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2.瞬殺された婚約破棄

※『残酷な描写あり』にちょい該当。

「フィオルド殿下、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


 射貫く様な視線を向けながら落ち着いた口調でローゼリアが質問をすると、何故かフィオルドが勝ち誇ったように意地の悪い笑みを浮かべた。


「理由? 君は自身が今まで行った愚行を自覚していな……」


 そう第三王子が言いかけたと同時に――――。

 ローゼリアの左側を何かが風を切るようにして通り抜けて行った。

 その空気の流れに驚いたローゼリアが、思わず自分の左側に目を向けるが、その時には、すでにその通り抜けていった存在の姿はなく、目の前にいるフィオルド達との距離を物凄い勢いで詰めていた。


 慌ててそちらの方へとローゼリアが視線を向け直すと、そこには後ろに撫でつけるようにセットされた艶やかな黒髪をなびかせた長身の男性が二人と対峙していた。だがその男性は、目にも止まらぬ速さでシャーリーの腰に廻されていたフィオルドの腕を強制的に外す。さらに逆の手でシャーリーの腕を引き、彼女を自身の背後へ庇うように鮮やかに誘導させた。


「なっ……!!」


 そのあまりにも無駄のない素早い動きに対応出来なかったフィオルドが、驚きの声を上げて一瞬だけ固まる。

 対して黒髪の男性は、シャーリーを引き寄せた右手で握りこぶしを作り、肩の高さまで上げると、勢いをつけながら体の上半身のみを捻るように右後方へと引いた。その反動で男性の撫でつけられていた前髪が少し顔へと零れ落ちる。

 それらの一連の美しい動きは、まるで時間がゆっくり流れているかのように洗練された動きとして、ローゼリアの視界を魅了する。


 だが、次の瞬間――――。

 その男性の目の前にいたフィオルドが物凄い勢いで壁際まで吹っ飛んだ。

 同時に彼が壁に激突する鈍い音が会場中に響き渡る。

 その状況にローゼリアだけでなく、その男性に救い出されたシャーリーまでもが唖然としてしまい、石像の様に固まってしまった。会場全体も驚きから、まるで時間が止まったかのように静まり返っている。

 しかし、その静寂は渦中の黒髪の男性の一声で、すぐに破られた。


「衛兵!! 王家主催の夜会で、堂々と王令違反を犯したこの愚か者をさっさと地下牢へ連行しろ!!」


 そう高らかに宣言したのは、今回の祝賀パーティーの主役でもある第二王子のハロルドだ。後学の為に隣国に留学していたこの第二王子は、兄や弟と違い騎士としての資格も得ているので一見細身に見えるが、その服の下には引き締まった体躯が隠されている。おまけに三兄弟中では一番背が高いので、先程の彼の拳には、かなりの体重が乗ったはずだ。

