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11.第二王子とのダンス

  ハロルドにエスコートされながらダンスフロアに降り立つと、周囲の視線が一斉に自分達へ向けられた事にローゼリアが気が付く。その反応から、またしても自身の噂が原因だと思ってしまったローゼリアは、ハロルドにも体裁の良くない噂が出回ってしまう事を懸念した。


 だが不思議な事にその視線からは、不快な感じは全く受けなかった。

 それどころか、二人に見惚れる様な視線が送られてくる。

 濃紺でエンパイアラインのドレスのローゼリアに対して、ハロルドの真っ白な正装服の組み合わせは、よく映える。更に二人の姿勢の良い立ち姿は、優美な印象を周囲に与えていた。


 その事に気付けないローゼリアは、鋭い視線が飛んでこない事に疑問を抱き、思わず (うかが)うようにハロルドへ不安げな表情を向けてしまう。

 すると、安心させるような柔らかな笑みをハロルドが返してきた。


「ご安心を。兄ほどではないが、あの愚弟よりかは、まともに踊れるはずなので」


 そして右手を取られたまま、お互いにダンス前の会釈を交わす。

 だが、会釈した直後、ローゼリアは一気に腰からハロルドの方へ引き寄せられた。その素早いリードの仕方に一瞬、頭が真っ白になる。


 そもそもローゼリアは、兄クライツと婚約者であったフィオルド以外の男性とは、あまり踊った事がない。しかもその二人は、ゆったりとした動きでリードする事が多かった為、このような勢いのあるリードは初めてだったのだ。

 そんなローゼリアは、そこまでダンスが苦手ではないが、初めて踊る相手でもあるハロルドのそのリードに合わせられない事に不安を抱き始める。


 しかしその不安は、踊り始めてからすぐに消し飛んだ。

 ハロルドのリードは、華やかさを感じさせる動きであるのにローゼリアへの負担は一切なかったのだ。それどころか、一番踊り慣れている兄クライツ以上に踊りやすい。


 その事に驚き、思わずローゼリアは目の前のハロルドを見上げる。すると、長身のハロルドが、ややローゼリアを覗き込むような姿勢で目を合わせてきた。その瞳に囚われてしまったローゼリアは、何故か視線が逸らせなくなる。


「愚弟よりは、まともなリードだと自負しているが……いかがかな?」

「このような素晴らしいダンスのリードをしてくださる男性と踊るのは初めてです。殿下はダンスがお好きなのですか?」

「いいや。むしろ苦手だ……。特に間合いが取りづらく、テンポがゆっくりなワルツは。だが、勢いが付けられる曲で踊る事はそれなりに自信はある。ただ、その場合……」


 そう言いかけたハロルドは、腰に廻していた腕をグッと引き寄せ、ローゼリアの体を大げさに外側へ反らせて回転させる。


「お相手の令嬢にも、それなりのダンス技術がなければ行えないリードの仕方となるのだが」


 そう言って、イタズラめいた笑みを浮かべてきたハロルドにローゼリアの心音は、大きく高鳴る。そんな二人のダンスは、まるで濃紺の薔薇が盛大に咲き誇る様子をローゼリアから彷彿させ、更に周囲の視線を釘付けにした。


 ハロルドのリードの仕方は、過去のダンスパートナーだったフィオルドとは真逆なリードだ。自身のダンス技術を周囲に見せつける為、パートナーを顧みないフィオルドとは違い、ハロルドのリードは、あくまでもローゼリアに負担を掛けず、どう美しく躍らせるかに重点を置いていた。


 もし女性を口説き落とすテクニックとして、このようなリードを行っているとしたら、ハロルドは相当したたかな性格をしている。だが女性慣れをしている様子は一切ないので、無意識での振る舞いなのだろう。

 そもそもこの第二王子は、どんな動きをしても必ず周囲の目を惹きつける。それだけハロルドの日常的な動きは、しなやかさと優美さを感じさせるのだ。


 そんな心地良くも踊り甲斐のあるリードをされながら、ローゼリアは先程、何故ハロルドがフィオルドと話し合いをしている最中に乱入してきたのだろうかと、ふと思い返す。ハロルドの性格ならば、叔父のエレムルス侯爵と共にローゼリア達を出迎えたはずだ。だがそうではなかった事にローゼリアは、ある事に気付く。


