婚約者の魅力(前編)
7/12に書影の公開が解禁になったので記念SSとして書いてみました。
本編を未読の方は合わせてお読みください。
ローゼリアは困り果てていた。
真剣な面持ちで女性が男性にときめくポイントを質問してくる目の前の第三王子の存在に。
「やはり堂々とした振る舞いが女性の心を掴むと思うのだが、君はどう思う?」
「どうと言われましても……」
曖昧な返答で流しながら、フィオルドからスッと目を逸らす。
ローゼリアは自身が開発した果実酒の市場販売の準備のため、一週間前から婚約者のハロルドが治める侯爵領の邸に滞在していた。
そこに彼の弟である第三王子フィオルドが、先触れもなしに突撃してきたのだ。
ちなみに唯一この暴走しやすい彼を一喝できる頼もしいハロルドは、果実酒の製造状況の最終確認の為、二日前から不在である。
敢えてそのタイミングを狙ったのか……。
現在の彼女は、元婚約者のフィオルドから恋愛相談をされているという何とも奇妙な状態に陥っていた。
「最近は若い令嬢たちの間で逞しい男性が人気だと聞いたのだが、違うのか?」
「どうなのでしょうか……。確かに憧れを抱く女性は多いと思いますが、その一方で威圧的で恐怖を感じるという方もいるので……。世間的に人気のある男性は、リカルド殿下のような紳士的な男性かと思います」
「そういえば騎士達も体を鍛えすぎると、女性に怯えられることがあると嘆いていたな。君としてはシャーリーの好みはどちらだと思う?」
「それはシャーリー様でないとわからないので、わたくしではお答えできません……」
「確かにそうだな。だが、もし彼女の好みが逞しい男性だった場合、私はさらに体を鍛え上げなければならない!」
そう息巻くフィオルドは、国内最強といわれるエルムルス騎士団で過酷な訓練を受けながら、兄の傘下となる子爵領の領主に就任する準備を行っている。
そんな多忙な状況下で、さらなる高みを目指すそうとする心意気は立派だ。
だが、何事にも限度というものがある。
現状のフィオルドはそこそこ引き締まった体つきになっているので、これ以上鍛えてしまうと美人顔をした筋肉隆々の気持ちが悪い見た目になる可能性がある。
それだけは何としてでも阻止しようとローゼリアは説得にかかる。
「恐れながら申し上げます。殿下はこれ以上、筋肉をつけられないほうがよろしいかと思います」
「何故?」
「殿下は王妃様譲りの中性的で大変整ったお顔立ちです。そのような見目麗しいお顔で筋骨逞しい体格になられては、全体のバランスがおかしなことになってしまいます」
「なるほど。確かにこの顔で筋肉隆々では気持ちの悪い見た目になるな」
その呟きにローゼリアが激しく同意するように何度も頷く。
「ならば私の場合、どの部分で彼女を惹きつければいいのだろうか。世の女性が男性のどのようなところに魅力を感じるのか、わからない……」
そうこぼすフィオルドが、悩ましげに盛大な溜め息をつく。
いっそシャーリーに直接好みを聞いてしまえば早いのだが、それを提案してしまうと確実に自分がその役目を担わされることを察しているローゼリアは、敢えて口を閉ざす。
しかし沈黙に徹したことで、すぐに後悔することになる。
苦悩の表情で考え込んでいた第三王子が予想外な方向に思考を展開させたからだ。
「ちなみに君は男性のどのような部分に魅力を感じる?」
「わたくしですか?」
「ああ。来年挙式を控えているとはいえ、君も若い令嬢だ。参考として意見を聞きたい」
「そう言われましても……わたくしは、これといった好みの男性像がございません」
現状ハロルドと婚約して一カ月ほど経つローゼリアだが、はじめから彼が理想の男性であったというわけではない。
婚約者の紹介を受けているうちに徐々に彼に惹かれていったのだ。
「なるほど。君の場合、好意を抱いた兄上そのものが理想的な男性ということになるのか……」
「そ、そういうわけではないのですが」
変な方向に解釈されだしたので慌てて訂正する。
するとこの第三王子は、さらなる爆弾発言を投下してきた。
「ならば、君が兄上に恋心を抱いた切っ掛けを教えてくれないか?」
「は……い?」
「その時の兄上の行動は、一瞬で君を虜にするほど魅力的な動きをしていたのだろう? 兄上のように振舞えるかどうかは別として、今後の参考に是非、教えてほしい」