 その条件で殴り飛ばされた弟フィオルドは、曲がった鼻から出血した状態で見事に意識を飛ばし、白目を向いたままピクリとも動かない。

 そんな意識のない第三王子を二人の衛兵が両脇から支えながら肩に担ぐ。


「ハロルド殿下……。いくら王令違反とはいえ、第三王子である弟君を地下牢に入れられるのは、いささか問題がございます。せめて貴族用の監禁部屋に……」

「そのような配慮は必要ない! さっさとこのバカを地下牢にブチ込んでおけ!!」


 気まずそうに衛兵の一人が進言したが、間髪を容れずにハロルドは却下した。

 そしてクルリと向きを変え、先程背後に避難させたシャーリーと向き合う。


「エマルジョン男爵令嬢、私の愚弟が大変ご迷惑をお掛けして申し訳ない……。この件に関しては後日、王家より正式な謝罪と共に償わせていただく」

「い、いえ。わたくしの方こそ、フィオルド殿下に勘違いを抱かせるような接し方をしてしまっていたようで……本当に申し訳ございません!」

「いや、あれは完全にあの愚弟の独りよがりだ。本当に申し訳ない」


 そう言って男爵令嬢に深々と頭を下げる第二王子に周囲が唖然とする。

 ローゼリアもその様子を茫然としながら眺めていた。

 すると今度はローゼリアのほうへと向き直ったハロルドが近づいて来る。


「マイスハント伯爵令嬢にも愚弟が大変非礼な振る舞いをしてしまい、大変申し訳ないことを……。危うく愚弟が貴方の名誉を傷付けるような内容を口走ろうとした為、思わず全力で殴りつけてしまったが、それでもこのような席で婚約破棄などと言うふざけた行為を行った時点で、愚弟は貴方の名誉を傷付けたも同然だ。兄として深く謝罪させていただく。そして今回の件は、全面的に王家の有責で愚弟との婚約破棄という流れになると思うが、後日その話し合いに私自ら伺わせていただきたい」


 弟の非礼を詫びながらも真っ直ぐな視線を向けてきた第二王子の瞳は、吸い込まれそうな程の深い青と力強い光を宿していた。そんな美しく力強い光を宿した瞳から、ローゼリアは目が離せなくなる。

 同時に先程の大立ち回りで乱れた黒髪がその青い瞳に掛かるように零れ落ち、妙な艶っぽさを醸し出しているが、そこのことにハロルド本人は一切気が付いていない様子だ。

 そんな第二王子の姿にローゼリアだけでなく、周囲の貴婦人達も一瞬で魅了されてしまっている。だが王族向け教育で冷静さを培ったローゼリアは、その魅惑的な第二王子の雰囲気から、周囲よりも早く立ち直った。


「お気遣いいただき、大変痛み入ります。ですが、わざわざ殿下に我が家までお越しいただくなど、恐れ多い事でございます。その際は、父と共にわたくしの方から登城いたしますので」

「いや。この件に関しては、どう考えてもこちらの非礼となる状況だ。謝罪の意味も込めて、私から出向かせていただく。その際に貴方にとってよりよい縁談を是非、提案させていただきたい。もちろん、貴方の意志を尊重し、断っていただいても一向に構わない。だが、こちらに非があるとは言え、このような騒ぎになってしまっては、それもなかなか難しいだろう……。その為、貴方にとって有益となる縁談の手助けをさせていただけないだろうか?」


 まるで償う機会を乞うようなハロルドの誠実な態度にローゼリアの心が動く。


「では殿下からのお心遣い、ありがたく頂戴致します」

「必ずあなたにとって後悔のない最良の伴侶候補を用意させていただこう」


 ローゼリアの承諾を得た瞬間、ハロルドがふわりと笑みを浮かべる。

 先程の殺気立った様子など微塵も感じさせないその優しい笑みにローゼリアは、一瞬息をのむ。とてもではないが、弟に容赦のない制裁を下した直後の人物とは思えない程の柔らかい表情だった。


