては、一カ月程前に公の場で第三王子に婚約破棄宣言をされかけた話題の人物としての好奇心からの注目が多いようだ。


 だが、それ以上にローゼリアが注目されたのは婚約者時代では一度も着た事のない色合いのドレスを身にまとっていた事も目を引いたらしい。

 以前はプラチナブロンドの髪に白を基調とした色味の正装が多かったフィオルドに合わせ、ローゼリアは淡いエメラルドやラベンダー色の柔らかい色合いのドレスを着る事が多かった。


 しかし本日のドレスは、濃紺のドレスに繊細なレースが多岐に渡って施された大人っぽい印象を抱かせるドレスだ。

 淡い水色の髪と瞳を持つローゼリアは、本来濃い色味のドレスが映えるのだが、それを今まで婚約者だったフィオルドに合わせていた為、公の場ではなかなか着る機会がなかったのだ。それが今回、周囲にとっては珍しかったのか、特に男性からの視線を多く集めていた。

 その事に気付いたローゼリアが一瞬だけ、兄へと視線を向ける。


「お兄様、申し訳ございません……。わたくしと一緒に会場入りしたばかりにこのような注目を浴びる事になってしまって……」


 凛とした態度を維持しながら、静かに謝罪をしてくる妹に何故かクライツが勝ち誇る様な笑みを返す。


「注目大いに結構。そもそも今回は、お前の価値を周囲に再確認させる良い意味での注目だろう。お前は自信を持って胸を張って歩け」


 上機嫌な様子でそう返して来た兄にローゼリアが苦笑する。すると、二人の元へ今回の主催者であるエレムルス侯爵がやってきた。


「クライツ殿、そしてローゼリア嬢、この度は我が主催の夜会にご参加頂き、誠に感謝する」

「こちらこそ、お招きに預かりましてありがとうございます」

「侯爵殿、失礼ですが甥御殿下は今どちらに?」

「お兄様!!」


 不躾にフィオルドの所在を早々に確認し始めた兄をローゼリアが窘める。だが、その兄の態度にエレムルス侯爵は、豪快な笑みを返して来た。


「いやはや……。今回ローゼリア嬢をご招待した目的をクライツ殿には見抜かれてしまっておりますな。誠に面目ない……。だが、あれは一度言い出すと意地でもその目的を達成しようとする執着心が酷い為、こちらでも対応しきれず困っていて。ローゼリア嬢には誠に申し訳ないのだが……あの愚かな甥の謝罪の言葉に一瞬でも構わないので、耳を傾けて頂きたい。あれも今回の事はかなり反省をしているのでな……」

