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8.侯爵からの招待状

 その後、ローゼリアは自宅に戻るなり、今回ハロルドから渡された三冊の釣り書が入った黒革のファイルを父に手渡そうとした。

 しかし、いつの間にかサロンに入って来たクライツが、それを横から掠め取る。


「お兄様!?」

「父上よりもお前の婚約者候補に選ばれた貴族令息達と年が近い私が、まずは確認した方が効率はいいだろう?」


 そう言って、ローゼリアから奪った黒革のファイルを手にしながら、サロンの長椅子にドカリと腰を下ろした長男にローゼリアだけでなく、父も盛大に息を吐いた後、苦笑を浮かべる。


「ならば初めの篩掛けは、お前に任せた方が良さそうだな。ローゼ、もし今回の候補者で気になる人物がいたら、まずはクライツに選定をして貰いなさい」

「お、お父様!」


 そう言って、釣り書の奪い合いをしている兄妹を残し、サロンを出行く父にローゼリアが縋る様な視線を向けた。だが、そんな妹の様子を一切気にしない兄クライツは、長椅子に座りながら長い脚を高らかに上げて足を組む。

 そして三冊の黒革のファイルの中身を交互に物色し始めた。

 その太々しいとも言える兄の自由奔放な様子にローゼリアが呆れ気味な表情を返す。だが、しばらくするとクライツの眉間に軽く皺が浮かんだ。


「やはり私の予想通り、今回も婚約者候補の質が落ちているな。これならば初期にハロルド殿下からご紹介頂いたライデント伯爵家やクレイバース伯爵家、ミルツナイト侯爵家が一番条件の良い婚約相手だったではないか……」

「ですが、その三家が治める領地は、西寄りで王都からも離れております」

「確かに西側の領地では父上が計画している果実酒の売り出しには、全く役には立たんな」

「ですから、本日ハロルド殿下には、王都から離れた領地でも東の隣国寄りの領地を管理されている貴族であれば、前向きに検討させて頂く事をお伝え致しました。今回では、こちらのミオソティス伯爵家のご令息等、お父様がお考えの新事業開拓にわたくしの婚約が大いに貢献出来るかと……」


 すると、何故かクライツが大きく目を見開いた後、顎に手を当てて考え込む。

 その反応にすぐに気付いたローゼリアは、コテンと首を傾げながら兄の顔を覗き込んだ。


「お兄様? どうかされましたか?」

「お前は、こちらのミオソティス家のご令息を気に入ったのか?」

「気に入ったというか……。このお三方の中では今後、我がマイスハント家にとっては一番有益となる婚約者候補の殿方かと思いまして」

「有益……。なるほど、分かった。ならばルシアンには、お前が婚約者候補として前向きに検討している事を伝えても構わないな?」


 兄のその返答に今度は、ローゼリアの方が大きく目を見開く。


「ルシアン?」

「彼はアカデミー時代に私が親しくしていた友人の一人だ」


 兄からの突然の情報にローゼリアが、慌てた様子でルシアンの釣り書を確認すると、年齢が兄クライツと一緒である事を初めて知る。


「ではルシアン様は、お兄様のアカデミー時代のご学友という事ですか?」

「ローゼ、お前は表情が乏しい癖に口元には感情が出やすいな」


 兄のその指摘にローゼリアは咄嗟に口元を右手で隠す。

 だが、兄は妹の口元が微かに引きつった瞬間を見逃さなかったらしい。

 ローゼリアの様子を面白そうに観察しながら、意地の悪い笑みを浮かべた。


「先程のわたくしは、それほど感情が口元に出ておりましたか……?」

「ああ。まさに『このまま話を進められては困る』という反応だったぞ?」

「…………」


 恐らくローゼリアのその表情の変化は、他の人間では一切気付けないだろう。

 だが兄クライツは、長い時間を共に過ごして来ただけあって、妹のその微妙な変化にすぐ気付いてしまう。只でさえ食えない性格の兄に内心を見抜かれやすい事を再認識したローゼリアは、盛大に息を吐く。


「お兄様には、本当ーに敵いませんわね……」

「兄の偉大さを再認識したか?」

「いえ。偉大さと言うよりも腹黒さを再認識させて頂きました」

「お前は……」


 自分と同じように口の減らない妹の返答にクライツが、あからさまに呆れ顔を浮かべる。だが、それでも先程のローゼリアの反応はしっかりと拾う。


「結局、ルシアンとの話は前向きに検討しているという事でいいのか?」

「お兄様は、先程のわたくしの反応から前向きではないと察してくださったのではありませんか?」

「察しはしたが、友人の要望も多少は受け入れてやりたい気持ちがある」

「要望って……。ルシアン様は、そこまでわたくしをお求めとは思えないのですが……」

「そんな事、本人に実際に確認してみなければ分からないだろう? まぁ、近々お前が参加予定の夜会情報を教えておこう。その情報を聞き、あいつがその夜会に参加すれば、多少なりともお前に対して好意を抱いているという事になるからな」

「お兄様……完全に楽しんでいらっしゃいますわね?」

「当たり前だ」


 そんな会話をしながら、今回ハロルドから渡された婚約者候補の釣り書を物色していた兄妹だが……。結局は、今回もこれと言って決定打となる条件を持つ令息達ではなかった。唯一可能性があるとしたら、クライツの学生時代の友人だったルシアンくらいだ。


