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14.第三王子の取り扱い方

「王妃殿下、本日はお茶席にお招き頂き、ありがとうございます。ところで……何故ハロルド殿下がこちらに……」


 毎度お馴染みの王妃アフェンドラの部屋に案内されたローゼリアは、入室一番に違和感を抱いた部分を控え目に問う。

 すると、三人が同時に盛大なため息を返して来た。


「ローゼリア嬢、本日は母による茶席の誘いという体で招待をさせて頂いたが、実質は私の愚弟の対策会議として、この場を母に設けて貰った。シャーリー嬢だけでなく、あなたも最近あのバカによる迷惑行為の被害に遭われているのではないかと思い、今回その確認をさせて頂きたい」


 心苦しそうに最初に口を開いたのは、この場にいる事で一番意外性を感じさせたハロルドだった。公務が忙しいのか、疲労により目が少し窪んでいるように見える。そんな瞳でジッと見つめられたローゼリアは、ふとある考えが過り、三日前に自身が受け取ったフィオルドの分厚い手紙の存在を思い出した。


「それはフィオルド殿下からの短所改善のご相談の件でしょうか? まさか殿下のもとにもお手紙が?」


 ローゼリアの問いにまたしてもハロルドが盛大なため息をつく。


「手紙どころか……本人がその相談で直接私の元へ訪ねて来ている」


 そのハロルドの返答にローゼリアが絶句する。

 どうやらフィオルドの自己改善への執着は、ローゼリアが懸念していた以上に暴走状態となっているらしい。という事は、現在ハロルドの疲労感を蓄積させている元凶はフィオルドという事になる。


 その結論に達したローゼリアは、思わずハロルドに憐憫の眼差しを向けてしまった。するとハロルドが、片手を軽くかざし「平気だ」と一言だけ呟く。

 しかしローゼリアからすると、そのハロルドの状態は全く平気そうではなかった……。むしろ痩せ我慢をしているようにしか見えない。


「もしやレムルス侯爵邸の夜会後から、ずっと殿下がその相談対応をされているのではありませんか?」

「その通りだ……。まずあの夜会から三日後にあのバカから、便箋15枚にも及ぶ手紙が届いた。内容的には今までの自分の行いを恥じている事が便箋5枚ほどに書かれ、それ以降はひたすら自覚済みの己の欠点が箇条書きで書き出されており、最後はその欠点に対しての独自の改善策などが延々と書かれていたのだが……」


 そこまで語ったハロルドだが、その先の言葉を何故か詰まらせ、眉間を右手の親指と人差し指で摘まみ、そのまま盛大に項垂れてしまう。すると、後を引き継ぐように今度は王妃アフェンドラが口を開いた。


「そのフィオが導きだした独自の改善策というのが、ことごとく的外れな内容で……。それらを訂正する手紙のやりとりをこの子は、公務の合間にずっと対応していたらしいの」


 ローゼリアが入室した際、呆れ気味な表情を浮かべていたアフェンドラだが、現在はそれだけでなく、落胆している様子も見受けられる。

 そもそも現在、フィオルドはエレムルス侯爵邸にて謹慎中のはずだ。

 そしてその謹慎中はエレムルス領が指揮している騎士達に混じり、厳しい鍛錬をこなしているとローゼリアは兄クライツから聞いていた。


 国内北部の三分の二が領地のエレムルス領は、東西側の領地の守備を担う場合と比べ、かなり守りを固めなければならない。

 それは北側の隣国が大国である為、国境付近では追いはぎや山賊等の奇襲が頻繁に発生しているからだ。特にエレムルス侯爵家に直属で仕えている騎士達は北側の警備を担う要の騎士団として団結力の強固さだけでなく、騎士としてかなりの実力者でないと務まらない。


 第二王子ハロルドも、王立アカデミーに入学する前は、王子教育の傍ら叔父であるエレムルス侯爵の邸宅に滞在し、大人の騎士達に混ざって子供向けに組まれた鍛錬に励んでいたらしい。幼少期のローゼリアが、未来の義兄になっていたかもしれないハロルドと最近まで面識がなかったのは、この事が大いに関係している。