真剣な表情で問い詰めてくるフィオルドに、ローゼリアは表情に出さずに困惑する。
ハロルドに惹かれる切っ掛けとなった出来事。
それは当時婚約者だったフィオルドを彼が全力で殴り飛ばした瞬間だったのだ。
流石に本人を前にして「彼があなたを殴り飛ばした瞬間です」とは口が裂けても言えない。
「申し訳ございません。その……ハロルド様への気持ちを自覚したのは大分後でして。いつの間にかお慕いしていたとしかお答えできない状態です」
そう返すも、かなり恥ずかしいことを口走ってしまったので顔に熱が集中する。
その反応に珍しく気づいたフィオルドが苦笑した。
「すまない。今のは愚問だった。人が恋に落ちるのは一瞬なのだから自覚などできないな。私もシャーリーに心を奪われた時は彼女が光輝いているように見えたことに焦り、その気持ちが恋心だとすぐには気づけなかった」
どうやらフィオルドの恋の落ち方は、典型的な一目惚れだったようだ。
なんにせよ、このままシャーリーへの惚気話にすり替わることをローゼリアは切に願った。
しかし空気が読めないことに定評がある第三王子からは、簡単に逃げることなどできない。
「ならば質問を変えよう。君が兄上の魅力的だと感じる部分を全部教えてくれ」
「ぜ、全部ですかっ!?」
あまりにも予想外な返しにローゼリアが素っ頓狂な声をあげる。
「ああ。兄上は優秀すぎるので私では能力的に真似できないことが多い。ならば、君に兄上の好ましいと感じる部分をできるだけ多くあげてもらい、参考にできる部分がないか検討したい」
そう力強く主張してきた第三王子の対応にローゼリアが困惑しはじめる。
「その……人真似では女性は心動かされないと思います。それよりも殿下には殿下しかお持ちでない魅力がございますので、お兄様の真似をなさるよりもその部分を伸ばすことに尽力されてみてはいかかでしょうか」
「確かに一理あるな……。ならば私にしかないその魅力的な部分は何なのか教えてくれ」
「え?」
「君が言ったのだろう? 私にしかない魅力というのは、どういうものだ?」
「え、ええと……」
ローゼリアは、必死でフィオルドの女性に好まれる部分がないか考えを廻らす。
「殿下の目標に向かってひたむきに努力を続けられる姿勢は大変素晴らしい部分だと思います」
「対人関係では相手への過剰な執着行為になると、兄上から指摘されたばかりなんだが……」
「こ、行動力! 殿下には、並々ならぬ行動力がございます!」
「後先考えずにその行動力を発揮したせいで、今回君に多大な迷惑をかけただろう?」
「な、なによりも殿下は隣国で話題になるほどの大変整ったお顔立ちです」
「確かに女性にとって魅力的な顔の作りかもしれないが……。それならば何故シャーリーは、すぐに私に好意を抱いてくれなかったんだ? それは彼女が人の内面部分を重視する女性ということだ。それでは彼女にとっての魅力的な部分には該当しない」
何故か妙に冴えわたる返しをしてくるフィオルドに戸惑いながらもローゼリアは、必死でまだ挙げていない彼の長所を絞り出す。
「で、殿下には不思議と人を惹きつける魅力がございます。何と申しますか……こう放っておけないような、つい手助けしたくなるような……そんな魅力です!」
「それは女性の庇護欲を掻き立てやすい人間という意味か? ローゼ……それは魅力的な部分ではなく、情けない部分だ」
「…………」
何故、今日に限って思考が冴えるのだろうかと、ローゼリアがガックリと肩を落とす。
その背景には、小言をこぼしながらも手を差し伸べてくれる兄ハロルドが、現状すぐに相談できる距離にいるということが大きく影響している。
的確な助言をしてくれる次兄をこの第三王子は、無自覚に崇拝しているのだ。
兄にすぐ相談できる環境が彼の考えに自信を与え、冴えわたる思考力を発揮しているようだ。
だが今は、そんな状況分析をしている場合ではない。
他に魅力的な部分がないかとローゼリアは、必死で思考を巡らせる。
だがフィオルドの場合、長所と短所が表裏一体となっていることが多い。
そのため魅力的な部分と断言するには、やや説得力に欠けるのだ。
フィオルド本人もここ最近、自身の欠点を見直しているので素直に受け止められない様子だ。
それでも自分の中に魅力に繋がる部分がないか、探し求めずにはいられないのだろう。
