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24.最後の紹介

 翌日ルシアンは手紙で呼び戻された事もあり、朝早くに自身の父親が治めるミオソティス領に戻って行った。兄クライツの話では、ルシアンが行っていた新たに取り引きを始める交易品の申請は、すでに三日も前に終了していたそうだ。


 それでも領地に戻らなかったのは、ローゼリアとの関係醸成をしたかったからなのだろう。そう説明しながら呆れ気味な兄の様子にローゼリアが苦笑する。


「ルシアンは、昔から人当たりの良い雰囲気をまとう事に長けていて、初対面の相手でも警戒心を一気に無効化させる特技があるからな……」

「ではルシアン様は、かなり高い対人スキルをお持ちなのですね」

「対人スキルが高いという言い方をすれば聞こえは良いが、彼のその特技はただの人タラシなだけだ」

「ですが、そのスキルは交渉等をされる際は、かなり有益な武器となるではございませんか?」

「なんだ、ローゼ。お前も早々にルシアンに懐柔させられた口か?」

「お兄様……」


 今度はローゼリアが呆れ気味な表情で兄に視線を向ける。だがクライツの方は、何故か楽しそうにニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「まぁ、私としては友人であるルシアンが、義弟になるという未来もなかなか面白い状況になる」


 クライツのその言葉に一瞬だけローゼリアの動きが止まる。そんな妹の反応を楽しむようにクライツは更に口の端を上げた。


「だがお前は、ルシアンをそういう対象としては見ていなかったようだな」

「………………」


 兄からの見透かす様な言葉にローゼリアが、俯きながら押し黙る。するとクライツは珍しく両眉を下げ、やや淋しそうな表情を浮かべた。


「正直なところ、ルシアンならば私は安心してお前を任せる事が出来る」


 クライツのその呟きにローゼリアの肩がビクリと反応した。


「だが出来ればお前には、自分自身の意志で選んだ相手と一緒になって欲しい。貴族社会では政略的意味合いの婚姻が多いが、お前の場合は元婚約者のバカ王子がやらかしてくれたお陰で、選び放題な状況だ。しかも紹介される婚約者候補は、第二王子が直々に選別してくれた優良物件ばかり。ならば……」


 そこで一度言葉を切ったクライツは、珍しく優しい笑みを浮かべながら、ローゼリアの頭をポンポンと軽く撫でる。


「お前自身が一番添い遂げたいと思う男を選べ」


 兄からのその言葉にローゼリアが驚きながら、ゆっくりと視線を向ける。だが、その表情はすぐに困り果てたという表情に変化した。


 貴族同士の婚姻は、どうしても政略的な意味合いで考える事が当たり前となっている。そうなれば、今回ハロルドから紹介された婚約者候補の中で、一番マイスハント家にとって有益な相手はルシアンになる可能性が高い。

 まだ紹介を受けていない三人の貴公子が、どれ程優良物件だったとしても交易関係に関して一番利益を上げられる相手はルシアンなのだ。


 ローゼリアにとってルシアンは、好意的な関係を築く事が出来る相手ではあるので、将来の伴侶になったとして、それなりに幸せな結婚生活は送れるだろう。だが、それはあくまでも『それなりに』だ。