 結果、このまま話を進めるか、それとももう少しハロルドが見繕ってくる婚約者候補を待つかで悩むローゼリアを兄クライツが面白がって、ちょっかいをかけるという状況が一週間ほど続いた。


 しかしその話題は、父が二人の元に持ってきた一通の手紙の存在で一気に蔑ろにされる事となる。釣り書を眺めるローゼリアをクライツがからかっていると、渋い表情を浮かべた父がサロンに入って来たのだ。


「お父様? そのように眉間に皺をよせられて、どうされたのですか?」

「父上、これ以上お顔に皺を増やすご趣味でも?」

「皺も増やしたくなる……。二人共、この手紙は一体誰から来たと思う?」


 そう言って父親がズイっと差し出して来た手紙の封蝋印を二人が凝視する。


「そちらの封蝋印ですと……」

「エレムルス侯爵家のものですね」

「そうだ。あのバ……第三王子フィオルド殿下が現在滞在されているあのエレムルス侯爵家のものだ」


 兄同様、明らかに不敬と見なされる言い方でフィオルドを称しようとした父にローゼリアが白い目を向ける。そんな娘の視線から逃れるように父が、フイっと目線を逸らした。その様子をクライツが面白そうに眺めながら、口を開く。


「それで、その手紙は何と書いてあるのです?」

「一週間後にエレムルス侯爵家で行われる夜会の招待状だ」

「ですが、今あの侯爵邸にはあのバカ王子が滞在しておりますよね? その夜会が行われる日にエレムルス侯爵は、あのバカ王子をどこかに追いやってくださるのでしょうか? ローゼとは鉢合わせ等させたくないのですが」


 ついに堂々とフィオルドを『バカ王子』呼ばわりした兄に対して、ローゼリアが盛大に息を吐く。


「お兄様。王族に対して不敬になりますわよ?」

「バカをバカと正直に口にしたぐらいで、あの寛大な両陛下ならば、お許しくださると思うが? そもそもすでにフィオルド殿下は王子とは思えぬ程の雑な扱いを受けているではないか」

「…………」


 呆れ顔の兄の言葉に何も言い返せないローゼリアは、思わず口を噤む。

 何故なら王妃アフェンドラが、すでにフィオルドを雑に扱っていたからだ。

 その妹の反応にクライツがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「本人を前にして口にしている訳ではないのだから、そこまで目くじらを立てるな。父上も同じお考えでは?」


 息子のその言葉に父が盛大なため息を返す。


「流石の私も『バカ王子』呼ばわりはしないぞ?」

「お兄様、お聞きになりました? お父様もこうおっしゃって……」

「だが、バカだとは心の底から思っている」

「お父様!!」


 親子揃って第三王子を『バカ』呼ばわりする様子に今度はローゼリアが盛大なため息をついた。そんな娘の反応に苦笑しつつも、父が再度確認する。


「それでローゼ。お前はこのエレムルス侯爵殿のお誘いにどう返答する?」


 先程の兄と同じような意地の悪い笑みを浮かべた父に呆れ果てたローゼリアが、小さく息を吐く。


「王弟でもある方からのお誘いをお断り出来るとでも? もちろん、ご招待に応じます」


 すると、クライツが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「お前は本当にエレムルス侯爵家主催の夜会に参加するのか?」

「侯爵家からのお誘いです。お断りする訳にはまいりません」

「だが、あそこにはバカ王子がいるぞ?」

「むしろフィオルド殿下との面会を目的とされているご招待かと」

「いいのか? また不快な思いをさせられるかもしれないぞ?」

「このままわたくしが面会に応じない事の方が、王家並びにエレムルス侯爵家の方々に損害を招き続けると思いますが?」

「確かに……王家の影は、あのバカ王子の暴走を抑え込む為、かなり疲弊気味だとリカルド殿下が愚痴をこぼされていたからな」

「フィオルド殿下ですからね……。あの実直で不屈の精神をお持ちなのは、わたくしも見習わせて頂いた方が良いかもしれませんね」

「いや、あれを手本にしたら、かなり迷惑な人間になるぞ?」


 そんな兄妹の会話を聞いていた父が、今日何度目かの苦笑を浮かべた。


「わかった。ならば、この夜会のご招待はお受けすると侯爵殿には返答しておこう。ただし……」


 そう言ってチラリと息子のクライツに視線を向ける。


「クライツ、お前もローゼの付き添いで参加するように」

「お待ちください! 何故お兄様までも……」

「あのバ……フィオルド殿下が、大人しく謝罪のみで済ますとは思えない」

「お父様……またフィオルド殿下の事を不敬に値するような呼び方でなさろうとしましたわね?」

「気のせいだ」


 兄と同じような返しをしてきた父に親子の濃い血の繋がりを感じたローゼリアだが、その表情はかなり呆れ顔だ。

 そんな真面目過ぎる妹の頭をクライツが、クシャリとさせながら軽く撫でる。


「安心しろ。もしあのバカ王子との話し合う状態になってしまったら、私がお前の横にピッタリと張り付こう」

「お兄様は、本当にわたくしに対して過保護過ぎますわね……」

「いや、正直あのバカ王子の今後の行動が、面白そうで見てみたいという好奇心の方が強い」

「もうお好きになさってください……」


 こうして一週間後、兄クライツと共に王弟でもあるエレムルス侯爵邸で行われる夜会に向かったローゼリアだが……。

 しかしその夜会にはフィオルドだけでなく、もう一人予想外の人物が参加している事にこの時の二人は知る由もなかった。

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