 それだけエレムルス侯爵家所属の騎士達が行う鍛錬は、血反吐を吐くくらい厳しい内容となる。すなわち現状のフィオルドは、国内でも優秀で才能ある騎士達がこなす厳しい鍛錬を彼らと共にこなしているはずなのだ。


 そんな体力の限界まで挑戦しなければならない日々の中で、何故かこの第三王子は次兄や元婚約者に便箋10枚以上にも及ぶ長文の手紙を綴る余裕があり、尚且つ貴重な休日を使って往復3時間程もかかる道のりで登城し、兄ハロルドに自身の短所改善策の助言を乞いに来ているというのだから驚きだ。

 恐らく幼少期の頃から見られたフィオルドの長所の一つ『努力すれば必ず実る』という思い込みの激しい思考が、それらを可能にしているのだろう。


 だが、その努力をする事に巻き込まれる人間にとっては、たまったものではない。現状のハロルドは、努力する方向に悩む弟フィオルドから、過剰にその相談をされているという状態だ。

 思い立ったら即行動のフィオルドは、まず相手の都合を考えない……。

 とにかく効果がすぐに表れる改善法を知る事に全力で執着する。

 その状態があのエレムルス侯爵邸の夜会後から、ずっと続いていたのだろう。


「ハロルド殿下……。その、現状かなりお疲れのように見えるのですが」


 更に憐憫の眼差しを向けるローゼリアに対し、ハロルドが力ない笑みを返す。


「あのようなバカでも血を分けた弟だ。頼られてしまえば、それに応えるのも兄としての義務だと私は感じている」

「ですが、フィオルド殿下のご対応は、かなりご公務に支障をきたしていらっしゃるのでは?」

「それは……」


 ローゼリアの質問に対し、ハロルドが視線を逸らすように俯いてしまう。

 幼少期からの付き合いでもあるローゼリアは、フィオルドのこだわりが強い性格をよく知っている。自身の考えで問題が解決できない場合のフィオルドは、自分が深く信頼している人間に必要以上に助言を求める傾向が強い。特に絶大な信頼感を寄せている次兄ハロルドは、フィオルド自身が目指したい理想的な人物のはずだ。


 そんな身近に頼り甲斐があり、自身が目指す理想像のお手本のような人物がいれば、執着心の強いフィオルドが取る行動は非常に分かりやすい。目標としている理想的人物でもある兄ハロルドに過剰とも言える頻度で助言を求め始めたのだ。


 しかし二人の性格や能力的な部分は、どちらかというと真逆だ。

 直感的に最善策を閃く事が出来るハロルドと、自身が納得出来るまで熟考してからでないと動き出せないフィオルドとでは、物事に向き合う時の姿勢が、あまりにも違い過ぎるのだ。


 直観的に判断しているハロルドが、熟考が必須のフィオルドにその判断に至るまでの経緯や考え方を説明する事は物事の捉え方が真逆である為、かなり骨が折れる状態となる。そもそも分かりやすく説明出来たとしても、己が納得出来るまでフィオルドの質問責めは止まらない……。

 その結果、ハロルドは公務以上にフィオルドの対応に追われる日々を過ごしていた様だ。


 要するに今のハロルドは、一途過ぎる敬愛の念を抱いて来るフィオルドに過剰に絡まれているという状態なのだ。自分を敬愛する気持ちからの行動な故、ハロルドも弟を邪険に出来ない。

 その悪循環な状態は、ハロルドを酷く疲弊さているはずだ。


 その考えに至ったローゼリアは、ますますハロルドに同情の念を募らせた。

 だが同時に何故シャーリーまで、この場に呼び出されたのか気になり始める。

 先週の手紙では、確かフィオルドのシャーリーに対する執着行為は減少したと書かれていたはずだ。だがそのシャーリーもこの場に呼び出されたという事は、彼女もハロルドと同様の被害にあっている可能性がある。