だが、今のやり取りでそれは望みが薄いと悟ったらしい。
「やはり君が惹かれた兄上の魅力的な部分を教えてもらったほうが早いな」
その呟きにローゼリが、ビクリと肩を震わせる。
「ローゼ、頼む。恥ずかしがる気持ちは分かるが、私には他に打開策が思いつかない……。君が魅力的だと感じる兄上の好ましい部分を全て教えてくれ」
「そ、それはちょっと……」
「兄上にはけして口外しないと約束する! だから教えてくれないか? 私は……少しでもシャーリーが魅力的だと感じる男性になりたいんだ!」
真剣な眼差しで切望してくる第三王子にローゼリアも折れる。
「わかり……ました。ですが、ここだけのお話にしていただくようお願いいたします」
「もちろん! 約束は必ず守る!」
期待に満ちたキラキラした瞳を向けてくるフィオルドに思わず苦笑が漏れる。
だが、これからかなり恥ずかしいことを口にしなければならないため、ローゼリアは羞恥心に負けないように気合いを入れる。
「それで? 君は兄上のどういう部分に魅力を感じるんだ?」
「一番は、やはりハロルド様の凛々しさでしょうか。堂々とした振る舞いや、はっきりと物事を口にされるご様子は、とても頼り甲斐を感じます。特に人を射貫くような力強い瞳は大変魅力的で……わたくしも初対面時は思わず見入ってしまいました」
「確かに兄上の目力は凄い。そしてはっきりとした物言いをなさるところは弟の私でも惚れ惚れするような男らしさを感じる!」
何故かフィオルドが誇らしそうな様子で同意するように何度も頷く。
しかしそんな彼は、すぐに落胆の色を見せた。
「だが、その凛々しさを私が参考にするのは、かなり難しい。私では小者が威張り散らしているような印象になってしまう……。あの堂々とした振る舞いは兄上であるから魅力的に作用する」
やけに的確に自己分析をしたフィオルドの言動に思わずローゼリアが噴き出しそうになる。
「他にはどうだ? できれば私でも真似ができるようなことで!」
「そうですね……。ハロルド様は、とても深い包容力もお持ちです。わたくしが悩んでいると、すぐに察してくださいますし。隣にいてくださるだけで絶大な安心感を与えてくださいます」
「それは……私でも真似ができることなのか?」
「ど、どうでしょうか」
「絶対に無理だ……。むしろ、私は毎回兄上に手助けしてもらっている側の人間だ……」
ガクリと肩を落とす第三王子の様子にローゼリアが憐憫の眼差しを送る。
どうやら彼は、兄に頼り癖があることを一応、自覚しているらしい。
同時に自分に包容力が皆無なのも理解しているようだ。
「あとは決断力の早さでしょうか。的確に状況を把握され、思い切った決断を躊躇なくされるところは、流石王族というか……。とても頼もしく感じます」
「ローゼ……。私も一応、王族なのだが、その決断力はあると思うか?」
「えっ!? そ、それは……」
「いや、いい……。自身がそれを持ち合わせていないことは、しっかり把握しているつもりだ……」
兄であるハロルドの魅力的な部分を口にすればするほど、弟のフィオルドが落ち込んでゆく。
その状況からローゼリアは、軽く罪悪感を抱く。
そもそもこの兄弟は、見た目も性格も正反対である。
根本的に持っている資質が違うので、参考にしようという考え方が間違っているのだ。
だが、それでも兄への憧れが強い第三王子は、少しでも近づきたいという思いが強いらしい。
「とりあえず私が兄上のようになれないことは理解した……。だが、真似るだけなら私にもできることがあるはずだ。そのためにもまず兄上が好意を抱く女性にどのような接し方をされるか知る必要がある!」
どうしても兄のようになりたい彼は、まずはその行動を真似て形から近づこうとしているようだ。
だがその考え方にローゼリアは、雲行きの怪しさを感じはじめる。
すると案の定、フィオルドはとんでもないことを要求してきた。
「ローゼ。君が兄上からかけられた言葉や接し方で、激しく胸がときめいた状況を全て教えてくれないか?」
あまりにも羞恥心を掻き立てられるその要望にローゼリアは、ビシリと固まった。
7/11の16時頃に思いっきり三行ほど丸っと削除されている状態のものを投稿してしまっていたことに気づいて、一部修正しました。(-_-;)
読んでて「ん?」となった方がいたら、ごめんなさい!