「王族の方から謝罪を頂けるなど恐れ多い事でございます。わたくしごときの耳でよろしければ、いつでも傾けさせて頂きとうございます」

「お心遣い、大変感謝する。それでは早速なのだが……」


 そう言って侯爵が、会場の奥にある仕切りが設けられているテーブル席の方へと視線をチラリと向けた。

 するとそこに座っていたプラチナブロンドの髪の青年がスクっと立ち上がり、ローゼリア達に深々と頭を下げてくる。

 それを確認したローゼリアも慌てて深く頭を下げたが、兄クライツはそれを一瞥しただけという不躾な態度を貫いていた。


「お兄様……」

「こちらが頭を下げる必要などない。悪いのはあちらだ」


 サラリと言い放つクライツの様子に侯爵が苦笑する。


「バカな甥の言い分を少しだけ聞いてやってくれ。もちろん、私も同席させて頂く」


 バツの悪い笑みを浮かべながら、二人をフィオルドの元に侯爵が誘導する。

 その後に続きながらもローゼリアは、こっそりと会場を見回した。もしかしたらハロルドも今回この夜会に参加しているのではないかと……。

 しかしザっと見回したが、その姿は確認出来なかった。


 すると、あっという間にフィオルドのいたテーブル席に着いてしまう。その瞬間、再びフィオルドが勢いよく二人に深々と頭を下げてきた。


「ローゼ……。この度は私の勘違いとは言え、大変申し訳ない事を……」


 そう謝罪始めたフィオルドに対して、クライツがあからさまに咳ばらいをする。


「フィオルド殿下。妹はもう殿下の婚約者ではございません。恐れ入りますが、愛称呼びはおやめ頂いてもよろしいでしょうか?」

「し、失礼した! この度は事実無根の罪でローゼリア嬢の名誉を傷付けてしまうような行動をしてしまい、大変申し訳ない……」

「お顔をお上げください。わたくしも婚約者として、フィオルド殿下に寄り添えなかった落ち度がございます。もう少し殿下との歩みよりに配慮致せばよかったと反省しております」

「だが、今回はどう考えても全面的に私に非がある! あの後、ハロルド兄上より滾々(こんこん)と事の真相を説明され、自身が信憑性のない噂のみの情報に大分踊らされていたと知り、大変恥ずかしく思っている……。その所為でローゼ……リア嬢にも多大な迷惑をかけてしまい、本当に……本当にすまない!!」


 かなり反省しているのか、両拳を強く握り絞めながら更に深々と頭を下げるフィオルドの様子に何故かローゼリアは安堵する。

 根本的にフィオルドは、自身が間違っているという事に気付けば、その非を受け入れ反省する事が出来る人間だ。その辺が我儘に育てられた令息によく見られる特徴には当てはまらない。基本的な部分では素直な性格なのだ。


 ただその素直過ぎる性格は、自分に対しても素直になり過ぎてしまう。

 その場合、自分にとって都合の良い解釈をしがちになるので、今回のような騒動を起こしやすい。その為、フィオルドは三兄弟の中では一番施政者には向いていないタイプとなる。


「とりあえず、座らないか? お前の言い訳は長引きそうだからな」

「叔父上……」


 深く頭を下げたまま動かないフィオルドに叔父のエレムルス侯爵が、全員席につくように促して来たので、ローゼリアは兄クライツと並ぶ様に長椅子に腰を掛ける。それを確認した後、フィオルドもエレムルス侯爵と並ぶように腰を下ろした。


 すると重苦しい沈黙が訪れる。

 それを最初に破ったのはローゼリアの一言だった。


「殿下、誰でも間違う事はございます。そこまでご自身を責めないでくださいませ」

「だが私は……」

「確かに今回の事でわたくしは、改めて婚約相手を探さなければならなくなりましたが……。そちらは殿下の兄君であるハロルド殿下より十分過ぎる程のお力添えを頂いております。それよりもあのままわたくし達が婚約を続けていた事の方が将来的にもっと大きな破綻が起こっていたと思います。殿下もわたくしもお互いに男女間に生まれる愛情と言う物は、恐らくどんなに時が経っても抱けなかったと思いますので」

「それは……」

「わたくしは殿下に対して、共に厳しい王族教育に立ち向かう『戦友』という感覚しか抱けませんでした……。殿下も同じようにわたくしに対しては将来の妻という感覚は抱けなかったのではないですか?」

「正直、私は君の事を口うるさい姉のような存在と感じていた……。だが、それは君が私と違って優秀な女性だったからだ。私が三日掛けて覚える事を君はたった一日で身に付けてしまっていたからな。それがいつの間にか劣等感を刺激され、嫉妬と言う感情を抱くようになっていしまっていて……」


 そう零したフィオルドは、悔しさからなのか膝上で拳を握り締め、唇を噛みしめた。その様子からあの騒動を起こした事を酷く後悔している事は十分感じ取れる。それでも本心をあまり口に出せていないのは、この場にローゼリアだけでなく、自身の叔父とクライツの存在があるからだろう。

 それを察したローゼリアは、エレムルス侯爵にそっと視線を向けた。


「侯爵閣下……恐れ入りますが、フィオルド殿下とお二人のみでお話させて頂く事は可能でしょうか?」


 ローゼリアのその申し出に侯爵よりも隣にいるクライツが、大きく目を見開く。


「ローゼ! それは―――」

「お兄様、お願い致します。もちろん、お二人にはこちらの様子を窺える場所に待機して頂いて構いません。ただ……お二人の前ではフィオルド殿下も口に出しにくいお話があるかと思います。わたくしは、その殿下の言い出せないお気持ちを確認したいのです」