「殿下は、こちらの夜会には予めご参加される予定でしたか?」


 その質問を受けたハロルドが一瞬、目を見開く。

 だがそれはすぐに苦笑へと変わった。


「いいや。だが二日ほど前にクライツ殿から頂いた手紙にあなたが叔父主催の夜会へ招待されていると知らせを受けた為、早急に公務を片付け、急遽参加する事にした。まぁ、公務が終わらず、開始時間には間に合わなかったが……。それでもフィオが、あなたに接触している最中に駆けつける事は出来たので、目的は何とか達成出来たというところだ」

「あ、兄が殿下にわざわざ手紙で知らせたのですか!?」

「クライツ殿にしてみれば、大切な妹君であるあなたが、またあの愚弟に不快な思いをさせられるのではないかと心配されていたのだろう……。こちらとしても知らせて頂き、感謝している。そうでなければ、またあの愚弟は先程のような無神経極まりない言葉を無自覚であなたに放っていたからな……」


 急に眉間に皺を寄せたハロルドが、フィオルドへの不満を不機嫌そうに呟く。その様子にローゼリアも苦笑した。


「フィオルド殿下のあのような行動には対応し慣れております。もちろん、殿下ご自身は、悪気など一切お持ちでない事も理解しております」

「それが問題なのだ。何故今まで誰も愚弟のあの致命的な欠点を指摘せずに来たのか……。幼い内に矯正させておけば、いくらか改善もされたはずだろう」

「それは……少々難しいかと思われます」


 困った笑みを浮かべながらローゼリアが返答すると、ハロルドは素晴らしいダンスリードをしながら、盛大に落胆する様子を見せた。


「指摘したところで、フィオはその指摘内容を明後日の方向に解釈し、更に拗らせる可能性があったという事か。そもそもあの兄上が言葉を選んでいる時点で、フィオの思い込みの激しさと、独自に解釈してしまう傾向は、かなり問題視されていたのだな……」

「リカルド殿下もフィオルド殿下のその欠点を改善なさろうと言葉を選びながら、尽力されていらっしゃいました」

「だが、無理だろうな。根気よく向き合わなければならないタイプのフィオの相手は、合理的な思考をしがちな兄からすると、かなり面倒な対応を強いられる」


 やや諦めの入った様子のハロルドが小さく息を吐く。どうやらこの王族三兄弟は、長男と三男の間に次男が入る事によって、上手くバランスをとっている状態のようだ。そう考えると、この5年間ハロルドが隣国へ留学していた期間は、三男フィオルドの対応に慣れている人間が不在だった事になる。


 そういう意味でもフィオルドの思い込みの激しさや、勢いだけで突き進む行動に拍車がかかってしまったのだろう。だがそうなると、何故ハロルドが隣国へ留学したのかも気になってしまう。


「殿下は何故、隣国へご留学なされたのですか?」


 その疑問を素直に口にしてしまったローゼリアは、すぐに自身が不躾な質問を王族にしてしまった事に気付く。


「も、申し訳ございません! 不躾にプライベートな事を伺ってしまって」

「いや、構わない。私が隣国に留学を希望したのは、単純に自身の腕試しがしたかったからだ」

「腕試し……でございますか?」


 不思議そうな表情を浮かべながら再びハロルドを見上げると、何故か目を細められ、柔らかい笑みを返されてしまう。そのハロルドの反応に動揺したローゼリアは恥ずかしさから、そっと視線を逸らしながら少し俯いた。

 だが、その反応に気付かないハロルドは、優雅に踊りながら更に言葉を続けた。


「留学前の私は、少々荒れていたというか……。思春期特有の反抗期に入っていたようで、王子らしい煌びやかな容姿の兄と弟に挟まれ、少々嫌気がさしていた。そんな心境から見た目よりも強さに憧れを抱き、当時腕には覚えがあったので、武闘派の人間が多い隣国で自身の実力を試してみたいという気持ちが強くなり、留学を希望した」