 だがその貴重な微笑みは、一瞬で消えてしまう。

 すぐに凛とした表情を浮かべ直したハロルドは、会場全体を見回すように視線を巡らせ、大きく息を吸い込んだ。


「騒がせてしまって、本当にすまない! 先程の愚弟のふざけた余興など気にせず皆には引き続き、この夜会を楽しんでいただきたい!」


 第二王子のその言葉に会場全体の張り詰めた空気が、徐々に和らぎ始める。

 それを合図に楽団の方も来場者達のダンスを促すように演奏を再開した。


「それではマイスハント伯爵令嬢、また後日に」


 美しい礼を披露したハロルドは、クルリと方向転換をし、颯爽と歩き出した。

 その先には、国王夫妻と王太子夫妻が何とも言えぬ微笑を浮かべている。

 恐らくこの後、第三王子フィオルドの処遇を話し合うのだろう。

 そんなロイヤルファミリーの様子をローゼリアが眺めていると、いきなりポンと肩を叩かれる。振り返ると、苦笑気味の兄クライツがいた。


「ローゼ、大丈夫だったか?」

「お兄様……。気付いていらしたのなら、すぐに助けていただきたかったのですが?」

「すまない。だが、あそこで私がしゃしゃり出てもあのバ……興奮気味のフィオルド殿下のお耳には何も届かなかっただろう?」

「お兄様、今とても不敬に値する言葉を王族に対して発言なさろうとしませんでしたか?」

「気のせいだ」


 そう言ってクライツに視線を逸らされたが、どうやらその先にローゼリアが見つめていたロイヤルファミリーの家族会議が視界に入ったのだろう。

 その様子を眺めながらクライツは顎に手を当てて呟く。


「だが、まさか帰国したばかりの第二王子殿下が、あの騒動を収めてくれるとは思わなかったな」

「お兄様は、ハロルド殿下と面識はございますか?」

「面識はないが、留学される直前まで王立貴族アカデミーへ通われていたので、その際に学園内でお見かけはした」


 今年で十六歳となったローゼリアより兄クライツは四つ年上だ。

 その兄よりも一つ年下のハロルドは隣国留学までの一年間、兄の後輩として王立アカデミーへ通っていたようだ。

 だが当時十三歳だったハロルドは、そこまで社交界では話題に上がらなかった。

 三兄弟の中で国王譲りである黒髪のハロルドは、煌めく金髪を持つ長男と三男に比べ、非常に地味な容姿として周囲の目に映っていたからだ。


 だが、顔の作りは三兄弟とも美形で整っている。

 長男と次男が国王譲りの凛々しい顔立ちで、三男のみが王妃譲りの中性的な顔立ちだったが、色味的に長男と三男は、周囲に華やかさを感じさせる見た目だった。

 特に第三王子フィオルドの恵まれた容姿は、幼い頃から有名である。


 しかし三人が成長すると、長身で騎士のような無駄のない筋肉の付き方をしたハロルドは、他二人の王子が持つ分かりやすい美しさと違い、逞しさを感じさせつつも神秘的で洗練された美しさを放つ貴公子へと変貌を遂げていた。

 加えて今回の騒動を力技で収めた事で、そのハロルドの美丈夫さと逞しさは更に強調され、多くの令嬢や貴婦人達の心を魅了したはずだ。

 恐らく、この後のハロルドには多くの婚約希望者が殺到する事だろう。


 そんな事をローゼリアが考えていると、どうやら兄も同じ考えに至ったらしい。ニヤリと口の端を上げて、面白がるように余計な一言をこぼす。


「ローゼ。先程、ハロルド殿下に有益な縁談を紹介していただけるような事を言われていたな? どうせならそのハロルド殿下との縁談を希望したらどうだ?」

「お兄様は本当にご冗談がお好きですよね? そもそも王家からの縁談は、お父様が不快に思われて、お断りになるかと思いますが?」

「ハロルド殿下なら父上は喜びそうだがな。なんせ貧弱体型で色白な第三王子と違い、第二王子は男性的な魅力をお持ちの方だ。しかも隣国に留学中は、あちらで行われた剣術大会で毎回上位に入られていたそうだぞ?」

「確かにハロルド殿下はお父様と、お話が合いそうですわね」

「父上は、剣術バカだからな。まぁ、まずは父上と陛下の話し合い後、ハロルド殿下がお前の新しい婚約者候補を見繕ってくださる事になりそうだな」


 父と同様に騎士爵を持つ兄クライツだが、それは剣術バカな父による地獄のしごきを強要され、鍛えられた結果でもある。そしてそのしごきは、今でも行われている。

 だが、自分よりも鍛え甲斐のある将来有望な婿がローゼリアのもとへ来れば、自分はそのしごきから解放されるとでも思っているのだろう。


「お兄様。念の為にお伝え致しますが、たとえわたくしが剣術の才に秀でた素晴らしい男性とご縁があったとしても、お父様による地獄の鍛錬からは逃れられないかと思いますよ?」

「お前は……少しは兄を労わるということを知らないのか?」


 やや恨めしそうな目を向けてきた兄にローゼリアが苦笑を返す。

 だが、先程の冗談で兄が発した言葉で何故かローゼリアは落ち着かない気持ちになる。

 その原因が分からないまま、隣でブツブツ文句を言っている兄の様子に再び苦笑した。

検索ワードの『ぶっ飛ばし』終了。(笑)

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