 兄にそう訴えつつもローゼリアは、エレムルス侯爵を真っ直ぐに見つめた。

 すると侯爵が苦笑しながら、片手を上げる。


「あなたがそう望むのならそのように配慮しよう。しかし、甥があなたに無礼を働く可能性も否めない為、すぐに駆けつけられる場所から、あなた方を監視する事をご了承頂きたい」

「かしこまりました。そちらで構いませんので、どうかフィオルド殿下と話し合うお時間をくださいませ。お兄様もよろしいでしょうか?」

「……分かった。だが何かあればすぐに私を呼ぶのだぞ?」

「ええ。ありがとうございます」


 眉間に皺を刻んでいる兄に苦笑しつつ、席を立ってくれた二人を視線で見送ったローゼリアは、再びフィオルドの方へと向き直った。すると、フィオルドがゆっくりと口を開く。


「ローゼ……リア嬢、この度は本当に申し訳ない……」

「殿下、今は無理に愛称呼びを訂正されなくても構いませんよ。10年間呼び慣れているものを急に変更されるのは大変かと思いますので」

「すまない……。気遣いに感謝する。実は……今回の件に関しては兄上から事情を聞いた後、私なりに君に誠意を示せないかと考え、私に信憑性のない噂話を吹き込んで来た令嬢を何人か突き止めた。私は君の悪評を故意に広めようとしていた彼女達にも謝罪をさせたいと思い、現在動こうと思っているのだが……」


 以前登城した際に王妃アフェンドラが言っていた事だと瞬時に把握したローゼリアは、慌て始める。もしそれを実行してしまえば、貴族間での関係に亀裂が入ってしまう。

 今回、ローゼリアの悪評を流した令嬢達の中には、爵位の高い令嬢から強要され行っていた下級貴族の令嬢も多い。そうなれば彼女達の今後に大きな傷が残ってしまう。


 いくら強要されていたとは言え、他令嬢を陥れるような悪意ある噂話を吹聴した事は許される事ではないが……。ローゼリアのように王族との婚約をしていた人間にとっては、そんな嫌がらせは日常茶飯事だ。

 むしろそれくらいの嫌がらせを自身で撥ね退けられない方が、王族の婚約者としての能力を問われてしまう。尚且つローゼリアは、そのように身分が低くく、弱い立場の人間を守る側でなければならない。


 そもそも噂を広めるように指示した令嬢達の中には、ローゼリアよりも爵位が高い家柄の令嬢も多い。そんな令嬢達に謝罪させる事をフィオルドが強要すれば、その令嬢達の怒りは確実にフィオルドではなく、ローゼリアの方へ向かってくる。


 だが真っ直ぐでバカ正直過ぎる思考のフィオルドには、そのような状況が訪れる事を察する事が出来ない。

 貴族社会において嫉妬心からくる嫌がらせ等、毎回気にしてなどいられない。

 時には、それらに気付かぬふりをし、流す事も重要な社交スキルとなる。

 だが変なところで真面目過ぎるフィオルドは、何故かその辺りに一度拘り出すと徹底しなければという考えを抱きやすいのだ。


「殿下! その件の対応に関しましては、行動を起こさぬようお願いできませんでしょうか。わたくしとしては、この騒動に関してはあまり事を大きくしたくないのです!」

「だが君は名誉を傷付けられるような行為をされたのだぞ? その事に関してはしっかりとその令嬢達にも謝罪させるべきだと……」

「社交界での噂など一瞬で消えるものです。そのようなものに毎回対応していては、キリがございません。どうか、ここはわたくしに免じて、そのご令嬢方に謝罪の根回しをされる事は、お控え頂けないでしょうか?」


