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10.説教される王族

「あ、兄上……」


 呻くように呼びかけてきた弟を射殺さんばかりの目で見据えながら睨みつける第二王子の殺気だった様子に流石のローゼリアも思わず扇子で口元を隠し、動揺している事を押し殺した。


「もう一度聞く……。何故、お前は、元婚約者の女性に、他の女性との関係醸成を、平然と頼む無神経な行動が、出来るのだ?」


 言い方を変え、敢えて言葉を区切りながら強い語彙でそう問いただすハロルドは、フィオルドの顔面を鷲掴みにしている右手にジワジワと力を込める。

 するとフィオルドが、小さなうめき声を上げながら小刻みに震え出した。


「っ……!! あ、兄上! おやめください!! こ、このままでは私の頭蓋骨が割れそうです!!」

「お前のようなバカ愚弟の頭蓋骨など、このまま割れてしまえ……」

「ひ、酷いです!!」


 かなりの激痛のようで、必死でハロルドの右腕を掴みながら自身の顔から引き剥そうとするフィオルドだが、その抵抗は虚しく顔を鷲掴みにされ続けた。すると徐々にフィオルドの顔が赤みを帯び出す。その変化を確認するとハロルドが呆れた様子で、やっと右手を外した。


「酷いのはお前の方だろう。仮にも元婚約者の女性に別の女性との恋仲を取り持って貰おうなど……お前の神経を疑うのだが?」


 やっと顔面を締め上げられた痛みから解放されたフィオルドが、片手で両こめかみを押さえた後、若干涙目で兄ハロルドに抗議の視線を向ける。

 同時にハロルドが弟の隣に腰を下ろした。


「ですが! ローゼは昔から私に対して恋愛感情など一切持ち合わせていないので、彼女を傷付ける事にはならな――――っ」

「『ローゼ』?」


 すでに婚約が解消された状態であるのに今なおローゼリアを愛称呼びした弟をハロルドが更に凄みながら睨みつける。そんな殺気をかなり放出している兄の様子に気付いたフィオルドが、ビクリと体を強張らせた。


「ロ……ローゼリア嬢は、私にとって頼りがいのある姉という存在でして……。同時に彼女にとっても私は婚約者というより、手の掛かる出来の悪い弟という認識のはずなので、私の恋愛相談をしても良いかと……」


 その弟の言い分を聞いたハロルドは、ガクリと肩を落とした後、申し訳無さそうにチラリとローゼリアに視線を送って来た。


「ローゼリア嬢、本当にすまない……。どうやら私の愚弟は、他人を気遣う事や思いやる気持ちを母の胎内に置き忘れてきたらしい……」


 ハロルドのその嘆きにローゼリアは苦笑で返す。

 だが兄を落胆させた元凶のフィオルドだけは、話の流れを理解出来なかったらしい。怪訝そうな表情を浮かべて、二人の顔を交互に見比べている。


「兄上、私にも他人を気遣う配慮ぐらい出来ますよ!!」

「現状全く出来ていないから、私は盛大に落胆しているのだが?」


 そう言ってハロルドは、自身の太腿辺りに肘をつき、組んだ両手を額に押し当てながら前屈みに項垂れる。その兄の様子にますますフィオルドが納得出来ないという表情を浮かべた。

 その認識差のある兄弟の反応にローゼリアは更に苦笑した。


「ハロルド殿下。フィオルド殿下には悪気等は一切ないかと思われます。ですので、そこまで目くじらを立てられなくとも……」

「ローゼリア嬢、そうやって周りの人間が、この愚弟を甘やかしてしまうから、このバカはバカなままなのだが……」


 疲れ切った表情を一瞬だけローゼリアに向けたハロルドだが、次の瞬間またしても鋭い視線でフィオルドを睨みつける。


「フィオ、お前は本当に人と交流する事に向いていない性格だな。その対人スキルの乏しさは、王族としては致命的な欠点になるぞ?」

「そ、そのような事はございません! 第一、もし私の対人スキルが皆無ならば、身分差が激しい男爵令嬢のシャーリーは私と打ち解ける事は出来なかったと思いますが?」

「『シャーリー』ではなく『シャーリー嬢』、あるいは『エマルジョン男爵令嬢』とお呼びしろ! 彼女はお前の婚約者ではないのだぞ!? 軽々しく呼び捨てにしていい間柄ではないだろう!! そういう他人との適切な距離感が認識出来ない所が、お前の対人スキルの無さを物語っているのだ!」