 先程のクライツの言葉には、その部分を妥協しないで欲しいという意味が込められている事をローゼリアは読み取ってしまった。


 だが、それでもローゼリアが選ぶ相手はルシアンとなる。

 何故ならば、次にハロルドから紹介される好条件の婚約者候補達の中には、ローゼリアが本当に選びたい相手が候補には入っていないからだ。

 その状況を知りつつ、敢えてローゼリアが望む相手を選べと言う兄は意地が悪い。

 そう感じてしまったローゼリアは、挑む様な笑みを兄クライツに返す。


「ええ、もちろん。マイスハント家の利益とは関係なく、わたくし自身が添い遂げたいと思える男性を選ばさせて頂きます」


 クライツに不敵な笑みを浮かべながら言い切ったローゼリアだったが……。

 それから三日もしない内にハロルドから手紙が届いた為、二週間後に登城する事になった。それが最後の婚約者候補選びの機会になる事をローゼリアは察する。


 同時に今後は、もう気軽にハロルドと面会が出来なくなる事が現実味を帯び始める。その所為で城に向かう馬車の中での会話が少なくなった妹にクライツが苦笑した。


「二週間前の強気な姿勢が一気に無くなったな」

「お兄様は、やはり意地悪です……」

「そんなに思い詰めて考えなくてもいいと思うぞ? もし乗り気でないのならば『今回は、まだ考える時間が欲しい』と伝え、返答を先延ばしにして貰えば済む事だろう」

「ですが……ルシアン様に至っては、ご紹介頂いてからお日にちもそれなりに経ってしまっておりますし。これ以上、返答でお待たせする訳には……」

「交流期間がまだ一カ月やそこらの相手を伴侶に選ぶ方が、リスクが高いと思うぞ?」


 意外にも現実的で、冷静な状況判断をしてきた兄にローゼリアが少し驚く。


「お兄様は……わたくしとルシアン様との縁を望まれていたのでは?」

「いいや? まぁ、友人が義弟になるかもしれないという状況は、それなりに面白そうだが……。まずはお前が望んだ相手と添い遂げる事を重視しているつもりだ。そもそも義弟になったルシアンの反応を楽しむよりも、好きな男と一緒になった時にお前のその死んだような表情筋がどう変化するのか、見物する方が面白そうだからな」

「妹の反応を鑑賞する事に楽しみを見出さないでください……」

「それだけお前が感情を顔に出す機会は、貴重過ぎるという事だ。ならば安定しか感じられないルシアンを伴侶にするよりも、ちょっとした事でお前を一喜一憂させてくれる男と添い遂げてくれた方が、お前は面白い反応する機会が増えるだろう? そして私にとっては、その方がお前を揶揄えるので楽しめる」

「お兄様……」


 クライツを恨みがましそうに視線を送るローゼリアだが、いつの間にか自分の口数が増えている事に気付き、兄の心遣いに苦笑した。減らず口が多い兄だが、誰よりもローゼリアの事を気遣ってくれる。

 今回も今から自分の人生の岐路に該当する選択を迫られ、緊張している妹の気持ちをほぐそうとしての行動だろう。


 そんな兄からの気遣いを受けていたら、馬車が大きく旋回を始める。

 その動きで王城の中に入った事に気付いたローゼリアは再び緊張で体が強張ってしまい、隣のクライツを更に苦笑させた。


「先程も言っただろう。そこまで深く思い詰めて考えるなと。返答を先延ばしにして問題ないからな」

「分かっております……」


 そう答えたローゼリアだが、今回に関しては確実にハッキリとした返答をハロルドから求められると感じていた。その背景には、二週間前にハロルドから届いた手紙で『これが最後の紹介になる』という言葉があったからだ。


 ハロルドも公務で忙しい身だ。

 その貴重な時間をいつまでもローゼリアの為に費やして貰う事にも罪悪感がある。だからこそ今日は良い返答が出来るようある程度の覚悟を決めて、ローゼリアは登城に挑んだつもりだった。

 しかし実際にその時間が近づくと、身体が更に強張る。


 そうこうしているうち馬車は城の入り口前に到着してしまう。

 キッと停車する馬車の感覚が更にローゼリアに緊張感を与え、不安な気持ちも煽ってくる。そんな強張った表情の妹の手を取り、クライツがローゼリアの下車を促して来た。


「ローゼ。もう少し気楽に考えろ」

「無理です……」


 そんな短い会話をする兄弟をハロルドの側近と、何故か王太子リカルドの側近が出迎えた。


「クライツ様、そしてローゼリア様。この度は主の呼びかけに応じて頂き、誠にありがとうございます。恐れ入りますが、ローゼリア様はハロルド殿下の執務室に。クライツ様はリカルド殿下が少々お話をされたいとの事で、お二人をそれぞれ別のお部屋にご案内させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「リカルド殿下がお話を? 承知した。ローゼ、一人で大丈夫だな?」

「お兄様。わたくし、もう子供ではございませんよ?」

「私にとっては、お前はいつまで経っても子供だからな」

「またそのような事を……」


 別れ際にそんな会話をした兄妹は、その後それぞれの部屋に案内された。

 ローゼリアを案内してくれているのは、ハロルドの側近のイースだった。

 黒髪の主君とは違い、鋼のようなくすんだ銀色の癖がある髪をしている。ローゼリアが毎回ハロルドのもとを訪れた時は毎回壁際で静かに控えており、声を聞いたのは数える程しかない。