 テーブルに両手を付き、前のめりになってローゼリアが訴えると、フィオルドは顎に手を当て、考えるような仕草をする。


「君がそこまで言うのであれば、調べ上げた令嬢達に謝罪を強要する事はやめよう。だたし、誰がそのような噂を吹聴していたかを君には伝えておきたい」

「かしこまりました。あまりにも悪質な噂を流されていた場合は、そのご令嬢に対して、わたくしの方で言及するか判断させて頂きます」

「では後日、その令嬢達のリストを送らせて頂く」

「ありがとうございます」


 その会話で、ローゼリアの心配事が一つ片付いた。

 この事に関しては、王妃アフェンドラから聞かされてから、フィオルドが暴走しないか懸念していた事だったからだ。だが、これで令嬢達の謝罪の列がマイスハント家に出来る事はないだろう。

 その事で安心したからか、この後フィオルドから放たれる言葉にローゼリアは、かなり油断していた。


「ローゼ、実は謝罪とは別件で、君に確認したい事があるのだが……」

「まぁ。何でしょうか?」

「その……君は現在シャーリーと親しい間柄と聞いたのだが、それは本当か?」


 その質問を聞いた瞬間、ローゼリアの中で嫌な予感が広がる。

 だが、そんな相手の様子に気付かないフィオルドは、やや俯き気味で言いづらそうに口をモゴモゴさせた。その頬は、仄かに朱色を帯びている。


「そう……ですね、王妃殿下よりお茶のお誘いを頂いた際、よくご一緒になるので……親しいと言えば親しいかと」


 やや目を逸らしながらそう答えたローゼリアだが、現在はお茶会で会話するどころか、フィオルドからの猛アプローチに悩むシャーリーからの相談を手紙で受け、そのやり取りを頻繁に交わす程、親密さは深まっている。


 その後ろめたさが、目を逸らすと言う行動を無意識に引き起こしてしまった。

 普段は相手の心情を思い込みで考察し、見事過ぎる程に見当違いの答えを導き出すフィオルドだが、こういう時は目ざとく相手の行動観察眼が冴えるらしい。


「では、シャーリーと踏み込んだ会話等、出来る間柄なのか!?」

「ええと……それなりに……」


 思わず本当の事をこぼしてしまったローゼリアは、失敗したとすぐに後悔する。

 だがフィオルドの方は、その返答を聞いて期待に満ちた視線をローゼリアに投げかけてきた。


「ローゼ! 君に是非頼みたい事がある! 実は……この一カ月間、シャーリーに謝罪と私の気持ちを綴った手紙を送り続けているのだが、多忙を理由に明確な返答が貰えない状態が続いているんだ!」


 そのフィオルドの訴えにローゼリアは、軽く天井に視線を逸らす。

 何故ならそのフィオルドからの手紙アプローチの件で、現在シャーリーから、かなり相談をされている最中なのだ……。

 その為、そのフィオルドの悩み相談には、返答に困ってしまう。

 だがそんな様子に一切気付けないフィオルドは、更に瞳をキラキラさせながらローゼリアが懸念していた内容で懇願してきた。


「ローゼ! もしシャーリーと打ち解けた間柄であるのならば、私がいかに彼女を想っているか、君からやんわりと伝えて――――」


 しかし、フィオルドがシャーリーへの熱い想いを訴えようとした瞬間、ローゼリアの横を何かが勢いよく通り抜けていった。

 同時にフィオルドの顔面が、その人物の大きな右手でガッチリと鷲掴みにされる。


「お前は……何故、元婚約者の女性に別の女性との仲を取り持って貰おうとしているのだ……?」


 地を這うような低い声で問い掛けながら、フィオルドの顔面をギリギリと締め上げ始めたその人物は、いつの間にかローゼリア達の元に駆けつけてきた第二王子ハロルドだった。

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2025年7月25に書籍化します!
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『瞬殺された断罪劇の後、殿下、あなたを希望します』

 発売日:7/25頃出荷予定
(店頭には7/26~28頃に並ぶ?)
 お値段:定価1,430円(10%税込)
 出版社:アルファポリス
レーベル:レジーナブックス

※尚、当作品はアルファポリス様の規約により『小説家になろう』からは、7/23の18時頃に作品を引き下げます。
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