「で、ですが……シャーリーからは了承を得ておりますが……」

「王族からそのような申し出をされてしまえば、一介の男爵令嬢の彼女は無下に断れない状況だと、理解出来ないのか!? お前は……もう少し王族である自身の言葉が、どれだけ周りに圧を与える結果になるのか、よく考えろ!!」

「も、申し訳ございません……」


 兄に捲し立てられながら一括されたフィオルドが、シュンと肩を落とす。

 そんな弟の反応にハロルドも説教をする気が失せてしまったようだ。


「どちらにせよ、ローゼリア嬢にエマルジョン男爵令嬢との仲を取り持って貰う事は非礼にも程がある。もしお前が本気でエマルジョン男爵令嬢との関係醸成を望むのであれば、それはお前自身で行うべきだ。元婚約者の女性にそれを頼む発想も全く理解出来ないが、そもそも自分の恋路を他人に手助けして貰おうとする考えが、男として情けないと思わないのか?」

「で、ですが、手紙を送ってもシャーリー……嬢に全く取り合って貰えない状態で……。私としても万策尽きたと言うか……」

「お前は『引く』という言葉を知らないのか? 現状、お前の行おうとした独りよがりの婚約破棄でローゼリア嬢だけでなく、エマルジョン男爵令嬢も社交界では肩身の狭い状況に追い込まれているのだぞ?」

「そ、それは……」

「お前は相手の立場を考えずに自分の要望最優先で動き過ぎる! それは一途というと捉え方をすれば聞こえはいいが、あまりにも過度な場合では、しつこすぎて迷惑な人間に成り下がるだけだぞ!」


 周囲の人間にほぼ認識されているフィオルドのこの欠点だが、それをハッキリと本人に指摘出来る人間はあまりいない。あの長兄の王太子ですら、フィオルドの思い込みの激しい部分を懸念して、指摘する際は多少なりとも言葉を選ぶ。


 だが、身内に対しては直情的な言葉が多いハロルドは、一切歯に衣着せぬ物言いを遠慮なくする為、ある意味フィオルドが一番理解しやすい指摘方法となるのだろう。遠回しな言い方を読み取る事が苦手なフィオルドにとって、ハロルドからの率直な言葉は、分かりやすく聞こえるはずだ。

 だが、それは同時にフィオルドの心を容赦なく抉る行為でもある。


「兄上……」

「お前の一途さは時と場合によっては、しつこ過ぎて迷惑な行動と取られやすい。その事を踏まえ、今後はエマルジョン男爵令嬢に接する際は節度と頻度を弁えろ!」

「はい……」


 飼い主に叱られ、酷く項垂れている犬のようにしおらしくなってしまったフィオルドの様子にローゼリアは改めて思う。この兄弟は見た目があまり似ていないが、根本的な部分は大変よく似ていると。

 何故ならば、ハロルドの方も飼い主の顔色を窺う大型犬を彷彿させる様子の時が、この二カ月近くで何度かあったからだ。

 やはり血の繋がりというものは、色濃く出るものだと改めて感じていると、突然ローゼリアの前にハロルドの大きな右手が差し出された。


「ローゼリア嬢、愚弟の下らない言い分にお時間を割いて頂き、誠に感謝する。だが、もうその必要はないので、このまま兄君であるクライツ殿の元へ私にエスコートをさせて頂けないだろうか」