 意外にも留学前のハロルドが、容姿部分でコンプレックスを抱いていた事にローゼリアが驚く。その反応にハロルドが苦笑を浮かべた。


「だが、隣国では自身の実力不足を留学して、すぐに痛感した。上には上がいると。それが悔しくて隣国では剣術や体術を学ぶ事に夢中になり、気が付いた時には両国の国境警備対策について、かなり熱心に取り組んでいたらしい。帰国後の祝賀パーティーは滞在中に隣国から、その功績を称賛された事を祝う内容だった。だが、まさかその祝賀パーティーで愚弟があのようなバカな行動を起こそうとは、夢にも思わなかったが……」


 困り果てたような笑みを向けてくるハロルドにつられるようにローゼリアも同じような笑みを返す。

 そんな会話をしながら踊っていると、いつの間にか曲が終盤に差し掛かっていた。その事に気付くと同時にハロルドが再び腰に廻している腕に力を込め、周囲に見せびらかすようにローゼリアを優雅にターンさせる。


 どことなく女性と踊り慣れている様子を垣間見せるハロルドのリードに、何故かローゼリアは胸が詰まる様な感覚を覚えた。

 だがそんな様子に気付かないハロルドは、柔らかい笑みを浮かべたまま、ローゼリアの腰を腕で支えて何度か回転しながら共にターンを行う。

 その度にローゼリアの濃紺のドレスの裾が広がり、サイドで垂らされた少量の青銀髪の横髪を絹糸のようにふわりとなびかせた。


 最後は片手を手に取り合ったまま、ローゼリアを手放すようにターン回転をさせ、お互いに両手を広げたような状態で二人のダンスが終了した。

 すると、会場から盛大な拍手が巻き起こる。


 周囲のその反応にローゼリアが驚いていると、再びハロルドが寄り添うようにローゼリアへ歩みより、腰に手を添えてエスコートしながら、周囲に向かって軽く会釈する。その事で我に返ったローゼリアも慌てて礼を披露した。


 だが顔を上げれば自分達へ向けられる盛大な拍手に再び圧倒され、ハロルドに歩みを促されるまで茫然としてしまった。そんなローゼリアを壊れ物でも扱うかのようにハロルドが、兄達の元へとエスコートしながら誘導させる。すると兄クライツが、何故かニヤニヤと不躾な笑みを向けて待ち構えていた。


「ローゼ、随分と第二王子殿下とのダンスを楽しんでいたな」

「ええ。この状況を盛大に楽しまれているお兄様と同じくらいには」

「お前は……。こういう時くらいは嫌味な返答は控えろ」

「控えたいと思っていてもお兄様のその反応を思うと、かなり難しいです」


 楽しむように皮肉の言い合いをするマイスハント兄妹にハロルドと、その叔父のエレムルス侯爵が苦笑する。


「楽しんで頂けたのなら良かった。私でよければ、いつでも喜んでお相手いたそう」


 そう言いながら目を細めて笑みを向けてきたハロルドにローゼリアは、今日何度動悸を早められたか分からない。

 そんな事を考えていたら、ハロルドがエスコートの為に取っていたローゼリアの手を兄クライツに託そうとする。だが、それは一人の男性の呼びかけでピタリと動きを止めた。


「クライツ! 久しぶりだな!」


 声がした方向へ、ローゼリアだけでなくハロルドも視線を向ける。

 すると、薄茶色のふわりとした髪にエメラルド色の優しい眼差しを持つ男性が、ローゼリア達の元へ足早に近付いて来た。その男性の顔立ちに見覚えがあったローゼリアは記憶を辿り始める。

 すると、兄がその男性の呼びかけに答えた。


「ルシアンじゃないか。今回、君もこの夜会に参加していたのか?」


 兄が口にした名で、ローゼリアの記憶が完全に蘇る。

 その男性は、前回ハロルドから紹介された婚約者候補の一人で東側に領地を持つミオソティス伯爵家の令息ルシアンだった。

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