「もしやシャーリー様も?」


 思わずシャーリーの事が心配になってきたローゼリアが声を掛けると、困った笑みを浮かべたシャーリーが小さく首を振る。


「ご心配頂き、ありがとうございます。ですが、わたくしの方は何故か一週間ほど前からフィオルド殿下からのお手紙は届いておりません。ハロルド殿下のように自己改善のご相談等もなく、特に困った状態には陥っておりません」


 そう答えたシャーリーだが、すぐに憐憫の眼差しをローゼリアに向ける。


「ですが王妃殿下より現状のハロルド殿下のお話を伺った際、もしやローゼリア様にも同じような行動をフィオルド殿下がなされているのではと思い、今回の話し合いの場を設けて頂きたいと妃殿下にご相談させて頂きました」


 彼女の言い分にローゼリアが大きく瞳を見開く。

 自分の事を心配してくれるシャーリーの気遣いある行動は、彼女の性格上理解出来る動きだ。しかし、この話し合いの場に参加する意図がよく分からない。シャーリーにとってフィオルドは、悪意はないが対応が面倒という存在だったはずだ。

 だが、この場に参加しているという事は、どことなくフィオルドの暴走を軽減させたいというシャーリーの考えが垣間見える。


 あまりいい感情を抱いていないはずのフィオルドに対して、どこか同情的というか、手を差し伸べてくれそうな姿勢が何故かシャーリーからは感じられるのだ。その矛盾した状況にローゼリアが疑問を抱く。

 それがうっすらと表情に出てしまったのだろう。

 ローゼリアの表情から心情を読み取ったシャーリーが苦笑しながら、その疑問の答えを語りだす。


「実はわたくしにもフィオルド殿下に共感できる部分がございまして……。幼少期のわたくしは、才能ある姉と妹に挟まれていたので、よく両親に自身の才能は何かと質問責めにしていた時期がございました。周囲が才能ある人間ばかりですと、考えの浅い幼少期では、何かしら一つでも才能がある事が、人として当たり前だと思い込んでしまうのです……。ですので、自分にも何か特別に秀でた才能が必ずあるはずだと思い込み、それを必死に見つけ出そうと奮闘しては挫折すると言う状況を幼少期のわたくしは何度も経験致しました。ですので、フィオルド殿下が周りを巻き込みながら奮闘するお姿は、昔の自分と重なってしまい、何故か放って置けないという気持ちになってしまって……」


 シャーリーのその話にローゼリアだけでなく、ハロルドも大きく瞳を見開く。

 同時にローゼリアは、幼少期にフィオルドから言われたある言葉を思い出した。


『君のような優秀な人には、僕の悩みや考えは一生理解出来ない……』


 しかし当時のローゼリアは、そのフィオルドの言葉が全く理解出来なかった。そもそも自分を優秀だとローゼリアは感じた事がない。フィオルドの言う『何でもそつなくこなせる部分』は、ローゼリアにとっては日常的なものだったからだ。


 それは兄クライツもそういう人間だった事が大いに関係している。

 マイスハント家では当たり前だったその状態がローゼリアの基準であった為、どうしてもフィオルドの物事に対する向き合い方が要領悪く映ってしまっていたのだ。だが一般的な基準で言えば、ローゼリアやハロルドが平然とやってのけていた臨機応変に対応出来るスキルは、世間一般ではかなり秀でた部分と判断される。


 先程のシャーリーの話で、やっとその事に気が付いたローゼリアは、自身の認識の浅さに愕然とした。そしてそれはハロルドも同じようで……先程から目を見開いたまま固まっている。

そんな二人の反応に今まで静かに会話を見守っていた王妃アフェンドラが口を開いた。


「フィオにとっては、毎日が劣等感との戦いだったでしょうね……。陛下もあなた達お兄様も何でもそつなくこなしてしまうタイプだったから。でもね、わたくしにとっては、あの子のひたむきに目標へ向かって取り組める姿勢も物凄い才能だと思うの。まぁ、その才能でかなり周りの人間を巻き込んで暴走してしまう事は多いのだけれど」