「身に余る申し出を頂き、ありがとうございます。それではお願い致します」


 一瞬、茫然としてしまったローゼリアだが、すぐに我に返り、差し出されたハロルドの手を取った。すると今度は、フィオルドが慌て出す。


「あ、兄上! 私はまだローゼ……リア嬢との話が途中なのですが!」

「必要ない。そもそもお前は今、謹慎中だろう。叔父上の特別な計らいで今回ローゼリア嬢の貴重な時間を割いて貰い、直接謝罪も出来たのだから、もうここに留まる理由はないはずだ。さっさと自室に戻り、引き続き謹慎に徹しろ!」


 ハロルドが弟を一瞥しながらバッサリと切り捨てるように言い放つ。

 そして再びその視線がローゼリアの元へ戻って来ると、先程まで弟に向けていた表情とは真逆な穏やかな笑みへと変化する。


「あなたの事をご心配されているクライツ殿が首を長くしてお待ちだ。早くお返ししてしあげないと」


 苦笑を浮かべたハロルドは、優雅にローゼリアを兄と叔父の侯爵の元へと誘導する。

 その際、茫然と立ち尽くすフィオルドの姿がチラリと見えたが、ハロルドに優しく歩みを促された為、一瞬しか確認出来なかった。

 同時に今日は何故かハロルドのエスコートの距離が近く、その事にも気を取られてしまい、気が付けば、兄達の目の前までエスコートをされていた。


「ローゼ。フィオルド殿下とのお話はもうすんだのか?」

「ええ……。一応」

「一応?」

「申し訳ない。愚弟がまた非礼行為を無自覚に行おうとした為、早々に私の方で打ち切らせて貰った」

「それは……。ハロルド殿下には、お礼を申し上げなければなりませんね」

「いや。むしろこちらが再度謝罪をしなければならない状況だ……」


 そう言って苦笑するハロルドに対して、クライツの方は何故か口角上げた。


「でしたら謝罪ではなく、妹と一曲お付き合い頂けませんか? フィオルド殿下との縁が無くなった今、王族の方とダンスをする機会など、この先二度と訪れないと思いますので」

「お、お兄様! なんて厚かましいお願いを!!」

「いいではないか。お前はフィオルド殿下とはもちろん、リカルド殿下とも未来の義妹としてダンスをして頂いた事があるだろう? どうせなら王子殿下お三方全員とダンス経験があった方が、この先のお前の印象を上げる事にも繋がる。このような好機、もうこの先には二度とないかもしれないぞ?」


 明らかに面白がっている兄の様子にローゼリアが、静かに抗議の視線を送る。

 だが、その視線の先を遮るように突如視界にハロルドが乱入して来た。


「兄であるクライツ殿のお許しがあるのならば、是非喜んで」

「ハ、ハロルド殿下まで……。このような兄の悪ふざけに無理にお付き合い頂かなくてもよろしいのですよ!?」

「兄や弟がお相手を務めた事があるのであれば、私も同じ兄弟として是非その機会にあやかりたい。ローゼリア嬢がご迷惑でなければ、一曲お付き合い頂けないだろうか」


 柔らかい笑みを浮かべるハロルド本人からもダンスの申し入れをされてしまったローゼリアは、一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべた。だがそれは、兄クライツにしか気付けない小さな変化だ。すぐに平常心を取り戻し、一度小さく息を吸いこんでから、自分の中での最大限の笑みをハロルドに向ける。


「大変勿体ないお言葉です。是非こちらからもお願い申し上げます」


 そう返答し、ゆっくりとハロルドの手を取る。

 すると、一瞬だけふわりと目を細めたハロルドは、そのまま優雅にローゼリアをダンスフロアの方へとエスコートし始めた。


 そんな二人に兄と侯爵が見守る様な温かい視線を送っていた事は、ローゼリアだけでなく、ハロルドの方も全く気付いていなかった。

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