「多忙な主の希望で、わざわざご足労頂き誠にありがとうございます」

「いえ。こちらこそ新たな婚約者選定でご尽力頂き、ありがとうございます」

「本日ハロルド殿下よりご紹介させて頂く貴公子方は、これまでのご紹介とはまた別格の素晴らしい経歴とお人柄の人物ばかりですので、ご期待くださいませ」

「ありがとうございます」


 ローゼリアが社交辞令的な笑みを浮かべると、イースが一瞬目を細めながら笑みを返して来た。だが急に何かを思い出した様に表情を変える。


「そう言えば……本日ご紹介させて頂く婚約者候補の方々の中に約一名、ローゼリア様と馴染み深い男性が候補に入っております。こちらは()()()()殿()()()()()()()再度ご検討をお勧めしたい方なので、是非候補者のお一人としてご検討くださいませ」

「かしこまりました。是非、前向きに検討させて頂きます」


 イースの言う人物がルシアンの事だと察したローゼリアが、困惑する気持ちを隠しながら淑女用の笑みを張り付ける。そんな会話をしていたら、あっという間にハロルドの執務室の前に到着した。イースが扉をノックすると同時にローゼリアは緊張で自分の身体が強張るのを感じた。


「ハロルド殿下、ローゼリア様をお連れ致しました」


 イースに促されながら部屋に入ると、執務机で作業しているハロルドの姿が目に入る。久しぶりに再会したハロルドは少し痩せたように感じられたが、それとは対照的に執務机上の書類の山の高さは低めだ。


「ハロルド殿下、ご無沙汰しております」

「いや、こちらこそ公務に追われてしまっていたとは言え、婚約者候補の案内が一時滞ってしまい、大変申し訳ない……。本日はご足労頂き、感謝する」


 そう言ってハロルドが席を立ち、執務室と続いている隣の応接用の部屋にローゼリアを案内するよう目線でイースに促す。その意図を汲み取ったイースが、ローゼリアを隣の部屋へと誘導し、来客用のフカフカな長椅子に座るようローゼリアに勧めた。同時にハロルドもローゼリアと向かい合うように席に着く。


「早速だが、婚約者候補選定を再開させて頂きたい。だが……」


 そこで一端、ハロルドが口ごもり、一瞬の沈黙が訪れる。その微妙な沈黙をカバーするかのように入室してきた侍女達が、ローゼリアとハロルドの前にお茶を出し始める。


「今回紹介させて頂く候補者達は、私があなたに紹介出来る最後の機会となる。その分、とても好条件である男性三名を特別に抜粋して紹介させて頂く。それと併せて今までのあなたの反応から、私が個人的にお勧めしたいと感じた男性の釣り書も用意させて貰った。その男性もご検討頂ければと思う」


 ルシアンを再度紹介される事を知ったローゼリアは、何とか柔らかい笑みを作り出しハロルドに向ける。すると壁際に控えていたイースが、4色の革製のファイルをハロルドに手渡した。

 それをハロルドは、ローゼリアから見たら右から順になるようテープルの上に一つずつ並べ始める。右から赤、青、緑、黒の順だ。


「本日の紹介ですぐに答えは出せないとは思うが……。これが現状私の方で紹介出来るあなたへの婚約者候補者全てとなる。帰宅されてからでも構わないので、じっくり検討して頂き、もし気に入った男性がいたのであれば出来るだけ早めにご返答を頂きたい。先方にも私が慎重になり過ぎてしまった所為で、紹介するまでに大分時間を掛けてしまったので……」


 そう言って何故か寂しげな笑みを浮かべるハロルドが、テーブルの上に並べた4人分の婚約者候補者達の釣り書を手の取るようにローゼリアに促して来た。


「かしこまりました。それでは早速、拝見させて頂きます」


 そう答えたローゼリアも心なしか寂しい気持ちが湧きあがり、それを必死で隠そうと淑女教育で培った微笑みを浮かべた。


 そしてテーブルにゆっくりと手を伸ばし、一番右端に置いてあった赤い革製のファイルを手に取り、それぞれの婚約者候補の釣り書を確認し始めた。

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※尚、当作品はアルファポリス様の規約により『小説家になろう』からは、7/23の18時頃に作品を引き下げます。
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