 苦笑しながらそう語る王妃からは、三人の息子を平等に扱っている事が強く感じられる。

だが同時にそつなくこなせる人間側にとっては、異質に見えてしまう三男との向き合い方に戸惑ってしまった国王と王太子の気持ちもローゼリアには分かる。

 双方が上手くやっていくには、どちらかが相手のレベルに合わせ、歩み寄りを見せなければ成り立たない関係なのだ。


 そういう歩みよりをハロルドは、恐らく無意識に留学前まで行っていた。

 だがハロルド留学後は、誰もその歩みよりがフィオルドに対して出来なかったのだ。それはもちろん、当時婚約者であったローゼリアも……。

 その事に気付いてしまったローゼリアは、何故かフィオルドに対して罪悪感を抱いてしまう。自分が認識していた以上にローゼリアは、フィオルドに全く歩み寄れていなかったからだ。


「わたくしは……婚約者時代、無自覚でフィオルド殿下を追いつめる存在の一人になっていたのですね」


 ポツリと呟かれたローゼリアの言葉は、ハロルドにも大きく突き刺さる。

 それは自身が当たり前のように出来る事は、皆が当たり前に出来ると思い込んでいた傲慢さが、はっきりと自覚出来た瞬間だった。


『優秀な兄達に対する劣等感が強い第三王子』


 そう冷静に分析していたローゼリアだが、今までフィオルドが置かれていた環境下には、ローゼリア達には認識出来ない壁が、常に立ちはだかっていたのだろう。


 だが、フィオルド自身は決して出来の悪い王子ではない。

 自身が納得出来るまで物事を受け入れられないくらい熟考出来る姿勢と、努力すればそれが実るとひたすらに信じて続けられる忍耐力は、人としてかなりの強みとなる長所だ。


 だからと言って、その長所を上手く伸ばせる人間は数少ない。

 育てづらいが、上手く育て上げれば大物になったかもしれないフィオルド。

 しかし、その長所を上手く伸ばすには、フィオルドを深く理解出来る導き手となる人間との幸運な出会いが必須となる。


 現状のフィオルドは自らその事に気付き、自分を正しく導いてくれそうなハロルドに頼り始めたのだろう。しかし、だからと言って、それをハロルド一人が担うのはおかしな事だ。

 その考えに至ったローゼリアは、皆が押し黙ってしまった状態の中で、呟くようにある事を提案した。


「あの、もしよろしければ現状ハロルド殿下がご対応されているフィオルド殿下のご相談相手をわたくしが、お引き受け致しますのはいかがでしょうか?」


 自分の元にも同じような内容でフィオルドが相談をしてきたので、少しでもハロルドの負担を減らす事が出来ればという思いから、そう申し出たローゼリアだったが……。

 その言葉を聞いた三人は、時が止まったようにピタリと動きを止め、全員でローゼリアを凝視する。


「その、ハロルド殿下もお忙しいと思いますし。わたくしであれば幼少期からのフィオルド殿下の特徴も把握しておりますので、お役に立てるかと」


 三人から穴が開く程、視線を向けられたローゼリアが一瞬だけ怯む。

 しかし次の瞬間、ハロルドがガタンと大きな音を立てながら椅子から立ち上がり、両手をテーブルの上に勢いよく突いた。


「それだけは、絶対にダメだ!!」


 急に感情を爆発さるような行動をとったハロルドの様子に今度は、ローゼリアの方が唖然としながらハロルドを凝視した。

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2025年7月25に書籍化します!
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『瞬殺された断罪劇の後、殿下、あなたを希望します』

 発売日:7/25頃出荷予定
(店頭には7/26~28頃に並ぶ?)
 お値段:定価1,430円(10%税込)
 出版社:アルファポリス
レーベル:レジーナブックス

※尚、当作品はアルファポリス様の規約により『小説家になろう』からは、7/23の18時頃に作品を引き下げます。
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